ヨーロッパ企画・上田誠「おもしろさと気持ち悪さは紙一重」~14年ぶりの再演『あんなに優しかったゴーレム』インタビュー
上田誠
京都を拠点に活動する劇団ヨーロッパ企画が、2022年9月から『あんなに優しかったゴーレム』を全国8カ所で上演する。劇団にとって41回目の本公演となる本作は、2008年に上演された作品の再演で、ある投手のドキュメンタリー番組を撮影するため、彼の地元を訪れたテレビクルーが、その土地で信じられているゴーレム(ファンタジーなどに出てくる土でできた怪物)の噂を巡って右往左往するサイコ・コメディ。劇団主宰の上田誠に、ゴーレム再演の経緯、超科学的な存在に対する考え方、安心して楽しめるフィクションの作り方を聞いた。
再演だけど、全部書き直すつもり
ーーゴーレム再演を告知するツイートに「ずっとやりたかった再演」と書かれていました。このタイミングになったことには、どんな理由がありますか?
上田誠
僕らは劇団を始めて今年で24年目になりますが、比較的再演が少ないんです。新しい企画や新しい発明が好きで、放っておくと新作を作りたくなっちゃう。逆に再演には足踏みしてる感覚があるというか。
2018年に『サマータイムマシン・ブルース』を13年ぶりに再演した時も、新作の『サマータイムマシン・ワンスモア』を同時に作りました。その動きも今思えば、作品を真っ向から再演することへの距離の取れてなさが見受けられますね(笑)。
そんな感じで新しいものを作ってきたのですが、最近ちょっと変化があって、完全な新作もいいけど、これまでの作品をリメイクしたり、アイディアを再利用したりすることも今後はやっていきたいなと思うようになって。実際に、前回公演の『九十九龍城』も、『Windows5000』(2006年初演)で考えた集合住宅のシステムを再利用していますし。「とにかく新作!」みたいなこだわりが少しだけ減ったかもしれないですね。
ーー上田さんの再演への気持ちの変化が、ゴーレムを蘇らせたんですね。
そうですね。でも再演と言いつつ、以前に作ったものを同じように再現するというよりは、今僕らがおもしろいと思う形に合わせて作り直すイメージです。
ーー前に記事で読んだのですが、ヨーロッパ企画のお芝居は、稽古初日の時点では台本がなくて、役者さんたちのエチュード(設定や場面だけ決めて、セリフや動作などは役者が自由に演じる方法)から話の流れや役柄が決まっていくそうですね。今回の場合、作り直すとはいえ初演の台本はあるはずなので、どうやって作られるんだろうと思いました。
ああ、どうやって作るんでしょうね……。再演初心者なので、僕もあんまりわかってないんですよ(笑)。
もちろん前回作った台本はあるけど、先日一度だけ稽古をした時にはそれは使わないで、やっぱりエチュードから始めましたね。再演は再演なので、同じタイトルの作品だし同じ佇まいになるとは思いますけど、イチから書き直すつもりで。
ーーあの……ゴーレムは流石にいますよね?
いますいます! ゴーレムはいますし、野球選手もいます! あとテレビクルーもいますね。設定は基本的に初演と同じです。ただ、初演で9人だったキャストを11人にしてるので、話の展開が増えると思います。あと2人くらい加えれば物語がさらに転がるだろうなと思って……その2人の配役はまだ探り中ですけど(笑)。
上田誠
ーー展開が増えるとなると、初演で観た方、DVDや配信で観た方も新鮮に楽しめますね。
おもしろさの原料を食べやすく調理したい
ーー初演の前半では、ゴーレムを信じる地元の人たちと、ゴーレムを信じないテレビクルーの対立が描かれていました。上田さんご自身は、ゴーレムのように超科学的な存在を信じる方ですか?
僕自身は理系なので、オカルト的なものをまっすぐ信じているわけではないし、ものすごく大好きという感じでもないんです。でも、白黒つかないグレーな領域には興味があって、「そんなの気のせいだ!」と片付けるのも違うなと思ってます。
物語の中では、ゴーレムを信じる/信じないで揉めてますけど、ある人にとっては確実に「ある」ものが、ある人にとっては絶対に「ない」ことって、世の中に色々ありますよね。
少し話がずれて聞こえるかもしれませんが、僕らが「おもしろい」と思ったことでも、他の人たちからはポカンとされちゃうことって、けっこう普通にありますね。それは、僕らがおもしろさを感じる対象にまだ普遍性がないからだと思って。
そもそも、「おもしろい」ってすごくむずかしい感覚だと思うんですよ。おもしろさは、まだ見たことのないものへの気持ち悪さと紙一重なので。おもしろさを食べやすく調理できたら、多くの人たちが安心して楽しめるエンターテインメントになるんですけど。
僕には、世の中にまだ認められていないけど、おもしろいと信じてるものを掘り起こして、食べやすくして伝えたい思いがあるから、信じない人たちからは「そんなものいない!」と一蹴されてしまうゴーレム的な存在に対しても、やさしい眼差しを持ってる方だと思います。
ーーご自身が「おもしろい」と信じるものをわかりやすくする工夫を続けていらっしゃるから、他人の信じているものも無下に否定しない、と。
そうかもしれないですね。あと、変なところで聞く変な話とかも好きなんですよ。たとえば、地元のひっそりした日本酒バーに行った時、隣の席のお客さんがマスターに「こないだここで飲んで美味しかったお酒を買って家で飲んでみたら、あんまり美味しくなかった」とか言ってて。そしたらマスターが、「そのお酒、床に置いてないですか?」って。お客さんが「ああ、置いてるかも」って返すと、「お酒を床に置いたらダメですよ。高いところに置いてください。そうするとお酒の機嫌が良くなって美味しくなります」なんて言うんですよ。「えっ、なにその話!」と思いながら聞いてたんですけど(笑)。
上田誠
ーー「お酒 高いところ 美味しくなる」で検索しても、それらしきものは出てこないですね(笑)。
ですよね。科学的な根拠がなくても、日々お酒に接してる専門家が言ってるなら、きっと何かあるはずじゃないですか。僕はそういう話が割と好きなんです。その人の中には確かに「ある」けど、一般論には落とし込めないから大っぴらには言わない、みたいな。でもそういうことって、本当はたくさんある気がして。
自分だけのジンクスとかも、それぞれみんなあるはずですよね。気合い入れたい時はこのシャツを着る、とか。そういう話がだんだん広く周知されていって、「勝負服」って言葉が生まれた途端、一気にメジャー化しますけど。
ーー確かに、勝負服にも根拠は全くないけど、言葉が一般化するとみんな「そういうもの」として受け止めますよね。
それで言うと、初演に「僕、地蔵蹴れますよ」ってセリフがあって、それは僕らの中に「地蔵は蹴ってはいけない」という共通認識があるからこそ、「地蔵を蹴れる奴=ヤバい」って図式ができますよね。
でも、改めて地蔵を蹴っちゃいけない理由を聞かれても、実はよくわからない。そういう曖昧な領域に、人の割り切れなさが現れますよね。3秒ルールとかも、なんで10秒はダメで3秒ならいいんだっけ、みたいな。人はそういう曖昧な領域がある中で暮らしてるんだから、曖昧さの閾値がズレたところにゴーレムが動く世界があってもおかしくないんじゃないかなと思いますね。
ーーお地蔵さんを蹴れないことにも独特の文化があるし、ゴーレム自体がその土地に根付く宗教観みたいなものにも結びつくお話ですよね。にもかかわらず、初演ではそういったある種の際どさよりもコミカルさが勝っていて。まさに先ほどお話しされていた、「おもしろさと気持ち悪さは紙一重」にも通ずると思うんですが。
そうですね。お客さんが安心して笑って観られるフィクションを作りたい気持ちは、いつもありますね。
『九十九龍城』も香港の九龍城砦がモデルで、セリフの中に「黒社会」って言葉が出てきますけど、そこをもし「反社」にしたら急に現実味や生々しさが出ますよね。賃金交渉の場面も、「給料」だと身近だけど、「ギャラ」だと普段口にしない言葉だから現実感が薄れる。「ギャラあげてくれよ、20!」みたいに単位も言わずに曖昧にして。
ゴーレムもむずかしい題材ですが、舞台上の人たちが右往左往する様子を輪切りにして、それを横からお客さんが眺めるような舞台セットが作れたので、たまたまおもしろい形のコメディに着地できたと思ってます。
初演時に作られた二重構造の舞台。客席からまっすぐ前には、ゴーレムによる地下世界が広がる。 撮影:清水俊洋
ーー舞台装置のお話が出たので、素朴すぎる質問をしてもいいですか?
どうぞどうぞ、なんでしょう?
ーーヨーロッパ企画のお芝居には、舞台装置に並々ならぬこだわりを感じます。それでいて、毎回全国をツアーされています。セットの組み立てと移動、大変じゃないですか?
そうそう、もうそれはご指摘の通りで(笑)。舞台装置を作り込みたい思いと、移動して各地でお客さんと出会いたい思いがあって、そこには大きな矛盾がありますよね。
メンバーでツアーを回るから、装置の仕込みも自分たちでやってるんです。前回の『九十九龍城』では、細かく作り込んだ「魔窟」を各地に運んだので、メンバーから大変な不評を買ってしまって……。
メンバーの皆さんから不評を買ってしまった魔窟の一部(『九十九龍城』より) 撮影:清水俊洋
舞台美術の模型を初めてみんなで見る時も、「わぁ、素敵な舞台!」みたいな色めきはなくて、「今回は仕込みにどのくらいかかるか」の目線で(笑)。今回は、『九十九龍城』より楽ですと、内部的に謳ってますね。
ーー皆さんから不評を買わないこともポイントなんですね。
そこまでしても各地を回りたいのは、僕らがもともと京都の劇団だからかもしれないですね。そもそも、京都で作ったものを東京に持っていくこともツアーなので。東京で始まった劇団だったら、そういう発想にならなかったかも。
もちろんずっと1カ所で上演する方が楽だと思うけど、劇を作って移動していくサーカス団のようなおもしろさもやっぱりあって。今回も全部で8カ所を回るので、各地でお客さんと出会うのが楽しみです。
上田誠
取材・文=碇 雪恵 撮影=池上夢貢
公演情報
『あんなに優しかったゴーレム』
出演:石田剛太 酒井善史
角田貴志 諏訪雅
土佐和成 中川晴樹
永野宗典 西村直子
藤谷理子
(以上、すべてヨーロッパ企画)
亀島一徳 金丸慎太郎
日程:2022年9月28日(水)~10月10日(月・祝)
会場:あうるすぽっと
U25 (前売のみ)2,500円 (全席指定・未就学児入場不可) ※入場時要学生証提示
<滋賀公演>2022年9月10日(土)栗東芸術文化会館さきら中ホール
<京都公演>2022年9月16日(金)~9月19日(月)京都府立文化芸術会館
<新潟公演>2022年10月18日(火)りゅーとぴあ 新潟市民芸術会館・劇場
<埼玉公演>2022年10月20日(木)RaiBoC Hall(さいたま市民会館おおみや)大ホール
<神奈川公演>2022年10月22日(土)横浜 関内ホール
<名古屋公演>2022年10月25日(火)愛知県産業労働センター ウインクあいち 大ホール
<大阪公演>2022年11月5日(土)・6日(日)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ