岸田健作、源光士郎が魅力を語る『VR能 攻殻機動隊』再々上演でさらなる進化を 特別対談
左から川口晃平、源光士郎、福地健太郎、岸田健作、奥秀太郎 撮影:神田法子
『VR能 攻殻機動隊』に触れた人はみな、驚きとともにその世界に引き込まれる。能を初めて見た人も、よく知る人も、最新鋭のテクノロジーと日本の伝統芸能の融合した舞台に、現代の可能性を見るのだろうか。前回公演では、全席完売で大反響を呼んだ『VR能 攻殻機動隊』が、5月3日・4日に東京芸術劇場プレイハウスで更に進化して登場する。
公演を間近に控えて、本作の魅力を語り合う特別対談を敢行。元いいとも青年隊で現在は和のパフォーマンス集団「天空乱舞」やロックバンドAsh Berryなどで活躍中の岸田健作、武術家・侍アーティストの源光士郎の二人が客席で感じた本作の魅力を語り、演者の川口晃平、3D技術担当の明治大学・福地健太郎教授、演出の奧秀太郎監督がVR能の更なる可能性について語った。
(c)士郎正宗・講談社/VR能 攻殻機動隊製作委員会
■ミックスの面白さと能らしさ
――岸田さんは前回公演で、源さんは初演から『VR能 攻殻機動隊』を客席でご覧になって、どのような印象を持たれましたか?
岸田:能自体を観たのが初めてで、何の情報もない中見て、まず『攻殻機動隊』という漫画、VR、能とがミックスしているという企画にびっくりしました。僕は今音楽活動をしていて、ミクスチャーと呼ばれるHIP HOP、ロックなど色々なものをミックスしてひとつのオリジナルの作品を作っていくジャンルなのですが、それに近いものを感じました。僕は元々いいとも青年隊でデビューして、バラエティでトークもやりますけど、トークや音楽、ダンスなど間やテンポが大事な世界で生きてきた人間が、能という静の動き、そこにただ立っているだけですべての人を引き込み、空間すべてを制圧する表現に震えるくらいの衝撃を受けました。静こそ最大のパフォーマンスじゃないかと、自分が今までやってきたことが全部覆ってしまったんですよ。VR技術のトリックもすごくて、終わるまで前のめりに見続けて、完全に引き込まれてしまいましたね。
川口:さすが、表現のお仕事をなさっている方だけあって、よく見抜かれていますね。能では止まっていること以上の表現はないんです。世阿弥の言葉でいう「せぬ暇」、いかに何もやっていないように見えてどれだけ表現できるかというのが能の演技の一番の肝です。立っているだけ座っているだけ静の演技の中で、お客さんに委ねてしまう部分、自分の静止によってお客さんのイマジネーションがどれくらい引き出されるかに賭けている部分がありますね。能の演技でも、舞ったり謡ったりという動の演技はとてもシンプルなので、究極は止まっている姿をどれくらい美しく見せるということ。実は能楽師の中では、止まりながらも舞っている、むしろ止まっている時が最もエンジンをふかしている感じなんです。
源:私は武道歴35年ですが、並行して観世流の能を勉強しています。能は武士が嗜みとしていた文化で、織田信長が舞う『敦盛』は有名ですが、武術と美学・美意識が共通するんです。だから能がどんなふうにアレンジされるかということにも常にアンテナを張っていまして『VR能 攻殻機動隊』に出会いました。最初はもうびっくりでした。どうなっているの?って。能史上でもなかなかないレベルです。新作能やコラボレーション能は、シェイクスピア劇やギリシア神話を能に翻案したものなど色々ある中でも、この攻殻機動隊は非常にインパクトがありましたね。特に原作と能の親和性に気づいたところがすごいです。テクノロジーとの融合、相乗効果が大変高いレベルで作品化されていて、それがちょうど能のバランスになっているんですよね、何でもかんでもごちゃごちゃと入れないで、もっと見たいぞと思わせる、あえて見せない作りというか。
川口:おそらく元々日本の表現って余白や行間といった何も書いていないところに受け手、読み手が何かをイマジネーションして感じるものだったんです。最近はそうもいかなくて日本の映画でも全部セリフで説明していて、変わってきたのかもしれませんが。能みたいないちばん古いといわれる演劇がそういうのを多分に持っていて、もしかしたら能みたいな表現がこれからの日本の表現活動のある種お手本みたいになるのかなと。ですからこの企画もそういう座組みで、最新鋭のものと漫画という日本の代表的な世界中でジャポニズムを生み出しているものと、根底にある能という表現が組んだということはすごく意味のあることだなと思います。
岸田:色々なものが詰め込まれているから、他ジャンルの表現をしている人間も一斉に引き込まれる、素直に入っていけると思いますね。
源:能を見たことがない人が見たという意味では今までで一番の公演じゃないですか。過去に行われた能と他ジャンルのコラボレーションや実験公演というのは、まだ能を知っている人が来ていたと思うんですね。この演目に関しては、攻殻機動隊がアンテナにひっかかった人やVRに興味がある人が多いですよね。
川口:攻殻機動隊ファンというのは割とそういうのに敏感な層で、他のアニメファンと違ってマニアックに深掘りという感じの人が多いように思います。能ファンは、能自体が六百年以上の前に書かれた台本を未だやっているような非常に保守的なジャンルなので、新作とか実験的な作品を積極的に観に行くことはあまりいないんですよ。だから当然違うジャンルの人がお客さんとして入ってくるわけで、異ジャンルからきた人にも能の面白さを感じてほしいというのが僕の望みであったわけです。僕自体は能の家育ちではないので、新作でもコラボでも何でもやればいいと思う方なんですけれど、ただ何でもあり、何とでもミックスしてしまうと能は成り立たなくなってしまいます。僕たちが新作をやっても、VRでやっても、攻殻機動隊をやっても、能が六百数十年かけて作り上げてきた技術、能の古典の演技に出てくる要素以外は使わない、つまり能でやることしかしないというのが演者側に共通した認識で、そこは守っていかなくちゃいけないんですね。藤咲淳一先生からいただいた脚本を能の言葉に直す作業は私が担当したんですが、能のリズムに合わせて文字数を調整して、古典で通じる形にしているんです。
■現実と虚構の混じる能の世界をVRで
――福地先生は、VR能の前身の3D能の頃から一貫して技術・効果・オペレーションを担当されてきたわけですが、VR能の技術面からの見どころは?
福地:3D能の時は、能で今まで表現されていた世界に映像で、能の場面を視覚的にわかりやすく表現し、3Dで臨場感や目の前に迫ってくる感じを出すというリクエストだったので、着地点は見えていてそこに能のお知恵を借りながらやればよかったんです。VR能は単に舞台に映像をつければ完成というものではなく、能の現実と虚構がないまぜになっていて分かちがたいものを作りたいというところから始まっていて、お手本がないんですよ。立ち上げの最初を考えるところに一番時間がかかりましたね。技術が前面に出てくるんじゃなくて、やはり能を見せたいわけで、見た人に自分は能を見たと思って帰っていただけるものに作り上げるにはどうしたらいいかと本当に考えましたね。
奥:技術面で言えば3D能として最後にヴェネツィアで上演した『葵上』がVR能への橋渡しになっていますね。福地先生が開発したもので、鏡が色々なものを映し出す、でも時には映さないものもあるという。
福地:ヴェネツィアでやった演目では、鏡を使って、自分たちがいるリアルの空間が映っている本物の映像だと思っていたのに、虚構の映像に入れ替えて映し出すことで驚かせるという試みをしていて、振り返るとVR能へのヒントになっていたわけですね。実物も映像も見えていて、その二つが違和感のない状態で混じり合っている時にどちらかをスッと消すというやり方はかなり有効だと経験値でわかったので、今回はさらに発展させた方法で消します! これ以上言うとネタバレになりますけど(笑)。
奥:今回また技術面でも演出面でも、実験や試行錯誤を含め現場で蓄積されていくものが多く、どんどんバージョンアップしてその時のこれがベストだというものを出せるようにしたいと思っています。それは守りに入らず進化していくVR能を通じて革命的な、劇場を超えて多くの方に驚きと感動を与えるやり方ができないかな、と。このコロナ禍の時代に、逆に色々進化していくものもあると思うんです。常に先にいかなくちゃいけないなと思っていた矢先に、能というものに出会えたことは僕にとって感動的かつ衝撃的なことでしたので、こうやって一緒にやらせていただいていることは幸せです。まず一つ『VR能 攻殻機動隊』というものを生み落とせたわけですから、これを発展させて色々な形で国内外に広げて、和の文化への入り口になるようなプロジェクトに広げていきたいなと思っています。
■ネタバレだって怖くない!?
福地:再演、再再演していくに当たって、技術担当として不安があるとしたら、僕らが担当しているのはある意味ケレン(歌舞伎などで使われるハッタリ)なので、二度見て満足してもらえるかという問題はあるんです。もうわかったから大したことないと言われがちでもあるので。能や歌舞伎の世界では、そこにどう取り組んでいらっしゃるかというのは興味深いところであるんですよね。
奥:僕はVR能におけるテクノロジーはケレンと思ってない節があって、一つの割とスタンダードな演出として生きているように思っているんです。『道成寺』の鐘のような、筋に欠かせないもののひとつであるという感じですね。
川口:能を好きな人だと同じ演者の『道成寺』を何度も見るとか、あるいは違う演者でも見てみるとか、ひとつの演目をネタバレしたままずっと見ているわけですよ。言ってみれば、能は六百年ずっとネタバレし続けている芸能なんです(笑)。その中で演者は生きている人間だし、VRを操っているのもまた人間であって、つまり一期一会なんですよね。同じ演目をやっても演者や掛け合いによって毎回長さが変わってくるわけです。その中で一番重視すべきなのは美しいということ。舞台上で美しいものが現れて消えた、そういう瞬間を人間はどうしたって欲しくなるわけで、新しさで驚かせるとかケレンで目眩しをするとかではなくて、ただ美しい時間が流れるというところに没入できるとことが大事だと思います。
岸田:お客さんも見ていてわかるんですか? ロックバンドで同じ曲をやってもやるたびにメンバーの調子だったりお客さんの反応なんかによって毎回違う、深さが違うということが実際生でみるライヴの醍醐味と言ったりするんですけど、能も同じ作品でも同じに見えないお客さんの楽しみというのがあるんでしょうか。
川口:一回一回よくよく見ていたらもちろんわかります。何十年と同じ演目をやっていれば若い時と歳をとってからでも違いますし。ライヴ感という意味では、能ではあまりリハーサルやゲネプロをしないで、一発本番に臨む時のみずみずしさを大事にしてやりたいというのがあります。演目はたくさんありますけど、パターン化されていてシンプルなので稽古でごちゃごちゃする必要がないんです。他ジャンルとのコラボ舞台の場合でも、能楽師は舞台の形とセリフの分量と尺が分れば、立ち位置も演技のもっていき方も全部決まるので、それを粛々とやるだけで、稽古もリハもいらないんです。
岸田:『笑っていいとも!』がそんな感じでした。タモリさんはコーナーの順番とかスタッフが説明する段取りを確認するだけで、中身は何も決めなくてリハもなしにいきなりドンでした。
源:出た! 『笑っていいとも!』と能の意外な共通点(笑)。
福地:ジャズのインプロヴィゼーションやスタジオミュージシャンのセッションに近いですよね。
川口:そうですね、一回一回、呼吸し合ってやっていますから。逆にいうとそれでできてしまうシステムを作った世阿弥がヤバい!という話で(笑)。
福地:僕は技術担当だから、毎回毎回、何十回と舞台袖で見ているのに、自分でオペレーションをしながら見入ってしまうことがあるんですね。舞台袖で仕掛けも全部わかっていて、そりゃ自分でやっているんだからネタバレ中のネタバレなんですが(笑)。たとえば消失を作り出すその瞬間、もちろん緊張もあるし、お客さんもその緊張を感じることで、新鮮さを感じてしまうんでしょうね。一回だけ、本当に見惚れて操作を忘れかけてしまったことがあるくらいです。緊張が抜けていたんじゃなくて、夢うつつのトランスに近い本当に引き込まれ過ぎてしまったわけで反省は然りなんですけど(笑)。だからネタがわかっていても美しさ、引き込まれるものに絶対なりうるという自負はあります。そこにどうやってお客様全員を導いてそういった心持ちになっていただくかを追求していきたいですね。
奥:本来ライヴエンターテインメントってその場所、その時間、その時代にそこで演奏された、全部の掛け合わせでワン&オンリーの特別なものになっていくんですよね。僕自身が色々なライヴエンターテインメントを見に行ったりして感動した時ってそういうのがすごく大きかったので。このメンバー、このチームで、コロナの時期にこの場所でという緊張感、ライヴエンターテインメントならではのそういう面白さがあると思いますし、お客さんとも共有していきたいですね。
――最後に、座談会を終えてみて源さん、岸田さんから読者のみなさまへおすすめメッセージをお願いします。
源:テーマとして、最初に話したように、能が表現してきたテーマと攻殻機動隊が表現してきたテーマの通ずるところがうまく出ている作品ですし、今回新しい演出やシーンもあるみたいですし、それも含めて期待したいなと思っています。
岸田:前回見たのが最先端を越えすぎたくらいの衝撃があったので、次回作の話を聞いて、iPhone12を今日買ったのに明日13が出るって言われているみたいで、進化についていけない、気持ちが追いつかないのはありますけど(笑)。初めて見る人で能に興味のある人の連れてきている人なんかもいると思うし、深い興味があるというわけではないサラの状態で、今目の前で行われるステージを見てみようって人もいると思うんです。だったらフラットにしたまま見にきてくださいと言いたいです。僕は何の前情報もなくフラットな状態でショーを初めて見てここまで引き込まれた人間なので、変に背伸びもせず、何の情報もない中で目の前で行われているあらゆる芸術というものを受け止めていただければ、見た後に素直な感想が出ると思うし、必ず素敵な時間を過ごせると思います。
取材・文・撮影:神田法子
公演情報
『VR能 攻殻機動隊』
2021年5月3日(月・祝)19:00開演 5月4日(火・祝)11:00開演