初期曲やレア曲たちが呼び醒ます記憶──SHE’Sのファンクラブ限定ライブに潜入してきた
SHE’S
SHE“Zoo”サファリ vol.4 2025.2.10 渋谷CLUB QUATTRO
昨年のアルバム『Memories』リリースインタビュー(https://spice.eplus.jp/articles/331412)でたまたま、キャリアを重ねてきて曲が増えたことで、セットリストを組む上で昔の曲をどれくらい入れるか、定番曲はやはり入れたほうがいいのかで迷うようになってきた、というような話題になった。たしかに、似た性格の曲が新しくできた結果ご無沙汰になってしまったり、逆に本人たちとしては演奏しすぎてフレッシュさを感じなくなっても需要がありそうだから毎回やっているとか。それはアーティストが直面しがちな問題である。あれから数ヶ月、そういったあらゆるしがらみから全解放されたライブが行われるというのだから観に行くしかない。
SHE’S
会場は渋谷CLUB QUATTRO。かつてメジャーデビューを発表した思い出の地だが、今の彼らとしてはだいぶ小さなキャパシティ。ファンクラブ会員限定のライブといえども、フロアはギュウギュウである。オープニングSEからそのまま繋ぐように井上竜馬(Vo/Key)のピアノと歌で始まったのは「Spell On Me」。そこへ服部栞汰(Gt)がそっとハーモニーを重ね、あえて主張を抑えたリズム隊のプレイが、曲後半につれて上り詰めていくエモーションを下支えする。木村雅人(Dr)の叩くドラムロールや広瀬臣吾(Ba)によるブラックミュージックのフィーリングたっぷりなベースが作り出す洒落た雰囲気から、サビで一気に眩く力強い8ビートへと展開したのは「Alchemist」。ダイナミックな間奏のキメに合わせて明滅する照明も実に効果的だ。「Flare」では冒頭のシーケンスが鳴り出した瞬間から観客たちがすかさずクラップを入れるなど大きな盛り上がりを見せ、かつての印象よりもグッとオルタナ色が濃くなった気がするキレのあるアンサンブルを響かせた。
井上竜馬
冒頭のブロックから既にリリース時期もテイストも様々な楽曲が並ぶが、それもそのはず。この日は、事前にファンクラブ会員から寄せられたリクエストの上位20曲+αで構成されたライブであり、必然的に最近聴けてない曲や、そもそも演奏された回数の少ない曲なんかが多くなる。「Come Back」なんてシングルのカップリング曲だから、まさに最近聴けてないしやった回数も少ない曲だと思うのだが、どうやらリクエスト2位タイだったらしく、流石はファンクラブ限定ライブというディープさ。しかしめちゃくちゃ良い曲なので「わかってるなぁ」と感心しきりである。フォーキーでリラックスした雰囲気からアンセム然としたサビへの緩急や、栞汰と臣吾のさりげないユニゾンなど見どころ満載なインディーズ時代の名曲「Evergreen」を演奏し終えると、熱のこもったリニアな反応を続ける観客たちへ向け、満面の笑みで「フゥー!」と声を上げながらGOODサインを送った竜馬。距離感が近い会場であることも相まって、早くもとんでもない一体感だ。SHE'Sのライブって比較的ジッと聴き入る人も多い印象だったが、この日に関しては全然そんなことはなく、歌声もクラップも超でかい。
服部栞汰
最初のMCでは「先に言うとくけど、「Letter」とかやんないよ?」という宣言で大いに沸かせ、いつもなら到底レギュラー入りしないような、なんならベンチ入りすらできずにアルプススタンドから見守っているような曲をやる日なのだ、とあらためてこの日の趣旨を説明する。たしかに、やたら足が速い代走要員とか燻し銀の守備職人みたいな選手も居てこそのチーム力だし、そういう存在が脚光を浴びる日があるから面白いのは野球も音楽も同じ。竜馬のアコギ弾き語りで始まった「Photograph」からのほぼ全編にわたってピアノ弾き語りスタイルの「Monologue」、そこから一転してややダークでソリッド、スリル満点のポストロック調から重厚なエモへと展開する「彼方」──。中盤のブロックで登場したバイプレイヤーたちはみな実に良い仕事をしていた。レア曲の持つ魅力というのは、彼らのバックボーンやリファレンスの中で普段はあまりわかりやすく表出してこない要素だったりするから、パブリックイメージとは一線を画していても刺さる人には特に深く刺さる。
木村雅人
前回のファンクラブ限定ライブでもリクエストを募ったが、20曲ほぼ全てがバラードになってしまったのでだいぶ手を入れた、なんて暴露話で笑いを誘った後は、一時期は定番曲でもあったがご無沙汰の「Tonight」から満を持してバラードゾーンへと突入。今回はわりとバランスよく選出されていた中でも、やはりSHE’Sを語る上でバラードソングは外せない。儚くも力強いパワーバラード「2人」を響かせた後は、比較的近作から「Tragicomedy」が来た。静謐な前半から、ロック然とした轟音に包まれる間奏と4人全員によるコーラスを経てクライマックスへ向かうドラマティックな展開が、琴線を鷲掴みにしてくる。竜馬のパーソナルな経験と心情から生まれた曲であり、いわゆるライブチューンでもない曲がこうしてランクインしてくるあたりに、SHE'Sとファンとの間にある深い相互理解と信頼関係を見た気がする。
広瀬臣吾
ラストスパートの口火を切ったのは、フロア中から無数の手が挙がりクラップが弾ける中で高らかに鳴り渡った「Time To Dive」。続く「Someone New」やアンコールで演奏された「ワンシーン」あたりもそうだが、大好きなエモやポップパンクにピアノを突っ込んでみました、と言わんばかりのピュアな憧憬と衝動はなんだか微笑ましくもあると同時に、SHE’Sサウンドの魅力の核心に触れているような感覚でもある。客電まで煌々と点灯した中で栞汰と臣吾が目一杯前まで出て弾き倒し、サビではどでかいシンガロングに包まれた「遠くまで」を経て、スマホライトの光に照らされながらの「aru hikari」で本編を終えた。
SHE’S
アンコールMCで語られたのは、自分たちの曲や存在が聴き手の記憶の片隅に紐づいて残れば嬉しい、そして思い出したらまた聴きに来てほしい、という不変のスタンス。実際、僕は彼らと出会ってから10年近く経つが、楽曲が演奏されるたびに「あの時取材でこんなことを話したな」「こんな動画を撮ったな」といった思い出が何度も去来するとともに、その当時の自身のライフステージまでもが思い起こされるライブだった。きっと会場に集まった一人ひとりにとってもそういう時間だったに違いない。そして最後に演奏されたのは、SHE’Sが記憶とのつながりを大事にしてきたことを象徴する楽曲「プルースト」だった。
セットリスト上ではここで終わりだったが、鳴り止まないダブルアンコールに応えて戻ってきた4人は急遽、不動の定番&人気曲であるがゆえにこの日の選考基準からは外れた「Dance With Me」を演奏。爆発的な盛り上がりに迎えられての大団円となった。なお、SHE’Sは6月から『SHE’S Tour 2025 “The One”』と題したライブハウスツアーをスタートさせる。この日ほどレアな内容ではないにせよ、特定の作品に紐づかない内容かつ比較的小規模な会場をまわるツアーなので、引き続き親密な雰囲気を楽しめるに違いない。そしてこの日新たに解禁されたのが、秋に行われるストリングス&ホーン入りのライブ“シンクロ”こと『Sinfonia “Chronicle” #4』開催である。未来へ向けての嬉しい約束とともに、SHE’Sの2025年は幕を開けた。
取材・文=風間大洋 撮影=タマイシンゴ
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