キャンプ・音楽・クラフトビールを楽しむ『麦ノ秋音楽祭2024 #Seeds』2日間を振り返る
Photo by AZUSA TAKADA
麦ノ秋音楽祭2024 #Seeds
2024.10.26-27 COEDOクラフトビール醸造所
2024年10月26日(土)、27日(日)に埼玉・東松山にあるCOEDOクラフトビール醸造所にて行われた、『麦ノ秋音楽祭2024 #Seeds』。年2回開催なので、2022年秋の初回から数えて5回目となる今回は端的に言えば、熟成を深めつつ裾野を広げる回になったと思う。フェスやイベントにとって最初の関門となる、存在を定着させることとカラーを打ち出すことをこれまでの開催でクリアしてきたことで突入した新たなフェーズ。ソフト面/ハード面の双方に渡り行われた取り組みは数多くあったが、概ね好感触とともに受け入れられていたように思う。
まず、このフェス最大の強みとも言えるのが、のんびりとした快適さ。大前提としてその点は一切失われることなく、所々に新たな趣向も凝らされる形となっていた。『麦ノ秋音楽祭』とは切っても切り離せない、COEDOビールがフェスに向けて限定醸造している「音ト鳴」がアップデートされたほか、前回開催時から参画しているギターブランド・Gibsonとコラボレーションしたビールも登場(その名も「American Rock」と「British Rock」!)。ビールのお供となるフードに関しても大枠はこれまでを踏襲しつつところどころ新メニューも登場しており、筆者は食べそびれてしまったのだが、何やら麦ノ秋食堂のスペアリブが絶品だったとか。ガツガツとライブを観続けるタイプのフェスではないだけに飲食は充実してくれるに越したことはなく、その点は回を重ねるごとに快適度を増し続けている。あと、今回ふと気づいたこととして、飲食の賑わいはかなりのものなのに場内にほぼゴミが落ちていない。それ専門のスタッフを見かけてはいないので参加者のマナーによるものと思われ、この意識はぜひとも守られていってほしい。
Photo by ERI MASUDA
また、ライブ観覧の快適さを担う、メインステージとサブステージの間の広々としたシートエリアはきちんと確保しつたまま、今回からキャンプエリアとの動線上に新たに「焚き火ステージ」、そして、そのステージを中心とした「焚き火ひろば」が登場。マーケットや、絵本の読み聞かせ、COEDOビール学校、バスケのフリースローゲーム、焚き火体験といった催しを楽しめるようになった。ちなみに絵本の読み聞かせを担当したのは、アニメ『ドラえもん』のしずかちゃんの声でお馴染みの、かかずゆみ。子供連れ率が半端ではない『麦ノ秋音楽祭』にピッタリの企画と人選であった。
Photo by ERI MASUDA
Photo by ERI MASUDA
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入場ゲートを入ってすぐのエリアにある子供向けのプレイエリアやお面づくり体験コーナーは、今回も大賑わい。さらにGibsonのレスポールを模した木製パネルにペイントを施し、オリジナルのフォトフレームを制作するワークショップも登場していたりと、まる2日会場に滞在した我が家の4歳児が飽きることなく遊べていたことが証明するように、ライブ以外の楽しみにも豊富なバリエーションが用意されていた。
Photo by ERI MASUDA
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来場者の中にかなりの割合で存在するキャンパー向けにも新たな試みがあった。「東松山ぼたん園」なる公園に設けられた、新たなキャンプエリア「ぼたん園キャンプ」だ。キャンプ付きのから毎回売り切れてしまうため、増設の要望に応える形で登場したこのエリアはCOEDOビールの敷地外にあり、会場から徒歩で10分強、車なら3分程度の位置にあり、シャトルバスもピストンしている。会場と頻繁に行き来するには少々距離はあるが、朝一に設営など終えてしまって夜まで会場で過ごすのであればそこまで気になる遠さではない。たとえば『朝霧JAM』では会場から離れたキャンプ場にテントを張る人も多いので、そんなイメージが近いかもしれない。
Photo by ERI MASUDA
Photo by ERI MASUDA
テントだけでなく寝具や焚き火台、バーナーまで完備の「手ぶらでキャンプ」はこのエリアも対応しており、筆者も実際に体験させてもらった。今回から参画したキャンプメーカー「muraco」のドーム型テントに加え大型のタープ、テーブルやイスも完備されており、全体的に3人家族にはだいぶゆったりの設計。ファミリー層には太鼓判の内容と言えるだろう。場所に関しても、普段からキャンプ場というわけではないのに段々畑的に区切られた芝生エリアなので、足場もだいぶ良い。ただ、筆者のサイトには若干の傾斜があり、就寝中にいつの間にか家族全員片側に寄っていたのはご愛嬌といったところか。
この「ぼたん園」ではライブは行われなかったが、複数のスピーカーに取り囲まれ音のど真ん中で音楽を楽しめる「立体音響」の体験(前回のROCKIN' QUARTETと坂本美雨のライブ)ができたほか、もともと備え付けの遊具やそりで滑れる斜面もあったりと、こっちに腰を落ち着けても案外楽しめるものと思われる。綺麗な水洗トイレがあるのもポイントが高い。まだ周知されきっていないこともあってか、キャンプエリアには空きもあったため、次回以降は激戦区となる会場内キャンプエリアに代わる選択肢として把握しておくと良さそうだ。こっちのエリアにもライブがあったりするとまた楽しみの幅が広がりそうな気もしたのだが、タイムテーブルが過密になったり来場者の行き来が頻繁になると「のんびり感」に影響が出てしまうので、そのあたりのハンドリングはちょっとシビアかもしれない。
Photo by ERI MASUDA
Photo by ERI MASUDA
続いては出演アーティストについて。各ステージ5組程度が登場し、被りもなければ転換が慌ただしいこともない進行や、アコースティック編成が中心でまったり観られるアクト揃いというのはこれまで通り。ただ、今回は顔ぶれがけっこう変わっていた。初日のエールステージで言えば、GAKU-MCと和田唱、PESは初登場で、藤巻亮太とSCANDALが2回目。2日目もthe band apartとGLIM SPANKY、BONNIE PINKと同じく3組が初登場であり、蓮沼執太&ユザーンが2度目(ユザーン自体はもっと出ているが)、とまとくらぶが4度目(村松拓は唯一の皆勤)という具合である。他にこれまで常連だったアーティストでいえば、androp内澤崇仁、彼とコラボライブをした画家の近藤康平、あとはName the Nightが出ていたくらい。いつも出ている人がいるというのは、フェスの空気や安心感の面では素晴らしいものの、年2回開催ということもあり一歩間違えれば変わり映えのなさにも繋がるから、ある程度の継続感は残しつつも5回目にしてガラッと代謝を図ったのはタイミングとしても納得がいく。30代、40代くらいにドストライクな人選となっていたのも、いかにもファミリー参加率の非常に高いこのフェスらしい。
一方、Gibsonラガーステージにはこれまでより若い世代のアーティストも登場していた。なきごとの水上えみり、ROTH BART BARONの三船雅也、北澤ゆうほ(Q.I.S.)、ズーカラデル・吉田崇展といった20~30代の面々である。そのことによって来場者層を拡大する狙いもなくはなかったと思うが、それ以上に、あまり熱心にニューカマーを追わなくなっている人も少なくないメイン顧客層に対して、「こんなアーティストもいるんですよ、かっこよくないですか?」というプレゼンテーションの役割を果たしていた面が大きいと思う。また、若手アーティストであればあるほど、各ステージで動員を奪い合うような大型のフェスへの出演経験が多く、フェス=そういうものという認識だったりもするかもしれない。こういうファンと至近距離で向き合い、視線の向こうで子供や犬が駆け回るようなのんびりした環境でライブをすることは、きっとアーティストにとっても新たな扉を開く体験となるはずだ。
水上えみり Photo by 木下マリ
三船雅也 Photo by 木下マリ
北澤ゆうほ Photo by 木下マリ
吉田崇展 Photo by 木下マリ
そんなアーティストたちの繰り広げたライブもまた素晴らしかった。初日の朝一、ゲートをくぐるとGibsonラガーステージは、まだ作りかけのような真っ白な壁面状態。そこに登場したのは、毎回朝から晩までこのフェスを楽しみ尽くしている男・androp内澤崇仁と、毎回ライブペインティングで参加しオフィシャルTシャツやビールのラベルも手がける近藤康平。なんと客を迎え入れながら、この二人によるライヴペインティングで真っ白な壁面に画を描きステージが完成するという演出からのスタートだった。GAKU-MCはメイン客層の誰もが懐かしさに悶絶したであろう「DA.YO.NE」の一説を繰り出し、藤巻亮太は「ビールとプリン」「太陽の下」などレミオロメン曲から環境にピッタリのチョイス。PESも「ONE」や「楽園ベイベー」といったあたりを惜しみなく披露してくれた。熱心なファンであったかどうかにかかわらず、一時代を作ったヒットソングはやはり強い。会場の至る所で共に口ずさみ、身体を揺らす光景が見られた。
内澤崇仁×近藤康平 Photo by 木下マリ
GAKU-MC Photo by AZUSA TAKADA
和田唱 Photo by AZUSA TAKADA
藤巻亮太 Photo by AZUSA TAKADA
PES Photo by AZUSA TAKADA
また、和田唱が自身のライブだけでなく藤巻とセッションして互いの代表曲を演奏したり、かつてSCANDALに提供した「ピンヒールサーファー」でコラボを果たしたり、Name the Nightのライブにandrop内澤が登場して過去にライブで共演経験のある「Hyper Vacation」をセッションしたりと、この日のブッキングでしか実現しない交わりも大きな盛り上がりとなった。また、メインステージで行われるアクトの中でもっとも異才を放つ、そして癒される時間である「キッズダンス」では、前回までの「ジャンボリミッキー」からAdo「唱」へと課題曲もステップアップを果たし、保護者たちだけでなく次のライブを待機する観客たちも巻き込んでピースフルな空間が生み出されていた。それ以外にも藤巻や三船のライブで子どもをステージへ上げるアドリヴのパフォーマンスも実現するなど、子どもの人生に影響を与える(かもしれない)イベントとしての顔も随所で感じられた。
藤巻亮太、和田唱 Photo by 木下マリ
SCANDAL Photo by AZUSA TAKADA
SCANDAL、和田唱 Photo by AZUSA TAKADA
Name the Night、内澤崇仁 Photo by 木下マリ
Photo by ERI MASUDA
Photo by ERI MASUDA
浅葉裕文と矢野伸行による、心地よさの極まったオールドジャズインストから始まった二日目。そこへ同じくジャズテイストを持ちつつもロックやファンクなどあらゆる要素が顔をだすthe band apartが絶品のアンサンブルを響かせ、初登場ながらこの環境に合わないはずがないGLIM SPANKYへ。サポートなしの2人編成によって普段以上にフォーキーな要素が全面に出たライブとなった。『麦ノ秋』の象徴・とまとくらぶは、直前にリリースした1stアルバムからの曲のみでセットリストを構成。オリジナルは1曲のみだった初登場時から進化の過程を見続けている『麦ノ秋』参加者としては、感慨もひとしおであったはず。
矢野伸行、浅葉裕文 Photo by 木下マリ
the band apart Photo by AZUSA TAKADA
GLIM SPANKY Photo by AZUSA TAKADA
とまとくらぶ Photo by AZUSA TAKADA
往年の時代劇のテーマ「大岡越前」や変拍子に乗せて曜日を連呼する「七曜日」、ゴボウ専門店との出会いをポエトリーで綴る「川越ランデヴー」など唯一性の極まった楽曲と、想像以上にダンサブルなサウンドで揺らす蓮沼執太&ユザーンから、初登場のBONNIE PINKへ至るクライマックスの流れも実に斬新だった。喉の不調を技量と魂で乗り越え切り、「Heven's Kitchen」や「Perfect Sky」といった代表曲も届けてくれたBONNIE PINKが、今度は万全な状態で『麦ノ秋音楽祭』に戻ってきてくれることにも期待したい。
蓮沼執太&ユザーン Photo by AZUSA TAKADA
BONNIE PINK Photo by AZUSA TAKADA
ビールと音楽をまったり楽しんでほしい、本格的ではなく気軽にキャンプフェスを体験してほしい、できるだけいろんなタイプの音楽に触れてほしい──。そんな初回から主催者側が抱いてきた想いを、もう一歩先へと押し進めたことがわかる『麦ノ秋音楽祭2024 #Seeds』であった。今開催を経たことで、次回にまた違ったタイプのアーティストが登場しても驚かないし、逆に今回は“お休み”だった常連たちが勢揃いしても嬉しい。観客たちも初参加者がけっこうな割合でいたようだし、春秋のいちばん気持ちいい時期に行われるユーザーフレンドリーなキャンプフェスとして、『麦ノ秋音楽祭』の価値は一段と増してきている。
Photo by AZUSA TAKADA
取材・文=風間大洋