テーマは画家クリムトとベーコン~森優貴が芸術監督を務めるドイツのレーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニー現地公演をレポート!

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2018.6.26
『ベーコン』 (C)Bettina Stöss

『ベーコン』 (C)Bettina Stöss


ドイツのレーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニーの芸術監督森優貴は2012年の就任後自作発表を中心に精力的な公演活動を行い、2016年秋にはドイツの権威ある舞台芸術賞der Faust(ファウスト賞)の振付家部門にノミネートされた。本年(2018年)3月にはマンハイム国立劇場で新作『カルメン』を演出・振付し振付家としての声望を高めている。ここでは2018年2月にレーゲンスルブルクで初演された「BilderRausch:Klimt.Bacon」の模様(4月15日 ビスマルク市民劇場)と森&カンパニーの近況をお伝えしたい。

森 優貴 (撮影:黒須みゆき)

森 優貴 (撮影:黒須みゆき)

「BilderRausch:Klimt.Bacon」はグスタフ・クリムト(1862年-1918年)、フランシス・ベーコン(1909年- 1992年)という二人の画家を扱う。クリムトは世紀末ウィーンを代表する芸術家で、官能と死をモチーフにした独創的な創作を遺す。いっぽうのベーコンはアイルランドに生まれたイギリス人で、20世紀半ば以降独特な具象絵画を描き続けた。森は企画に際してドイツを中心に活躍し同世代の振付者として認め合うフェリックス・ランデラーに声をかける。「僕たちの異なる舞踊言語、演出方法で、社会に大きな影響をあたえた2人の画家の人物像と人生の歴史を生き返らせ作品化しようと決めた」とのことで、前半の『クリムト』をランデラーが、後半の『ベーコン』を森が振付した。

『クリムト』  (C)Bettina Stöss

『クリムト』 (C)Bettina Stöss

ランデラーの『クリムト』は巨大円形板が引き上げられ、上空に傾いて吊るされた空間で繰り広げられた。5人の男性がクリムトとして現れ、5人の女性は異なる女(Frauen)として存在し、彼らが絡み展開する。クリムトは女性を題材に多くの作品を遺し、私生活でも多くの女性たちと過ごした。ランデラーはクリムトの絵画のイメージをなぞるのではなく、彼の女性たちとの交わりを通して世紀末ウィーンにおける男女の在り様を浮き彫りにしたようだ。といっても過激、暴力的というのではなく、緻密な動きを重ねつつ洗練された作品に仕上げている。音楽はマックス・レーガーの「ロマンティック組曲」とランデラーが協働している作曲家クリストフ・リットマンの「Interlude」で、甘美な交響楽と現代の音楽を配した選曲もクリムトの人生・歴史を掘り起すのにマッチしていた。

『クリムト』   (C)Bettina Stöss

『クリムト』 (C)Bettina Stöss

森の『ベーコン』でも10人のメンバーがベーコン、影(Schatten)、失われた身体(Verlorene Körper)といった存在を踊り演じ分け、ベーコンの表そうとした「世界観」を探る。最初は混沌としたなかで不穏さを感じさせ、暴力的な動きも入りパワフルに展開した。上手に吊るされた肉塊は欠落したものへの欲望の象徴か。後半にかけては濃密な作舞を己のものとしたダンサーたちの踊りが折り重なって、ベーコンの不安や孤独といった内面世界に導かれる。ドブリンカ・タバコヴァ、アルヴォ・ペルト、オスバルド・ゴリホフ、ヘンリク・グレツキの音楽が隙なく用いられ、ダンサーたちは自在に踊り、うごめく。クリムトとベーコンを題材にダブル・ビルを企画しランデラー招聘のもとで行うと聞いて、筆者は森がクリムトを扱うのではないかと考えた。森作品の多くにはロマンティックな憧憬が流れ、「死」の香りが漂い、クリムトの絵画に通じる部分もあると感じるからである。しかし今回はベーコンの人生に対し感傷を排して向き合い、彼の内面世界に深く分け入って手ごたえのある作品を生んだ。

『ベーコン』 (C)Bettina Stöss

『ベーコン』 (C)Bettina Stöss

森が監督就任から6シーズンが過ぎようとしている。カンパニー立ち上げからのダンサーは3人で森は彼らを「宝」と話す。その一人の竹内春美には「経験と年齢と共に凛とした絶対の存在を表現するようになった」と全幅の信頼を置いており、今回の舞台でも中核として活躍し、力強く研ぎ澄まされた踊りが光る。また入団1年目の奥西れいは神戸女学院大学音楽学部音楽学科舞踊専攻で島﨑徹に師事していたが、本人の意思と恩師の理解もあって卒業まで1年を残しドイツでプロ・ダンサーとしての道を歩み出した。「既にカンパニーにとってなくてはならない存在」と森は若く意欲あふれる才能を評価する。

新シーズンは2018年10月28日の新作世界初演ダブル・ビルで開幕。森の『Der Tod und das Mädchen (死と乙女)』とピナ・バウシュのヴッパータール・タンツテアターで活躍し、退団後は振付家として活躍するファビアン・プリオヴィルの作品を上演する。2019年2月16日には森の『危険な関係』(原作:コデルロス・ド・ラクロ)を世界初演し、同年7月7日にはカンパニーのダンサーたちが小品を創作発表する「Tanz.Fabrik!7」を行う。

『ベーコン』 (C)Bettina Stöss

『ベーコン』 (C)Bettina Stöss

森は日本で作品発表する機会もあり注目され受賞等の評価も得ているが、“日本人初の欧州の公立劇場舞踊部門芸術監督”という立場の重みを強く自覚する。「ある方からいただいた『選ばれたものだからこそ苦労する。日本でもドイツでも。苦労の種類は異なるけど。選ばれたものだからこそ創り続ける。孤独であっても、そこで生きて、自分で死に場を見つける覚悟で』という言葉にいつも勇気をもらいドイツで自分を奮い立たせ、毎シーズン進んでいます」と心の内を明かす。そして「ドイツでの契約が続く限りは自分の職務と責任、抱えるダンサー、そして市民に対して真っ直ぐ向き合い作品を創り続けて行くことが、今自分の目の前の日常であり、続行して行くべき課題であると思っています」とも語る。森の動向を今後も見守っていきたい。

【動画】BilderRausch: Klimt.Bacon | Theater Regensburg


取材・文=高橋森彦

<森優貴プロフィール>
1978年生まれ。貞松・浜田バレエ団を経て1997年にハンブルク・バレエ・スクールへ留学。1998年~2001年までニュルンベルク・バレエ 団、2001~2012年までシュテファン・トス率いるトス・タンツカンパニーに在籍しソリストとして活躍した。2005年ハノーファー国際振付コンクールにて観客賞と批評家賞を同時受賞。2007年、平成19年度文化庁芸術祭新人賞受賞。2008年に「週刊オン★ステージ新聞」新人ベスト1振付家に選ばれる。2011年の『冬の旅』再演により貞松・浜田バレエ団が平成23年度文化庁芸術祭大賞受賞。同年9月よりレーゲンスブルク歌劇場 Theater Regensburg Tanz(レーゲンスブルク歌劇場ダンスカンパニー)芸術監督に就任。同年、平成24年度兵庫県芸術奨励賞受賞。2016年、ハノーファー国際振付コンクール30周年記念より現在に至るまで審査員を務める。同年11月にはドイツ舞台芸術協会主催の芸術アカデミー賞「der Faust」(ファウスト賞)の振付家部門にノミネートされた。2017年4月の「NHKバレエの饗宴2017」で新作『死の島-Die Toteninsel』を発表。同年8月に神戸と東京でシェイクスピア「マクベス」を原案とした『Macbeth マクベス』を演出・振付し自らもマクベス役で出演。同年9月に平成29年度神戸市文化奨励賞受賞。2018年3月、マンハイム国立劇場の招聘により新作『カルメン』を演出・振付した。
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