『バッド・ジーニアス』のバズ・プーンピリヤ監督が語る、新作『プアン』でウォン・カーウァイから教えられた「なぜ映画を作るのか」
バズ・プーンピリヤ
世界中で大ヒットを記録した『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』から4年。バズ・プーンピリヤ監督の半自伝的映画ともいわれる、新作『プアン/友だちと呼ばせて』が、8月5日(金)にいよいよ公開される。バズ監督の才能に惚れ込んだウォン・カーウァイ監督(『花様年華』、『恋する惑星』)がプロデュースを務め話題を呼んだ同作は、先日開催されたサンダンス映画祭ワールドシネマドラマティック部門にて審査員特別賞を受賞し、世界中の映画ファンを魅了した。ファン待望の新作公開に先駆け、バズ監督に話を伺った。
「ウォン・カーウァイについて、どれだけ語る時間がありますか(笑)?」とチャーミングに笑うバズは、同作を製作するに至った経緯をこう話す。
ウォン・カーウァイ(左)とバズ(右)
「ウォン・カーウァイ監督は、僕の映画人生に大きな影響を与えた人物のひとりです。90年代、ティーンエイジャーだった僕は、彼の作品から多くのインスピレーションを受けました。そんな彼と一緒に仕事ができたなんて、10代の時の僕から見たら夢のようですよね。光栄ですし、こんなに喜ばしいことはありません。今回、彼からたくさんのことを学ばせてもらいましたが、特に印象に残っているのは「なぜ映画を作るのか」という、映画監督の根幹について教えてもらったことです」
「観客のことを第一に考え映画を製作していた僕に、「観客を満足させるのも大事だけれど、自分が何を伝えたいのか、自分にとってどのような物語が必要なのかを大切にしなさい」と、彼は何度も話してくれました。だから本作では、僕の心に近いもの、心から信じられるものを投影しようと思ったのです。半自伝的映画と言われていますが、ある意味ではその通りです。(『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』主演のオークベープ・チュティモンら女優陣が演じた)過去の恋人と対峙するという設定も、僕自身の経験から生まれたものです。数々の恋愛をしたけれど、どれもきちんと終わらせていなかった。そのことが心にひっかかっていました。過去の一つ一つにきちんと終わりを告げる良いチャンスだと思い、本作に取り入れることにしました。バーが舞台なのも、僕がバンコクでバーを経営しているからです。もちろんカクテルも作れますよ(笑)」
ウォン・カーウァイとの出会いにより、バズは飛躍する。カクテル、車、カセットテープなど作品のカギを握るアイテムの効果的な使い方、過去と現在を往来しながら未来を描く立体的な構成など、監督ならではの演出を随所に残しながら、伝統的な映画製作とは大きく異なる撮影手法に挑戦したのだ。
バズとアイス(左)、トー(右)
「現場には来ませんでしたが、ウォン・カーウァイは僕に、アーティスト、作家になることを強く教えてくれました。そのことにとても感謝しています。即興演出、アドリブ撮影に挑戦できたのも彼との対話があったからだと思います。「セリフはすべて忘れていいよ」と俳優陣に伝え、撮影する瞬間に彼らが心で感じたものを、素直に言葉に乗せてもらいました。順撮りでの撮影とはいえ、リハーサルもないから、俳優陣は常に役の状態でいなければならない。(役の)心を保つことは本当に大変です。本当にハードだったと思います。でも僕は彼らを信頼していたし、彼らも僕らスタッフを信じ、見事に演じてくれました」
監督が絶大なる信頼を寄せるのは、余命僅かな主人公ウードを演じたアイス・ナッタラットと、ボス役のトー・タナポップだ。10代後半から30代前半を演じるという、非常に難しい役どころを全身全霊で体現し、作品に深みを与えた。撮影期間一か月半の間にアイスは17kg近い減量を、トーも増量に挑戦している。
バズとトー(奥)、アイス(手前)
「アイスとトーはタイで非常に有名な役者です。この二人はオーディションをしている時からずっと僕の頭の中に住み続けていました。オーディションを経るごとにどんどん良くなっていき「彼らしかいない」と、(オーディション)テープをウォン・カーウァイに送ったところ彼も同意見でした。体重の増減を含め、彼らは非常にチャレンジングな経験をしました。ボスを演じたトーには、カクテルをちゃんと作れるようになってほしいと要望を伝え、非常に有名なバーテンダーのもとでレッスンを受けてもらいました。映画に登場するカクテルもすべてオリジナルです。バーテンダーとして形になったところで撮影を開始したので、バーのシーンはどれも臨場感溢れる瞬間が撮れたと感じています」
バズと親友のロイド
「一方、ウードには僕の親友のロイドを投影しています。彼はとても良い人で、僕自身多くの影響を受けました。ロイドの想いはアイスも理解しています。ウードの所作、話し方、杖の付き方、全部ロイドの通りです。アイスが彼の想いごと演じてくれたからです。残念ながらロイドは本作が完成する前に旅立ってしまいました。限られた時間の多くを、この映画製作に捧げてくれた彼に本作を見せたかったです」
主人公たちの横には常に音楽が流れている。本作を彩る楽曲の中でもとりわけ、STAMPが歌う主題歌「Nobody Knows」の煌めきは他に類を見ない。それほど作品と一体化しているのだ。
「STAMPが友人でラッキーでした(笑)。主題歌を依頼した時に、作品のテーマやストーリーを話したのですが、彼はすべてを取り入れてくれたのです。デモが上がった時のことを今でも覚えています。僕はまだチェンマイで本作の撮影中だったのですが、この曲を聴いた瞬間、思わず泣きそうになったんです。この楽曲をエンドロールで流せたらどんなに素晴らしいだろうと思いました。彼には心から感謝しています」
バズとアイス(左)、トー(右)
「個人的な体験から生まれた作品なので、様々な人の心のどこかにしっかりと結びついたのでしょう。世界中から非常に多くの反応をもらいました。映画監督らフィルムメーカーからも多くの反応がありました。本当にありがたいです」と最後に語るバズ監督。オンラインでのインタビューであったが、終始笑顔を携え、作品に対する真摯な思いを丁寧に紡いでくれた。鑑賞後に人生の苦みや甘みが反芻するカクテルが飲みたくなる、少しビターなロードムービー『プアン/友だちと呼ばせて』は8月5日(金)より全国順次公開。
取材・文=渋谷のりこ
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