手話で演じる会話劇『華指1832』を上演する「ももちの世界」ピンク地底人3号にインタビュー「“音が見える演劇”をとおして、どんな人でも演劇はできると伝えたい」

インタビュー
舞台
2021.8.27
ももちの世界#7『華指1832』イメージ。

ももちの世界#7『華指1832』イメージ。

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人間と社会の暗部をクッキリと浮かび上がらせる群像会話劇で、「第24回劇作家協会新人戯曲賞」など数々の戯曲賞を受賞している、今注目の劇作家・演出家のピンク地底人3号(以下3号)。自らの演劇ユニット「ももちの世界」で発表する新作『華指1832』では、ろう者・難聴者の俳優たちを起用し、手話を使った会話が大半を占める演劇作品に挑戦する。

とはいえ決して「ろう者・難聴者がいかに社会生活の中で苦労しているか」という、障がいをメインとしたフィクション作品にありがちな展開には陥らず、あくまでも手話という一つの“言語”をとおして、現代のディストピアを描き出すそうだ。3号に本作の内容や、彼が大切にしている「誰に向けて演劇を作るか」という思いについて聞いてきた。


今年の2月に公開した映像作品『サバクウミ』、雑誌「せりふの時代2021」に掲載した短編戯曲『華指212度』と、手話の会話がメインとなる作品を次々に発表している3号。手話演劇に取り組むようになったのは、昨年、とあるろう者と知り合ったことで、客席に「音が聞こえない人」のいる可能性があることに気づいたからだった。

ももちの世界『サバクウミ』(2021年) [撮影]タニガワヒロキ

ももちの世界『サバクウミ』(2021年) [撮影]タニガワヒロキ

今まで僕は“お客さんは音が聞こえる”という前提で芝居を作っていて、特に『ハルカのすべて』(2020年2月上演)は、俳優の発語で様々な現象を表現するという、すごく音がキーになる作品でした。でもあの作品を、耳の聞こえづらい人が観たら、多分何も伝わらなかったんじゃないか? と。この前提をもっと疑うべきだったと本当に反省して、次は音が聞こえる演劇ではなく、音が“見える”演劇をやりたいと思ったんです」。

現在「THEATRE for ALL」で有料公開中の映像作品『サバクウミ』は、聴者の夫婦と、俳優志望の難聴の女性をめぐる人間ドラマ。途中で字幕のない手話の長台詞があり、手話にまったく疎い筆者には、何を言ってるのかさっぱりわからなかった。が、これこそが「音」だけでは何を言ってるのか理解しづらい、彼らが普段感じていることか……! と、目が覚めるような思いをしたものだ。

サウンドパフォーマンス的な色合いの強かった、ももちの世界『ハルカのすべて』(2020年) [撮影]脇田友

サウンドパフォーマンス的な色合いの強かった、ももちの世界『ハルカのすべて』(2020年) [撮影]脇田友

『サバクウミ』は字幕が付けられるから、いろいろな人に観てもらえそうだったし、演劇を映像に収録するという時に、手話という“見える声”は効果的かもしれないと思いました。ただあの作品は、使用した手話の種類の問題や、僕自身の不勉強などもあって“これがろう文化のリアルだと思われたら困る”という意見をもらったんです。今はろう者の俳優さんや、手話通訳の方と一緒にやっていて、その反省点をクリアした上で挑めていると思います」。

(ちなみに3号が言う「手話の種類の問題」というのは、日本で使用されている手話は、大まかに「日本手話」と「日本語対応手話」の2種類があり、この2つはほとんど別言語と言えるほどの違いがあるそうだ。興味のある方は、検索して調べてみてほしい)

次回作のタイトル『華指1832』は、ほとんどの人が予想したとは思うが、レイ・ブラッドベリの名作SF小説『華氏451』から拝借している。主な舞台となるのは、現代の京都の喫茶店で、内容としてはまったくの別物。しかし物語の通底に流れるディストピアのムードには、共通したものがあるという。

大阪の劇場[インディペンデントシアター1st]を使って撮影された、ももちの世界『サバクウミ』(2021年)。 [撮影]タニガワヒロキ

大阪の劇場[インディペンデントシアター1st]を使って撮影された、ももちの世界『サバクウミ』(2021年)。 [撮影]タニガワヒロキ

手話をイメージできるタイトルがいいなと思った時に、この小説が思い浮かんで、「氏」を「指」に変えたらステキやなと。そこで何かいい数字がないかな? と思った時に、人体が燃える温度が華氏1832度ということで、これに決めました。ちなみに212度は、水が沸騰する温度です。僕の作品の特徴として、現代と過去が行ったり来たりするというのがありますけど、今回はコロナ禍の現在と、20年前の【9.11】の時代の話が交互に入ってきます。

どちらの話も、それが起こる少し前の時間軸から始まって、悲劇に向かって進んでいく。コロナと9.11に直接的な関わりはないけど、自分の中では似た感覚があるんです。今の日本の社会情勢も、ブラッドベリが書いたことを超えていると思うし、そのムードが反映されたという意味では、『華氏451』と関係があるっちゃある、という気がします」。

出演者8人のうち、3人がろう・難聴の当事者で、1人はプロの手話通訳士。残りの4人および3号は、この芝居のために手話を覚え始めたという、いわば手話初心者だ。芝居作りに時間がかかることを見越して、通常は稽古期間2ヶ月の所を、その倍以上の5ヶ月に。稽古の最終段階に入った今は、ほとんど手話で稽古ができるレベルに成長したそうだ。

ももちの世界#7『華指1832』予告①

最初の頃は、かなり筆談を織り交ぜてましたが、手話話者のみんなが丁寧に教えてくれるので、どんどん手話でコミュニケーションが取れるようになっていきました。そもそも演劇の稽古自体が、全然考えの違う人たちを、作品のためにすり合わせていく作業。だから言語の違いのズレがあったとしても、稽古を通じていつの間にか近づいていけるのが、演劇のいい所だなあと実感しました。

これが忙しい職場だったりすると、もっと効率的な方法を探すとか、失敗を許さないみたいな所があると思うんです。逆に失敗してもいい、完全に伝わらなくてもいいという気持ちで、伝えたいことを本気で伝えようとしたら、いつの間にか距離が縮まっていった。その演劇ならではの、非効率だけど濃密な時間が、すごくいいなあと思います」。

光の当たらない部分に光を当てるのが、劇作家や演出家の仕事だと僕は思う」と言うとおり、ももちの世界ではLGBTを始めとする社会のマイノリティたちの葛藤や、それを取り巻く情勢を作品にしてきた3号。今回登場する人々もマイノリティと言えるが、今までとは違う取り上げ方をするという。

LGBTやブラック企業の問題に焦点を当て、「第27回OMS戯曲賞」佳作を受賞した、ももちの世界『カンザキ』(2019年) [撮影]脇田友

LGBTやブラック企業の問題に焦点を当て、「第27回OMS戯曲賞」佳作を受賞した、ももちの世界『カンザキ』(2019年) [撮影]脇田友

この4・5年は、マイノリティ属性の人たちの葛藤を、ドラマの中心に置いてました。今回の作品も以前なら、手話を使える/使えないというディスコミュニケーションの葛藤を描いたと思うんです。でも今回はそれを止めて、そうじゃないドラマをちゃんと描かなければいけないと思いました。だってろう者の人たちの葛藤って、絶対に聴者とのディスコミュニケーションだけじゃないはず。でもTVとかで難聴の人が出てきたら、コミュニケーションに苦労している話ばかりが、どうしてもフューチャーされてしまうんです。

だから属性そのものをドラマにするのではなく、ドラマのメインのキャラクターが、たまたま手話を使える人ばかりだった……という、今回のような取り上げ方をした作品は、結構珍しいんじゃないかと。とは言っても、コロナ禍で誰もがマスクをするようになって、口の動きを読み取れなくて困っているなどの現実があることも、ドラマの一つの背景という形で、決して啓蒙にはならないよう描けたらと思います」。

以前SPICEで3号と対談した「コトリ会議」の山本正典は、最近の3号について「“誰に演劇を見せるのか?”という所に、ますますフォーカスを当ててる気がする」と評していたが、その言葉が正しければ、今回彼は誰に向けて、この演劇を見せようと思っているのだろう?

ももちの世界『ハルカのすべて』(2020年)は、性的マイノリティの映画監督の記憶を描き出した。 [撮影]脇田友

ももちの世界『ハルカのすべて』(2020年)は、性的マイノリティの映画監督の記憶を描き出した。 [撮影]脇田友

「確かに“誰に見せるのか?”というのは、とても意識しています。それでいうと今回は、ろう・難聴の若い人たちに向けて作ってるという気持ち。僕自身は日本にいる限り、マジョリティ側にいる人間なのだと思うけど、演劇という手段を使って、マイノリティの人たちが活躍できる場所を作ることはできると思うんです。

舞台上から“どんな人でも演劇はできますよ”と伝えていきたいし、今回の作品を観て“舞台に出てみたい”“脚本を書いてみたい”と思ってもらえたら嬉しい。耳の聞こえづらい俳優は、今の日本ではやれる場所が少ないというのが現状だけど、多くの人がこれをきっかけにろう文化や手話に興味を持ってくれたら、彼らが俳優として活躍できる場所が増えていくんじゃないかと思います」。

「第27回OMS戯曲賞」佳作を受賞した『カンザキ』(2019年)発表後に、3号は「マジョリティの感動のためにマイノリティをドラマで利用すること」に、大きな疑問を抱いたという。その反省と、ろう文化という新しい世界との出会い、そしてコロナ禍を通じて生まれた問題意識を融合させた『華指1832』は、彼のキャリアのみならず、演劇の言語やマイノリティの取り上げ方に新しい光を当てる、一つのターニングポイントになるかもしれない。

上演はほとんどが手話(字幕付き)となるが、作品の理解に不安のある人には、あらかじめ上演台本を無料配布するとのことなので、遠慮なく問い合わせてほしい。

「ももちの世界」主宰で劇作家・演出家のピンク地底人3号。 [撮影]chanmi

「ももちの世界」主宰で劇作家・演出家のピンク地底人3号。 [撮影]chanmi

公演情報

ももちの世界#7『華指1832』
 

■作・演出:ピンク地底人3号 
■出演:岡森祐太、木下健(短冊ストライプ)、しもさかさちえ、中村ひとみ、橋本浩明、薮田凛、山口文子、白木原一仁(プロデュースユニットななめ45°)
※日本手話・日本語字幕付き上演。
 
■日時:2021年9月9日(木)~13日(月) 14:00~/19:00~ ※9日=19:00~、12日=11:30~/15:30~、13日=14:00~
■会場:インディペンデントシアター2nd
■料金:一般=前売3,300円、当日3,500円 障がい者・25歳以下=2,500円(前売・当日共)
※ご入用の方には、事前に戯曲データを無料でお送りします。メールにてお問い合わせください。
■問い合わせ:momochinosekai@yahoo.co.jp(ももちの世界)
■公演サイト:https://momochinosekai.tumblr.com/next
 
※この情報は8月25日時点のものです。新型コロナウイルスの状況次第で変更となる場合がございますので、公式サイトで最新の情報をチェックしてください。
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