歌舞伎座『六月大歌舞伎』古典の名作、ユニークな舞踊、悲劇の武将のドラマまで~第一部・二部観劇レポート
2022年6月2日(木)に、歌舞伎座で『六月大歌舞伎』が開幕した。1日3部制のうち、第一部の『車引』、『猪八戒』、第二部『信康』『勢獅子』を紹介する。
■古典の名作と復活舞踊の第一部(午前11時開演)
一、『車引(くるまびき)』
『菅原伝授手習鑑』全五段のうちの三段目にあたる『車引』。花道での六方、個性際立つ見得など見どころが詰め込まれている。登場する三つ子の兄弟は、それぞれ梅王丸(坂東巳之助)が菅丞相に、松王丸(尾上松緑)が藤原時平(市川猿之助)に、桜丸(中村壱太郎)が斎世親王に仕えていた。しかし桜丸が、斎世親王と菅丞相の娘の恋をサポートしたことから、梅王丸&桜丸VS松王丸の対立関係に。梅王丸と桜丸が、黒幕の時平をのせた牛車を狙うが……。
花道から梅王丸が、舞台上手から桜丸が現れる。2人は、深笠で顔を隠したままだが、セリフや物腰から心や個性が見えてくる。いよいよ笠をとり顔をみせると、客席から熱い拍手がおくられた。桜丸の壱太郎は、上方の型で勤めている。両肌を脱いだあとの桜丸は、通常、赤地の襦袢を着ているが、今回はトキ色(鴇のつばさの内側のような淡い桃色)となる。目元の隈を描かないためか、目には溢れんばかりの憂いがあった。散る間際の桜のような美しさだった。梅王丸の巳之助は、時平への怒りで客席に飛び出してきそうな迫力だ。弾むような躍動感は、愛嬌をも感じさせた。そこへ、時平の舎人・松王丸が登場する。松緑の第一声には、思わず居ずまいを正したくなるスケール感があった。一挙手一投足にパワーだけでなく、深さ、大きさをみせ、説得力をもって兄弟を押しとどめた。猿之助の時平は、禍々しさが冴えわたる。キャストの勢いが拮抗し、押し引きする『車引』。歌舞伎の型は、俳優を押し込めるものではなく、それぞれの魅力を跳躍させるものなのだと、あらためて気づかされた。
二、澤瀉十種の内『猪八戒(ちょはっかい)』
澤瀉十種の内『猪八戒』は、歌舞伎座では初演の1926年以来、本興行としても1931年の東京劇場以来の上演となる。幕開きでは1930年生まれの市川寿猿が、初役で村長・張寿函を勤め、客席をあたためる。村祭りには、霊廟に祀られる霊感大王に、生贄を捧げなければならないという。しかし、三蔵法師一行の提案により、生贄の娘の代わりに三蔵法師の弟子を供えることになった。いよいよ登場したのは、一人の娘。いかにも美女がまといそうなベールを手に現れる。その正体は猪八戒。そうと知ると、花の髪飾りも、とってつけたような可笑しみがわく。猪八戒は、もとは神様でありながら、天界でのしくじりをきっかけに下界にきた。生贄として待機する間にも、お供えのご馳走が気になって仕方がない。ついお酒に手を出して……。
猪八戒は猿之助。ご機嫌な飲みっぷりから、こちらの視界まで歪むような酩酊状態まで、緩急自在に踊りでみせていく。愛らしいビジュアルと、猪八戒の怠け者の本性のギャップは、霊感大王だけでなく観客をも愉快に翻弄した。大王役は市川猿弥。花道の七三から物々しいオーラで登場。猿之助との掛け合いではコミカルなリアクションで笑わせ、踊りではさすがのコンビネーションで魅了し、床を鳴らし軽妙に物語を運ぶ。さらに孫悟空(尾上右近)と沙悟浄(市川青虎)がアクロバティックに登場。大王の部下の紅少娥(市川笑也)と緑少娥(市川笑三郎)も双剣をかまえて参戦し、花道から本舞台まで大乱戦に。心沸き立つ舞踊劇だった。
■悲劇の若き武将と、祭の賑わいの第二部 (午後2時15分開演)
一、『信康(のぶやす)』
第二部『信康』では、市川染五郎が、はじめて歌舞伎座の主役を勤める。演出は齋藤雅文。染五郎が演じるのは、織田信長の娘婿で、徳川家康の嫡男の信康。若くして戦の才に恵まれているが、一方では嫁姑問題を軽くみたり、人の和を重んじる実父・家康よりも人を鞭でつかう岳父・信長に憧れを抱いたり、危うさも匂わせる。
戦国時代の親子のドラマは、戦火のない城内で動きはじめる。花道から登場した信康は、岡崎城の城主らしい闊達さと自信を備えた佇まい。「おお、新吉」と声をかけた瞬間から、家臣たちとの関係が伝わってくる。しかし信康は、若者らしい野心と将来性の高さゆえに、信長から危険視され、じわじわと未来から光が奪われていく。闇が濃くなるほどに、染五郎の信康は煌めきを増し、儚いだけでない真っ直ぐな強さを見せた。城主を支え、ドラマの骨格を支えるのが、家老・松平康忠役の中村鴈治郎、平岩親吉役の中村錦之助をはじめとした共演者たちだ。母・築山御前役の中村魁春は徳姫役の中村莟玉とともにシニカルな笑いで存在感を示しつつ、重要な役割を果たす。岡崎城を離れてからも、大谷友右衛門、坂東亀蔵、澤村宗之助や大谷廣太郎らが演じる二俣城の大久保家の真心、中村歌之助の鵜殿又九郎が迸らせる忠誠心が、信康の人物像に奥行きを生み、同時に、信康が彼らの心を突き動かしているよう。その光景は、初々しい主演俳優と先輩俳優たちの現実の関係性とも重ねて見えてくる。染五郎の実の祖父・松本白鸚が、家康を勤めている点も同様だ。白鸚は、家康がその後に歩む人生と地続きのドラマをみせる。一人の親としての心の内の葛藤を抑えた演技で粘り強く表しつづけ、幕切れには荒々しいほどの激情で、実の子の遺志を親が継ぐ運命の重さ、惨たらしさを突き付けた。
染五郎は、現在17歳。『信康』には、この役、この共演者、そして声や表情に素の少年性を残す染五郎の、今だからこその輝きがあった。
二、『勢獅子(きおいじし)』
幕間をはさんで『勢獅子』。江戸三大祭のひとつ、山王祭をモチーフとした演目だ。祭囃子で幕があき、浅黄幕が振り落とされると、中村雀右衛門、中村扇雀の芸者、莟玉の手古舞が登場。一瞬で場内を明るくする。つづいて鳶の若手に坂東亀蔵、中村種之助、中村鷹之資、尾上左近たちがわいわい集まってくる。江戸っ子憧れの職でもあった鳶の頭には、中村梅玉と尾上松緑。大胆に柄が染め抜かれた首抜きの着付けが粋で、ほろ酔いの色気もまとう。梅玉の声掛けで、舞台も客席もひとつになって手締めをすると、お祭りは一層賑やかに。
鳶頭2人は、曽我兄弟の仇討ちを鮮やかに踊りで描き、かと思えば、桃色のほっかむりで可笑しみ溢れるボウフラ踊りも。雀右衛門、扇雀が艶やかに、常磐津の演奏が華やかに、木遣りや獅子舞がエネルギッシュに、江戸の風情に彩りを加えていく。亀蔵、種之助が面をかぶった踊りで洒脱に楽しませ、一同が勢揃いすると、活力に満ちた高揚感の中、弾けるような拍手で第二部が結ばれた。
『六月大歌舞伎』は、2022年6月2日(木)~27日(月)まで。午後6時開演の第三部『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、坂東玉三郎へのインタビューとともに別の記事で掲載中。
取材・文=塚田史香
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。
公演情報
齋藤雅文 演出
坂東玉三郎 演出
通辞藤吉:中村福之助
遊女亀遊:河合雪之丞
旦那駿河屋:片岡松之助
遣り手お咲:中村歌女之丞
浪人客佐藤:中村吉之丞
唐人口マリア:伊藤みどり
思誠塾小山:田口守
思誠塾岡田:喜多村緑郎
岩亀楼主人:中村鴈治郎