ピナ・バウシュ版『春の祭典』をアフリカ人ダンサーで上演するまで~サロモン・バウシュ氏(ピナ・バウシュ財団理事)インタビュー

インタビュー
舞台
2024.8.27
サロモン・バウシュ氏(ピナ・バウシュ財団 創設者・理事)

サロモン・バウシュ氏(ピナ・バウシュ財団 創設者・理事)

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ピナ・バウシュ版『春の祭典』が2024年9月に来日、東京国際フォーラムCで、18年ぶりの日本上演を行なう。当初は2022年5月に来日する予定だったが、コロナ禍により延期となっていた。出演者全員がアフリカ人ダンサーという前代未聞のプロジェクトだが、どのように立ち上がったのか? その作品の魅力とは? 当プロジェクトを主導したピナ・バウシュ財団の創設者、理事であるサロモン・バウシュ氏から話を聞いた。

『春の祭典』舞台写真   Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation

『春の祭典』舞台写真   Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


■ピナのレガシーを継承するには

まず、ピナ・バウシュの『春の祭典』をご存知でない読者のために、簡単に説明しておこう。

ピナ・バウシュ(1940 - 2009)は、現代舞踊界のカリスマ的存在だった振付家である。1973年以来、ドイツのヴッパタール舞踊団の芸術監督を務め、従来のバレエの概念を打ち破るダンスと演劇を融合させた「タンツ・テアター」を確立した。なかでも、彼女の代表作となっているのが『春の祭典』(1975年初演)だ。

そもそも『春の祭典』は、セルゲイ・ディアギレフの率いたバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)が1913年パリで初演したバレエ作品。ロシアの原始宗教をモチーフに、豊穣を願うため生贄として選ばれた少女が死に至るまで踊り続ける物語を描いている。イーゴリ・ストラヴィンスキーによる複雑なリズムや不協和音が入り混じった音楽と、ヴァーツラフ・ニジンスキーによる従来のバレエとは異なる振付は挑発的かつ革新的なあまり、当時の観客の一部が激怒し大騒動になったという伝説もある。

その後も『春の祭典』は数多くの振付家に影響を与え、現代まで再解釈され続けているが、ピナ版はバレエリュス版を凌駕するほど有名だ。舞台上には本物の土が敷き詰められ、白い薄絹を纏った女性たちと半裸の男性たちが交錯し、あるいは一体となって、ダイナミックな群舞を繰り広げる。そして、生贄に選ばれた少女の苦悩や絶望、コミュニティの生と死の営みが、象徴的な動きの一つ一つに込められ、強い感情とともに表現される。

しかし、2009年にピナは急逝した。その後、ピナの子息であるサロモン・バウシュによってピナ・バウシュ財団が創設された。この財団では、ピナの作品の権利や広範なアーカイブを管理所有し、その思想を伝承し、作品上演できるようにすることを目的にしている。また、ピナのレガシーを継承できる新しいダンス人材のフェローシップ(奨学制度)にも取り組んでいる。

「2~3年前から、これまでのピナの作品を新しい世代に受け継ぐための活動を始めています。彼女の作品のレガシーをヴッパタール舞踊団の新しい世代のメンバーのみならず、世界中のダンサーやカンパニーに伝えようという試みを行なっています」(サロモン・バウシュ)

その試みの一つが、ピナの名作『春の祭典』を上演するプロジェクトだ。ただし、今回はピナの名作を既存のバレエカンパニーで上演するのではなく、まったく新しいアンサンブルを組織して上演するというアイデアが持ち上がった。そこで、フェローシップを通じて交流のあったアフリカのセネガルにある「エコール・デ・サーブル」と協力し、アフリカ人ダンサーによる『春の祭典』のプロジェクトがスタートした。

ピナ・バウシュ  Photo by Ulli Weiss ©Pina Bausch Foundation

ピナ・バウシュ Photo by Ulli Weiss ©Pina Bausch Foundation


■ピナの名作『春の祭典』をアフリカ人で

エコール・デ・サーブルは、生前のピナとも親交があり、「現代アフリカ舞踊の母」と称されるジェルメール・アコニーらによって1998年に創立されたダンススクールである。アフリカ全土を対象にアフリカの伝統舞踊や現代舞踊のトレーニング、ダンサーの育成に取り組んでいる。

ジェルメーヌ・アコニー  ©Jean Lebreton

ジェルメーヌ・アコニー ©Jean Lebreton

『春の祭典』のプロジェクトでは、2019年12月にアフリカ14か国から合計135人が参加するオーディションが行われ、67人が次の集中ワークショップへ進み、最終的に30余名が選ばれた。まずはこのことについてサロモン・バウシュ氏に訊いた。

―― オーディションでは、どのような点を重視して選考されたのでしょうか?

アフリカの3都市でオーディションツアーをやり、選ばれた人たちでまたワークショップを行いました。それぞれの個性を見ていく機会でもあったんですけども、体の動かし方だけじゃなくて、彼らが新しいことに対してどれだけ心を開けるか、作品にコミットする意欲があるか、今まで経験してしたことがないような領域へ自分を解き放つことができるか、ということを見ていました。

ピナは、ダンサーの中の秘められた可能性を見抜くことにとても長けていたと思います。ダンサー当人が自分でも気づかなかったことを見抜いて、引き出してあげていたわけです。ピナが何度も言っていた言葉ですけれども、「人がどうやって動くかではなくて、何によって突き動かされているのか。何によって動くのかに興味がある」と。ダンステクニック以外で、人としてのあり方や人格も重要視していました。

『春の祭典』   Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation

『春の祭典』   Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


■ピナ『春の祭典』を踊ることは難しい?

―― 実際のリハーサルでは、ピナ版『春の祭典』のオリジナルキャストでもあるジョセフィーン・アン・エンディコットさんら、ヴッパタール舞踊団のメンバーが指導に当たられたそうですが「とてもハードワークだった」と語っています。どのように“ハード”だったのでしょうか?

ピナ版『春の祭典』に実際関わられている人たちは、誰もが大変だと思います。さまざまなダンスのランゲージ(舞踊言語)をトレーニングしている方たちでも、また別の次元でのダンスが必要になってくるからです。例えば、クラシックバレエのダンサーたちが、「今まで使ったことがない筋肉を使わなくてはいけない」と言っていたのを聞いたことがあります。

クラシックバレエでは、まるで重さがないかのように飛んでる動きを求められることが多いのですが、この『春の祭典』はその真逆で、重力に従って大地に根ざしたような動きがたくさん必要となってきます。リハーサルディレクターのホルヘ(ホルヘ・プエルタ・アルメンタ)によると、「すべてを手放してそのまま重力に任せて落ちる」ことはなかなか大変だといいます。バレエダンサーにとってこうした振付は大変難しい。しかしながら、今回のアフリカ系ダンサーたちにとって、そこは比較的容易な動きだったようです。

というのも、今回のプロジェクトには、クラシックバレエだけでなく、ストリート系のヒップホップ、アフリカの伝統舞踊、そして、コンテンポラリーダンスの経験者など、本当にいろいろな背景を持つダンサーたちが集まっており、キャストの一人ひとりが新しい要素を作品にもたらしているからです。その点が非常に面白い。

ただし、動きと感情は非常に密接に関連しているので、一連の動きの中で強烈な感情が湧き起こってくる。それを何度も繰り返して、毎回同じような感情の状態に到達するということ、これこそが非常にハードだったようです。

『春の祭典』   Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation

『春の祭典』   Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


■見えてきた『春の祭典』の魅力

――約半世紀前に初演された作品が、今も多くの観客を魅了するのはなぜでしょうか?

おそらく私たち人間の誰もが心の奥底に抱えている根本的なものがあるからかもしれません。人間の非常に素直な関係性や根本的な強烈な感情が表現されている。だからこそ、世界中の国々でこれだけ長い間上演されてきたのではないかと思います。

前回、訪日直前にキャンセルになってしまい、とても悲しかったのですが、ようやくプロジェクトが実現できることとなり嬉しく思っております。コロナ禍を経て、ダンサーたちはいったん身に付けた振付を自分たちの中で、青春とともに育んでいくような過程を経ているので、むしろそれがプラスに働くのではないかと思います。美しい作品を日本の皆さんと共有できることを楽しみにしています。

『春の祭典』 Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation

『春の祭典』 Photo by Maarten-Vanden-Abeele ©Pina Bausch Foundation


なお、今公演は日本だけの特別プログラムとなる。『春の祭典』のほかに、日本初演の2作品も上演される。

『PHILIPS 836 887 DSY』は、ピナが最初期に創作して自ら踊ったソロ作品(出演:エヴァ・パジェ)で、腰を屈めた重心の低いダンスが展開され、のちの『春の祭典』を連想させるボキャブラリーも登場する。一方、『オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ』は、ジェルメーヌ・アコニーの振付・出演で、アフリカの祖先を敬い、死者への敬意をシャーマニスティックに表現する。

どちらも『春の祭典』との関連性を感じさせるラインナップだ。ピナの表現をあらためて捉え直し、再解釈できる良い機会となることだろう。

取材・文=堤広志

公演情報

PARCO presents
ピナ・バウシュ 「春の祭典」 / 「PHILIPS 836 887 DSY」
ジェルメーヌ・アコニー 「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」
来日公演

 
■日程:2024年9月11日(水)~15日(日)
9月11日(水)19:00
9月12日(木)19:00
9月13日(金)19:00
9月14日(土)14:00
9月15日(日)14:00
■会場:東京国際フォーラム ホールC
 
■上演演目:
「春の祭典」振付: ピナ・バウシュ
「PHILIPS 836 887 DSY」振付: ピナ・バウシュ 出演: エヴァ・パジェ
「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」振付・出演: ジェルメーヌ・アコニー

 
■入場料金(全席指定・税込:
S席最前列シート:完売
S席:土日17,500円/平日17,000円
A席:土日14,500円/平日14,000円
U-35=9,000円[観劇時35歳以下対象]
U-18=3,000円[観劇時18歳以下対象]

※U-35・U-18:要身分証明書(コピー・画像不可、原本のみ有効)、当日指定席券引換/ぴあにて一般発売日より先着販売(当日券取扱なし)、指定席との連席購入不可
 
■一般発売日:2024年7月5日(金)
※本公演のは主催者の同意のない有償譲渡が禁止されています。
※公演が中止となる場合を除き、お客様のご事情によるの払い戻しはいたしません。
※未就学児の入場はご遠慮ください。
※車椅子でご来場予定のお客様は、あらかじめS席のをご購入の上、ご来場日時と座席番号、電話番号をサンライズプロモーション東京 0570-00-3337(平日 12:00~15:00)までお早めにご連絡くださいませ(受付はご観劇日前日まで)。ご観劇当日、係員が車椅子スペースまでご案内いたします。また、車椅子スペースには限りがございますため、ご購入のお座席でご観劇いただく場合もございます。予めご了承くださいませ。なお、車椅子スペースの空き状況につきましては、サンライズプロモーション東京にてご案内しておりますので、ご購入前にお問合せくださいませ。

 
に関するお問合せ=サンライズプロモーション東京0570-00-3337(平日12:00~15:00)
■公演に関するお問合せ=パルコステージ 03-3477-5858 https://stage.parco.jp/
■WEBサイト:https://stage.parco.jp/program/pinabausch2024

 
■主催・企画制作・招聘:パルコ
■共催:サンライズプロモーション東京
■後援:ゲーテ・インスティトゥート東京、ブリティッシュ・カウンシル、TOKYO FM、interfm


The Rite of Spring, PHILIPS 836 887 DSY, Homage to the Ancestors is a Pina Bausch Foundation, École des Sables & Sadler’s Wells production.
【関連イベント】
◎映画上映『DANCING PINA』
セネガルとドレスデンで行われたピナ・バウシュ作品の再演をめぐるドキュメンタリー映画を上映
■日時:2024年9月7日(土)14時/17時
■会場:ゲーテ・インスティトゥート東京、ホール(〒107-0052 東京都港区赤坂7-5-56 ドイツ文化会館内)
■料金:1000円
*詳細はこちら

 
◎サロモン・バウシュ トークイベント
(ピナ・バウシュ・ファンデーションの創設者・理事 サロモン・バウシュによる来日トークイベント)
■日時:2024年9月9日(月) 19時
■会場:ゲーテ・インスティトゥート東京 ホール (〒107-0052 東京都港区赤坂7-5-56 ドイツ文化会館内)
■参加無料
*詳細はこちら
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