【観劇レビュー】劇団四季『美女と野獣』新演出版~アップデートされて見えたもの~
『美女と野獣』ⒸDisney(撮影:荒井健)
2022年10月23日(日)に舞浜アンフィシアターにて開幕した劇団四季『美女と野獣』。本作は1994年にディズニー・シアトリカルプロダクションがブロードウェイに初参入した舞台作品。また、劇団四季がディズニーと初タッグを組んだミュージカルでもある。
1995年の東京・大阪での同時上演以来、全国各地で5675回の公演を重ね、5年ぶりの上演となる今回は上海ディズニーリゾート内での公演を踏襲したリニューアルバージョン。演出を担うのはオリジナル版の振付家、マット・ウェスト氏だ。2021年12月に行われた製作発表、本年9月の公開稽古と少しずつアップデートの内容が明らかにされた新演出版だが、実際の舞台はどう進化していたのか、本稿では3つの視点で読み解いていきたい。なお、ここから先の文章は作品の内容に深く触れるものになっているため、その旨ご留意いただければ幸いである。
■楽曲構成の変更
1幕でベルと発明家の父親・モリースが歌う「二人で」がカット。ふたりが互いを思いやる気持ちは歌でなくせりふで表現され、バックにインストゥルメンタルで「二人で」のメロディが流れる。2幕、森を彷徨うモリースのもとに駆け付けたベルが新曲「チェンジ・イン・ミー」を歌う。これは既報の通り、ブロードウェイ公演にトニー・ブラクストンがベル役として出演するさいに書き下ろされた新曲だ。また、2幕終盤でガストンがマッドな医師、ムッシュー・ダルクとモリースを幽閉しようと悪だくみをするナンバー「メゾン・デ・ルーン」は全カットとなっている。
■舞台セットと衣裳のリニューアル
オリジナル版の舞台セットもリアリズムに振っていたというよりはファンタジックな世界観で製作されていたが、新演出版ではさらにファンタジーモードが増量。まるで本を開いていくかのようなイメージの中、パネルの多用によりそれぞれの場面が展開する。衣裳もリニューアルされ、魔法で物に変えられた使用人たちが着用するコスチュームは全体的にシンプルになった印象(特にミセス・ポット)。ベルと野獣のふたりが心を通わせる2幕の夕食のシーンでベルがまとう黄色のドレスにはビーズや刺しゅうが施され、より華やかでゴージャスになっている。またベルは1幕冒頭の「変わり者ベル」の場面等で短時間ではあるが眼鏡を着用。
■キーワードは”変化”
今回のリニューアル版を観てもっとも印象的だったのは登場人物たちの”変化”との向き合い方。たとえばベルは小さな街でなく広い世界に出ていきたいと願っていたが、野獣との出会いで「今、ここで自分が出来ること」「居場所を変えるのでなく自分が変わること」を強く意識するようになる(彼女のこの心境の変化を表すナンバーが新曲「チェンジ・イン・ミー」)。
『美女と野獣』ⒸDisney(撮影:下坂敦俊)
また、新演出版ではベルの登場によって次第に”変化”していく野獣と、旧来の価値観のままに他者と対峙するガストンとの対比がより明確になっていると感じた。
特にガストンの存在が今を生きるわたしたちに訴えてくるものは大きい。
まずベルに対して彼が見ているのは彼女の外見だけだ。「小さい」「街一番のいい女」等の表現で彼女を表し、ベルが大切にしている本についても「女が本を読んで何の得がある」と女性が知識を持つことに無意識の嫌悪を見せる。さらに彼にとっての結婚は「相手に自分の子どもを産ませること」で、ベルが思い通りにならない時は暴力を振るう素振りすらある。ガストンにとってベルは自分が自由に扱えるアクセサリー以外の何物でもないのだ。
今回の上演で、これまで自然に受け止めてきたガストンの言動に対し強い違和を感じた。これは初演から27年の時が経つ中で受け手であるこちら側の意識が変わってきたからだろう。さらに物語の構成としてあらためて興味深いと思ったのが、ガストンにはシリー・ガールズをはじめ、多くの”ファン”がついていること。つまり街の人々にとって彼は「旧来の価値観のもと他者を侵害する人間」ではなく「イケメンでリーダー気質の明るい人気者」なのである。おそらく、今回の新演出版では大人の観客(の一部)が覚えるであろうこの違和感を意識的に提示している。
『美女と野獣』ⒸDisney(撮影:荒井健)
それに対し、ベルの内面と向き合おうとする野獣から読み取れるのは”変化”へのポジティブな向き合い方だ。本から得られるイマジネーションの広がりを享受し、他者に対してまず自らが心を開き思いやりを持つことで対等なコミュニケーションを構築する……固い鉛のようだった彼の心が次第に柔らかく開いていくさまは非常にキュートである。図書室のシーンで、互いの共通項が「自分が人と違うことで受けてきた悲しみや孤独」であると認識したふたりの魂が惹かれ合うのもとても自然なことだと感じた。そこに「外見」のジャッジは存在していない。
と、書くと今回のリニューアル版は少し堅苦しくなっている?と感じる方もいるかもしれないが、それは杞憂だ。上記のようなメッセージを巧みに織り込みながら、ベルにプロポーズを断られたガストンを皆でなぐさめビアマグのリズムで盛り上げるナンバー「ガストン」や、ベルを城に迎えた使用人たちが彼女を歓迎する「ビー・アワ・ゲスト」など、ディズニーミュージカルらしく華やかにショーアップされた場面はもちろん健在。また、野獣がまるで少年のように初恋に対して動揺し、ルミエールやコッグスワース、ミセス・ポットらの使用人がその恋をアシストするさまは可愛くて可笑しい。
これまでは自らの傲慢さが招いた過ちで野獣の姿に変えられた王子の苦悩と成長にフォーカスがあてられていたが、リニューアル版ではそれに加え、ベルの自立とある種の覚醒に強い光が当たっているとも感じた。だからこそ、新ビジュアルはこれまでの野獣のソロショットでなく、ベルと野獣とのツーショットになっているのだろう。
舞浜アンフィシアター(撮影:上村由紀子)
出演俳優も非常に魅力的だ。
ベル役の五所真理子は可憐さに加え凛とした強さを宿しているし、野獣役・清水大星は思い通りにならないベルへの怒りが思いやりと恋情に反転するさまを繊細に魅せる。本作のヴィラン、ガストンを担う金久烈も精悍なビジュアルで役を立体的に構築。先にも書いたが、街の人たちにとってガストンが魅力ある人物として映らなければ物語が成立しない中、金久は絶妙のバランスで人間の持つA面とB面の姿を体現していた。
多くの人に愛されてきた『美女と野獣』のストーリーが、初演から27年を経て、その根幹のテーマを変えることなく今の時代にフィットしたドラマとして蘇ったことに嬉しい驚きを覚える。これは9月のメディア向け公開稽古でマット・ウェスト氏が語った「普遍的な物語だからこそ、アップデートが可能な作品」との言葉をまさに具現化したものだと思う。
誰もが劇場を出る時に幸せな気分になれるミュージカル『美女と野獣』。今を生きるわたしたちにあらためて”愛”の形を示す作品である。ファンタジーな世界観とリアルなドラマの共存がこのまま長きに渡って続きますように。
※文中のキャストは筆者観劇時のもの
取材・文=上村由紀子(演劇ライター)