一度だけでは全貌が見えない 没入型オンライン演劇『ANOTHER DOOR』とは? 作・演出の山崎彬(悪い芝居)に訊く
山崎彬(悪い芝居)
京都と大阪にあるブティックホテル「HOTEL SHE,」が企画する『泊まれる演劇』の新作・泊まれる演劇 In Your Room『ANOTHER DOOR』の上演が、2020年7月24日(金)から開始した。
『泊まれる演劇』は、体験型オフ・ブロードウェイショー『Sleep No More(スリープ・ノー・モア)』から着想を得た作品で、これまでにオンライン版とリアル宿泊版(2020年8月よりスタート)が発表されている。『ANOTHER DOOR』は、Web会議用ツールZoomを使用するオンライン演劇だ。
物語の舞台は、薄暗い路地裏で怪しいネオンを煌々(こうこう)と輝かせるホテル「サマードリーム」。蒸し暑い夏の夜に起こるのは、愛なんて信じない男女6人の愛憎劇。劇中は複数の客室で同時多発的に物語が進行し、キャストは客室間をリアルタイムに移動する。参加者はZoomミーティングを変更することで、見る部屋を移動し、ホテルの中を歩き回るように物語を視聴していく。
この実験的な演劇『ANOTHER DOOR』の脚本・演出を担当した山崎彬(悪い芝居)に、オンラインでしかできない表現の形をどのように模索し挑んでいったのか、話を聞いた。
不思議な体験をしてもらえる演劇に
――まずは山崎さんが、『泊まれる演劇』に参加することになった経緯を教えてください。
『泊まれる演劇』は、お客さんが実際にホテルに宿泊し、真夜中のロビーや部屋、廊下などで行われている演劇を、お客さん自身がホテル内を歩き回って観劇する、というコンセプトで始まった企画です。その「オンライン版を」ということで、プロデューサーの花岡直弥さんからお声がけいただきました。
もともと僕は「普通の演劇とオンライン演劇は別物」という認識でいたので、コロナ禍でも「オンライン演劇」には消極的だったんです。でも、初期段階のミーティングで「劇場と同じようには感じられないかもしれないけれど、オンラインでしかできない表現にしようと考えている」というお話があって、そういったコンセプトなら自分の知らない表現や発想に出会える可能性があると思い、やらせていただくことにしました。
泊まれる演劇 In Your Room『ANOTHER DOOR』
――オンラインでしかできない演劇を目指すには、普段の舞台とは違ったアプローチをする必要があったと思います。具体的にどのようなものになったのでしょうか?
(まずひとつ目は、)配信にZoomを使っていて、お客さんは、物語の中で自分が見たい人の部屋を選んで見に行くことができます。出演者6人が話す1つのZoomをメインにして、ほかに6つに分かれたミーティングルームを用意しています。それらの部屋で1人が喋っていたり、誰かがそこにアクセスしてきてZoomで会話を始めたりします。
もうひとつは役者にチャットで質問したり、マイクの音声を入れてもらって話しかけたりする、キャストとお客さんがやりとりできるシーンがあります。そうして観客が参加することで物語には何かしらの影響が生じます。不思議な体験をしてもらえる、新しい形の作品になったと思います。
物語としてはシンプルで、設定は恋愛リアリティショー、オンラインでのマッチングイベントなんです。6人の男女がそれぞれ恋に落ちて、その恋がうまくいくのかいかないのかみたいなことが大筋です。3対3の男女が集められて、それぞれの部屋に分かれた後、気になる異性に会いに行ったりします。
6つに枝分かれする物語
――同時多発的に物語が進んでいって、視聴者が選ぶことで情報が限定される状況はオンラインならではの表現ですし、キャストとのやり取りというのは、収録した映像の配信でもできない手法だと思います。山崎さんは脚本と演出、2つの方向からこのアイデアにアプローチできる立場ですので、双方からもう少し詳しく聞かせてください。まず脚本について、これは6本書いたという解釈で大丈夫ですか。そうなると大変な量になりますが(苦笑)
そうなんです。90分ほどの作品なんですが、書いても書いても物語のタイムラインが進まないんです。1本書いたら、同じ時間から始まる別の部屋の1本書いてということを繰り返して。すごいページ数になりました。大変でしたが、でもまあ、それは覚悟の上だったので。
――6本の話を同時に書くという作業は、普段の脚本の書き方とは違うものだったんですか?
物理的に6倍の量を書かないと成立しないので書きましたけど、普段から僕は劇中のストーリーに登場しない人物のエピソードも考えているんですね。今回はそういった内容も文字に起こしたという感じです。だからシンプルに6倍の労力と時間はかかったけれど、自分の頭の中で行われていた作業は、普段と何も変わらなかったです。スピンオフ作品を同時に書いていく感じです。
泊まれる演劇 In Your Room『ANOTHER DOOR』/視聴者は好きなルームを選んで見ることができる
――6つの物語は、途中途中に接点があるということでしょうか。6本の物語が進展しながら交錯していくことになると思いますが。
物語の結末はひとつで、毎回みんなが同じ場所に集まって同じラストを迎えるけれど、6人の物語がそれぞれパズルのように組み合わさって、枝分かれしていくんです。だから、どの人物や部屋を追っていくか、どの順番で見ていくかで見え方は変わります。見方次第で全く別の体験ができると思いますよ。なぜなら同じ結末を見ても、道筋が違えば感じ方は変わるので。この作品は一度では全てを見切れないんです。最低でも6回は見ないと。6回でも足りないかもしれない。
さらに言うと、物語の展開もその回その回で少し変わったりするので、複数回見ないとこの物語の終着点がどこにあるかが分からない作品だとも思います。
――観客がどんな環境や場所で見ているかによっても、受ける印象は変わりそうですね。
そうですね。今どんな恋をしているか、過去にどんな恋をしてきたかによっても見え方は変わると思います。
話すための動機として、相手への関心や下心がいると思った
――恋愛リアリティーショーに着想を得たきっかけって何だったんでしょうか?
「男女6人のラブストーリーって、どういうものがあるんだろう」という疑問が、初めの時点でありました。(感染症対策のための前提としてあった)リモートでやりとりするというフィクション性が、モノローグのシーンはもちろん、部屋の中で会話をするZoomを使ったダイアローグのシーンを、オンライン演劇としてメタ的にもちゃんと成立してほしいと考えたとき、オンラインのリアリティーショーを思いつきました。
6人をバラバラに見せていく方法としては、アイドルの卵が生配信をして最終的に人気投票するなど、いろいろなアイデアがあったんです。ただ、演劇って、人と人との会話で積み上げていく芸術でもあるので、そのためには会話をする動機がいると考えました。そうなるとやっぱり相手への興味や好奇心、下心なんかがないと話せないと思ったんです。
もともと僕が生配信や恋愛リアリティーショー、ノンフィクション番組なんかが好きでよく見ていたこともあって。生配信って100人が見ていても、1対1で喋っているような感覚にさせてくれますよね。そういう感覚は、お客さんと役者が交流したり、見たい人(のミーティングルーム)を選んで見る今回の作品と親和性が高かったんです。
泊まれる演劇 In Your Room『ANOTHER DOOR』/物語の舞台になるのは、架空の恋愛リアリティーショー『Elephant In The Room』
あとYouTubeもそうですが、(見ていた動画が)面白くなかったら関連動画から別の動画に飛ぶじゃないですか。そういう感覚を演劇で使ったら、きっと自分を投影できる人物を追ったり、あるいは自分を投影できる人物が思いを寄せる人の部屋を見に行くことができると考えました。
恋愛や人と人との関わりって、Aの立場から見るとAの正当性があって、Bの立場から見るとBの正当性があるものだと思うんです。(今作は)恋愛ものなので、見ているお客さんは6人の中で「Aの人は悪くないと思う」と思う人がいれば、「Aは最低で、Bの人がかわいそう」と思う人もいる。そういう感覚は演劇で感じるものとも近いんですね。
演劇って大雑把に言うと人間模様を描くもので、本作でも、今のネット社会というかオンラインならではの人間模様を描けた気がします。自画自賛しているようですけれど(笑)。
ネットでしか描けない恋愛を描く
――本物のホテルを使ったからこそできた演出はあったんでしょうか?
ホテルって、少し非日常なのに家よりも無防備になれる場所ってイメージがあったんです。布団をグシャグシャにしたままで出ていったり。実際にベッドがあったり、ホテルの個室の中であったり、お客さんは(役者と)秘密の会話をしているような体験ができる状況にはなっていると思います。
――そんなシチュエーションで、今回どんな人間模様を描いたのでしょうか?
恋愛に関して言えば、恋愛をする人の表と裏の顔が見られるという感じです。どんな人でも、大切だと思える人と、あまり大切じゃないと思う人がいるのは当然のことで、好きな人の前では好きな人なりの態度をするし、どうでもいい人にはどうでもいい人なりの態度をする。でもそういう面を普通は他人に見せないですよね。
こういったオンライン演劇もそうですけど、例えばSNSでも、普段は何食わぬ顔をして、有名人のアカウントを追ったり、友達のアカウントを追ったり、好きな人の裏アカウントを追ったりしているじゃないですか。でも覗かせている方はそれが自分の全てではなく、見せていない部分があると思うんです。それが今作のタイトル『ANOTHER DOOR』にもつながっていて。(本作でも)恋愛劇を見つつ、彼らが本当の姿をみんなに見せているのか、本当のことを言っているのか、没入すればするほど疑いを持って見てもらえると思います。
ドロドロしたエピソードばかりが続くような、見ていてしんどい作品ではないですよ。ワイドショーのコメンテーターが好き勝手に言っているコメントを聞きながら、観ている方も好き勝手に言ってもらう感じで楽しめると思います。
泊まれる演劇 In Your Room『ANOTHER DOOR』
役者たちは普段の芝居以上に、役とシンクロしていた
――今回、どのように6人のキャラクターを作っていったんですか?
僕のいつものやり方として、まず名前から決めるんです。名前を決めるとそのキャラクターの性格みたいなものが自分の中で膨らんでいきます。男女3対3ということは決まっていたので、6人それぞれが違った恋愛観を持つ人物にして、物語の中におこうと考えて書きました。あとは役者それぞれが持っている雰囲気やオーラのようなものを受け取って、自由に膨らませていった形です。
いつも悪い芝居を見てくださっているお客さんも楽しめるような、一癖も二癖もある人たちの恋愛模様が見られると思いますよ。
――稽古を続けていくと、役者はそのキャラクターとひとつに重なったと思う瞬間があるんでしょうか?
役者をやっている人からすれば普通のことかもしれないですけれど、演劇って繰り返し稽古をするので、その経過で役を自分と錯覚することは大いにあると思うんです。
ただ、この『ANOTHER DOOR』に関して言うと、稽古は各自自宅からオンラインで行っていました。ガチガチに決まった台本だと稽古がやりにくいし、作品がつまらなくなるだろうと思って、セリフはある程度本人の言葉として話せるようにして書きかえたりもしています。役者自身が自由に語る部分もあるわけですから、普段の演劇よりも没入感があって、より役とシンクロした感覚があったと思います。でも、そうでなければこの作品は演じられなかったかもしれません。
キャストには大いに絡んで
――脚本でセリフに余白を作ったというのは、演者に憑依したキャラクターに任せたアドリブの部分を作るということだと思いますが、キャストとお客さんがやりとりをすることで、展開は少し変わったりするのでしょうか?
物語の流れは大きくは変わりません。でも何も変わらないと言ったら嘘になるかな。役者とお客さんがやりとりをして、別のお客さんがそれを見聞きしたら、それは変化だと思いますし。なんと言ったらいいですかね。(物語の本筋は)変わらなくても、キャラクターとの関わり方で感じ方が変わるというか。そのキャラクターへの印象が変わるということですね。
――そのやりとりでは誰かの恋愛を応援したり、邪魔したりできるんですか?
そうですね。例えば「私は〇〇くんが好きなの」と言ったとき、100人の女友達が「やめておきなよ」と言ったら、(取る行動は)変わるじゃないですか。
――確かにそうですね(笑)
「こんなひどい話を聞いたんだけど」って言われたら気持ちは変わるだろうし、もしかしたら「それでも私は〇〇くんが好きだ」と想いが強くなるかもしれない。恋愛って対象だけでなく、(周りからも影響を受けて)変わりますよね。
野次馬根性とお節介根性で見てもらえれば、より楽しめると思います。役者たちは稽古を積んできているので、大いに絡んでもらって大丈夫ですよ。
泊まれる演劇 In Your Room『ANOTHER DOOR』
――お客さんが物語に干渉するのは、かなりリスキーなことじゃないかと想像していたのですが、ではお客さんはその場面が来たら遠慮なく絡んでOKということですね。
はい。オンラインでの稽古だったので、僕や演出助手はもちろん、ホテルの皆さんも時間があれば関わっていて、チャットなんかで役者が困ることを想定してコメントを入れたりしてました。ふたを開けてみればきっとお客さんはいい人だろうから、そういう状況にはならないかもしれないですけど。でもけっこうなスパルタ教育を稽古でしてきたので、役者は多少のことでは動じないはずです。
ただ、皆さんもリアリティーショーの一登場人物であるので、ほかのお客さんを現実に戻すような、例えば役者に本人の名前で呼びかけたりするようなことはしないようにしていただきたいんです。守ってほしいルールはそれぐらいです。
――最後にこの作品の見どころやどのように楽しんでほしいか、コメントをお願いします。
お客さん自身が好きなように自分の中で物語を作り上げていく作品になっていると思います。僕たちが表現するものは毎回同じでも、どんな順序で見るかによって変わり、あなただけの物語が出来上がる。そこが一番の見どころだと思っています。だから自分の知らなかった探究心の強さだったり、まだ出会っていない想像力だったりを感じてもらえるといいですね。結末はひとつとも限らないので何度も見てほしいです。
20時・22時・24時に上演するのですが、素敵な夜になる気がします。(見た後は)そのまま悶々と考えながら床についていただければ。だから90分ほどお時間をください、と思っています。
取材・文=石水典子 写真=オフィシャル提供
公演情報
■公演日時:8月1日(土)〜31日(月)
■場所:HOTEL SHE, KYOTO(京都府 京都市)
■参加料金:一室2名まで 25,000円(税込)〜
■予約:7月18日(土)22:00より先着販売予定
■脚本 / 演出:きだ さおり(SCRAP)・ 左子 光晴(ヨーロッパ企画)
※本公演は実際のホテルに宿泊しながら体験するイベントです。