ラミン・カリムルー&佐藤隆紀の音楽談義 日英キャストで贈る『CHESS THE MUSICAL』その魅力とは?
左から ラミン・カリムルー、佐藤隆紀(LE VELVETS)
ABBAのメンバーだったベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースが作曲を手がけ、『ジーザス・クライスト=スーパースター』や『エビータ』で名高いティム・ライスが作詞を担当したミュージカル『CHESS』が、国境を越えたキャストで上演されることとなった。ソビエト連邦のチェス・チャンピオン、アナトリー役を演じるラミン・カリムルーと、審判のアービター役を務める佐藤隆紀が、作品への意気込みを語ってくれた。
ーー『CHESS』のロンドン新演出版で共演されることになりました。
ラミン:この作品は、舞台を観る前から、楽曲をよく聴いていて、史上最高のミュージカルのサントラ盤の一つだと思っていました。だから数年前、ワシントンでの新しいプロダクションに出演する機会を得たときは非常に光栄だなと。そして今回、ニック・ウィンストン演出の新たなプロダクションに出演することになって、エキサイティングな気持ちです。というのも、『CHESS』についてはまだこれが決定版というプロダクションがなくて、世界がその決定版を待ち望んでいると思いますから。今回、日本人と、日本人以外のキャストとで舞台を作り上げられるというのはとても特別な経験になると思いますし、『CHESS』の物語にどのような息吹を吹き込めるか、僕自身非常に楽しみにしています。
ラミン・カリムルー
佐藤:舞台版は観たことがなくて、ナンバーを聴いてきただけなのですが、楽曲がすばらしいなと思って。日本のミュージカル歌手の方がよく『アンセム』を歌われるのを、いいなあと思って聴いていました。CDを聴いていても、ぞくぞくするような曲がいっぱいなんですよね。いろいろな色を見せてくれる曲が詰まっているので、どう演じて歌っていけるのか楽しみにしています。海外の方とご一緒できるのも本当に楽しみで。ラミンさんにお会いして、こうしてお話ししているだけで刺激、パワーをもらえる。稽古が始まって、皆さんの姿を見るうち、自分の中でもきっと、いろいろとトライしたいことが生まれてくるんじゃないかなと思います。
ーーお互いの印象についてはいかがですか。
佐藤:(ラミンは)DVDやCDで歌声を聴いていて、とにかく歌が素晴らしい方だなと思っていて。お会いしたばかりなんですが、とても優しい方で、物腰もやわらか。それと同時に、さまざまな国を渡り歩いて活動されてきたお話をうかがっていると、苦労がおありになったからこその優しさなんだろうなと思えましたね。
ラミン:僕も、シュガーさん(※佐藤の愛称)の歌をインターネット上で聴いたけれど、彼の心の中にすばらしい芸術性があることが映像だけでもわかりましたね。だから、アービターという役をどのように生きるのか、とても楽しみにしています。僕について今とてもうれしいことを言ってくれたけれども、それは彼自身にも当てはまる言葉だと思います。というのも、彼は非常に優しい人で、敬意がある。僕は、マナーがきちんとしていて、すばらしい人間性をもった人たちと仕事ができることが幸せなんです。彼が歌った『レ・ミゼラブル』の「ブリング・ヒム・ホーム」を聴いたけれども、すばらしいと思いました。
佐藤:ありがとうございます! でも、あのビデオクリップ、そこまでうまく歌えていなかったような…。
佐藤隆紀(LE VELVETS)
ラミン:そんなことない。よかったですよ。心で歌っていた、それが一番大切なことですから。観客は、「これ、嘘をつかれているな」って、曲を聴いていてわかると思います。今、「うまく歌えていなかった」と言ったけれども、もしかしたらその日あまり気分が乗っていなかったのかもしれない。歌うのがこわかったとか、何だかナーバスになっていたとか。
佐藤:すごくナーバスになってました。
ラミン:そこに脆さが出ていて、聴いていて人間味を感じたということかもしれないですね。僕が思うに、今日あまり気分が乗っていないな、そんなにいい感じじゃないなという人の方がすばらしい舞台を務められる。自分今日いい声出てる! と思う人の舞台はひどいものだったりします。なぜって、自分自身の声にしか耳を傾けていないってことですから。
佐藤:わかるかも、それ!
ラミン:自分の声にしか耳を傾けていないということは、分かち合っていないということ。それってエゴなんですよね。そういうことから判断して、シュガーさんは素敵な心の持ち主だなと、歌声から感じたというわけです。
ーーそのような境地に、どのように至ったのですか。
ラミン:経験ですね。昔は僕も、自分の声だけに耳を傾けて、自分ってすごいななんて思ったりしていました。ですが、今じゃ、自分のことを歌手とすら思っていません。どう聴こえようが気にもしていない。自分が発しているものの方が大切だと思うから。毎晩、CDを制作するために舞台に出て行っているわけじゃないですからね。完璧に演じようとする行為は、観客と自分との間に壁を作りかねない。人生ってそもそも不完全なものだと思いませんか? 舞台上で語られる物語自体、不完全な人間たちの話です。そもそも人生が完璧だったら舞台作品なんて生まれてきませんよ。完璧なものについてそれ以上語る必要なんてないんですから。ただ、そういったことを学ぶまでには本当に時間がかかりました。時間をかけて、いかに気にしないか、いかに気にかけるべきことだけを気にかけるかを学んでいきました。
左から ラミン・カリムルー、佐藤隆紀(LE VELVETS)
佐藤:ものすごくよくわかります。僕はクラシック音楽を学んできて、ミュージカルに出演し始めたとき、「なんでそんなに大きな声で歌うの?」ってよく言われて。「このシーンでお客様に伝える上では、その音量じゃないんじゃない?」と仲間に言われたりして、確かに、と自分の中でしっくりきて、そこから、自分の声を聴かせようとするのではなく、そのシーンの中で役柄としてどう生きようかと考えて歌うようになった。そうすると自ずと歌が変わってくるんですよね。そういった気持ちと、今ラミンさんがおっしゃったこととが重なってくる思いです。クラシックで教えられたのは、三階席の一番後ろにいる人がピアノ(※弱く)だと思うのがピアノ。ということは、実際はめちゃめちゃフォルテ(※強く)で歌っていたりするんですよね。それと、日本語って意外と響かないところでしゃべっている言語なので、響くところで発すると違和感があったりする。英語とかだとおかしくないのかなと思うんですけれども。日本語でナチュラルにしゃべっているところから歌い出す、つまり、語り出して歌に変えていくみたいにしないと、日本人が聞いたとき、セリフから急に歌になりました、という感じに聞こえてしまうんだなということはすごく思いますね。
ラミン:僕自身が変化したのは33歳くらいのころだったと思います。『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役のオファーを受けたとき、率直に言えば最初はあまり気が進まなかったんです。でも、とにかくやってみてどうなるかだと思って覚悟を固めました。ジャン・バルジャンの物語を語るために、肉体も改造したりして。そして次第に、人間がすべてなんだということに気づきました。それ以来、人が何を言おうが書こうが気にならなくなりましたね。ネットでどう評されているか、検索することもなくなりましたし。人がどう受け止めていようが、本当にどうでもいい。自分には関係ない。プロデューサーが、プロダクションが、僕という人間を必要としてくれるんだったら、僕は舞台に立って真実の物語を語る、それだけのことなんですよね。インスタグラムに寄せられたコメントもほとんど読みません。好意的なコメントも、エゴを育ててしまうという意味において、否定的なコメントと同じくらい、アーティストにとってよくないものだと思います。もちろん、ファンのサポートに対しては大いに感謝していますよ。ただ、そのサポートにお返しする手段としては、最大限努力してすばらしい舞台を見せること、それに尽きると思っています。
ラミン・カリムルー
佐藤:聞いていて鳥肌が立ちます…。本当にその通りだと思います。それって役者に限ったことじゃないじゃないですか。役者を飛び越えて、人間としてどう生きていくか教えられている気がします。
ーー人間性、舞台に出ますよね。
ラミン:そうかもしれないですね。もちろん、僕だっていまだにいろいろ失敗して、大切な人を困らせたりもします。それが人生ってものですよね(笑)。『CHESS』という物語も、不完全な状況における、不完全な人々の話です。僕が演じるアナトリーが劇中下す決断にしても、例えば、亡命することによって家族と離れ離れになったりします。当時の状況によってそうせざるを得なかったんだけれども。彼自身、冷戦当時の政治的な状況下における“ゲーム”の駒なんですよね。彼がとりわけ自己中心的な悪人というわけじゃないんです。アービターは興味深いキャラクターですよね。登場人物の間を流れてゆく水のようなところがある。モロコフもフローレンスも決して完璧な人間じゃありません。
佐藤:アービターの曲は早口なんですよ。しかも今回は英語で歌うことになっているんですが、それも含めて楽しみたいですね。なかなか原語でミュージカルの歌を歌うという経験もないですし。もともと英語に合わせて作られた曲なわけで、オリジナルのままで歌える喜びがありますよね。
ーークラシックでも日本語以外の言語で歌うことが多いと思いますが、母国語で歌うのとそれ以外の言語で歌うのとでは違いがあるのでは?
佐藤:ありますね。何回も何回も歌わないと、意味を感じながら歌うところまでいかないので。日本語で歌うよりも何倍も練習しなくちゃいけないという感覚がありますね。
佐藤隆紀(LE VELVETS)
ラミン:でも、オペラとミュージカルの作曲のされ方って違いますよね。オペラの場合、作曲家が声を熟知しているから、ソプラノならこの声域とか理解しているじゃないですか? ポピュラー音楽の作曲家、ミュージカルの作曲家はそのあたりあんまり考えてないですよね(笑)。
佐藤:確かに!(笑)
ラミン:だからときどきめちゃめちゃ歌うのが難しいんです(笑)。オペラの作曲家の場合、この母音ならこの音がいいとか、そこまで考えて作曲していますよね。アンドリュー・ロイド=ウェバーはそうは作曲してないから(笑)。「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」(※『オペラ座の怪人』の楽曲のひとつ)にしてもそう。
佐藤:そうだったんだ(笑)。日本語に翻訳するときはそのあたりけっこう考えてくれるんですよね。
ラミン:『レ・ミゼラブル』の「♪24601~」(英語で歌う)は、日本語だと…。
佐藤:「♪24653~」ですね。でも、最後が「♪い~ち」でも、僕はけっこういけるかも。
ラミン:(「♪い~ち」と歌って)「♪い~」の音、僕もけっこう好きだな。
佐藤:慣れてないと「♪い~」って難しいんですよね。日本人で苦手な人多いです。
ラミン:英語でも、「どうやったら『E』の音でそんなにクリアな高音を出せるの?」って言われたりしますね。ぎゅっとタイトな感じがして僕は好きなんだけど。
佐藤:わかります!
左から ラミン・カリムルー、佐藤隆紀(LE VELVETS)
ーー冷戦がテーマとなった作品でもあります。
ラミン:当時の政治的状況に対する風刺なんですよね。モデルとなった実在の人物はいるけれども、ロシア人とアメリカ人のチェスプレイヤーがチェスのゲームを行なうという設定自体、当時の状況を象徴している。そこがこの作品の恐ろしいところだと思います。もっと恐ろしいのは、冷戦時のような東西対立、アメリカ対ソ連という形でないにせよ、今の時代においてもこういった対立が世界のあちこちで見られるということです。そしてみんな、自国メディアの報道を頼りにして、相手を敵視したりする。『CHESS』の中にも、「みんなゲームに参加しているけど、ルールは決して同じじゃない」という歌詞が出てきます。みんなが同じルールでプレイできたらどんなにいいか、そう思いますけどね。
ーー劇場空間は同じルール、同じプリンシプルでプレイできる場所だと、私は思います。
ラミン:それが芸術のすばらしいところですよね。演出家がいて、スタッフがいて、キャストがいて、チームワークを発揮して、同じ目的に向かって進んでいく。
佐藤:日本にいると、どうしても海外の状況はちょっと遠いもののように感じられるところがあるんですけれども、最近の国際情勢のニュースで読んでいると、他人事じゃないなと思うんですよね。いつ何が起きてもおかしくない。日本はちょっと平和ボケしているところもあると思うので、もう少し自分のことだと思って、歴史の問題であるとか、国と国の問題であるとか、考えなきゃいけないなと。そういった意味においても、今この作品を上演し、日本のお客様に観ていただくというのはとても意義があることなんじゃないかなと。
左から ラミン・カリムルー、佐藤隆紀(LE VELVETS)
ラミン:ただ、一つ言っておかなきゃいけないなと思うのは、『CHESS』という作品には楽しさもいっぱい詰まっているということです。「ワン・ナイト・イン・バンコク」にせよ、エネルギーに満ちていて、おもしろくて心が明るくなる瞬間もいっぱいあります。ベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースの楽曲がとにかくすばらしいんです。クラシック音楽の荘厳な美しさもあれば、心揺さぶられるロックが響き渡ったりもする。
佐藤:いろいろな色が見られる楽曲で、聴いていてすごく楽しいんですよね。アンサンブルも、オーディションの際、英語の歌にどれだけ対応できるかも審査されてきた精鋭が出演するので、助け合いながらチャレンジしていきたいなと思っています。
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=山本れお
公演情報
原案・作詞:ティム・ライス
演出・振付:ニック・ウィンストン
出演:
ラミン・カリムルー サマンサ・バークス
ルーク・ウォルシュ 佐藤隆紀(LE VELVETS)
仙名立宗 染谷洸太 菜々香 二宮愛 則松亜海 原田真絢
武藤寛 森山大輔 綿引さやか 和田清香(五十音順)
※都合によりキャストが変更になる場合があります。
<大阪公演>2020年1月25日(土)~28日(火)梅田芸術劇場メインホール
<東京公演>2020年2月1日(土)~ 9日(日)東京国際フォーラムホールC
〔大阪〕06-6377-3800 〔東京〕0570-077-039
公式Twitter:@musical_chess