中屋敷法仁が演出を手掛ける舞台『改竄・熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』公演レポートが到着
2020年3月12日(木)に舞台『改竄・熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』が紀伊國屋ホールで開幕した。このたび公演レポートが到着したので紹介する。
大音量で流れ出すブルックナーの『復活』。幕が上がると舞台一面にスモークが流れる中に立っているのは、木村伝兵衛部⾧刑事(多和田任益)。マイクを使った彼の一人語りで物語は始まり、続いてチャイコフスキーの『白鳥の湖』が流れる。不意に音楽が止み電話を取る伝兵衛。そこに山形県警から速水健作刑事(菊池修司)がやってきた。木村の背後に回り、その胸をまさぐる速水。そしてお互いに主導権を取ろうとするかのように格闘を始める二人。そして速水はロスアンゼルスオリンピックの棒高飛び選手だった兄・雄一郎を木村が殺したのではないかという疑惑をぶつけるが、木村は動じない。
そこに今回の事件を最後に、警視庁を退職する水野朋子婦人警官(兒玉遥)が現れる。木村は速水に、水野を自分の女だと紹介。彼女が今日で自分のもとから去ることを嘆いてみせる。三人が捜査するのは、容疑者大山金太郎(鳥越裕貴)が、女子砲丸投げのオリンピック候補選手・山口アイ子を殺した事件。速水は事件のファイルを見ながら捜査を進めようとするが、伝兵衛と水野は自分たちの話ばかりをして、いきなり中森明菜の『DESIRE』を歌い出すなど、ふざけているかのような態度を取る。
それに対抗するように尾崎豊の『シェリー』を歌い出す速水。そのときに見せたカニ歩きが証拠となり、伝兵衛は雄一郎殺しの犯人に。伝兵衛は雄一郎殺しの時効が成立するまでの残り時間に大山の捜査を終わらせ、死刑台に送ることを決意する。実は伝兵衛もオリンピック棒高飛びの正選手であり、同じ棒高飛びの補欠選手だった大山のせいで、モスクワオリンピックに出場できなくなった因縁があったのだ。
しかし登場した大山は、伝兵衛がかつて新宿二丁目で男を相手の身体を売っていたことを暴露。さらに前人未到の大記録に挑むはずだったロスアンゼルスオリンピックで、突如欠場したことをなじる。だが、そこには木村だけが知る事情があったーー。
数ある『熱海殺人事件』のバージョンの中でも、とくにショー的な要素を色濃く盛り込んだ『モンテカルロ・イリュージョン』。演出の中屋敷法仁は、つか版のニュアンスを大事にしながら、枝葉末節の部分を大胆にカット。各所に激しいアクションを導入することで作品のテンポを上げ、より現代的な感覚に。音楽の使い方にもメリハリをつけ、音楽的な効果を最大限に生かすとともに、静寂が持つ効果をも追求。こうした演出により、観客は重層的な戯曲構造を一層意識させられる。従来のつか版の印象を損なうことなく、そのエッセンスを今の観客が受け取りやすいように、巧妙な“改竄”を施した。
この中屋敷の演出に、若い役者陣もしっかり応えた。木村を演じる多和田は、支離滅裂にも見えつつ、ほかの登場人物に激しく熱を放つ難役を、自身の身体に落とし込んで好演。それがラストに見せる、解放された木村の言葉にも爆発力を生んでいる。
水野役の兒玉はこれが舞台出演二作目ながら、木村の理不尽にも冷静に対応できる水野を知的に演じた。さらに山口アイ子を演じるシーンでは愛する者に裏切られ、今まで信じてきたものを汚された弱者の絶望と、そこから生まれた救いのない狂気を体当たりで表現。
速水を演じた菊池は、表面的にしか世界を理解していなかった速水が木村、水野、大山と出会うことによって、その裏側にあるものを知る敏感さを大胆な演技の中に表現。このバージョンでより色濃くなった速水の継承者、観察者としての役割をまっとうした。
そして大山役の鳥越は、ほかのキャストの演技を受け止め、際立たせるだけでなく、一人だけで演じきるシーンでも揺らぐことのない安定感を発揮。つか作品が持つ独自の味わいを担い、この作品の要となっている。
徹底してショーアップされた演出は、これまでにつか作品を未見の観客にも没入しやすいが、これは出演者たちの歌唱とダンスの基礎スキルの高さに負う部分も大きい。このあとに上演される、まったく異なるアプローチでの演出が施された『ザ・ロンゲストスプリング』とともに楽しめるはず。
中屋敷の「演劇は人との出会いから生まれる」という言葉通り、生々しくぶつかりあい、そこで生まれる軋轢から人間を描き出すこの作品。対面することが軽視されがちな今こそ、つか作品が内包する衝撃は深く遠くまで響く。そう信じてカンパニーは公演を続けている。