【インタビュー】市原隼人が「過去と向き合う覚悟」で臨んだ『ホテルコパン』の役作りとは?
市原隼人 撮影=西槇太一
2月13日公開の映画『ホテルコパン』は長野・白馬村の小さなホテルを舞台に、グランドホテル形式で描かれる群像劇だ。本作では市原隼人、近藤芳正、清水美沙、李麗仙といった実力派俳優たちが、喪失と苦悩のなか「壮絶な人生の山場」を迎えてぶつかりあう個性豊かな人々を演じている。なかでも主演の市原は、生徒の死に囚われる元教師役に壮絶な覚悟で挑んだという。SPICE編集部は単独インタビューを通して、複雑なキャラクターを演じた市原の本音に迫った。
--市原さんには多くの方が〝熱血漢″のイメージを持っていると思います。ところが今回演じられた海人祐介は「生徒を死なせてしまった」という罪の意識に囚われた、非常に弱々しく不安定な人物ですね。最初にオファーを受けられた時はどう思われました?
市原隼人 撮影=西槇太一
まず台本を読んで、心の奥にある誰しもが見せたくない面や、自分の中にしまっておきたい過去と向き合う覚悟が必要な作品だと思いました。現場の最中は頭も身体も他のことは全く手につかなくなるだろうな、と瞬間的に感じました。自分が演じさせていただいた海人という人間の表現方法はすごく繊細なので、大切に真摯に向き合っていかなければならないとも思いました。
--どのような役づくりをされたのでしょうか?
海人はもともとは未来を担う学生たちに道を示したり、言葉をもって希望を持たせる職業に就いていました。でも、その言葉によって大切なものを失って、社会からちょっとはずれた小さなホテルの従業員になることを決めたんです。繊細ゆえに、過去と向き合った時に、言葉の重みや自分に対する嫌悪感、人に対しての様々な感情が湧いてきて、相手の顔も見ることもできなくなってしまった。
--海人の話し方が独り言のようだったのが印象的でした。
今までは外交的な男を演じることが多かったんです。感情を表に出して相手にぶつけたり、身体で表現してみたり、相手の胸の奥まで伝えるような。今回は内向的な役で、逃げるように都会から離れたホテルにやって来て……従業員になってからは何かを表現したり、何かを言ったり、誰かとコミュニケーションをとることを一切捨てて、自分だけの小さな世界で生きていくことを決めた男です。そこで大切にしたのは、こぼれ出てしまったような言葉で表現すること。相手に伝えるためのセリフではなく、自分の中だけで成立して、納得するものなんです。だから、内に秘めた感情を搾り出すような声のトーンを心がけていました。
--海人はパニックになると過呼吸を引きおこすので、紙袋を常備していますね。ああいった行動は、どこからヒントを得られたんでしょうか?
すごく繊細で寄り添っていかなければいけない表現方法だったので、身の周りの方や、監督とも相談したりしながら作っていきました。30代って、20代前半から半ばまででやってきたことが、だんだん明るみになってくる……ちょうどそんな苦しみが多い時期だと思うんです。そんな経験をした方、同じような境遇の仲間がたくさんいたので、そこから一人ずつ丁寧にお話を訊いて。その形が投影できればいいな、と常に感じていました。
--リサーチされていたんですね。過呼吸の演技は危険で、本当の過呼吸になる危険もあるかと思うんですが。
それを深く掘り下げていくと、繊細な問題なので……何と表現していいか非常に難しいです。実際には紙袋を出すことも難しい状態なので。
市原隼人 撮影=西槇太一
--ドラマ『カラマーゾフの兄弟』では体重を49キロに落として、自身を狂気に追い込まれていました。そういった激しい役作りもされた?
今回の撮影中は本当にボロボロになって、食事も我慢して、精神的にも内に入るようにしていました。プライベートでも誰かと話すより、内に内にこもるような生活でした。
--ひきこもりのような状態で、外部と連絡も取らなくなった?
たまに外に出るんですが、連絡は取ってなかったですね。印象的だったのが……撮影中は食事も喉を通らないようなことが多かったんですが、休日に近くのレストランでご飯を食べたときに、涙がボロボロ出てきたんです。安心感というか、孤独になったひとりの人間の気持ちが100%ではないですけど理解できたと思えた瞬間だったんです。
--市原さんご自身は、海人に共感する部分はありますか?教師時代の海人はこれまでの市原さんのイメージに近い気もしますが。
共感する部分が多いです。10代後半から20代前半はよくわからず涙が止まらなくて、部屋の隅で膝を抱えて独りで寝られなくて、外に出て誰かと話すもの嫌になったり。そういう時期があったので……孤独を誰かに共感してもらおうとも思わないですし。自分の中で整理しようと思うんですが、整理しきれないんです。何かしっかりした理由もない。何かが必ずあるはずなんですけど、その先が見えないので。
--言葉にできない部分で重なりあう部分があったと。
ありましたね。
--海人の役柄は、市原さんがデビュー作『リリィ・シュシュのすべて』で演じた蓮見雄一とつながる部分があるような気がします。雄一はイジメを受ける学生で、海人はイジメを止められなかったと悔いる元教師。運命的な巡りあわせのようなものを感じられたのでは?
まず、台本を読んだ時点でそれは感じました。思い出したのはその作品です。デビュー作で演じさせていだいた役、そして世界観も通じるところはすごく多いですね。
市原隼人演じる海人と、清水美沙演じる元教え子の母 二人は深い因縁で結ばれている (C)2015 and pictures inc.
--清水美沙さんや近藤芳正さんの役も複雑なキャラクターでした。とくに清水さん演じる母親と海人は「殺す、殺される」というような関係ですね。共演はいかがでしたか?
ぼくはそういう(殺す、殺される)気持ちだったので、清水さんとは目も合わせられなかったですね。休日に少し時間が空くと、お話したりするんですけど……現場の最中とかはなかなか目が見られなかったです。
--海人が「もう、どうしたらいいかわからないんです!」と叫ぶ場面は、お二人の演技がぶつかりあう凄まじいシーンでした。
お互いの感情が壊れたところがぶつかって、また大きく崩れていく。あのシーンはカットされなければもっと長かったんですけど、そこでも「ごめんなさい」しか言葉が出てこなかったです。ナイフを突きつけられて……何回か撮ったんですけど、もう「ごめんなさい」しか言葉に出てこなくて。
--セリフは脚本に書かれたものが多かったんですか?
あったものと、ないものもあります。食事の時に嘔吐するシーンも台本には書いていないんです。そういう心情だったので、自然とそうなっていたんですけど。
ホテルコパン支配人を演じた近藤芳正(右) 一見、明朗快活な人物だが…… (C)2015 and pictures inc.
--近藤さん演じるホテルの支配人は、観ている人間が狂気を感じる人物でした。一見朗らかなのに、テンションが高いまま狂っていく。そばで見られていていかがでした?
近藤さんの役は、本当に概念もわからなくなって、どこに行ってしまうのかわからない人です。すごく精神的に追い詰められているギリギリの男なんです。傍からではそうは見えないような、隠してるのか……もう、一線を越えてしまっている感情なので、そこがまた怖いですよね。そういう方って、意外と沢山いらっしゃるんじゃないか?と思います。表面には出さないけれど、内心はすごく崩れていっている。街で色んな人とすれ違うなかでも。
--そこがまたリアルで怖いですね。近藤さんが役を抜けたときは普通に接することができたんですか?
白馬でオールロケだったので、一緒にコーヒー飲んだり、近くで散歩したりしました。同じホテルに泊っていたので、いい意味で変な気遣いとかもなく、お互いにもう一つ上のステージで関係性を築けたと思います。白馬から頂いた環境が良かったんだと思いますね。
--ボロボロになりながらも、近藤さんが癒しになったと(笑)
静かだから、そこしか向き合うところがないんですよ(笑)
「今まで自分を苦しめていた過去が、逆に自分に希望の光を与えてくれる大きな出来事に変わる」
市原隼人 撮影=西槇太一
--本作は、登場人物が一斉に絶望に向かっていく凄まじい群像劇ですね。しかし、それぞれが山場を越えたときに、ほのかな希望も見える不思議なお話でもある。
登場人物10人が、それぞれ6組に分かれた群像劇です。若いカップル、教祖とその愛人、過去の栄光にすがる大女優と弟子、海人と息子を失った母親、女性従業員、そしてホテルの支配人。門馬監督は「彼らの感情が壊れる様を映像に残したい」とおっしゃっていました。
--「壊れる様」とはどういうことでしょう?
10人それぞれの感情が壊れる瞬間があるんです。今まで築き上げてきたものをすべて壊してしまう瞬間が。誰しもが持っている見せたくない過去、人には言えない過去……そんな過去を映像に残したのが『ホテルコパン』だと思います。あるきっかけで事実と真実の違いを知ることによって、今まで自分を苦しめていた過去が、逆に自分に希望の光を与えてくれる大きな出来事に変わる。その瞬間がものすごくか細く繊細で。海人が壊れる時は「もう、どうしていいかわからないんです!」という、印象的なセリフがあるんですけど……これが自分の心の中にずっと残っています。
--さきほどの清水さんとのやりとりですね。
自分を認めることすら出来なくなった人間がどうなっていくか?というのを観ていただききたい。そして、どうしてこんな心情の変化があったのか?も。『ホテルコパン』は「こう観てください」とか、「こういうところが見どころです」というのを皆さんにお伝えするような映画ではない。必然的に皆さんが、ご自分の過去と照らし合わせて、誰しもが経験したことがあるようなものから、いろんなメッセージを感じ取って頂きたいです。
--絶望的だったはずの過去が、ある瞬間に希望に変わると。
それぞれのキャラクターが真実を知ることによって、一度壊れた、人に見せたくないような過去、今までは自分を苦しめるものだと思っていたものを、違う観点から考えるようになる。こんなにも自分に光を当ててくれたものがあったんだ、と。自分を作るのも、自分を一番信じられるのも、自分が一番頼れるのも結局は自分なので。未来を創るのも壊すのも自分次第だということを、海人は自分で気づいた人間だと思います。
--最後に作品に興味を持たれた方にひとことメッセージをお願いします。
『ホテルコパン』は「再生」をテーマにした映画です。みなさまに感じたままに観ていただき、ご自身の経験と照らし合わせていただけると、過去からまた新たな未来を見つけることが出来ます。ただひとつだけ、役者が覚悟を持って現場に入って作り上げた作品だということを、どこか心の奥にしまって観ていただけるとありがたいです。
市原隼人 撮影=西槇太一
映画『ホテルコパン』は2月13日(土)より、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
取材・文=藤本洋輔 撮影=西槇太一
作品情報
映画『ホテルコパン』
『ホテルコパン』 (C)2015 and pictures inc.
(2015年/カラー/シネスコ/135分)
監督・編集:門馬直人
脚本:一雫ライオン
出演:市原隼人、近藤芳正、大沢ひかる、前田公輝、水田芙美子、栗原英雄、玄理、大谷幸広、李麗仙、清水美沙
主題歌:「もう、行かなくちゃ。」新山詩織
プロデューサー:伊藤主税
撮影:今村圭佑
照明:織田誠
美術:佐々木記貴
録音:臼井勝
衣裳:嶺井淳
ヘアメイク:野本滋代
助監督:平井淳史
ラインプロデューサー:中島正志
音楽:Sayo Kosugi
製作:and pictures
製作プロダクション:and pictures
配給:クロックワークス
宣伝:メリーサン
(C)2015 and pictures inc.
プロデューサー:伊藤主税
撮影:今村圭佑
照明:織田誠
美術:佐々木記貴
録音:臼井勝
衣裳:嶺井淳
ヘアメイク:野本滋代
助監督:平井淳史
ラインプロデューサー:中島正志
音楽:Sayo Kosugi
製作:and pictures
製作プロダクション:and pictures
配給:クロックワークス
宣伝:メリーサン
(C)2015 and pictures inc.