「好奇心でお腹いっぱいになってもらえる」 桝太一に聞く、特別展『海』の見どころは?

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2023.7.4
特別展『海 ―生命のみなもと―』公式ナビゲーター・桝太一

特別展『海 ―生命のみなもと―』公式ナビゲーター・桝太一

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2023年7月15日(土)から10月9日(月・祝)まで国立科学博物館にて開催される特別展『海 ―生命のみなもと―』。本展では「海」の誕生から現在について、多様な生物や人と海の関わりを紹介し、さらには海のめぐみとともに生きてきた生物の姿を知ることで、我々人間が今後どのように海と関わっていけばいいのか、海との未来を考えていくものだという。
今回、SPICE編集部では、本展の公式ナビゲーターを務める桝太一にインタビュー。学生時代には海洋生物を、そして現在は同志社大学助教としてサイエンス・コミュニケーションを研究する桝に本展の見どころをたっぷりと聞いた。

特別展『海 ―生命のみなもと―』

特別展『海 ―生命のみなもと―』

想像を超えてくる海の生物に、好奇心が止まらない

ーー今回展示される作品群(資料)をご覧になって、印象に残ったものを教えてください。

ピンポイントでいくつかいってもいいですか? まずはナガスクジラの標本です。まだ実物の展示は見ていないので、想像にはなりますけど、ナガスクジラの標本はすごいですよね! 海の生き物の魅力のひとつは、重力の関係で大きくなれること。地上では「もうこれ以上は大きくなれない」という限界のサイズがあるんですけど、海はその限界のサイズを軽々と超えてくる。なので、ぶっ飛んだ大きさの生き物がいることが海の魅力のひとつだと思うんです。動物園のゾウなら近くで見られるので、多くの人がだいたいの大きさが分かると思うんですが、クジラなんてなかなか遭遇しない。今回はそのナガスクジラの上半身だけでこんなサイズなのかと知ってもらって、これが普通に海で泳いでいることを実感してもらえたらと思います。

ふたつめはメガマウスというサメの標本。元アナウンサーとして申し訳ないですけど、言葉で表現できない格好をしているんですよ(笑)。僕が大好きなサメなので、ぜひ見てほしいですね。

そして何より、今回の展示は「なぜ海が故郷なのか」ということが分かることがいいなと思っています。「そもそも海とは何なんだろう」というところから展示が始まるので、序盤は皆さんが期待しているような生き物の展示はあまり出てこないかもしれませんが、諦めずにじっくり見てほしいですね。知れば知るほど「人間って海から生まれてきてるんだな」ということを実感してもらえると思うので。ぜひその序盤の展示にも注目してほしいです!

《約40億年前の深海熱水活動域を再現したジオラマ展示イメージ》

《約40億年前の深海熱水活動域を再現したジオラマ展示イメージ》

ーー桝さんがそもそも海に惹かれた理由や体験を教えてください。

僕は千葉県出身なので、幼少の頃から近くに海がありました。子供の頃から犬吠埼などに連れていってもらったので、磯遊びが僕の原点だと思います。実は僕はそんなに砂浜が好きではなくて。というのも、砂浜はキレイですけど、実は生き物が少ない。それに対して、磯には潮だまりという水が溜まっている場所があって、そこを覗き込むといろいろな生き物がいるんです。まるで小さな水族館のようなんですよね。その楽しさが自分の原点かなと思います。

海の生き物は、大概において自分の想像を超えてくるんですよ。陸上の生き物はなんとなく想像の範囲内におさまることが多いんですが、海の生き物たちは「なんでこんな格好になるの!?」と想像の範囲を斜め上に超えてくるので面白い。海はいまだに好奇心が満たされきることがないですよね。想像の先がありすぎて、その好奇心は永遠に埋まらないぐらい。知れば知るほど不思議なことが詰まっています。

ーー桝さんが特にお好きな海の生き物は?

昔からハコフグがめちゃくちゃ好きです。陸上のウサギとかネコとかも可愛いですけど、ハコフグ以上に可愛い生物はいないと思うぐらい、本当に可愛いです。ヒレの動かし方と口と目の形といったら……!

ーーハコフグも磯にいたりするのですか?

そうそう、意外と磯にいるんですよ。それこそサイコロみたいなハコフグの子供なんて、もうめちゃくちゃ可愛いですよ。……すみません、もっと学術的で高尚な話をするべきだったかもしれませんが、結局、ハコフグが好きです(笑)。

ーー磯遊びで心惹かれて、その後はどのように好奇心を満たされたのですか? 絵を描いたり、図鑑を見たり……?

実は当時の僕はどちらかというと海よりも山派でした(笑)。正直海に関していうと「なんか変な生き物がいっぱいいるな」という印象だったんですけど……。でも名前が分からない生き物が多すぎて、図鑑で調べてはいましたね。ただ海になると、調べてみようにも、そもそもこれが何の仲間でどの図鑑を見れば良いのかすら分からないという事態が起こるんです(笑)。

僕は蝶々が好きだったので、蝶々の図鑑をよく見て、それらを全部覚えたりしていたんですね。陸だとある程度「なんかあの虫に近い仲間なんだろうな」とか「これはどう見てもホ乳類だよな」とか分かりますけど、海の場合は、「このプニプニした丸いものは何の仲間なんだ?」みたいになる。子供の頃と大人で全然体の形が違うこともありますしね。そうやって図鑑で必死になって調べることは、磯遊びの先のステップだったかもしれないです。

海の生き物だけでなく、色々な側面の「海」を鑑賞できる

ーー特別展『海』と最初に展覧会タイトルを聞いたときに、なんと広いテーマだと思ったのですが……。

いや〜、仰る通りですね! 僕も「大丈夫か?」と思うぐらいでした。

ーー桝さん流のおすすめの鑑賞方法などあればお聞きしたいです。

扱う範囲が広過ぎて、本当に1回の展示で紹介しきれるのかという不安は確かに僕もあったんですけど、逆にいえば今回はものすごく欲張りな展示で、海に関する全ジャンルを網羅している展示なんですよ。一つひとつの展示の深さ以上に、海全体を余すことなく見ることができる展示、といえば良いのでしょうか。おそらく皆さんが思っている「海」のイメージと違う側面の「海」も展示されていますので、そこはぜひ注目してほしいですね。「海といったら、きっとこんな展示なんだろうな」と想像してくるのとは違う展示が絶対どこかひとつは入っていますから。逆に、自分たちが見たことない角度から見た「海」の姿が入っていることを楽しみにしてほしいですね。実際、僕自身もそうでした。「『海』展で、こんなものまで展示するんだ!」と思うものが結構ありました。「海」といったら、生き物かな、深海かなという固定イメージを持っている方ほど、ぜひ来ていただきたいです。きっと「そういう切り取り方があったか!」と発見があると思います。

ーーちなみに桝さんが「これが海か」と驚かれたのはどんな展示ですか?

「丸木舟」ですね。いや〜、自分には『海』展でこの展示の発想はありませんでした(笑)。でも確かに日本列島に人が来るときには、海を渡ってきたわけですから。飛行機も船もなかった時代、きっと海って、もう世界の縁、終わりだったわけですよ。最近、宇宙関係者の方ともよく一緒にお仕事をしているんですけど、かつての海は今の宇宙のような感覚なのかもね、という話をよくするんですね。かつて海の向こうは「自分たちが住む世界の外」だと思っていたけど、 今では当たり前のように海を越えた先と行ったり来たりするでしょう。今の宇宙はまだまだ「自分たちの世界の外」だけれど、いつかは当たり前のように行ったり来たりするようになる……そう思うんです。

だからこそ、かつて海を渡っていった丸木舟は、僕の中ではちょっと宇宙船のようにも見えてくる。きっと彼らは、現代の僕らが宇宙船に乗るのと同じくらいの勇気を持って乗ったんだろうと思うんです。まさに命懸け。この丸木舟は、今でいうロケットなんだろうなと感じますね。そういう想像もしながら感じてもらえたら楽しいんじゃないかな。

……とはいえ、よく行きましたよね。当時、「丸木舟に乗れ」といわれたら、僕は絶対行かないですけど(笑)。それこそ好奇心が勝ったのでしょうね。

《3万年前の航海 徹底再現プロジェクトで使用された丸木舟》所蔵:東京都立大学

《3万年前の航海 徹底再現プロジェクトで使用された丸木舟》所蔵:東京都立大学

ーー面白いですね。しかもこの現代においても「海」はまだまだ謎の部分がある。

そうそう。結局、海の表面はある程度行きつくせたかもしれないけど、海の下の部分にはまだ人間は全く行きつくせていないわけですから。

ーー地元も含めて、いろいろな海をご覧になってきたと思うのですが、桝さんにとって忘れられない海は?

いっぱいありますけど、大学生のときに行った小笠原諸島ですかね。日本は海に囲まれた島国ですけど、日常生活で海に囲まれていることはあまり意識しないじゃないですか。でも島に行くと、特に小笠原諸島なんて絶海の孤島なので、ふと見ると周りは全部海なんですよ。あ、海に囲まれているとはこういうことなんだな、と心から感じることができました。

どうしても僕らは普段陸にいるから、陸が本体で、ついでに海もある、くらいの感覚に陥りがちですけど、本当は逆。広大な海があって、我々はそのうちの限られた陸地で暮らしているんです。だから、やっぱり地球は海の惑星なんだよな……そんなことが感じられた小笠原諸島はすごく印象に残っていますね。

ーーそれは研究で行かれたのですか?

いえ、遊びでスキューバダイビングをしに行きました。

ちなみにスキューバダイビングを始めた理由は、とてもチャラい理由です(笑)。先ほど申し上げた通り、僕は山派だったので、ずっと山に行きたかった。でも中高男子校から大学に入って、女性とも接点が欲しいと思って……。生物研究会には女性はあまりいませんでしたが、スキューバダイビング部は男女半々くらいでキャッキャッしていたので、いいなと思って……。生き物と異性という当時求めていたふたつのものが同時に手に入るのがスキューバダイビングだったというだけの話です(笑)。ただ、いざ入ってみたら異性よりも生き物観察のほうに夢中になったんですけどね(笑)。今思えば、海好きになる発端はすごく不純な動機でした。

好奇心は誰もが持っているはず 鑑賞した“その先”が大切

ーーところで、今回の展示に限らず、桝さんは日頃から博物展や美術展などには足を運ばれますか?

美術展にはあまり行きませんが、科博(国立科学博物館)の特別展は毎年のように行っています。

ーー過去の展示でも何か印象に残っている展示はございますか?

最近でいうと、特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』が良かったですね。僕は石などの地学系にあまり興味がなかったんですけど、その展覧会に行ってみたら見事にハマってしまいました。「こんな石があったんだ!」「この宝石とこの宝石は実は同じ石だったの?!」みたいな感じで。そういうのが展示のいいところですよね。自分が全く興味ないと思っていた分野でも、突然、自分では気づいてなかった「興味の鍵穴」にガチャッとハマるときがあるから。

特別展『宝石』に行って改めて思いましたが、興味のある展示だけに行っていてはダメですね。別に興味ないかな、と思う展示にも、行ってみたら突然鍵穴が開く瞬間がある。僕は特別展を契機に、二ノ宮知子さんの漫画『七つ屋 志のぶの宝石匣』も全巻買っちゃいました(笑)。

展示を見た後の話でいうと、これはぜひ伝えたいんですけど、博物館の展示を見終わって「あー満足した」で終わってほしくないんですよね。やっぱり見終わって「もっと知りたくなった」とか「じゃあ今度これをやってみたい」と思って初めて意味があると思うので、今回もぜひ展示を見た後の“その先”を大事にしてほしいです。

ーーこうした展覧会に足を運ぶ家族連れも多いと思いますが、子供に科学に関心を持ってもらうためにはどうしたらいいと思いますか?

これは僕の持論ですが、好奇心のタネは誰しもが持っているものということを前提として、その上で自分は、子供の頃に何に惹かれていたかを思い出してみる。もちろん自分自身の好奇心もありますけど、それ以上に僕は、「大人が楽しそうにやっていること」に惹かれていたと思うんですよね。学校の授業を思い出してもらうと分かると思うんですけど、先生が楽しそうにウキウキしながら教えている授業は楽しかったじゃないですか。 地理の授業でも、歴史の授業でもなんでもいいんですけど。逆に義務的に教えている先生の授業は本当につまらなかった。だから僕は、大人が楽しまなければ子供が楽しいわけないだろうと思うんですね。

例えば、今回の特別展『海』も、僕の娘は今はそれほど興味ないと思うんです。でも「お父さん、絶対楽しいから、めちゃくちゃ行きたいんだよね! 一緒に来て!」というと、もしかしたら来てくれるかもしれない。「君たちに教えてあげているよ」ではなく、「自分はめちゃくちゃ楽しいんだけど、みんなはどう?」というほうが伝わるんじゃないかと思うので、そこは大事にしたいポイントですし、今回の音声ガイドでも心がけたポイントです。僕は今、科学コミュニケーションの研究をしていますが、そのひとつの答えとして、内容も大事だけど、それを扱っている人たちが楽しそうに取り組んでいる姿を伝えることも大事なんじゃないかなと思っています。

ーー音声ガイドも楽しいものになってそうですね。

そうですね。僕自身の海が好きだという気持ちがなるべくにじみ出るように心がけました。ナレーションをするときは、色々な情景をイメージしながら声を入れていくものなんですけど……今回は、博物館の中で子供の横に付いてまわる、海好きのちょっと変わったおじさんというところでしょうか(笑)。美しく情報を伝える音声ガイドとはまたちょっと違って、解説員が横について回るようなガイドだと思いますので、そこが聞きどころだと思ってもらえたら嬉しいです。

ーー改めて来場を楽しみにされている皆さんにメッセージをお願いします。

とにかく海は知らないことだらけ。来てみると、新しい発見がいっぱいあると思うんです。特別展『海』と聞いて、今あなたが想像した景色、それとは違うものがあると思うので、ぜひそこを楽しみにしてください。先入観なしに、敬遠しないで来ていただきたい。本当に知らないことがだらけで、好奇心でお腹いっぱいになって帰ってもらえると思います!

《無人探査機「ハイパードルフィン」》写真:海洋研究開発機構

《無人探査機「ハイパードルフィン」》写真:海洋研究開発機構


取材・文=五月女菜穂

展覧会情報

特別展『海 ―生命のみなもと―』
会期:2023年7月15日(土)~10月9日(月・祝)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
休館日:9月4日(月)・11日(月)・19日(火)・25日(月)
開館時間:9時~17時(入場は16時30分まで)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)、03-5814-9898(FAX)
公式サイト:https://umiten2023.jp
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