文学座の新作は東憲司(桟敷童子)書き下ろし第2弾『田園1968』〜農地をめぐる三世代の物語を、新橋耐子、加納朋之、越塚学が語る〜

インタビュー
舞台
2022.6.11
前列左から新橋耐子、加納朋之、後列に越塚学

前列左から新橋耐子、加納朋之、後列に越塚学

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テント芝居の系譜にあり、九州の歴史や伝説を下敷きにした、ケレンと懐かしさに富んだ作品を手掛ける劇作家・演出家、東憲司。彼が率いる劇団桟敷童子とは一見、正反対の関係にありそうな文学座『田園1968』を書き下ろした。10年前にアトリエ公演として上演された『海の眼鏡』に続く第2弾だ。1968年という混沌とした時代を背景に、都会と田園風景がせめぎ合う日本の地方に暮らす家族の物語。先祖から受け継いできた農地を守ろうとする祖母・サワ役の新橋耐子。農業は時代に合わないからと農地を売りに出そうとする工務店経営の父・梁瀬孝雄役の加納朋之。足を怪我してから前向きになれず、会社務めをやめて祖母の農園を継ごうとする長男・博徳役の越塚学。三世代の俳優陣が紡ぐ物語に、文学座の姿が重なって見えた。


 

■祖母は地球の守り神、人間の守り神でもある農園を尊敬する

――東さんの戯曲第2弾です。『海の眼鏡』には新橋さんも出演されていて、そのときの新橋さんの印象なのか、今回はきっぷのいい、口の悪いおばあさんという役どころです。

新橋 あら、そうかしら? 私、東さんが役者をやられていたころ、蜷川幸雄さんの現場でご一緒したことがあるの。まだ東さんが20代のころで、それ以降はご縁はなかったんですけど、『海の眼鏡』で久しぶりにお会いしたんです。

――東さんは木冬社を率いた劇作家・清水邦夫さんの世界に憧れていたそうです。

新橋 それ、わかります! 東さんの書かれる世界は土臭いでしょ。都会は苦手というか、心惹かれるのは、とある地方という感じ。『海の眼鏡』も『田園1968』もそうで、優しくてとっても温かい。でも芝居の中で全部を吐き出したりせず、言葉の裏にいつも含みを残しますよね。東さんはおしゃべりはするけれども、とてもシャイ。そこも清水邦夫さんと似ている。昔ね、先輩女優の松本典子さん(木冬社の看板女優)と、四谷でよくお酒を飲んだんです。すると典子さんの隣に話かけても「ああ」「うう」ってもごもごしている方がいらしてね、イライラしてつい「どなた?」と聞いたら典子さんが「すいません、うちの亭主です」って。20代のころの話ですよ。

先祖から受け継いできた農地を守ろうとする祖母・サワ役の新橋耐子

先祖から受け継いできた農地を守ろうとする祖母・サワ役の新橋耐子

――典子さんははっきりしたもの言いをされますもんね。

新橋 そんなことがあったから清水さんとは二度とお目にかかれないと思ったんですけど、まさか作品に出させていただけて。清水さんから東さん、糸でつながっていて先輩の水が、血が流れている感じがするなあ。

――お待たせしました。加納さん、越塚さんは戯曲を読まれていかがでしたか?

加納 私は東さんとは初めてですが、桟敷童子がベニサン・ピットでやっているころからよく見ていたんです。文学座、紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAでは屋台崩しとかはできないけれど、どんな世界をつくられるだろうとワクワクしながら戯曲を読みました。

越塚 僕も東さんの作品は初めてですが、文学座に入座した2012年に『海の眼鏡』を見ました。新橋さんがおっしゃるように本当に泥臭くて、また桟敷童子を初めて見たのも最近で、屋台崩しも話には聞いていましたが感動しました。誰もが悩みを抱えながら生きていて、泥臭く訴えかけてくる様子がすごく魅力的でした。

新橋 泥臭いって、もしかしたら失礼な言い方なのかもしれないけれど、文学座にはない魅力なんですよ。

――おっしゃる通りだと思います。越塚さんが演じる梁瀬家の長男・博徳はどう生きるかに悩み、葛藤し、父・孝雄の反対を押し切って、祖母のサワと農業を始める役どころです。

越塚 長男としての責任感や重圧にもがき苦しんでいる様子を表現できたらと思っています。怪我した足がコンプレックスで、周囲や社会からどう見られているかに悩み、もちろんその状況から逃げようとかではないけれど、自分の居場所を探しているのかもしれません。父親から工務店を継がないかと言われても揺れる。今の時代は二足の草鞋は普通ですけど、当時は一つの仕事に邁進するのが当たり前で、そういう覚悟みたいなものを持たなければいけない。その上で彼女の存在であったり、いろいろ葛藤する。でも、やっぱり確かなのはお婆ちゃんを尊敬していて農園を継ぐことを選んだのかなって。

越塚学

越塚学

新橋 あまりそう感じさせる場面はないけれどね(笑)。

越塚 そういう関係性を出せたらいいなと思っています。

新橋 楽しみね! 東さんはこってり描くタイプじゃないから難しいの、普通にやってしまうと、するっと何気なく流れていってしまう。淡々といく中で逡巡したり人間関係の距離とかを明確に出していかないとお客様に伝わりにくくなってしまいます。今回はそういうのをちゃんと表現したいと思うんだけれども、舞台のあっちからこっちから役者が出たり入ったりして、お客様が混乱するんじゃないかな。東さんは桟敷童子では舞台美術の塵芥(ちりあくた)さんでしょ。自演までは今はなさらないけど、舞台美術、衣装、音楽などすべてやられる。まるでクリント・イーストウッドですよ。こっちにも来てくだされば早いのにね。

一同 笑い

――加納さん演じる孝雄さんは、いわゆる団塊の世代です。高度経済成長の世の中で、サワさんが土地に執着する思いをどんなふうに感じていらっしゃいますか?

加納 68年は僕は5、6歳で、ちょうど東京から千葉のマンモス団地に引っ越したんですけど、この物語の設定にかなり近いんですよ。家の周りには田園があって、田んぼでカエルを取ったりしていたんですけど、一方で、どんどん都会が押し寄せてくるような感覚もありました。私の役は母が農地を守ろうとするのに対し、農業は時代遅れだからやらない、これからは建築だという考えを最初から最後まで貫くんです。それは奥さんが早くに亡くなって、3人の子どもたちを男手一つで育て、教育はしっかりさせ、苦労をさせないように頑張らなければいけなかった、その思いから。だから父親も単なる意地っ張りというだけではなく、子どもたちのことを思っているんだけれどもまったく理解してくれないんですよね。でも次男は浪人生で、娘は東京の大学に出たものの学生運動に挫折して帰ってくる。そこに葛藤がある。

農業は時代に合わないからと農地を売りに出そうとする父・孝雄役の加納朋之

農業は時代に合わないからと農地を売りに出そうとする父・孝雄役の加納朋之

新橋 この作品は3人の子どもの話になっているんですよ。素晴らしいですよ、今度の若い子たち。だから私たちは全体の流れを見て、どこを軸として、どうスパイスに投げ込んでいくかが大事。まだまだこれからですけど私も楽しみです。

加納 でも孝雄も自然農園で小さいときから育っているだろうから愛着は絶対あると思いますよ。それがなければ単なる自分主義になってしまう。だから根本では自分の母親の思い、長男の思いを理解していることでしょう。

新橋 え、思っているの?

加納 思っていますよ。探っているところですから、どう出せるかはまだわかりませんけど(苦笑)。

新橋 だってサワさんは畑に手をかけてきたわけでしょう。作物も子どもなんですよね。木も草もそうです。もう疲れたときには木と草が一番頼りですから。もう見ているだけで教わりますよ。どこへも行かず雨に打たれたり風に吹かれても俄然生きているじゃないですか。だから尊敬しているんです。田園に執着するのは地球の守り神、人間の守り神だから。それを壊すことが許せないんです。戯曲にはそんなふうには書かれてませんよ。それに下手に自分だけ熱くなってやってしまうと、また乖離しちゃう。だからその思いを流れの中でどう差し込もうか考えているんです。

新橋耐子

新橋耐子

――サワさんを今どういうふうに造形しようと?

新橋 すみません、私、出たとこ勝負なんです。うふふふふ。さっきも言ったけど、今回、若い子たちがすごくいいからね、自分の役は輪郭を明確にさせるとか最低限のことはやるけれども、あとは若い人たちがうまくいくように渡していきたいと、今の段階では心に決めています。

――まさに大地のように見守っている感じですね。

新橋 あら、うれしい。
 

■やっぱりアトリエのある信濃町にいたい、文学座はここじゃないと意味がない

――無理やりこじつけるようですけど、劇団の拠点がある新宿区信濃町の地を大事にしている文学座の姿に似ているなと思いました。

新橋 そうよねえ。昔、私はS新聞の隣に住んでいたんですよ、7年も。この辺は警備がよくて酔っ払って帰ってきてもちゃんと家に連れて帰ってもらえるのですごい便利だった。この街は似たような路地が多いでしょ。本当に酩酊するとわからなくなってしまうんだけど、そのときはタクシーに「文学座」と告げて、杉村春子先生のお宅前で下ろしてもらうんです。すると先生は「またバカが来たわねえ」と言って、私をお手伝いのおばあちゃんに家まで送らせてくださっていたんです。

――ちょっとだけ質問の意味が違うんですけど、、、

新橋 わかってますよ(笑)。文学座のアトリエは終戦間際、杉村先生や先輩方が苦労しておつくりになったもの。『女の一生』とかいろいろな芝居で地方を回ってらしたからスポンサーというんですか、応援してくださる方がたくさんいらして「材木だったらあげるよ」とか、大工さんたちも文学座が困っているんなら手伝うよって言ってもらえて、ほとんどお金を出さないでできたそうなんです。今のクラウドファンディングの走りですよ。先輩たちが汗水流して隣のもりや(旧第二稽古場の通称)も買われて、私たち後輩がそこで芝居をやっているわけでしょ。恩返しできていないのよね。この年齢になると、つくづく思う。

加納朋之

加納朋之

加納 確かに畑の話とリンクしますね。今の時代、演劇も厳しくなっていて、都会の信濃町に劇団があって、土地があって、アトリエがあってという、そこまでの環境を保てている劇団もだいぶ少なくなってきました。文学座でももっと安いところに移ろうという話もたまに出ますが、やっぱりここにいたい、ここで芝居をやりたいということで落ち着くんです。ここじゃないと意味がないと。僕が入ったときは杉村先生、三津田健さん、加藤武さん、北村和夫さんと一緒に旅公演に出ましたが、最初のころはダメ出しばかりされるので一緒に食事するのが嫌でした。でも後半はやっぱり先輩方の話を聞きたいと思ったものです。

新橋 若い劇団員の思い出話ってね、あんまりエピソードがないの。みんなしっかりしているから。おバカな人間がいないのよね。おバカになって。人間味がある人になって。いいじゃない、人に何か言われても。そんなの恐れてたらお客様にいろいろダメ出しされて、あれは嫌だったとか言われるんですから。そういうところから逃げてたら先に進まないからね。

越塚 そうやって皆さん戦ってたんですもんね。

新橋 もう傷だらけよ、

越塚 それを避けてちゃ意味がない。

新橋 そう。避けてたら誰も拾ってくれない。やっぱり必死になって常に答えを探し続けようとする若い子は助けてもらえるし、残っていく。そうやって踏ん張ってお客様にいい芝居を届けないとね。

加納 今の旅公演は旅館がないんです。僕の初旅なんか100ステージもあったけど、個室は一回だけだった。でも先輩と同じ部屋になることで、いろいろ話を聞いて、学び、受け継ぐものがあって。

祖母の農園を継ごうとする長男・博徳役の越塚学

祖母の農園を継ごうとする長男・博徳役の越塚学

越塚 僕も去年『怪談 牡丹燈籠』で旅につきましたけど、今はコロナでなかなか皆さんと食事したり飲みに行ったりできないんです。昔のお話を聞けるはやっぱり大事ですし、面白いんですけど。

新橋 そうよ、年寄りからいろいろ聞いておいた方がいいわよ。こっちはもう時間ないんだから。

取材・文:いまいこういち

公演情報

文学座公演『田園1968』 
 
■日程:2022年6月17日(金)〜6月25日(土)
■会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

■作:東憲司 
■演出:西川信廣
■出演:新橋耐子、加納朋之、高橋克明、郡山冬果、越塚 学、岡本温子、西村知泰、磯田美絵、武田知久

料金:一般6,200円
 夜割4,500円(6/17、20の夜公演限定) 
 ユース 3,800円 (25歳以下) 
 ◎夫婦割11,000円(劇団のみ)
 ◎中・高校生2,500円 (劇団のみ)
 ※ご来場の際にユースは年齢を証明するもの、
  中・高校生は学生証を当日劇場でご呈示いただきます。
■問合せ:文学座 Tel.03-3351-7265 ( 10:00〜18:00。日祝除く)
■開演時間:17・20・23日18:30、21・22・24日・土・日曜13:30
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