E9芸術監督あごうさとし、出演者も観客もいない『無人劇』を上演~「【純粋無人劇】を通して、演劇的な関係をお客さんと結びたい」
あごうさとし『無人劇 unmanned play』メインビジュアル。
新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、数多くの公演が中止となり、まさに「誰も寝てはならぬ」ならぬ「誰も劇場に来てはならぬ」状態となっている昨今。その状況を逆手に取った『無人劇』が、京都の劇場「THEATRE E9 KYOTO(以下E9)」で上演される。手掛けるのは、役者が一人も登場しない「無人劇」に取り組み続けている、E9芸術監督のあごうさとし。「劇場で何もしないけど、料金はいただく」とだけ聞くと、単なる理不尽な行為に思われかねない試みが持つ、大きな意味とは? あごうの言葉を交えながら紹介する。
この企画が浮上したのは、E9で行われる4月中の全公演の中止・延期が決定した頃。「年度初めの大事な時期に、何かできないか」と考えた時に、あごうが長年取り組んでいる「無人劇」のイメージにたどり着いたという。
[THEATRE E9 KYOTO]客席にたたずむあごうさとし(2019年撮影) [撮影]吉永美和子
「“演劇の複製は可能か?”“演劇はどういう力学で立ち上がっているのか?”というテーマで、2011年から何本か作っています。人の気配を感じさせるインスタレーションのような空間を立ち上げるとか、実際に(人間が)上演したものを別のメディアに置き換えるとか、いろんな方法を試してきました。ただこれまでは“出演者がいない”という意味だったんですけど、今回はお客さんまでいない。そういう意味では今回は【純粋無人劇】。これを演劇作品として発表することで、劇場で作品を上演できない今でも、演劇的な関係性をお客さんと結びたいという思いで作りました」
役者がいないどころか、見せるものもない。それでも今回の取り組みを「演劇」として成立させる根拠は何か? あごうはそれを「作り手と観客がコンタクトを取ろうとすること」であり、それができれば目には見えなくても「演劇」が立ち上がるはずだという。
「普段はお客様に“この芝居があります”と上演の存在を知らせるとともに、いろいろなお願いをします。“この時間に劇場に来て下さい”“料金をお支払い下さい”“携帯電話は切って下さい”などとお願いした上で、上演する。そういうコミュニケーションの中で、演劇は成り立っているわけです。
私たちはお客様に“『無人劇』をやります”という告知をして、その上で、本作品のコンセプトの都合上、最小限のお願いをします。まず始めに“劇場には来ないでください”ということ。私は関西でも屈指の“劇場に足をお運び下さい”と言い続けている演出家だと思いますけど(笑)、今はそれが言えない状況ですから。そしての料金をお支払いくださいというお願い。さらにもう一つは、上演時間になったら、お客様がおられるその場所で、深い呼吸をしてくださいということです。
あごうさとし 無人劇『純粋言語を巡る物語-バベルの塔2』(2015年)。観客は会場を自由に歩き回り、映像や音声などを通して役者の存在を感じ取るという試み。 [撮影]井上嘉和
呼吸は何も言われなくても、普段からしているものですけど、改めて深い呼吸をすることによって、その時間を意識していただきやすくなる。今、E9の公演に参加していると感じていただければ、その瞬間に作り手と観客は……概念の中ではありますが、“演劇”でつながれると言えます。さらに、今は呼吸をすること自体“気をつけろ”と言われますけど、多少なりともそれをポジティブな行為に変換していただけるのでは。動画配信などは活用せず、思考や意識のレベルだけで人がつながるという、超アナログな試みです」
表現というよりも、思考実験に近いのではないかという取り組みだが、この話をうかがった4月半ばで「すでに50人ぐらいの人がを購入している」というから驚きだ。
「すごくありがたいですよね。私の作業としては本当に“考えたことを提示する”というだけなんですけど、その取り組みを面白がっていただけたら嬉しいです。いただいたお金は、すべて劇場の運営に当てさせていただきます」
今回の『無人劇』を「アナログなのが演劇的」と自ら評しつつも、10月に上演する新作『ペンテジレーア』は昨今の事情により、はからずもテクノロジーに頼った作り方になっているそうだ。そしてポスト・コロナの演劇について、早くも思いをめぐらせているという。
「京都以外の出演者が多いので、最初の稽古や打ち合わせをZOOMでやってみたんですが、案外コミュニケーションがスムーズに取れました。IT技術を使って個別に稽古をしても、上手くやれるかどうか? ということにも、アナログな『無人劇』と並行して挑戦中です。それにあまり考えたくはないけど、秋になっても(劇場で)できない可能性もありますし。 そんな場合でも、作品として上演できる何らかの方法はないものかというのも、同時に考えていたりします。
無人劇『アトリエ劇研』(上下とも/2017年)。舞台上に劇場の古い看板を設置し、26分間スポットライトを当てる。すでに閉鎖が決定していた同劇場へのオマージュとなった作品。
現状においては、私たちは、作品を作ることを止めていません。可能な限り作品を送り続け、その状況を整え続けることを大事にしたい。演劇って基本的に、場所があって時間があって、そこに人が集まって、誰かが出てきて何かしらを語って帰っていくということを、2500年ぐらいやり続けている芸術。稽古も含めて“人が集まる”ことが条件になっているから、現在それが許されない以上“集まらなくても成立させることはできるか?”ということを考えなくてはいけない。でもそれを考えること自体は、面白いことでもあるんです。
これまでは、直接会わなければ意味がないと思われたこと……たとえば会議をZOOMで済ませても別に問題なかったとか、コミュニケーションのリアルの持ち方が、この数ヶ月で加速度的に変化しましたよね、明らかに。10年後ぐらいに変わるかもしれなかったことが“今やろう”みたいな話になってる。そうなった時に、この古い形式の演劇という芸術は、どうやってサバイバルするのか、どういうリアリティを立ち上げればいいのかという議論は、どんどん出てくるはず。そういう意味では今回の『無人劇』は、少なくとも私にとっては、演劇や劇場、あるいは私たちの暮らしとこの世界、あらゆることを考える機会になってます」
人々の暮らしやコミュニケーションの形が、明らかに変化する分岐点となりそうな、2020年の現在。特に「大勢の人々が集まる」ことが禁忌となっている現状では、演劇やライブのあり方は大きな変化を迫られるに違いない。以前から、出演者が集まらない劇を作り続けてきたあごうが、いち早くその部分に敏感に反応したのは必然と言えるだろう。
『無人劇』会場となる[THEATRE E9 KYOTO]外観。
もしこの状況がしばらく続くようであれば、様々な表現者が「無人劇」に挑戦することになるかもしれない。しかしまずは4月29日に、演劇と劇場に思いを馳せながら、大きな呼吸をしてみてはいかがだろうか。もちろん、代を払った上で。
公演情報
■会場:THEATRE E9 KYOTO
■料金:一般3,000円 学生1,000円 小学生以下無料
■問い合わせ:075-661-2515(10:00~18:00)
■公演サイト:https://askyoto.or.jp/e9/ticket/20200429