片桐はいりインタビュー~安藤玉恵とWキャストで届ける珠玉の一人芝居『スプーンフェイス・スタインバーグ』

インタビュー
舞台
2023.11.18
片桐はいり 安藤玉恵 (撮影:渞忠之)

片桐はいり 安藤玉恵 (撮影:渞忠之)

画像を全て表示(5件)


片桐はいりが、安藤玉恵とのWキャストで一人芝居に挑む。作品は、2024年2月にKAAT神奈川芸術劇場で上演される『スプーンフェイス・スタインバーグ』(作:リー・ホール 翻訳:常田景子 演出:小山ゆうな)。もとは、ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』などの脚本で知られる英国の劇作家リー・ホールが書いたラジオドラマで、97年に放送されると大きな反響を呼び、テレビドラマ化に次いで舞台化もされたものだ。主人公は、スプーンのように丸い顔からスプーンフェイスと名付けられた自閉症の少女。7歳にして癌に侵され、死を目前にした彼女は、オペラのアリアとともに人生を振り返り、命の輝きや愛、生きる意味や死について考えを巡らせる……。さて片桐は、近年活躍目覚ましい小山ゆうなの演出のもと、この澄んだ瞳と豊かな心を持った少女の、時にユーモラスでもあるモノローグを、どう立ち上げていくのだろう? 片桐に話を聞いた。

片桐はいり

片桐はいり


――この作品のオファーが舞い込んだのは、片桐さんがある取材で「セリフがすごく多い役と病気で苦しむ役はやらないことにしています」と話された翌日のことだったと、リリースで読んだのですが。

その通りです。「こんなことって、ある?」って、笑っちゃいましたよ(笑)。そう言いながらも台本を一応読んでみたんですけど、やっぱり「無理、無理」としか思えなくて。でも、試しに声に出して読んでみたら、楽しかったんです。もちろん辛い気持ちにもなるんですけど、この楽しく語れたモノローグを、人前で言ってみたいような気持ちになってしまって。

――確かに、内容は悲しく切ないのに、美しくて、不思議と暗い印象が残らない作品です。2010年のパルコ劇場でのリーディング公演(演出:長塚圭史、出演:麻生久美子)では、主人公がたまらなく愛しくなりました。片桐さんは、いつも台本を声に出して読まれているのですか?

いえ、普段はやっていません。今回そうしたのは、もしかしたら、覚えられるのかな?という気持ちがあったからかもしれないです。この作品をきっかけに、「台本は声に出して読んでみないとわからないものだな」と思うようにはなりましたね。ただ、セリフを覚えなきゃという段階に入った今は、また違う意味で台本を遠ざけたい気持ちになってます(笑)。ここからさらに人前で演じる段階になったら、また違った心持ちになるんでしょうね。セリフを言って40年になるんですけど、そんなことにも初めて気がつきました。

――安藤さんも一緒に、すでに2回本読み稽古をされているとのこと。演出家の小山さんの印象はいかがですか?

ご一緒するのは今回が初めてなんですが、ディスカッションができそうな方だなと感じたので、こうもできるんじゃないですか、ああもできますよねというふうに、思いついたことを色々提案させてもらいました。私が言うことを、まず全部ちゃんと聞いてくださるのがありがたいですね。翻訳の常田(景子)さんにも、色々ご相談できたらなと思っています。というのも最近、語尾って重要だなと感じていて。

――何かきっかけがあったのですか?

LGBTQの人が主人公の映画があって、それが面白かったので配信が始まってから、もう一度観てみたんですよ。そしたら、映画館で観た時は女性の言葉だった主人公の字幕が、すべて男言葉になっていたんです。たとえば、「あの人がこっちを見てるわよ」が、「あいつが見てるぜ」になっているというふうに。字幕が変わったことで、逆にしっくりくる場面もあったんですけど、翻訳でこうも印象が変わるんだ!とびっくりしました。

――それはびっくりです。今回の『スプーン~』は、上演形態としては、台本を持たずに演じる一人芝居になるわけですよね?

そう聞いています。ただ、台本を丸々覚えなくてもやれる方法はいくらでもあるので、小山さんにはそういったアイディアも色々お話ししました。別に、セリフを覚えたくないわけではないんですよ。俳優にとってセリフを覚えることは、みんなが税金を払うのと同じように、やって当たり前のことなので。だから終演後、お客さんから「よくあんなにセリフを覚えたわね」なんて言われると、「税金払って偉いね」って言われているみたいで、嫌になっちゃう(苦笑)。それがメインの仕事ではないし、そもそも私は、セリフで伝えられるものはそんなに多くないと思っているんです。

――そんな片桐さんが、この独白劇に惹かれたポイントは何だったんでしょう?

それは自分でも思いますね。このたくさんしゃべる作品を、なんでやるんだろう?と(笑)。でも逆に言えば、これがやれたら、自分にとっていちばん嫌なことがこの世からなくなるわけじゃないですか。それはすごいことだなと思います。考えてみれば、2001年に『ゴドーを待ちながら』(演出:佐藤信、出演:石橋蓮司、柄本明ほか)をやった時もそうでしたね。最初は、絶対に引き受けないつもりだったのに、これを乗り越えられたら、たぶんもう怖いものはないだろうなと思って(笑)。それでなんとか乗り切ったから、今がある。あと、今回で言えば、できる条件が揃っていたというのもポイントだと思います。

――できる条件とは?

去年は初舞台からちょうど40周年だったんですけど、膝を痛めて、舞台は野外劇『嵐が丘』(構成・演出・振付:小野寺修二)に出ただけだったんです。それも、万が一動けなくなった時でも何とかできる設定にしてもらって。お陰で、「40周年なのに、どこの劇場にも立てないのか」「地面からやり直すってことだなぁ」みたいなことを冗談で言いながら、なんとか乗り切れたんですけど、これがすごく楽しかったんですよ。芝居云々よりも、観る気のない街の人に「ギャー!」とか言うのが楽しくて、「これがいちばん血が沸くんだわ」みたいな気持ちになりました(笑)。

――池袋西口の会場の周りを開演前から手押し車で徘徊して、街の人を巻き込んでいく片桐さん、さすがでした。

ある意味、あれで原点に帰らせてもらったところがありました。それで、また街なかで何かやりたいなぁと思っていたら、『嵐が丘』を観た森山未來くんが、神戸のアートプロジェクトの一環として上演する岡田利規さんの“喫茶店演劇”に声をかけてくれたんです。池袋で初演した、女の人が喫茶店にやってきて、窓辺で一人ブツブツ言いながら机の上で宇宙の創世を表現する30分くらいの一人芝居を、神戸の人たちにタダで観てもらうという企画で、聞いた瞬間、「一人で座ってやれるの? これはもう、やるしかない!」と運命を感じました。それで、本当にゲリラみたいなお芝居を喫茶店でやったら、これがまた楽しくて。その一人芝居ができたから、今回もやってみる気になれたんだと思います。

――そんな流れがあったわけですね。きっと今回も楽しく乗り越えられるように思います。安藤玉恵さんという心強い同士と一緒ですし。

そこはやっぱり大きいですね。小山さんは、最初からWキャストでやりたいとおっしゃっていたらしくて、私がお話をいただいた時には、すでに安藤さんが決まっていたんです。それがまず頼もしかった! それに、膝に不安を抱えている私に何かあった時は、安藤さんに代わってもらうこともできるだろうし(笑)、これはもう、私がやれるように道ができているなと。

安藤玉恵

安藤玉恵

――それぞれに面白くなるだろうなという絶妙なキャスティングで、両バージョン観たくなります。

どちらがA面B面とかではない感じですよね。面白さの質も違うと思うし。もう一つ、私が今回惹かれたのは、KAATさんのほうから、今回の公演が上手くいったら、劇場じゃないところでもやれるようなレパートリーにしていきたいという話を聞いたことなんです。もちろん、やってみないことにはわかりませんけど、街なかに出て行けるかもしれないというのは、かなり嬉しい部分ですね。

――それはまた楽しみですね。片桐さんの一人芝居といえば、やはり『片桐はいり一人芝居 ベンチャーズの夜』(作・演出:岩松了)。奇しくも来年は、その初演からちょうど30年です。

そうか、初演は94年ですもんね。そういえば『ベンチャーズ~』で全国を回っていた頃、ある俳優さんに「一人芝居やって、何が楽しいの? 終わった後に、誰かと飲みにも行けないでしょ」って、すごく言われたんです。岩松さんの芝居に出られるというので引き受けたら、それが一人芝居だっただけで、私としては、別に一人芝居がやりたかったわけでも、楽しくてやってたわけでもないんですけどね。その時に改めて思ったんです。「一人芝居だからって、一人でできるものじゃないんですよ」って。それはもちろん、演出家やスタッフがいるという当たり前の話じゃなく、お客さんと作るものなんですよね。

――なるほど。

乗せるも殺すも、お客さん次第。その日その場のお客さんのムードで、ほぼ決まっちゃうんです。あの作品をやった後、しばらく、お芝居を観に行くのが怖くなりましたもん。「私もこの芝居を作っている一員なんだ」と思うと、客席にいてもちょっと緊張しちゃって(笑)。今回も色々な意味で「一人芝居だからって、一人でできるものじゃないんですよ」っていうのを、確認することになるんだろうなと思います。たくさんの方に、一緒に作っていただけたら嬉しいですね。

取材・構成・文/岡崎 香

公演情報

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『スプーンフェイス・スタインバーグ』
 
■作:リー・ホール
■翻訳:常田景子
■演出:小山ゆうな

 
■出演:Wキャスト
片桐はいり 安藤玉恵

 
■日程:2024年2月16日(金)~2024年3月3日(日)
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
■料金:全席自由
一般:5,500円 / A&Kセット券:9,800 円 / 神奈川県民割引 4,900円 / U24(24歳以下) :2,750円 / 高校生以下:1,000円 / シルバー割引:(満65歳以上) 5,000円 【シーズン<後期>】14,100円
※一般料金以外の申込みについては公式サイトをご参照ください。
■一般発売:2023年12月2日(土)
■問い合わせ:かながわ 0570-015-415(10:00~18:00、年末年始を除く)
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/spoonface_steinberg
シェア / 保存先を選択