ゆるかわいい子犬や迫力満点の龍虎にワクワクが止まらないーー生誕270周年迎える「奇想の画家」長沢芦雪、大阪初の大回顧展が開幕

レポート
アート
2023.10.16
『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー奇想の旅、天才絵師の全貌ー』より「蹲る虎図」 794年 個人蔵 撮影=久保田瑛理

『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー奇想の旅、天才絵師の全貌ー』より「蹲る虎図」 794年 個人蔵 撮影=久保田瑛理

画像を全て表示(19件)

特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー奇想の旅、天才絵師の全貌ー 2023.10.7(SAT)〜12.3(SUN) 大阪中之島美術館

10月7日(土)から大阪中之島美術館にて『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー奇想の旅、天才絵師の全貌ー』が開催中だ。長沢芦雪(1754〜1799)は、伊藤若冲や曽我蕭白と共に「奇想の画家」のひとりとして国内外から注目を集める画家。近年人気の「ゆるかわいい」子犬の絵を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。今年生誕270年を迎える芦雪だが、大阪での回顧展が行われるのは初めて。初期から晩年までの芦雪の画業人生をたどりつつ、大人も子どもも一緒になって楽しめるユーモア溢れる動物たちに出会える珠玉の内容となっている。今回は一般公開に先駆けて行われたプレス内覧会の模様をお届けする。

前・後期で初公開11作品を含む、全57件がずらり

入口前にはフォトスポットも

入口前にはフォトスポットも

近・現代美術作品とデザインを専門とし、2022年2月2日(水)にオープンした大阪中之島美術館。長沢芦雪は江戸時代(近世時代)の画家で、本館の所蔵作家ではないが、芦雪は大阪で没し、墓もあるということで、大阪ゆかりの画家の1人として紹介することになったそうだ。ゆえに、大阪中之島美術館では初めての近世絵画の展覧会であり、国の指定重要文化財を展示する初めての展覧会となる。

同展では重要文化財の「龍・虎図襖」をはじめ、初公開11作品を含む約100件を、前後期に分けて展示する。前期(10月7日(土)〜 11月5日(日))と後期(11月7日(火)〜12月3日(日))でかなりの作品の展示替えが行われるため、ファンはぜひどちらも訪れてほしい。

(右)美術史家・東京大学 河野元昭名誉教授、(左)福田美術館 岡田秀之学芸課長

(右)美術史家・東京大学 河野元昭名誉教授、(左)福田美術館 岡田秀之学芸課長

美術史家・東京大学の河野元昭名誉教授によると「長沢芦雪は昔はマイナーな三流絵師だった。それを人気スターに仕上げたのは、同展の監修にも携わった辻惟雄先生」とのこと。辻は昭和42年に雑誌『美術手帖』で連載されたエッセイを3年後に『奇想の系譜』として単行本化し、芦雪ら「奇想の画家」を世に知らしめた。「最初は岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、歌川国芳の5人を選んでいたけど、単行本にする時にどうしてもと、芦雪を加えて6人にして本を作られた。その後6人の再評価が高まって、マイナーどころか江戸絵画を代表する天才的な画家という評価が定着した」と辻の功績を讃えた。

大阪中之島美術館 菅谷富夫館長

大阪中之島美術館 菅谷富夫館長

この経緯を受け大阪中之島美術館の菅谷富夫館長は「芦雪は注目されなかった時代のある作家。そんな作家の絵を観る機会を、時代が欲している。時代そのものが「奇想の時代」だと言ってもいいかもしれません。待望されている芦雪展、この機会に開催できて非常に良かった」と挨拶を述べた。

続いては本展の構成と見どころを、有識者の話を交えつつ紹介しよう。

1章 円山応挙に学ぶ

1章「円山応挙に学ぶ」展示風景

1章「円山応挙に学ぶ」展示風景

今回は基本的に作品の年代順で展示されている。前後期で大幅な展示替えが行われるが、林野雅人主任学芸員曰く、大画面の襖絵も組み合わせることで「前期を観ても後期を観ても、長沢芦雪の本質、人となり、芦雪らしさを楽しんでいただける」と自信を覗かせていた。

1章「円山応挙に学ぶ」展示風景

1章「円山応挙に学ぶ」展示風景

丹波国篠山藩の藩士で、のちに淀藩に出仕した武士の子として誕生した長沢芦雪。 絵師になるため姓を長沢に変え、当時画壇をリードしていた円山応挙(1733〜95)の元へ入門する。本章では、10代半ばから「于緝(うしゅう)」という号で描いた最初期の作品や、応挙の画風を踏襲した女性像や動物画など、自らの画風を模索する時期の作品を展示している。実際に円山応挙の女性像と長沢芦雪の女性像が並べて展示されているので、ぜひじっくり見比べてほしい。

(左)長沢芦雪「西王母図」1782年 (右)円山応挙「西施浣紗図」1773年 いずれも個人蔵

(左)長沢芦雪「西王母図」1782年 (右)円山応挙「西施浣紗図」1773年 いずれも個人蔵

なお、監修協力の福田美術館の岡田秀之学芸課長は「キャプションを見ていただくと個人蔵の作品が非常に多い。今回大阪で開催するという趣旨にご賛同いただき、出していただく方もたくさんいらっしゃいました」と、かつてない量の個人蔵の貸し出しで本展が実現したと裏話を明らかにした。

2章 紀南での揮毫(きごう)

初公開 「酔李白・山水・瀧図」18世紀 個人蔵

初公開 「酔李白・山水・瀧図」18世紀 個人蔵

20代後半から「芦雪」の署名作品が増えていき、徐々に屏風などの大画面の制作依頼も受けるようになった。1786年10月頃〜翌年2月にかけて、師・円山応挙の代理で紀南地方(現在の和歌山県南部)に赴き、 本州最南端の町・串本町にある無量寺をはじめとする寺院の襖絵を多く描いた。

2章では紀南へ行く直前に描いた西光寺の「龍図襖」や無量寺滞在中に制作した代表作「龍・虎図襖」をはじめ、大画面作品を中心に展示。西光寺(島根)、無量寺(和歌山)、高山寺(和歌山)、薬師寺(奈良)、大乗寺(兵庫)の襖絵8作品が出品されるのはなんと23年ぶり。この機会がいかに貴重かおわかりいただけるだろう。

重要文化財 長沢芦雪「虎図襖」1786年 和歌山 無量寺・串本応挙芦雪館

重要文化財 長沢芦雪「虎図襖」1786年 和歌山 無量寺・串本応挙芦雪館

重要文化財 長沢芦雪「龍図襖」1786年 和歌山 無量寺・串本応挙芦雪館

重要文化財 長沢芦雪「龍図襖」1786年 和歌山 無量寺・串本応挙芦雪館

中でも重要文化財である、無量寺では龍と虎が向かい合った形で並んだ「龍・虎図襖」は圧巻。展示室に足を踏み入れた瞬間に出会う龍と虎の迫力は筆舌に尽くしがたい。林野は「今回の展示室では龍と虎が横に並んでいて、ここでしか観られない展示になっております」と興奮しながら伝えた。岡田も「(無量寺は)大阪から車でも電車でも4時間かかる。東京より遠い場所で、決意がないと行けない。中之島のこの地で約1か月間観ていただけるのは本当に貴重な機会です」と強くアピール。

河野は、長沢芦雪の「蹲る虎図」における虎ではなく大きな猫を描こうとしたユーモアや、人を驚かせるようなリアリティ、心に響くリアリズムも一種の奇想だと話す。「実際に「虎図襖」(のアイディア)は師匠の円山応挙にはなかったもの。厳然たる写生主義にとどまらない、一歩はみ出した本当の意味でのリアリティを求めた」と芦雪の姿勢を説明した。

田辺市指定文化財 長沢芦雪「朝顔に蛙図襖」1787年 和歌山 高山寺

田辺市指定文化財 長沢芦雪「朝顔に蛙図襖」1787年 和歌山 高山寺

また同章では、高山寺の「朝顔に蛙図襖」など、空間や余白を活かした即興性の高い作品も見ることができる。

3章 より新しく、より自由に

重要文化財 長沢芦雪「宮島八景図」1794年 国(文化庁保管)

重要文化財 長沢芦雪「宮島八景図」1794年 国(文化庁保管)

大阪会場では展示の順番を4章→3章の順に展示しているが、3章→4章の順で紹介する。

3章では、紀南滞在後〜晩年の作品を展示。紀南での滞在を終えた芦雪は、大火で消失した御所の襖絵制作に参加するなど、奈良や広島へ赴いて現地で制作を行った。師匠・円山応挙の画風を継承しようとする弟子たちの中で、芦雪だけが師匠の画風の再解釈や変容によって、独自の画風を確立しようと努力を続けていた。そんな彼の生み出す大胆な構図、斬新な視点、ユーモラスで愛嬌のある動物や人物の姿など、当時から人々を魅了した作品をたっぷり楽しむことができる。46歳で大阪にて客死するまで作品を描き続けた彼の機知に富んだ創作は、私たちにも新しい発見と自由な発想をくれるに違いない。

長沢芦雪「方寸五百羅漢図」1798年 個人蔵

長沢芦雪「方寸五百羅漢図」1798年 個人蔵

例えば3cm四方の中に500人の羅漢(悟りを得た聖者)を描いた「方寸五百羅漢図」は、近付いてもよくわからないほどの緻密さと小ささだ。林野は「「方寸五百羅漢図」や、今回初出品の「蕗図」を最後に展示しております。芦雪の作品をずっと観てきた後に、芦雪のまた意外な一面を楽しんでいただけるような構成にしました」と展示構成にも趣向を凝らしたと話す。

4章 同時代の天才画家たち

4章「同時代の天才画家たち」展示風景

4章「同時代の天才画家たち」展示風景

4章では、芦雪が生きた18世紀京都画壇の個性的な画家たちとその魅力を紹介。伊藤若冲(1716〜1800)や曽我蕭白(1730〜81)は、芦雪よりも一世代前に生まれた。芦雪は彼らの作品とシンクロするような作品や、禅宗で好まれた画題を多く描いている。ダイナミックな構図と繊細な筆遣いには思わず息を飲むこと間違いなし。

曽我蕭白「鷹図押絵貼屏風」1758〜61年 個人蔵

曽我蕭白「鷹図押絵貼屏風」1758〜61年 個人蔵

展示室の途中と最後に設置された、高精細4K映像『長沢芦雪の筆遣い』や12分に渡る映像で長沢芦雪の生涯を知れる『芦雪ものがたり』も必見。じっくり時間をかけて芦雪の世界を堪能しよう。

音声ガイドは俳優・町田啓太、イメージソングは幾田りらの「宝石」に決定

ショッキングピンクが印象的な図録。若い人にも届くようにとの想いも。

ショッキングピンクが印象的な図録。若い人にも届くようにとの想いも。

ミュージアムショップには、思わず買いたくなるようなオリジナルグッズが多数登場。図録の表紙の色は、「虎図襖」をピンクで作った先行チラシが斬新なイメージを生んで、若者にも好評だったことから決定。これまでの芦雪展とは少し違う、オシャレでカッコ良い図録になった。

ミュージアムショップの様子

ミュージアムショップの様子

さらに今回ぜひともおすすめしたいのは音声ガイドだ。ナビゲーターをつとめるのは俳優の町田啓太。歴史や文化、芸術に高い関心をもつ町田が長沢芦雪の人生と創作の背景を紹介するのだが、展示数に対して解説作品が多く、非常に充実した内容となっている。

また、同展のイメージソングには幾田りらの「宝石」が選ばれた。幾田は「動物の表情や姿から、多種多様な、どんな自分であってもどんな姿であっても魅力的なんだというところ、すごく重なる部分があって、選んでいただいて嬉しかったです」とコメントを寄せている。

『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー奇想の旅、天才絵師の全貌ー』は、10月7日(土)〜12月3日(日)まで大阪中之島美術館にて開催中。前期は10月7日(土)〜 11月5日(日)まで、後期は11月7日(火)〜12月3日(日)まで。

なお10月28日(土)、29日(日)は小・中学生の本展観覧料が無料になる「ファミリーデー」を実施。講演会や、桂吉坊と桂九ノ一による『桂 吉坊スペシャルトーク&落語会 ~動物の”え”と”らくご”~』といったイベントも盛りだくさん。自分の好きな方法で同展を楽しんでほしい。

取材・文・撮影=久保田瑛理

イベント情報

『特別展 生誕270年 長沢芦雪 ―奇想の旅、天才絵師の全貌―』
◼会場:大阪中之島美術館 4階展示室
◼会期:2023年10月7日(土)~12月3日(日)
 [主な展示替え] 前期:10月7日(土)~11月5日(日)
後期:11月7日(火)~12月3日(日)
◼開館時間:10時~17時(入場は16時30分まで)
◼休館日:月曜日(10月9日(月・祝)除く)、10月10日(火)
◼観覧料:一般|1,800円(1,600円) 高大生|1,100円(900円)
小中生|500円(300円)
※( )内は団体(20名以上)、いずれも税込
※障がい者手帳などをお持ちの方(介護者1名を含む)は当日料金
の半額(要証明)
※本展は、大阪市内在住の65歳以上の方も一般料金が必要です。
※事前予約制ではありません。展示室内が混雑した場合は、入場を規制する場合があります。
 
10月28日(土)・29日(日)はファミリーデー!
小中学生は本展の観覧料が無料になります(ただし、保護者同伴に限ります)
 
◼主催:大阪中之島美術館、MBSテレビ、毎日新聞社
◼協賛:DNP大日本印刷
◼協力:ヤマト運輸
◼お問合わせ:06-4301-7285(大阪市総合コールセンター/なにわコール 年中無休 受付時間8:00~21:00)
◼公式サイト:https://nakka-art.jp/exhibition-post/rosetsu-2023/
巡回情報【福岡会場】 九州国立博物館 2024年2月6日(火)~3月31日(日)
*大阪会場と福岡会場では出品作品が一部異なります。
シェア / 保存先を選択