美大卒の片桐仁『ブルーピリオド展in大阪』会場で作品、展示の魅力に迫る「漫画を通じてアートに触れるキッカケに」
片桐仁
山口つばさの漫画『ブルーピリオド』(『月刊アフタヌーン』にて連載中)の世界観を追体験できる展覧会『ブルーピリオド展in大阪~アートって、才能か?~』が大阪南港ATCギャラリーにて6月30日(日)まで開催中だ。
同作は1枚の絵に心奪われたことをキッカケに、絵を描くことの楽しさに目覚めた主人公・矢口八虎(やとら)が東京藝術大学合格を目指し、予備校や入学試験での苦悩や、美大生として制作に没頭していく姿を描いたもの。『マンガ大賞2020』の受賞やアニメ化、さらに8月9日(金)からは実写映画も公開されるなど、連載中の今も大きな注目を集めている。
同展では作品初期のストーリーである、藝大を目指す道のりから入学試験や合格発表までを、CGアニメーションに代表される最新映像技術を用いた「没入型シアター」や登場人物が作中で描いた絵画などで追体験ができる。さらに「名画の見かた」コーナーでは、アートの楽しみ方をもっと身近に感じてほしいと、名画と言われる絵画の背景や技法を様々な角度から解説。ほかにも、大阪会場から初展示となるカラー原画や、同作品の実写映画のメイキングや出演キャストが描いた絵画も展示。
今回、SPICE編集部では芸人、俳優や声優など多岐にわたって活躍する片桐仁に、作品や同展の魅力について語ってもらった。作品のファンとしてはもちろん、自身も美大出身で現在は造形作家としても活躍する彼が感じた『ブルーピリオド展』の面白さとは?
片桐仁
――片桐さんが「ブルーピリオド」の作品を知ったキッカケは何だったんでしょうか。
……あれ?? どこで知ったんだろう(笑)。確か友達に、美大についての新しい漫画が話題だって教えてもらって。『ブルーピリオド』の前は『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ)が長いこと美大漫画の真骨頂とされていて。『かくかくしかじか』(東村アキコ)なんかもありましたけど、新しいタイプの漫画だなと。
――美大をモチーフにした作品はありましたが、予備校や入学試験、アートにまつわるうんちくもたっぷり描かれた漫画はこれまでにないものですよね。
そうなんですよ。しかも美大受験だけでストーリーが終わらなかったのがすごい。やっぱりね、地獄は美大を出てからなんで! 苦労して大学に入ったはいいものの、何のために描くんだろうって疑問がずっと出てくるんですよ。だから 『ブルーピリオド』は本当にドキュメンタリーみたいな作品。それをちゃんとストーリーとして描いていて、美大に興味や所縁もない人にも楽しんでもらえる。美大を受験してみたいなと思っている人の背中を押す漫画にもなっていますよね。
――片桐さんは多摩美術大学(通称:多摩美)を卒業されています。『ブルーピリオド』がドキュメンタリーだと感じるのは美大出身だからこその言葉ですね。
ラーメンズは美大出身のアーティスティックなコンビ、という売り方をしていましたしね。僕は版画科を卒業したんですけど、最初は油絵科を目指していたんですよ。だから、受験した当時はずっと油絵を勉強していて。作品に描かれている内容は僕が受験した当時と全く変わらないんですよ。作品を読んだとき、「今もずっとこうなんだ!」と衝撃を受けて(笑)。僕の学生時代はデジタルがなくて、アナログ一択だけど、いまの時代はタブレットやスマホで絵を描けるのに、わざわざ油絵具を使ってキャンバスで描く。面倒だし、お金もかかる。でも、やっぱりそれじゃなきゃ味わえないものが、僕の中の原体験としてあって。しち面倒くさいと思っちゃうけど、昔から何も変わらない。絵が上手いやつがいて、「なんでこんなに上手いんだよっ!」って感じるのもずっと変わらない。しかも学校を卒業して、プロになったときに「あれ? あんなに下手だったのに、すごい有名な人になってる!」という人もいたりして。
――美大にまつわるイロハを知らないものからすると、受験や授業内容などが昔から変わっていないということに驚かされます。
クラスに1人か2人、絵の上手いやつっていましたよね? その上手いやつが集まって美大ができているから、みんなプライドが高いんですよ(笑)。でも、そんな集団の中でもすごい人ってわかるんですよ。線1本描くだけで違う。鳥山明みたいな、とてつもない人がいる。なのに、2~30年経つと何の活動もしていなかったりする。「あんなに絵がうまかったのに!?」って、また驚かされるんです。
片桐仁
――『ブルーピリオド』の作品でも、絵の上手な人物が受験に落ちてしまうシーンもありました。展覧会では予備校や入学試験、合格にいたるまでのストーリーを追体験できるものになっています。
予備校では入学試験まで、ひたすら描いて描いての連続。毎日々々デッサンをこなしていた、あの日々を思い出しますね。
――美大受験がどんなものか知らない人にはもちろん、アートの世界をよく知らない人にとっても「アートとは何か」を知れる機会にもなりますよね。
美術館って、演劇と一緒で99%の人は行かない場所なんですよ。でも、そこでしかないもの、本人でしか気づけないものがあるんですよね。漫画は青春群像劇としてすごく面白いんですけど、今回の展示は漫画を通じてアートに触れて、美術館に行くキッカケになると思いますね。
――今回の展覧会は過去に東京でも開催されていたものですが、大阪会場から初展示となるカラー原画などもあります。片桐さんは両会場を鑑賞されていますが、印象の違いなどはありますか?
大阪会場はフロアが広すぎないこともあって、すごく見やすいですね。漫画と映画に特化しているので、すごくわかりやすいですし。作品のファンはもちろん、ストーリーを知らない人でも雰囲気が伝わりやすいのかなと感じましたね。あと、お子さんが美大受験をしたいと思っている親御さんにも見てもらいたいですね。
――一般的な大学受験とは違って、美大受験ってどういう試験があるのか。親からしたらわからないことも多くて不安になりますし、こういう展示でイメージを掴むのもいいですね。
作品に出てくる東京藝術大学は国立だからいいんですけど、私立の美大の学費って気が狂うぐらい高いんですよ。材料費も別に取られちゃうし、頭おかしいんじゃない? と思う。しかも大学に入っても教職か学芸員くらいしか資格が取れないし。何のために行ったんだろう? って全員思うんですよ。
――全員思っちゃうんですね(笑)。
予備校は技術を教えてくれるからまだいいんです。こう描いたら上手く見えるよと、全ての技術を教えてくれるから、必然的に絵が上手くなる。でも藝大や美大に行くと、何のテーマや目的のために描いてるんだって話になってくる。
――今回の展示タイトルにもある『アートって、才能か?』に繋がるものですよね。
そうなんです。俳優にも演技の上手い下手があって、容姿も美人かそうじゃないか、とかがある。アートの世界でなくても、人と比べて自分はどうなんだろうと、何でも比べてしまうじゃないですか。僕もいろんなお仕事をしていると、自分は何のために生きてんだろうと考えるんですよ。でも、そこで劣等感だけじゃなくて、自分にしかないものに気づけたりもする。今回の展示は自分自身の視野が広がるキッカケにもなるかもしれないですよね。
印象的なセリフが並ぶ
――『ブルーピリオド』は作中に出てくるセリフが印象的なものが多いと話題にもなっています。今回の展示では、そんなセリフの一部が透明のアクリル板に描かれていて、独特の世界観を演出しています。片桐さんは作中で印象的なセリフやシーンなどはありますか?
「受験絵画は芸術ではない」というセリフがあるんですけど、あれは笑いましたね。まだ同じようなこと言ってるんだって。僕が大学に入学したのはもう32年前。なのに美大の先生はまだそんなセリフを生徒たちにかますんですよ(笑)。「お前らは大したことねぇからな。絵が上手くてどうすんだ。字書いてんじゃねえぞ」って。その言葉はまだ僕の中に呪いのように残ってますよ。どういう技術で描いたかより、どうしてこういう絵を描いたか、それが大事だよって。僕らの世代は子どもがゴミみたいに多かった時代なんで、予備校のコンクールなんかだと100枚くらい絵がバーーっと並んでるんですよ。それを先生が投げ捨てるんです。「はーい、もう生きてる資格なーし!」なんて言いながら(笑)。
――今のご時世だと大問題になりそうですね。でも『ブルーピリオド』で描かれたシーンなどでは、そんな世界が未だに存在している。
でもそれも青春なんですよね。絵で評価されることは、あるようでないんですよ。作中に描かれているコンクールでも、審査員はただ絵が上手いからという理由だけで選んでいるわけではないですし。だからこそ、今回の展示では名画をどう見たらいいんだろうとか、アートの楽しみ方とかも紹介しているのが面白くて。
「名画の買い付けごっこ」体験コーナー
――展示の中には「名画の買い付けごっこ」を体験できるコーナーがあります。ただ観て眺めるだけじゃなく、名画の名画たる所以を説明する。これまでにない展示ですよね。『ブルーピリオド』は漫画だけじゃなく、アニメや実写化もされている。作品のファンだけど、アートには興味がない。そんな人にもアートの楽しさを知ってもらえる機会になりそうですね。
本当に。『ブルーピリオド』にはこれからも色々と頑張ってほしいですね。
――ちなみに、片桐さんはお気に入りのキャラクターはいますか?
やっぱり主人公の(矢口)八虎。女性の漫画家さんということもあって、心の動きとかを繊細に、丁寧に描かれているんですよ。
――矢口八虎はいわゆる「陽キャ」なキャラクターですよね。
パリピな藝大生って、実際にいるんですよ。大人気の若手彫刻家、小畑多丘さんなんて、初対面からイケイケで話しかけてくれて。作品もヒップホップの木彫で、この人にしか作れない作品。話を聞いたら八虎と同じように高校2年で急に藝大を目指して、現役で彫刻科に受かったって聞いて、ビックリしましたよ。マンガみたいな人だなって。
――それこそ『アートって、才能か?』ですよね。片桐さんはどう思われますか?
そもそも「才能ってなんだ?」って感じです。絵がどんなに上手くても、描き続けないと死んじゃう人しかできないと思うんです。あと、アーティストはコミュニケーションができないとダメ。黙々と描いていても、その絵をアピールできないと誰にも気づいてもらえない。コンクールやオーディションみたいなものが昔と変わらずずっとあるのはそういう理由でもあって。でもそれもキャリアに名前を書けるだけ。ただ何のために描くんだとなると、やりたいからやる。そこに方便がないとたくさんの人に見てもらえない。なぜこういう作品を作ったのか、きちんとキャプション(説明文)をつけられないとダメで。
――今回の展示では作中に登場する絵画が展示されているほか、名画といわれる絵画の「何がすごいか」を紹介しています。絵画に込められた裏の意味を知ると、もっとアートが楽しくなりますよね。
あの展示、すごくいいですよね。いつ何年に描かれて、どこの国の作品なのか、キャプション(説明文)がなきゃいけない。これはアートですよ、と区切らないものは見てもらえないんですよ。街中に彫刻があふれているけど、全員無視してますからね(笑)。大阪でいえば、御堂筋にずらっと彫刻が並んでいるじゃないですか? あれも誰も見てないんですよ。ロダンとか有名な作家の作品もあるのにね。
映画出演俳優によるデッサン
――街中のいたるところにアートは存在しているんですよね。片桐さんのYoutube番組では、東京展へお子さんと一緒に鑑賞されている動画があります。大阪展も同様に、美大出身の片桐さんはもちろん、小さな子どもも楽しめる内容になっていそうですね。
今回は実写版映画に出演する俳優さんが描いた絵も展示されているんですけど、あれはすごく良かったです。やっぱり油絵は全員が苦手としているなって思っちゃいましたね(笑)。
――同じ俳優としてではなく、美大生目線のコメントですね(笑)。
デッサンはね、みんなある程度上手くなるんですよ。でも油絵って、ほんとにわけわかんないよなぁって、しみじみ思っちゃいましたね。いまはデジタルで描ける時代なのにね。
――美大時代の楽しい思い出ではなく、苦々しい思い出がたくさん出てきちゃいますね(笑)。
自然とそうなっちゃいますよね(笑)。
真ん中が100号の絵、右がダメ出しされた絵
――今回のインタビューは主人公の矢口八虎が描いた100号の油絵の前で撮影しようと思っていたんですが、そうなるとより苦々しいトークが出ていたのかもしれないですね。
あの八虎の100号作品の横に、作中で先生に「同じ構図じゃないか」ってダメ出しされた絵も展示されているんですけど、僕はあの絵のほうが好きで。実際、プロは同じことを何度もやらされますからね。それでお金をもらう。たくさん作れるものに価値がありますから。多作じゃないと暮らしちゃいけないですからね。
――ご自身も「粘土道」で立体作品を数多く作られていますし、片桐さんならではの目線ですよね。子どもから大人、美大受験生や漫画好き、人によっていろんな視点で楽しめる展覧会になりますね。
場所が変わると見方も変わるし、子どもから大人までいろんな人に楽しんでもらいたいですね。
片桐仁
取材・文・会場風景撮影=黒田奈保子