『8月の家族たち』で初タッグを組むKERA×麻実れいにインタビュー
左:麻実れい 右:ケラリーノ・サンドロヴィッチ(撮影:坂野則幸)
ピューリッツァー賞・トニー賞を受賞し、映画版も評判を呼んだ『8月の家族たち』。三姉妹と母親の確執を辛辣かつ滑稽に描いた現代アメリカ演劇の傑作が、来春、ついに日本に上陸する。演出と上演台本を手がけるのは、劇団ナイロン100℃の主宰であり、『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない?』(2006年)、チェーホフの『三人姉妹』(2015年)など翻訳劇も数多く演出してきたケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)。そして、映画版ではメリル・ストリープが演じた母親バイオレット(癌闘病中の毒舌家)の役に、KERA作品初登場となる麻実れい(以下、麻実)が挑む。KERAと麻実の初タッグは、フレッシュな化学反応をもたらしそうだ。
お互いに一緒にやりたいと思っていた
──今回、お二人は初顔合わせになりますね。KERAさんの舞台に麻実さんが出演されるというのは、意外な気もしますが、とても新鮮に感じます。
KERA:麻実さんとはいつかご一緒したいとずっと思っていたので、実現して嬉しいです。今回麻実さんに演じていただくバイオレットは、ここ数年で麻実さんが演じてこられた役に重なるような印象もあって。
左:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 右:麻実れい (撮影:坂野則幸)
麻実:私、バイオレットみたいな薬物を過剰摂取する女や、精神を病んでいる女の役をやらせていただくことが多いですものね(笑)。
KERA:(笑)。だからと言って、ご本人にも周囲にも「またそれか」と思われたら失敗だと思っています。僕としては、せっかく出ていただくんだから、これまでとは違う麻実さんを見ていただきたいですね。
麻実:とても楽しみですね。私も以前からKERAさんとご一緒したいと思っていました。でも、私がよく出演させていただいている舞台とは違うタイプのものを作られている方なので、絶対接点はないなと(笑)。「うーん、ご一緒したいけど、無理よね」と、自分のなかで呑み込んでいたんです。だから、今こうして隣りに座って取材を受けているのも、まったく予期せぬ出来事で。声をかけていただいたときは本当に嬉しくて、もうすぐに「ありがとうございます!」とお受けしました。私も長く演劇の道を歩ませていただいておりますが、若い世代の力のある方とご一緒して、新しい挑戦をしたいと思っていましたので。
KERA:僕にとっては責任重大ですね。「試しに一回一緒にやってみたけど、もう二度とごめん」なんて思われたら困るし(笑)。麻実さんに限りませんけどね。今回、出演者13人中6人が初めての方なんです。あえて初めての方の多い座組を望んだところはあります。他人の戯曲で、出演者が知っている役者さんばかりだったら、ちょっと守られすぎだなと。
麻実:私はだいぶホッとしました。私だけ初めてだったら、それこそ再演ものの舞台に一人だけチェンジされて出るみたいで、心許ないので。
KERA:初めてご一緒する役者さんが多い舞台は、怖いけど楽しみですね。共通言語があまりないから、少し時間がかかるかもしれないけど、未知であることはとてもスリリングです。
押しつけがましくなく、でも笑える作品に
──KERAさんが今回この戯曲を演出したいと思った決め手は?
KERA:プロデューサーから「演出してみたい戯曲はありませんか」と打診され、いろいろ探したんですが、他人の戯曲で演出したいと思えるものってなかなかなくて(笑)。往生しましたね。探しているうち、トレイシー・レッツのこの作品のことを知りました。群像劇で、しかも僕の大好きな三姉妹モノだと聞いて、興味を持ったんです。その頃ちょうど日本で映画版が公開されたので、観に行きました。ブラック・コメディと謳ってる割には客席ではほとんど笑いが起こってなかった。日本人には、ああしたトーンで演じてもなかなか笑いに転化できない。その後、ブロードウェイ上演の映像を観たら、もう爆笑に次ぐ爆笑なんですよ。決め台詞の連発で。これはこれで日本人には少し鬱陶しく思えた。映画版ともブロードウェイ版とも違う、ドライなブラック・コメディに仕上げられると面白いんじゃないかと思いました。決して押しつけがましくなく、でも笑える、というような。映画はメリル・ストリープ演じる母親とジュリア・ロバーツ演じる長女にフォーカスされてましたけど、戯曲はもっと群像劇になっていて、一人一人に見せ場があるんです。そこも自分好み。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ (撮影:坂野則幸)
──群像劇ですが、やはりバイオレットのインパクトが大きいと思いました。薬物を過剰摂取し、精神が不安定になって家族を攻撃する……という。
麻実:そうですね。ただ、バイオレットはごく普通の女だと思うんです。だけど最愛の夫に(失踪という)残酷な形で裏切られてしまう。こんな目に遭ったら堪りませんよね。許せないという気持ちがどんどん高まり、追い詰められていったんじゃないかなと。彼女は潔癖症なのかもしれない。私みたいにある程度ルーズな性格だったら(笑)、「まあいいか」と思えたのかも。
──先ほどKERAさんもおっしゃっていましたが、バイオレットは麻実さんがこれまで演じられてきた役と重なる部分がありますね。
麻実:いっぱいありますね(笑)。今年は『海の夫人』で精神が不安定なエリーダという女を、『夜への長い旅路』では麻薬中毒のメアリーという女を演じさせていただきました。でも、似たタイプの女の役でも、それぞれ別の女を作ろうと思って演じているんです。私自身、やっていて面白いですね。エリーダ、メアリーときて、今度はバイオレットという役が目の前にある。これまでとはまったく別の女を、KERAさんのお力をお借りして作り上げたいです。バイオレットがどんな人物なのか、なにを背負っているのか。これから上演台本をじっくり読ませていただいて、大切に掘り下げていきたいですね。自分のなかで少しずつ糸口を見つけられればと思います。
麻実れい (撮影:坂野則幸)
KERA:バイオレットって、いろんなものが見えなくなってきている人ですよね。自分が客観的にどう見えるかということもわからなくなっている。でも、そういう状態の人間を傍から見るのはとても面白い(笑)。
麻実:もう全然周りが見えてないですからね。そのへんは地でできそう。
KERA:(笑)。
「笑っていい」という指示棒を出してあげる
──ブラック・コメディとしても捉えられるような作品にしたいとおっしゃっていましたが、具体的にどのように演出しようと考えていらっしゃいますか?
KERA:コメディと言っても、ギャグが飛び交う類の喜劇ではありませんからね。関係性が生み出す空気感が笑いを生む為の要だと思うんです。ちょっとズレていたり、あまりにトゥーマッチだったりすると、思わず笑ってしまう。でも、「ここで笑っちゃいけないな」と思ってしまう人もいると思うので、ある程度「笑っていいですよ」と指示棒を出してあげることが重要かもしれません。
──そういう指示がなければ一切笑えないかもしれませんよね。
KERA:そうなんですよ。日本人は特に、笑っている自分を相対的に見てしまう人種でしょ。「こんなシーンで笑ってしまっている私を、隣りのお客さんはどう思ってるんだろう」みたいな(笑)。アメリカ人はそんなこと気にせず、自分がおかしいと思ったら「アッハッハ!」と笑うじゃないですか。彼らはアクションだけでも笑うけど日本人は、アクションに対して舞台上の人がどうリアクションをとるかを見ている。そこに笑いの指示棒を出してあげると。
──一度「笑っていいんだ」とわかると、みんな安心して笑えるようになりますね。
KERA:そうですね。最初が肝心です。家族の大喧嘩のシーンとか、笑えないとちょっとどうしていいかわからないですよね(笑)。「このシーンは殺陣が見どころなのだろうか」なんて思われてしまうかも(笑)。
麻実:匙加減が難しいかもしれません。家族というものの辛辣さは恐ろしくもあり、おかしくもありますものね。自分の家族を思い起こしても、母と姉のちょっとした口喧嘩なんかは見ていて面白かった(笑)。私が止めなきゃ止まらないぐらいの勢いで。それが現実なんじゃないでしょうかね、家族って。でも根底には愛があると思います。
左:ケラリーノ・サンドロヴィッチ 右:麻実れい (撮影:坂野則幸)
──愛があるからこそ辛辣なことを言い合えるのかもしれませんね。では最後に、この舞台を楽しみにしているお客様へのメッセージをお願いします。
KERA:笑いとシリアスが相乗効果で互いを補完してるような作品にしたいんです。上演台本もこれからだし、いろいろなことが未知数なんですけど、良い意味で「危なっかしいところ」に飛び込んでいくのがとても楽しみですね。麻実さんをはじめ、出演者の半分が初めての方なので、ほかの役者さんも刺激を受けると思うし。それによって良い変化が起きればいいなと思っています。映画とは違う、思いもよらないものになると思いますので、ぜひ観に来ていただきたいです。どうか「きっとこんな感じなんだろうな」と想像だけして観に来るのをやめたりしないでください(笑)。
麻実:KERAさんがおっしゃる通りです。KERAさんとこのキャストで舞台空間を作っていくわけですが、とても素敵なものが先に待っていると思います。今からとても楽しみですね。私の舞台をずっと観続けてくださっている方も、今回初めて観ていただく方も、KERAさんの手にかかった私がどうなるか楽しんでいただけたらと思います。自分がどんなふうに変わっていくのか、私自身期待しているんです。大変素敵な戯曲ですし、ぜひ多くの方に観ていただきたいです。
<公演日程・会場>
東京公演:
※金額、発売日は決定次第発表
<スタッフ・キャスト>
■作:トレイシー・レッツ
■翻訳:目黒条
■上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
■出演:
麻実れい、秋山菜津子、常盤貴子、音月桂、
橋本さとし、犬山イヌコ、羽鳥名美子、中村靖日、藤田秀世、小野花梨、村井國夫、木場勝己、生瀬勝久
■公式サイト:
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/16_august.html
http://www.cubeinc.co.jp