中村米吉『三月花形歌舞伎』現代の感覚でも「ギリ分かる」、古典歌舞伎のヒロインに挑む
中村米吉 撮影=泉健也
3月2日(日)~3月23日(日)まで、南座にて上演される『三月花形歌舞伎』。3年振りの出演となる米吉は、松プログラム「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)三笠山御殿(以下、金殿)」にて杉酒屋娘お三輪、桜プログラム「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」にて油屋お紺、そして「於染久松色讀販(おそめひさまつうきなのよみうり)」では猿廻しお龍を勤める。歴史ある南座での花形公演に向けた意気込みを聞いた。
中村米吉
■400年の歴史、南座の特別感
——会場は京都四条の鴨川沿いにある、南座です。
「中村歌六」という名前は、今は立役のうちの父が名乗っていますが、初代歌六は真女方でした。南座の向かい、今は井筒八ッ橋本舗さんになっているビルの場所に、明治時代までは北座という芝居小屋があり、初代歌六は南座と北座を掛け持ちし、その両方で立女方を勤めたそうです。だからといって「ルーツは京都にあります」だなんて口幅ったくて言えませんが、やはり特別な劇場なんですよね。400年以上前からずっとあの場所で芝居をやってきているのですから。
——建物自体が国の登録有形文化財です。
構造的には決して便利ではありません。バックヤードには一度外を経由しないと行けない場所があったりもするし、左右もビルがあり奥に拡張もできない。川沿いには、出雲の阿国の銅像がありますね。阿国があそこで踊り、それが歌舞伎になった……というのは諸説あるでしょうけれど、少なからず影響を受けて歌舞伎がある。今でも四条大橋ではストリートパフォーマンスをする方がいて、楽屋で化粧をしていると、窓の外からシタールみたいな音が聞こえてきたりします。
400年の間には、阿国、初代歌六も含めて、数えきれない役者がここで、お客さんに芸能を見せてきたわけです。そういう場所に「場所の力」みたいなものが、何もないとは思えません。その意味では、歌舞伎座もそう。歌舞伎座と南座は、僕の中でちょっと特別な劇場です。
■大河ロマンの中で、女方の主人公が活躍
中村米吉
——「妹背山婦女庭訓」杉酒屋の娘お三輪に、初役で挑まれます。
女方ならば、誰もが憧れるお役です。「いつかは」と思っていました。最近の日本史の授業では「大化の改新」が乙巳(きのとみ、いっし)の年に起こったことから、「乙巳の変(いっしのへん)」と習うそうですね。「妹背山婦女庭訓」は乙巳の変を題材にした作品です。2025年は60年に一度の乙巳の年。そのタイミングでお三輪を勤めることにご縁を感じます。
——蘇我入鹿討伐の物語です。
RPGゲームのイメージですよね。大魔王入鹿をやっつけたい。そのためには爪黒の鹿の生き血とか疑着の相の女の生き血とか、アイテムが必要で、物語が進む中で一つ一つ手に入れていき、思いがけず疑着の相の女が現れて……と。一つ一つクリアしていく。
——今回の「三笠山御殿の場」は、ラスボス戦直前に「疑着の相の女の生き血」を獲得するステージとなります。
タイトルの「女庭訓」とは、江戸時代に女性が家庭内でどう振舞うべきかを書いたハウツー本、いわば女の子マニュアル。長い物語ですが、「女庭訓」という言葉が、劇中に一回だけ出てきます。それが、お三輪も登場する「道行恋苧環」です。お三輪が求女にクドキにかかり、橘姫が出てきて……。
——三角関係の当事者たちが、修羅場を明るく踊ります。
そこでお三輪が橘姫に言うんです。「「女庭訓」「しつけ方」よう見やしゃんせ」と。これがタイトルになっているわけです。「妹背山婦女庭訓」は、乙巳の変という古い時代の政変を扱う壮大な歴史物語とみせかけて、実は雛鳥、定高、お三輪、橘姫といった、女性陣の活躍と悲劇がテーマではないのかと思うんです。だからこその「女庭訓」という題なのかなと。歌舞伎の時代設定で、鎌倉、室町、安土桃山はよくあるけれど、飛鳥時代が題材だなんて一番古いくらいでしょう? そんな大河ロマンの中で、女方の主人公が活躍する作品になっているからこその魅力があります。
■古典歌舞伎の世界で生きる女として
中村米吉
——お三輪は酒屋の一人娘です。
お三輪は、どこか現代的な感覚を持ち合わせた、現代人の共感を得られる女方の主人公です。恋人をとられる。でも会いたいから追いかける。いじめられる。引き返そうかと思うけれど、会いたい。嫉妬に狂う。刺されてしまう。でも自分の命と引き換えに恋人が目的を達成できると聞かされて、納得して死んでいく。同じ「妹背山~」でも雛鳥は、恋しい人と来世も一緒になるために死んでいきます。他にも、例えば「野崎村」なら、お光は恋人を諦める代わりに尼さんに。「伽羅先代萩」政岡は、死んだ子供に「でかしゃった!」と褒める。行動だけを取り上げると共感が難しい主人公が多い中で、お三輪は、初めから終わりまで、現代の感覚でも「ギリ分かる!」と言えるんですよね。
——たしかに古典歌舞伎では「唐突だな!」と思う展開がしばしばあります。しかし、そこを歌舞伎らしさで乗り越えて共感に至る感覚もあります。
そう。そんなことを昨年お三輪を演じられた、中村時蔵の兄と少しお話ししたんです。お三輪は、いかようにでも共感を得られてしまうから、現代的にもやれてしまう。でも、それではいけない。古典歌舞伎の世界で生きる女として、徹底して歌舞伎の女方の娘役としてやらないといけないよねって。「身替座禅」や「棒しばり」をドタバタ喜劇にするのは簡単です。あれを松羽目物としてお見せすることが、どれだけ難しいか。「鳴神」雲の絶間姫をお色気たっぷりにもできるけれど、歌舞伎十八番の一演目として成立させるのは本当に難しい。そのためにどうするか、というと、自分で自分を律するしかないのでしょうね。伝統芸能として、義太夫狂言で歌舞伎の娘役であることを、どうにか徹底して意識していくしかありません。
——目の前のお客さんへの伝わりやすさに甘えず、自分を律して。
律するという意味では、官女たちにイジメられる場面。中村七之助のお兄さんが、「私ってかわいそうでしょう? と自己満足になってはいけない」というようなことを仰っていて。そうなった途端、お客さんは引いてしまいかねない。あくまでもイジメられるお芝居に、お客さんが「かわいそう」だと感じることが大事。これはお三輪に限らず、どの役にも言えることですね。
■クレバーな恋人、伊勢音頭のお紺
中村米吉
——「伊勢音頭」では、中村虎之介さんが演じる福岡貢と恋仲の、油屋の遊女・お紺を演じます。
全員で作り、物語を運ぶお芝居です。皆が良かれと思ってやったことが、図らずも貢を追い詰めていきます。お紺は貢の恋人ですが、今回の劇中ではその経緯が描かれません。貢とお紺には心の繋がりがあり、お紺は心とは裏腹に縁を切るのだ、とお客様にお分かりいただけるよう勤めなくてはなりません。お紺は非常にクレバーで頭が良いし、大人の女性だと思う。 貢はカッとなってしまうところがあるけれど、どうにか目的を達成しようと動きます。ただクレバーすぎるばっかりに……。全員もっと情報の共有をしなさいよ! というところのあるお芝居ですよね(笑)。
——女方さんのご活躍が楽しいひと月ですね。
金殿(「妹背山婦女庭訓 三笠山御殿」)には、壱太郎兄さんが豆腐買おむらの役で出てくださいます。これは(原作の)文楽から発展して、歌舞伎ではなんだか独自の役になっています。常々申し上げてきたのですが、僕は豆腐買ができる役者になりたいんです。舞台に出てきただけで、お客がワーッ! と喜んで納得してくれる役者でないと勤まりません。手拭いを渡すだけで、すぐに出番も終わります(笑)。かつらは、女方の大役である政岡と同じ、椎茸たぼの片はずしをかけます。それだけのお役、ということが拵えからも分かります。壱太郎兄さんにぜひ出ていただきたかったので、嬉しいです。兄さんから受け取る手拭いを糧にいじめられます(笑)!
■時代にあった公演形態のプロトタイプへ
中村米吉
——2021年より毎年開催されてきた『三月花形歌舞伎』。南座の恒例になりつつあります。
それ以前から、毎年ではなく飛び飛びで、三月の若手公演はあったんですよね。僕は2015年に、出させていただいたことがありました。『新春浅草歌舞伎』が、(尾上)松也さんを中心とした僕らの世代に変わった初年度です。みんなで一生懸命やりましたし、お客さんも足を運んでくださいました。でも、まだまだ未熟だったと今なら思うところもあり、少し悔しい思いをした年でした。
2021年はコロナ禍での開催でした。壱太郎のお兄さんと僕らと南座さんで、新しいことを! と試行錯誤し、出演者でインスタライブをリレーしてみたり。思えば僕は、それをきっかけにInstagramを始めたんです。ライブ配信のたびに皆さんがフォローしてくださり、今では二万何千人。ありがとうございます、皆さんのおかげです。
その年、片岡秀太郎のおじさまが舞台稽古を見にきてくださいました。そしておじさまが、楽の前日にお電話をくださったんです。「みんな(この公演を)褒めてるよ。本当に良かったね。嬉しいよ。せやから、もうあんたのことは嫌いや。えらい役者になって、もう知らん」と(笑)。それから「今年はよくお客さんも入り評判も良いのだから、もし次が駄目でも、その後もう一回、絶対に次があるよ」とおっしゃってくださいました。その年の五月、おじさまは亡くなられてしまったので、この電話が最後の会話となりました。僕は特におじさまに可愛がっていただいていましたし、あの時の言葉がずっと残っています。
僕は去年と一昨年の二回は抜けましたが、とにかく南座『三月花形歌舞伎』は、今年で五年間続いたわけです。SNS活用や、今の時代に合わせた少し短めの上演時間、お客様に親しみを持っていただきやすいようご挨拶をつけたり、南座公式マスコットのみなみーなにも協力してもらったり。皆で創り、五年続いたこの公演が、時代にあった公演形態のプロトタイプとして、これからも残ってほしいなと思います。
ーーこれからも目が離せません。
今回は壱太郎さんと僕の女方ふたりが年長者。中村福之助さん、中村虎之介さんと少し下の世代が入ってきました。今年は『浅草歌舞伎』も世代交代をしましたし、来年には南座にも新・浅草メンバーがやってきて、僕はもう押し出されてしまうかもしれない……! 「米吉さんは、もう……。あ、もしよければこのおばあさんの役を!」みたいなね。まだ老け込む気はございませんよ(笑)!
中村米吉
取材・文=塚田史香 撮影=泉健也
公演情報
午後の部 午後3時30分~
【休演】6日(木)、13日(木)