【劇評】肯定座『MAN IN WOMAN』女8人の泣き笑いコメディ

レポート
2016.1.2
肯定座『MAN IN WOMAN』

肯定座『MAN IN WOMAN』

女8人集まれば…!?
人間の存在を全肯定するハートウォーミング・コメディ


だから、観劇はやめられない

奈賀鞠子(なかまりこ)の主宰する劇団「肯定座」について、申し訳ないけれども私はまったく知らなかった。いや、演劇界でもほとんど無名の存在といっていいだろう。なにせ、小劇場も熱心に観て廻っている知り合いの演劇評論家数人に聞いてみても、誰も知らないし、観たこともないというのだから…。しかし、たとえ無名の劇団であったとしても、誰よりも先にそれを観て確認し、理解し、評価できれば伝えるのが、アーリーアダプターたるジャーナリストや批評家の使命だと私は考えている。というわけで、出かけた。そして、観た。肯定座の舞台『MAN IN WOMAN』を。そこで私は、シアターゴアーとしての業と愉悦をあらためて確認させられることとなり、この記事を書くことにしたのである。観て良いと思った舞台は当然、他人にも伝えたくなり、勧めたくなる。やはり、観劇とは麻薬のような快楽なのである。だから、観劇はやめられない。正直そう思える舞台に出会ったのだ。


人間の存在を全肯定するドラマ

肯定座は、俳優の奈賀毬子が2011年に結成した劇団で、翌2012年『暗礁に乗り上げろ!』で旗上げした。劇団名は、「全てのコトを肯定したい! 肯定されたい!」という奈賀の願いから命名された。今作『MAN IN WOMAN』は第5回目の公演で、女優ばかり8人が出演する芝居である。

舞台は、東京の郊外にある一軒のシェアハウス。年齢も個性もバラバラな8人の女性たちが共同生活をしている。富士山が噴火寸前だという緊急事態の下、避難勧告で近所の住人はもうすっかり立ち退いているというのに、この家の者たちはなぜか危機意識が薄く、「何とかなるんじゃない?」的な態度でのんびりしている。

元AV女優の“さやか”こと風間清香(奈賀毬子)は、バスローブ姿のまま寛いで着替えようともしない。

元AV女優の“さやか”こと風間清香(奈賀毬子)

元AV女優の“さやか”こと風間清香(奈賀毬子)

最年少の売れないモデル“まの”こと尾沢麻乃(福原舞弓)も、実家に帰る予定なのに緊迫感もなくダラダラしている。

売れないモデル“まの”こと尾沢麻乃(福原舞弓)

売れないモデル“まの”こと尾沢麻乃(福原舞弓)

スマホでLINEばかりしているCA(キャビン・アテンダント)の“ジュリー”こと森樹里亜(江間直子)、ゴスロリ系アパレルショップの店員“ナオミン”こと朝倉奈央美(平田暁子)、年下の彼氏と交際中で美魔女的な年齢不詳さを漂わす“みどり”こと蓮田翠(市橋朝子)も、どこか浮ついている。

CA(キャビン・アテンダント)の“ジュリー”こと森樹里亜(江間直子)

CA(キャビン・アテンダント)の“ジュリー”こと森樹里亜(江間直子)

ゴスロリ系アパレルショップの店員“ナオミン”こと朝倉奈央美(写真左:平田暁子)

ゴスロリ系アパレルショップの店員“ナオミン”こと朝倉奈央美(写真左:平田暁子)

年下と交際中の“みどり”こと蓮田翠(市橋朝子)

年下と交際中の“みどり”こと蓮田翠(市橋朝子)

最年長でシェアハウスの大家“れいこさん”こと中田中麗子(辻川幸代)は、ずっと何かを探してウロウロし、時折姿が見えなくなってしまう。

シェアハウスの大家“れいこさん”こと中田中麗子(辻川幸代)

シェアハウスの大家“れいこさん”こと中田中麗子(辻川幸代)

そこへ、介護施設の職員をしている“スーさん”こと須山有紀(塩塚和代)が帰ってきて、声を上げる。「何してるの? あんたたち」「噴火してからじゃ遅いから、今のうちに避難するんでしょうがっ! 新幹線も電車も止まって飛行機だって飛ばなくなって車も動かないなんてことになってからじゃ、どこにも行けないんだよ!」。

介護施設の職員“スーさん”こと須山有紀(塩塚和代)

介護施設の職員“スーさん”こと須山有紀(塩塚和代)

しかし、いつも家事を取り仕切っているイラストライターの“ウンモ”こと横井ルカ(菊池美里)は、鍋を用意しながら、こう言うのだ。「とりあえず、食べようよ。腹が減ってるからイライラしちゃうんだよ」。

イラストライターの“ウンモ”こと横井ルカ(菊池美里)

イラストライターの“ウンモ”こと横井ルカ(菊池美里)

なし崩し的に夕食を食べ始め、和む一同。だが、その時テレビから富士山が大噴火するニュース映像が流れてくる……。

富士山が噴火寸前だというのに、一同は鍋を食べ始めるが…

富士山が噴火寸前だというのに、一同は鍋を食べ始めるが…

「ここで生きていけるのか?」という状況のはずが、前半は淡々とシーンが進んでいく。シェアハウスという場所は一種の「セミ・パブリックな空間」であり、現代口語演劇にありがちな雰囲気も漂う。登場人物たちも、登退場を繰り返しては何気ない会話を織りなしていく。

しかし、後半になると、「どこにも行き場がない」という設定から、シチュエーション・コメディにも通じるような展開へとシフトしていく。物理的に他所へ行けないということではなく、他所へ出て行くことができないという事情をみなが抱えているということがわかってくるのだ。ここに作劇上のポイントがある(ネタバレになるので詳しくは書けないのだが、想像力で補っていただきたい)。

場面はクリスマスから年末へ、だんだん人恋しい季節になると、同居人それぞれの抱えている個人の事情がぶつかりあう。「今まで言わないでいたんだけど」といったモードで話題がリンクしていく。やがてそれは、みなが思いの丈をさらけ出すカミングアウト大会へと発展していく。

“ナオミン”(平田暁子)は、仕事先に来た“みどり”の交際相手の本性を暴露

“ナオミン”(平田暁子)は、仕事先に来た“みどり”の交際相手の本性を暴露

届いた宅配便を“ウンモ”(菊池美里)は誰にも見せたくなかったが…

届いた宅配便を“ウンモ”(菊池美里)は誰にも見せたくなかったが…

痴呆症、拒食症、幼児虐待、いじめ、私生児、AV、不倫、妊娠(中絶?)、同性愛……等々、セリフの端々にイタい、キツい、ツラいキーワードがたくさん出てきて、登場人物たちの過去と思いが交錯する。しかし、それでも決してネガティブなムードに陥らず、笑いへと転化していくのは、このドラマがすべて女性の手によるものだからだろう。

痴呆症と思われていた“れいこさん”(辻川幸代)、実は…!?

痴呆症と思われていた“れいこさん”(辻川幸代)、実は…!?

こと“生き死に”の問題になると、女性は強い。土壇場では、男が敵わないぐらいのたくましさを発揮する。『MAN IN WOMAN』というタイトルは、女性のこうした性質に由来するものだろうか。「ここで生きていけるのか?」という状況も、みんなが一緒にいることで、ケセラセラとなんとかなっていく。ともかくも、女性の生命力、生きることへのバイタリティから、クライマックスへとドラマの水位が次第に上がっていく。まさに「肯定座」の名に恥じない、人間の存在を全肯定する舞台だ。そして、ラストには「へェ!? そんなのあり?」という意外な幕切れが待ち構えている。ファンタジックで鮮烈なワクワクする印象を残して終るハートウォーミング・コメディとなっているのだ。

ファンタジックで意外な幕切れ

ファンタジックで意外な幕切れ


実体験を戯曲化

いかにも小劇場らしい、荒唐無稽でちょっとウソっぽい作り話のように思えわれるかもしれない。しかし、この作品には主宰の奈賀の実体験が反映されているという。奈賀は実際に一軒家のシェアハウスで9年間、7人と共同生活していたことがある。最初は隣の部屋の音が気になったり、風呂の順番待ちなど、他人と生活習慣をともにすることに苦労し、辛かったそうだ。それが2年目の冬、寒さが沁みる帰路で家の明かりを見てホッとし、「いつも救ってくれるのは他人」とすごく嬉しくなったという。濃密な9年間を過ごしたが、やがて立ち退きでそれぞれバラバラとなり、新居に落ち着いた頃にまたその一軒家のあったところを通ると、2か月しか経っていないのにすでにそこは駐車場になっていたという。深夜の駐車場で、彼女は一人泣いたそうである。そして、「今まで自分が感じた事を題材にしてこなかった」と気づき、シェアハウスの話を舞台化することに決めたというのだ。
 

肯定座『MAN IN WOMAN』 (舞台美術:袴田長武/照明:松田直樹)

肯定座『MAN IN WOMAN』 (舞台美術:袴田長武/照明:松田直樹)

奈賀は女性の作家を探し、信本敬子(のぶもとけいこ)と出会って台本の執筆を依頼したという。信本は、演劇界ではあまり知られていないが、映像の世界ではすでに実績のある脚本家である。1989年『ハートにブルーのワクチン』で第3回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞してデビュー。代表作にドラマ『白線流し』(1996年)、アニメ『カウボーイビバップ』(1998-1999年)、『WOLF'S RAIN』(2003年)、『スペース☆ダンディ』(2014年)などがあり、アニメ映画『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)の脚本を今敏監督とともに共同執筆している。

あらためて思い返してみると、確かにこの作品はホン(台本/戯曲)がとてもよく書けている。キャストの一人一人に合ったキャラクター像を的確に造形するセンス。登場人物のメンタリティをきちんと描き分け、それぞれに見せ場を作っている。張った伏線をうまく回収し、すべて効果的なエピソードにして処理していく。そして、決して想定内には収まらないアクロバティックなシーン展開。これは明らかにプロの作家の仕事といえる。

戯曲を手がけたのは今作が初めてということだが、実は信本も演劇作品を書いてみたいと考えて周囲に話していたところだったそうだ。人づての“奇妙な縁”から、両者は邂逅した。そして、奈賀のアイデアとキャスティングをもとに、信本が脚本化していった。8ヶ月間、週に一度は連絡をとり、奈賀が今回出演する女優たちの魅力を伝え、どう見せたら面白いかを話して、意見を交換した。信本はキャストに直接の面識はなかったが、こうして女優たちの個性を見事に生かした脚本が完成した。

実際の舞台では、まるで水を得た魚のように、役どころを心得た女優たちが活躍していた。無名塾の江間直子が、子供と別れて暮らさざるを得ない母親像を本意気で演じ、涙を誘う。かつて、つかこうへいに見い出されデビューした塩塚和代(旧姓・生方)も、一人空回りする“男気のある”ボケ役をフルスロットルで演じ、笑いを誘う。こうしたベテラン女優たちが気を吐いて、小劇場の舞台に臨んでいるのも、奈賀の人徳のなせる業だろう。ものすごい贅沢なことだと思う反面で、この公演が人知れず埋もれていくような演劇界でいいのだろうか!? という疑問がたちどころに湧いてくる。


評価システムの欠如した演劇界を憂う

もし、日本劇作家協会が“責任編集”していた戯曲誌「せりふの時代」がまだ存在していて、私が編集部にいたとしたら、間違いなく掲載候補の若手戯曲としてピックアップしていることだろう。そして、活字化されれば、上演許可の問い合わせが年に何本も来ることになるだろう。それくらいレベルの高い作品だと思う。また、掲載によって岸田國士戯曲賞の候補にもノミネートされるかもしれない。しかし、現在ではそうした評価システムはまったく無くなってしまっている。

もちろん、決して新しいタイプのドラマでも前衛劇でもないため、これが「岸田賞を獲れるはず」ということでもない。しかし、「こういう作品も最終候補に入っていても悪くない。いや、むしろ入っているべきなのでは?」とも思う。ところが、岸田賞は公募制ではなく、私も推薦状を持っていないので、どうすることもできない。作風としてはナラティブでややエンターテインメントなタッチなので、前回候補に上がっていた桑原裕子や角ひろみのようなポジションでもあろう。だから、どちらかというと鶴屋南北戯曲賞(光文文化財団)向きかとも思う。ただし、南北賞の場合、審査に当る大手日刊紙の演劇担当記者はまったく観に来ていないとのことなので、実際にノミネートされることはないだろう。

女性作家による女性たちのドラマということでいえば、渡辺えりや永井愛が審査員を務めるOMS戯曲賞(大阪ガスビジネスクリエイト株式会社)とか劇作家協会新人賞(日本劇作家協会)が似合う作品とも思える。しかし、OMS戯曲賞は関西圏の劇作家が対象であり、応募資格がない。劇作家協会新人賞はすでに発表があったばかりなので、応募して評価されるにしても、丸一年待たなければならないだろう。

この際だから、検討できそうな国内の戯曲賞について、あらためて調べてみた。「日本の劇」戯曲賞(日本劇団協議会)とテアトル・エコー創作戯曲賞(テアトル・エコー)は、未発表・未上演のものに限るため、不可。せんだい短編戯曲賞(公益財団法人仙台市市民文化事業団/仙台市)は、上演時間60分以内の短編戯曲が対象なので、対象外。九州戯曲賞(九州地域演劇協議会/NPO法人FPAP)も、九州圏の劇作家が対象なので、やはり対象外。文化庁創作奨励賞戯曲部門(文化庁)、かながわ戯曲賞(神奈川芸術文化財団/神奈川県)は、すでに廃止されている。

あと、可能性があるのはAAF戯曲賞(愛知県芸術劇場)だが、15周年を迎えた今年(2015年)から気鋭の若手演劇人に審査員が一新されたため、オーソドックスなドラマはむしろ評価されにくくなったのではないかと思う。残るは、北海道戯曲賞(公益財団法人北海道文化財団)、テアトロ新人戯曲賞(カモミール社)、そして隔年で開催されている近松賞(公益財団法人尼崎市総合文化センター/尼崎市)しかない。

かつて若手劇団を輩出する登竜門であった演劇フェスティバルも、今はほとんどなくなってしまっている。パルテノン多摩小劇場フェスティバル、グローブ座春のフェスティバル、ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルなど、ジャンピングボードとなる場がなくなってしまっていることは、次代を担う若手劇団にとっての戦略的目標の喪失であることは、かなり以前にレビューサイト「ワンダーランド」にも書いた。

どちらにしても、この作品が出るところに出れば、「読んで演ってみたくなる」ような女優や演出家、劇団が続出するだろうことは想像に難くない。上演時間は1時間半だったが、これをもう少しじっくり丁寧に描くように演出して、2時間ぐらいでまとめれば、大手の商業プロデュース公演で再演したとしても遜色はない。というか、そういうことが実際に起こってほしい。オリジナルな創作劇を書ける次世代のストーリーテラーがなかなか出てこない演劇界にあって、その将来性に期待してみたいと思わせるものが充分にあるからだ。そして、このような作品を生み出した奈賀毬子と肯定座の活動に、今後も期待して注目していきたいと思っている。

公演データ
肯定座 第5回公演『MAN IN WOMAN』

日時:2015年12月23日(水)~27日(日)@明石スタジオ(高円寺)
会場:明石スタジオ(東京都杉並区高円寺南4-10-6)

■出演:
奈賀毬子(肯定座)
福原舞弓(肯定座)
市橋朝子(タテヨコ企画)
江間直子(無名塾)
菊池美里(ドリームダン)
塩塚和代
辻川幸代(ニュアンサー)
平田暁子(年年有魚)

作:信本敬子
演出:ナカマリコ
舞台監督:田中翼
舞台美術:袴田長武
照明:松田直樹
音響:樋口亜弓/松丸恵美
音楽:電気スルメ
演出助手:伊岡森愛/細川翔太
写真:宮本雅通
チラシデザイン:ナカマリ
HP制作:斉藤智喜
制作:岩間麻衣子/肯定座制作部
協力:(株)エコーズ/Krei inc./(株)グッドラックカンパニー/(株)仕事/(株)スターダスト・プロモーション/タテヨコ企画/ドリームダン/ニュアンサー/年年有魚/日高舞台照明/(有)モスト・ミュージックQuartet Onlineすら箱空
企画・製作:肯定座

 

アーティスト・プロフィール
●肯定座
「全てのコトを肯定したい!肯定されたい!」と想い願うところから、俳優の奈賀毬子が2011年に結成した劇団。2012年『暗礁に乗り上げろ!』で旗上げ。”表現しつづける”人達とともに、老若男女が楽しんでいただける作品創りを目指している。

●奈賀毬子(なか・まりこ)
肯定座主宰、演出家、俳優。15歳で声優デビュー。その後、アイドルや舞台を経験し、20歳の時に映画の世界へ。映像の繊細な表現手法にのめり込む。24歳の時、立川志らく氏と出逢い下町ダニーローズの旗揚げ公演に参加。舞台表現の面白さと難しさを再認識。現在は、映画と舞台と吹替えで活躍中。
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