兵庫県豊岡市、城崎国際アートセンター(KIAC)の新芸術監督に市原佐都子、新館長に志賀玲子を会見で発表(詳細レポート)
(左から)中貝宗治豊岡市長、平田オリザKIAC現芸術監督、志賀玲子KIAC新館長、市原佐都子KIAC新芸術監督、田口幹也KIAC現館長 (photo:igaki photo studio)
兵庫県豊岡市の城崎温泉に位置し、国内外からさまざまなアーティストが滞在制作しているアーティスト・イン・レジデンス施設「城崎国際アートセンター」(KIAC)の館長、芸術監督に2021年4月1日付で志賀玲子、市原佐都子が就任する。それに先取って既報通り、KIACにて中貝宗治豊岡市長、現館長の田口幹也、現芸術監督の平田オリザ、志賀、市原の各氏が記者会見を行った。
(photo:igaki photo studio)
まず、城崎国際アートセンター(KIAC)を紹介しておこう。KIACは兵庫県豊岡市の人気の温泉地、城崎温泉に位置する舞台芸術のための滞在型の創作施設。旧・城崎大会議館をリニューアルして2014年にオープンした。アーティストは最短3日間から最長3カ月まで滞在可能で、ホール、スタジオなど24時間無料で使用することができる。施設とまちが非常に近い関係にあるのが魅力で、アーティストが城崎のまちに暮らすように滞在し、創作に集中することができることでも高い評価を得ている。
旧・城崎大会議館のリニューアルから関わった平田はかつて、SPICEの取材にこんなコメントをしていた。
「目利きのプロデューサーにアーティストを選んでもらって、その中から21世紀の「城の崎にて」ができたらこの先、また100年は食っていけるじゃないですかと。ただ21世紀の「城の崎にて」は小説ではなくて、コンテンポラリーダンスやビデオアートかもしれない」
KIACは、まさに注目の場となっている。
(photo:igaki photo studio)
会見の冒頭、中貝市長による、芸術監督および館長の交代経緯についての説明があった。
中貝市長 豊岡市の進める『深さをもった演劇のまちづくり』が、KIACの世界的な地位の獲得、KIAC 芸術監督でもある平田オリザ氏の移住と日本有数の劇団である青年団の活動拠点の移転、豊岡演劇祭の成功裡のスタート、「芸術文化観光専門職大学」の4月開校予定などに見られるとおり、豊岡が掲げております『小さな世界都市-Local & Global City-』実現のためのエンジンとして着実に成果を上げつつあります。
他方で『深さをもった演劇のまちづくり』および豊岡市における芸術活動を牽引する主要ポストである市長、市芸術文化参与、KIAC 館長、同芸術監督、芸術文化観光専門職大学学長予定者は、すべて男性で占められており、多様性の観点からは課題となっていました。このような状況を踏まえ、昨年秋、田口幹也現KIAC 館長から私に対し「芸術活動に関する主要プレーヤーの多様性を確保し、豊岡における芸術活動がより多彩に展開されるよう、KIAC 館長は女性から選ぶべきである。適任者はあるはず」との提言がなされました。『小さな世界都市』を目指す豊岡市は、市の施策をジェンダー視点で見直す取り組みを進めています。現在「ジェンダーギャップ解消戦略」策定作業の大詰めを迎えています。その方向性に合致するとして、市として、同館長の提言を受け入れることにしました。
人選については、KIAC の状況、演劇界およびアートマネジメントに詳しい平田氏に推薦を依頼しました。その際、平田氏から、2021 年4月に芸術文化観光専門職大学学長に就任する予定であることから、3月末をもってKIAC 芸術監督を退きたいとの申出があり、後任の芸術監督についても、平田氏に推薦を依頼したわけです。
中貝宗治市長 (photo:igaki photo studio)
後任となる志賀玲子、市原佐都子のプロフィールは下記の通り
【志賀玲子】舞台芸術プロデューサー、介護福祉士。兵庫県伊丹市立演劇ホールプロデューサー、びわ湖ホール「夏のフェスティバル」プロデューサー、地域創造「公共ホール現代ダンス活性化事業」コーディネイター、大阪大学コミュニケーション・デザインセンター特任教授を歴任。2007 年から ALS (筋萎縮性側索硬化症)を発症した友人の在宅独居生活「ALS-D プロジェクト」をコーディネート、介護にもあたる。
【市原佐都子】劇作家・演出家・小説家。桜美林大学にて演劇を学び、2011 年より劇団Q始動。人間の行動や身体にまつわる生理、その違和感を独自の言語センスと身体感覚でとらえた劇作、演出を行う。2019年に『バッコスの信女-ホルスタインの雌』をあいちトリエンナーレにて初演。同作にて第64 回岸田國士戯曲賞受賞。公益財団法人セゾン文化財団セゾン・フェロー。2019年1月アーティスト・イン・レジデンス事業に採択され KIAC で滞在を行う。2020年『バッコスの信女-ホルスタインの雌』で豊岡演劇祭に参加。
平田オリザ現芸術監督は二人の推薦理由を次のように語った。
平田現芸術監督 館長に就任する志賀さんとは30年来の仲です。志賀さんはダンスがご専門ですが、演劇にも大変造けいが深く、さまざまなネットワークを持っていらっしゃいます。これからは若手を育てることもお願いしたいと思っていますので、職員、あるいは周囲の方々にもいい影響を与えてくださるのではないかと思っています。一方で、私が務めていた芸術監督の後任については、これはもう市原さん以外にはいないだろうと最初から考えていました。市原さんは名実ともにもっとも注目されている劇作家、演出家でこれから国際的にも活躍していくアーティストです。芸術監督は芸術的な側面において責任を負います。主にはプログラムということになりますが、どういうアートについてのポリシー、考え方を持ってプログラムを組んでいるか説明するのが芸術監督の役割です。もう一つ大きな役割は、施設の顔としてのコネクションです。フランスなどヨーロッパでは早ければ20代後半で芸術監督に就任します。市原さんにはぜひKIACを拠点に、新しい国際的なネットワークを築いていっていただきたいと期待しています。
平田オリザ 城崎国際アートセンター現芸術監督 (photo:igaki photo studio)
また中貝市長は次のようにもコメント
中貝市長 志賀さんは近年、筋萎縮症の方の介護、コーディネートもされており、アートを人びとにどのように届けるのか、難病の方にどのように届けたらいいのかに関心をお持ちだと伺っています。KIACや豊岡で行われるアート活動を人びととどう結びつけていくのか、そういった方向にこのKIACの機能がウイングを広げることができるのではないかと思っています。豊岡の芸術活動がさらなる多様性を獲得していくものと大いに期待しているところです。
市原さんの『バッコスの信女-ホルスタインの雌』を昨年の豊岡演劇祭で拝見し、大変な衝撃を受けました。演劇祭企画委員のお一人、宮台真司さんが「優れたアートというのは人の心に傷をつける」とおっしゃっていました。「今までこうだと思っていた社会が違って見え始める、あるいは何か心の中に違和感が残って、そこからものの見方、考え方が変わるきっかけになる。そういった力を持っているものだ」と。私自身は、市原さんの作品によって、ジェンダーという視点をかなり強く意識させられました。相当、後にこたえる作品になりました。私自身のものの見方を変えるきっかけにもなった作品だと考えています。そういった力のある方が芸術監督に就任いただけることは大変ありがたいと思っています。
志賀新館長 豊岡で起きつつあるさまざまなプロジェクト、国内ではこれまで起き得なかったことが始まりつつあるというのは私も外から見て認識しておりましたが、この館長職のお話をいただきましたときに、ぜひ今起きつつある豊岡の動きを私も一緒に担わせていただきたいという気持ちになりました。私はこの10年ほど、難病になった友人の生活を支援する仕事をしており、舞台芸術から距離を取っておりました。しかしその経験は、今の私にとっては大きな視点を獲得することにつながりました。それは難病の友人の立場から劇場や舞台芸術を見たときに、いかにアクセスが難しいかを痛感したのです。本当に優れた芸術の持っている力は、いろいろな生活の場面で困難を抱えている方にとって力になるものだと信じております。もちろんそれはハンディキャップのある方に限らず、市民の皆さんにも通じることです。そのアクセスをつくる仕事が必要じゃないかと実感しております。
志賀玲子 城崎国際アートセンター新館長 (photo:igaki photo studio)
市原新芸術監督 KIACには2019年度に滞在制作をさせていただき、昨年の豊岡演劇祭で上演した『バッコスの信女-ホルスタインの雌』はそのときに創作したのですが、私にとってとても大きな作品になりました。KIACは、本当に国内外で評価される作品が生まれている場だと思います。そして同時にアーティストがこのまちに滞在して、自分の芸術について考えることは、アーティストやその活動に対して大きな影響を及ぼしているということを、これまでの記録などに目を通していても感じ取ることができます。実際に滞在した者としてすごく感じるのは、アーティストを非常に信頼していただいているということです。芸術性を高めることを最優先に、受け入れてくださる。だからこそ、アーティストのポテンシャルが引き出されるわけです。そんな素晴らしい場所で、平田オリザさんの後を任せていただけることを大変喜ばしく思います。
市原佐都子 城崎国際アートセンター新芸術監督 (photo:igaki photo studio)
また、開館以来6年、館長としてKIACを育ててきた田口幹也現館長は、二人に次のようなコメントを送った。
田口現館長 僕自身がここで働き始める前にアートとかホールでの仕事をやっていたわけではなく、急にこの世界に入ったわけです。このまちの出身だという強みはありましたが、仕事をしていく上では何をやっていいかわからないというところからのスタートでした。豊岡は『小さな世界都市』を目指しているのですが、その中におけるアートセンターはどういう施設であるべきかを考えて、仕事をしてきました。その積み重ねにより、さまざまなところからオファーをいただき、取材をしていただき、ついには大学までできてしまった。当初はこんな場所にアーティストが来てくれるんだろうかという不安もありましたが、本当に優秀なアーティストの皆さんが世界中から来たいとおっしゃってくださるようになり、さらにこのまちの魅力を発信してくださるようになりました。文化芸術によるまちづくりを掲げる地域はたくさんあると思いますが、こんなにも短期間でこのような循環が生まれている場所はそうはないと思っています。豊岡にはそういうポテンシャルがあったのだと思います。お二方を迎えることでさらにうまく回っていくと確信していますし、楽しみしかありません。
田口幹也 城崎国際アートセンター現館長 (photo:igaki photo studio)
また中貝市長はジェンダーギャップ解消の視点からも、今回の人事について語った。
中貝市長 もちろんお二人のアートマネージメントや芸術監督としての力を平田さんが認め、私たちもそこに期待をしているわけですけれども、ジェンダーギャップの解消を進めるという観点から見てもシンボリックな人事になったと思います。豊岡の最先端の取り組みの中で二人の女性が輝いていること自体が、多くの人たちに、特に女性に勇気やエネルギーを与えていただくことになるんじゃないかと思っています。
なお、今後、平田オリザ氏は4月開校予定の芸術文化観光専門職大学の学長に就任するほか、豊岡市文化政策担当参与、田口幹也氏も豊岡市大交流課参与を継続する。
(photo:igaki photo studio)
取材・文:いまいこういち