演出・五戸真理枝と主演・木村達成が太宰治の“怪作”『新ハムレット』に息を吹き込み上演 公演への意気込みや魅力とは
木村達成
2023年2月に、第30回読売演劇大賞の最優秀演出家賞を受賞したばかりの新進気鋭の注目株・五戸真理枝が、PARCO劇場に記念すべき初登場を果たす。上演する演目は、太宰治が戯曲形式の小説として残した、知る人ぞ知る“怪作”『新ハムレット』だ。
1941年、32歳の太宰が初めて書き下ろした長編小説こそが、このシェイクスピアの『ハムレット』の翻案で、若き太宰が語り直すことにより設定は原作通りにもかかわらず、より日本人が共感しやすい物語となっている。この作品を五戸が上演台本としてブラッシュアップを図り、大胆かつ豊かな発想を活かした演出でさらに“新しい”『ハムレット』として息を吹き込む。
今回、主人公のハムレットを演じることになったのは、近年『ジャック・ザ・リッパー』『マチルダ』などのミュージカルから『SLAPSTICKS』『血の婚礼』などのストレートプレイ、さらに映像作品でも活躍中の木村達成。
まだ本格的な稽古に入る前、これが初顔合わせとなる五戸と木村に今作への想いや意気込みなどを語ってもらった。
ーー五戸さんは今回、初めてPARCO劇場で演出を手がけられることになるわけですが。
五戸:PARCO劇場で演出させていただけるとなると、まず自分の中では最も規模が大きい劇場になりますので、とにかく大変ドキドキしています。そして自分自身も観客としてPARCO劇場には時々お邪魔しているのですが、上演されている演目はいつもとてもエンターテインメント性がしっかりあるものが多くて。私も、笑えて泣ける作品が大好きなので、そのPARCO劇場で演出ができるなんてと、とても嬉しいです。自分がやりたいこともまさに人をエンターテインメントするというか、笑かして泣かして心をいっぱい動かして楽しんでもらえるものを作りたい、というのが常々思っていることなので。そういう舞台を「力いっぱい作っていいんですよ!」と言ってもらえたような、そういうゲートが目の前で開いたような気がしてとても嬉しかったのが、今回のお話をいただいた時の率直な気持ちです。
ーー演目に『新ハムレット』を選んだいきさつを教えていただけますか。
五戸:いろいろな候補作品の中からこれがいいんじゃないかということになったのですが、私が「もしかしたらイケるかもしれない……」と思いつつおそるおそる提出した演目でもあったので嬉しかったです。この太宰の小説を読んだ時「これは強烈だな、パロディとしてとても良いんじゃないか」と思ったんですよね。『ハムレット』を知っていると笑えるところもたくさんある上、太宰治らしさも色濃く感じられ、しかも太宰の暗さだけではなく強さが見えたりもします。そういう魅力がたくさんある作品なのですが、原作のままだとちょっとセリフが長すぎるところがあるためカットするなどしてどうしても手を入れる必要がありまして。そうやって私の作った上演台本が許されるかどうかがまず不安だったのですが、プロデューサーの方々がそのカットしたバージョンの上演台本を読んで「面白い」と言ってくださったので、こうしてまたとない貴重な機会をいただけることになりました。
ーーその作品に出演することになった木村さんは、今回の舞台のお話を聞いた時、まずどう思われたんでしょうか。
木村:今の年齢だからこそできるシェイクスピア作品というものが何本かあって、それが『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』なんだという話を、仕事仲間とかマネージャーと話す機会がたまたまあって。そのタイミングでちょうどこのお話をいただいたので「これはやるべきだな」と、まず思いました。それに台本を読んでみたら、共感できるポイントがたくさんあったんです。自分がふだんから使っている言葉も、ハムレットが語る悩みや苦しみに関する言葉と似通っているような気がするんです。太宰治さんは、僕にあて書きをしてくれたんじゃないかと驚いたくらいでした。そんな想いもあって「やらなきゃいけないものがもうひとつ増えたな」という気持ちで、今回のオファーを受けさせていただきました。もちろん嬉しかったのですが、僕の場合は仕事が決まった瞬間やオファーをいただいた瞬間に一番の喜びが来て、その後は苦しみにどんどん変わっていくようなタイプなんです。だからまさにこれから稽古に向けて苦しみが生まれてくるのかな、と思ってしまって。こういうところもちょっとハムレットに似てるかも、と思っている最中です(笑)。
木村達成
ーーちなみに、五戸さんが木村さんにあて書きをして今回の上演台本にした、なんていうことは……?
五戸:いえいえ、していませんよ、きっと木村さんが何かに呼ばれたんだと思います(笑)。
ーー改めてこの戯曲の、どういうところに魅かれたのでしょうか。
五戸:私が若い頃に小説を読んで感じていた太宰治は、すごく暗くて内向的というイメージだったんですが、この『新ハムレット』を読んだ時にはそういう印象とはちょっと違う太宰の姿が見えたんです。それは、文学者としての戦い方と言いますか。有名なシェイクスピアの戯曲を自分のものにするために、何度も何度も読んで自分で語り直すみたいな書き方をしているんです。そんな太宰の息遣いみたいなものを感じた時に、決してこの人は暗くて内向的な人ではなく、むしろ人の心を表現する文学とはなんなのかとか、自分の文学を確立するためにはとか、日本の文学をさらに発展させるにはとか、そうした未来のために戦っている感じがして、そこに強く魅かれました。
ーー今回この作品を戯曲化するにあたって、どんなことを意識して脚色されたんでしょうか。
五戸:極力、太宰の言葉を生かしたほうがいいと思っていまして、なるべくカットだけで成立させることを第一の目標として取り組みました。つまり、私のオリジナルな言葉はあまり入れないようにしたんです。ですが長台詞をカットするためには、順序を入れ替えたりしなければならなかったりもして、それでやむを得ず手を入れたところはあります。それと少しだけ、ハムレットやオフヰリヤの存在感をより立たせたいところもあったので、そのためには原作のシェイクスピアの『ハムレット』のほうから引いてきて足す、ということもやっています。といっても、それはほんの一部で。ほとんどは太宰の言葉で構成しようという意図で、今回の脚本は作りました。
ーー木村さんはハムレットに共感する部分が多いということですが、具体的にはどんなところに共感されますか。
木村:冒頭にある「からかわないでください。僕は地獄へ行くんです」というセリフがかなり突き刺さったんです。あと、これを言うとお客様や僕を知ってくださる方が不安に思われるかもしれませんが「苦しみが苦しみを生み、悲しみが悲しみを生み、溜息が溜息をふやす。」というセリフが今、自分がこの世界を生きていく中で……。
五戸:木村さん、暗いですよ!(笑)
木村:いやいや、これはあえてポップに聞いてください!(笑) これは僕が常々、言っていることでもあるんですが「休みなんてものがない」ということ。それは単に肉体的な休みはあるものの、心が休まる瞬間が一切ないんです。何か作品に参加している時は、休日も結局はその作品のことを考えていたり、覚えなきゃいけない台本があったりする。そうなると完全な休みではないですからね。そう考えると、2020年にコロナ禍で主演舞台が2本なくなって、落ち込んだし、焦りもしましたが、一方で、デビューしてから初めて心の休息ができたような気持ちにもなりました。一度、あの安心感を覚えてしまうと再び仕事が入って忙しくなってきたら、あの休息がまた欲しいなという感覚にちょっとなってしまっていたことに気づいて。そんな気持ちが、ハムレットの抱える苦しみに共感しているポイントなのかもしれません。
木村達成
ーーお二人は既に、直接お会いする機会はあったんですか。
木村:はい、一度お会いしました。
五戸:つい先日、初めてお会いしたばかりなんですよね。話し始めて数分で「ハムレットに似てる」とか「太宰に似てる」と思いましたし、まず「正直な人」という印象を受けました。それって、この太宰版『ハムレット』を演じていただく上でもしかしたら一番重要なポイントなのかもしれないなと思いました。その木村さんの正直さ、敏感さ、ストレートなところが伝わった途端に「あ、これはもう大丈夫だ、ハムレットが現れた!」と安心しましたし、感動もしましたし。木村さんにハムレットをやっていただけることは、とてもありがたいことだと感じました。だけど、稽古で苦しみが増えていくなんて繊細なこともおっしゃっていましたから、あまりひとりで苦しめないようにしたいなと思っています。
木村:今まではこういう自分の不安やナイーブな気持ちってなかなか吐けずにいて、唯一吐けるのがマネージャーとか仲のいい友人だったんですが。今回は現場でどんどん吐けそうだと思うと、若干気持ちが楽なところはあります(笑)。まさにそこがハムレットと似てくるポイントになりそうなので。だけどそれが当たり前になりすぎて、ただのわがままな青年にならないよう、気を付けます。
ーーちなみに、木村さんは五戸さんの手がけた作品をご覧になっていたりはするんですか。
木村:僕のパーソナル情報から申し上げますと、観劇すること自体が実は苦手なんです(笑)。観劇しに行くたびにどうしても「自分も出たい!」と、つい思ってしまうので。
五戸:正直ですね(笑)。
木村:昔は野球をやっていたんですが、同じ理由でプロ野球の試合を見るのも好きじゃないんですよ。「僕に打たせてほしい、僕に投げさせてほしい、試合に出させろ」という気持ちが強いので(笑)。
五戸:やっぱり、太宰と似てますよ(笑)。
ーーカンパニーの顔ぶれについてもお聞きしたいのですが。まず五戸さん、今回のキャスティングの狙いとは。
五戸:とても個性豊かな方々にお集まりいただけたな、と思っております。ひとえにプロデューサーのみなさんのお力のおかげですけれども。やはりシェイクスピアの、しかも『ハムレット』というとビッグタイトルですから、それをいかに日本人感覚に、お茶の間感覚にまで持っていけるかが今回の最大のテーマ。なので、ただ美しいとかただかっこいいだけじゃない方々に集まっていただけていること、強い個性があったり考えが深かったり、みんなの考え方がそれぞれに違うんだろうなという気配がある、そんなキャストのみなさんとああでもないこうでもないといろいろな言葉を交わしながら作っていけたら、きっと一色ではない豊かな人間模様がお見せできるのではないかと思いますし、そうできるようがんばります。
『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』チラシビジュアル
ーー木村さんはこの顔ぶれを見ての感想はいかがでしょうか。
木村:共演経験があるのは加藤諒さんだけで。だけどその加藤さんが演じるのが自分の親友、とても大切な仲のホレーショーなのは、すごく心強いなと思っています。それ以外の方々は、初めましての方ばかりです。でも初共演の方が多くて本当によかったなと思うのは、共演したことのある方が多い舞台になってしまうと新たな化学変化が楽しめないなとも思うので。『新ハムレット』という作品を通して新しい自分を見つけられるのではないか、という期待がとても大きいです。それから僕の叔父、クローヂヤスを演じてくださる平田満さんは同じ事務所で、以前から僕、自分の事務所の方と共演したいと熱望していたんです。ですから今回、平田さんがクローヂヤスであることは自分の中ではプレッシャーにもなりますが、ぜひともこの機会に平田さんに認めてもらいたいなという気持ちもありまして。「あの若造は威勢があっていいな」とか「いい感じに牙が尖っているな」とか「最近の若者にない、血の気が多い感じがする」とか、とにかくなんでもいいんですけどね。言うことはなんでも言ってナイーブな気持ちを全力で、平田さん演じるクローヂヤスにぶつけていきたいと思っています。
ーー木村さんにとってPARCO劇場で座長を務めることに関しての覚悟というか、意気込みはいかがでしょうか。
木村:でも、僕が募って集まってくださった方々というわけではないので、意識していることは特にはないのですが(笑)。いつも主演をやらせていただく時に感じているのは「みんなが思い描いてるような主演は絶対にやってやらないぞ」ということ。主演って、ドシンと真ん中に立ってみんなを鼓舞しリーダーシップをとっていくようなイメージがありますが、僕はただ現場の盛り上げ役であり、みなさんに楽しいエンターテインメントをお届けするからこそ稽古場から楽しい雰囲気づくりをしたいと思っているんです。ですから今回も楽しく、この『新ハムレット』というものをみんなで解釈していきながら、最終地点でお客さんに喜んでもらえるところまでなんとか持っていきたい。僕らが楽しく作っていたら、絶対楽しいものになるという自負がどこかにあるんです。なので、そういうところも楽しみに思いながら、あまり気負うことなく、このカンパニーを盛り上げていけたら。「木村で良かったよ」とみなさんに思っていただけるようなハムレットを、ぜひ演じたいと思っています!
取材・文=田中里津子