松本幸四郎、市川染五郎親子に聞く「伝統」とは 特別展『法然と極楽浄土』音声ガイドインタビュー
特別展『法然と極楽浄土』音声ガイドナビゲーター・松本幸四郎、市川染五郎
2024年4月16日(火)から6月9日(日)まで、東京都国立博物館 平成館 特別展示室にて特別展『法然と極楽浄土』が開催される。
平安時代末期、阿弥陀仏の名号を称えることによって、誰もが等しく救われ、極楽浄土に往生することを説いた浄土宗の開祖、法然。今回は浄土宗開宗850年を迎えることを機に、850年におよぶその歴史を、全国の浄土宗諸寺院等が所蔵する国宝、重要文化財を含む貴重な名宝によってたどるものだ。
本展覧会の音声ガイドナビゲーターを歌舞伎俳優・松本幸四郎と市川染五郎の親子が担当する。貴族から庶民に至るまで多くの人々に支持された浄土宗と、大衆娯楽として万民に愛された歌舞伎の世界。展覧会について、そして「伝統」というものについて、それぞれに話を聞いた。
松本幸四郎
松本幸四郎インタビュー
「余白を得る時間のために、5分でも10分でも長く会場にいて欲しい」
――ガイドの収録を終えられて、特別展『法然と極楽浄土』の魅力はどのようなところだと思われましたか? また、楽しみにされている作品がありましたら教えてください。
過去を発見するというより、日本の歴史そのものが現代に生きているのだと実感しました。作品の中では、《五百羅漢図》における人々のいろいろな表情や多彩な色合いに惹かれましたね。絵の中にあるものを、現世の人に伝えたいという思いで描かれた作品だと思うので、隅々まで時間をかけて鑑賞したいと思います。
《五百羅漢図》第24幅 六道 地獄 狩野一信筆 江戸時代・19世紀 東京・増上寺蔵 ※会期中、全100幅のうち24幅を展示予定【展示期間】4月16日(火)~5月12日(日)
《五百羅漢図》第56幅 神通 狩野一信筆 江戸時代・19世紀 東京・増上寺蔵 ※会期中、全100幅のうち24幅を展示予定【展示期間】5月14日(火)~6月9日(日)
――音声ガイド内では、法然上人の台詞を話す場面もありました。法然上人をどのように感じられましたか。
しっかりした修行をする中で、意志や思いを磨いた方ですね。それまでになかったことを新しく作った方ですので、相当な反発を受けたと思いますが、ご自身に反抗という意識がなかった方でもあります。思ったことを素直に皆と共有しようとする、優しいけれども、大変強い意志を持った方だと思いました。
――歌舞伎の中でも、僧侶が登場する作品や、仏教に関する描写がある作品も多いと思います。ご出演された作品を通して、仏教に関係する人物や仏教文化に興味を持たれた経験はありますか。
そうですね、申し訳ないんですけど、歌舞伎の中に出てくる僧侶は、高僧の方もいらっしゃいますけど、悪いことをするお坊さんが多くて(笑)。現在も土地ごとの歌舞伎がありますが、歌舞伎はそもそも土地や町を清くするために行われながら、芸能として発達していったと言われていて、上演することでその土地を清めるという意味もあったようです。歌舞伎は、来世につながるものや神様や仏様といった存在がある上で生まれたものだと考えています。
――仏教と歌舞伎の共通点をお話いただければと思います。歌舞伎も皆さんに広く何かを伝えているというところがあるかと思うのですが、ご自身の中で、法然の仕事を通じて共通点はありますか?
歌舞伎は演劇の中の一つではありますが、型を受け継いでいく点が他の演劇と異なると思っています。受け継ぐためには技術も必要なのですが、それだけではなくて、先人をまず尊敬することから始まります。そうでないと、継ごうという気持ちにはならない気がします。
僕は歌舞伎の世界に生まれた人間で、この世界しか知りませんけど、もともと歌舞伎に対する憧れを持っていて、決して「やらなければいけない」と思ったことはないですし、そのように言われたこともありません。レールに乗ってその通りに走るのは大変なことですが、やりがいがあります。
先人を重んじ、憧れた方に教わり、教えていただいたことを、自分を通してお客様に見ていただく。それを踏まえた上で進化させるのが歌舞伎です。そうではなくて、新たなことを見出したというのが法然だと思います。法然のように、全く違うものを作るということは、大変なエネルギーが必要でしょうね。
――新しいものを生み出すのは前例がないことを始めるということですからね。法然自身にそういう推進力があったのかもしれません。
音声ガイドをやらせていただいた時に感じたのですが、法然は、説教するような要素がなく、聞く方が素直に教えを受け止められる印象でしたね。法然のやさしい世界が興味深かったですし、今回は法然が活躍していた当時のことを感じることができる展覧会だと思います。
今の観客の方々に感動してもらえるから、歌舞伎は残っていると思っている
――先人を重んじるという点で、今までご自身の中で特に意識してきたことや、これから後進の皆さんに伝えていきたいことはありますか。
意識してきたことは、まず今の観客の方々に感動していただく、ということですよね。歌舞伎や演劇、映画やテレビドラマなどはそれぞれ表現方法が違うんですが、一つの芝居、一つの役を演じるという意味では同じなので、感動していただくことが重要だと考えています。
――感動ですか。
僕は先人の役割を紹介する役目ではなくて役者ですので、今の観客の方々に感動していただくことを意識しています。歌舞伎はそれがずっと続いてきたからこそ残っているのだと思います。
作ったものや表現方法を披露するだけであれば、舞台上で見せる必要はありません。編集できる映像や書物は確実に伝達できますが、歌舞伎は生で見ていただき、感動していただけるからこそ世代を越えて伝わるのだと思っています。
歌舞伎には歴史がありますので、無くなることはないと思っていますが、今の観客の方々に感動していただくものとして存在し続けるのが大事ですね。
――幸四郎さんの今年最初のお仕事は、時代劇『鬼平犯科帳』のテレビ放映がスタートし、4月には5年ぶりに『四国こんぴら歌舞伎大芝居』も開催されるなど、いろいろな作品が復活していくと思います。ただ、日本美術は、若い世代に伝えるのが難しいジャンルでもあります。歌舞伎も若いお客様に伝える難しさがあるかと思いますが、若い世代にどう伝えたいですか。あるいは子供たちにどんなことを伝えたいですか。
感動していただきたいと言いつつ、歌舞伎で使われているのは現代の言葉ではないし、概ね過去の時代の話なので、分かりにくいものを使ってなぜ感動してもらいたいのかということはあるかもしれませんね。
昔、芝居が歌舞伎だけだった時代もありますが、今はさまざまな芝居があり、歌舞伎はその中で伝統芸能という枠に納まっています。伝えたいこととしては、例えばですが、昔は着物が私服で日常的に着ていたものですが、今はそうではないことを意識する、などでしょうか。現代は普段着物を着ることがないので、稀なものだと自覚することが重要だと思います。
今はYouTubeを見るなどして家から出なくても情報を得られる時代ですけど、歌舞伎はなかなかそういかないものです。逆行しているかもしれませんが、逆に珍しいことや変わっていることを強調することが大事だと思いますね。
僕は、一度、歌舞伎を見に行ってみたらどうですかと提案したいです。着物を来て、歌舞伎座だったら銀座を楽しんで、ちょっと時間を贅沢に使う一日があってもいいのではないかと思います。配信であれば自分の生活に合わせられるんですけど、舞台を見に行くというのは、舞台に全部合わせないといけない。舞台を見に行くということは、時間も場所も指定されているので、言うならば一方通行です。でもそれを一つのイベントとして捉えてみたら面白いのではないかと思います。
歌舞伎の着物を作る方や染める方が本当にいなくなっていて、5年、10年先は分からないというのが現状です。珍しいことを武器にしてメッセージが与えられないかなと思っています。歌舞伎は、見ていただければ、かっこいい、綺麗、かわいい、といった感動を呼び起こすことができると信じているので、それをどうやって皆さんにお伝えできるかという点が課題ですね。むしろ、素晴らしいものを作ったんですと言ってしまうと、その時点で押し付けがましい感じがします。
――実際に足を運ぶということは、長い年月を経て伝わった作品が展示されている博物館や美術館などに関しても、同じことが言えますね。
作品を資料で鮮明に見ることができれば、博物館などに行く必要はないようにも思えます。それでも現物をその場所で鑑賞するのは、かかった年数、関わった人々、思いの集積に立ち会うということですよね。それも含めて感じていただけるからこそ、実際に見ていただくのには替えられないのだと思います。
息子・市川染五郎について「どこまでいっても親子は親子で、どうしようもない」
――市川染五郎さんについて話を聞かせてください。収録を終えられた後、染五郎さんは、「父とは言葉にしなくても通じ合うものがあり、声や話し方が似ているという以前に、魂の根本が一緒だと自分でも感じる時がある。そのつながりを今回のガイドで感じていただけるのではないか」と仰っていました。こういうお話を聞き、お父様としてどのように感じますか。また、普段こういうお話は、ご家庭でされたりするのでしょうか。
ありがたい話です。ただ、日常では芝居や稽古にまつわることを話すので、家庭でそういった話をすることはないですね。
――舞台のお稽古になると、師匠と弟子の関係であり、家でプライベートになると父子の関係になるんでしょうか?
それもよく言いますけど、僕は無理なんですよ。同じ人間ですから。どこまでいっても、親子は親子で、どうしようもないので。
――染五郎さんに対し、台詞まわしがご自身に似てきた、などと感じたりしますか。
どうなんですかね。教える立場ですから似ている部分はあるでしょうが、彼が自分で膨らませてということもあったりするでしょうね。真似というよりは、なぞるということもありますし。
――染五郎さんに関し、歌舞伎以外のものを作り上げていく時はいつもと違う、と感じることはありましたか。
仏像が好きだったり、細かいところで何かに興味を持つこともありますし、感じていることはたくさんあると思います。
――昔は地上波でもたくさん時代劇が放送されていましたが、現在はそういった機会が減りました。染五郎さんは、気づいたら仏像などに興味がおありだったのでしょうか。環境を作ると日本文化に興味を持つ、といった経験はありますか。
ちょっとしたことですが、興味を持つものを見落とさず、それを膨らませてあげるのが大事だと思います。彼は絵を描くのも好きですけど、マジックやクレヨンがあったらちょっと絵の具を置いてみたり、混ぜたらいろいろな絵を作れると思って、筆を渡したりしましたね。
――音声ガイドを聞きながら展覧会をご覧になる方々に、メッセージをお願いします。また、音声ガイドを聞いて歌舞伎に興味を持ち、足を運んでみたいという方に向けて、一言いただけますか。
展覧会は、「歴史」をキーワードに考えていただくといいですね。作品は過去の情報を得るだけのものではなくて、脈々と今に生きているものですし、展示されているものの素晴らしさを見て感じていただきたいのです。
あとは、分かりやすいご説明がある展覧会だと思いますけど、余白と言いますか、ナビされていない部分を一つでも感じていただけるといいですね。ご自身しか感じられない部分を発見できれば唯一の価値になると思います。
作品や説明や映像は、来場者が共通して見るものですけど、それ以外のものもたくさんあると思うので、余白を得る時間のために5分でも10分でも長く中にいていただけると、自分にしか感じられないものを得られるかもしれません。もしかしたら一緒に行かれた方と、偶然にも同じことを感じることもあるかもしれない、そういう時間を味わっていただきたいです。
歌舞伎に興味を持ってくださった方には、僕が女性を演じることもありますし、人物などは歴史に実在していないものばかりですけど、ちょっと変わったことをやっていますとお伝えしたいですね。
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