天が二物も三物もあたえた全方位に最高の歌手 エリーナ・ガランチャ~3年ぶり来日公演が6月開催

コラム
動画
舞台
2025.3.17

画像を全て表示(4件)


一流のオペラ歌手の歌は心を打つ。みずからの身体に備わった天与の才を思いきり引き出し、知性も感性もフル活用して表現されたその歌は、歌声自体も、そこに込められた情感も熱情も、聴く人の体内に沁み込んで心に揺さぶりをかけてくる。

ただし、オペラは芝居でもあり、それ以上に総合芸術である。世界が認めた一流歌手で歌のうまさは絶対でも、それだけでは足りないこともある。見た目や演技はともかく、歌だけで客席を完全に征服する力がある歌手は、いてもきわめて稀である。天が一人に二物をあたえることは多くはないので、仕方ないことだが、すべてに完璧な歌手がいれば、それが理想的だ。

私たちが幸せなのは、同じ時代にそういう歌手がいて、いま全盛期を迎えているということである。メッゾソプラノのエリーナ・ガランチャ。彼女ほどすべてがそろった歌手の名を思い浮かべることはできない。

むろん歌声は完璧である。歌手にとっては自分の身体が楽器だが、ガランチャのそれは音色も一級品である。かつて指揮者のカラヤンがテノールのパヴァロッティの声について「神が声帯にキスをした」と言ったが、同じくガランチャの声帯にも神はキスをしたのではないだろうか。

そんな特別な声が、完璧なテクニックによって精緻にコントロールされる。声は年齢とともに変化するものだが、彼女は最高にポテンシャルが高い赤ワインのような声を、理想的に円熟させている。そのことについて本人に問うと、

「私は自分の“楽器”を深く理解したうえで、技術的に洗練させる努力を絶え間なく重ね、進化させてきました。その結果、“楽器”は次第に成熟し、私が歌いたいと望んでいたどんな役も演じることができるようになりました」

という答えが返ってきた。

歌唱も演技も表情もそろった現代最高のカルメン

そんな比類ない歌唱を聴かせる彼女は、視覚的にも美しい。モデルのように長身で、美貌は時に妖艶で、時に意志的で、時にチャーミングで、表現が表面で終わらず、深く役になりきる。そこには女優顔負けの演技もついてくる。

たとえば十八番のひとつ《カルメン》。はすっばで、しかし男を惑わす色気があり、かわいらしくもあるが捉えどころがなく、どこかに強い意志を秘め、自身の自由を守るという点では鉄の意思を持つ――。そんなカルメン像が、ガランチャの全身からも細かい表情の変化からも、深い造形とともに伝えられる。現代最高のカルメンの歌声とともに。

それは天性の能力に拠るものだが、それを絶え間なく磨いたからこそ、この次元に到達した。いわば、体内の楽器が勝手に演奏してくれるまで訓練を重ねればこそ、研ぎ澄まされた演技が可能になっている。ガランチャ自身もこう語る。

「私は歌曲でもオペラ・アリアでも、歌に込められた感情、歌が表現している物語を聴き手に伝えることを第一に考えています。そのために徹底した練習を重ねた結果、ステージ上では体が勝手に動いてくれます。どういうテクニックを駆使して歌うか、などと考えず、その先の音楽的な表現に集中することができます。疲れている日。体調がすぐれない日。声がよく出ない日。問題をかかえている日もありますが、舞台裏で磨き上げてきたテクニックに頼って切り抜けることができます」

今回のリサイタルでは、いま記したカルメンを存分に楽しめる。また、小さな歌曲でもガランチャが歌うと、歌詞の世界がどれほど立体的になることか。

2024年6月、メトロポリタン歌劇場オーケストラの来日公演で歌ったバルトーク《青ひげ公の城》のユディット役では、毅然とした歌にわずかな不安を載せて、心の揺れをほのめかした。離れ業に鳥肌が立ったが、ガランチャが歌うとすべての歌がそんな表情をまとう。

あまりにも特別な歌手による特別な時間。それを大切に味わいたい。

『エリーナ・ガランチャ メゾソプラノ リサイタル 2025』SPOT動画到着!

文=香原斗志(音楽評論家)

公演情報

『エリーナ・ガランチャ メゾソプラノ リサイタル2025』
 
■2025年6月17日(火)17:30開場 18:30開演
東京オペラシティコンサートホール〈ピアノ伴奏〉
 
■2025年6月21日(土) 13:00開場 14:00開演
サントリーホール 大ホール〈オーケストラ伴奏〉
 
■2025年6月25日(水) 18:00開場 19:00開演(追加公演)
サントリーホール 大ホール〈オーケストラ伴奏〉
 
主催:朝日新聞社、テイト・コーポレーション
後援:駐日ラトビア共和国大使館
企画・招聘:テイト・コーポレーション
演奏:新日本フィルハーモニー交響楽団他
 
※地方公演
■愛知公演〈オーケストラ伴奏〉
2025年6月19日(木) 18:00開場 18:45開演
愛知県芸術劇場 コンサートホール
お問い合わせ:東海テレビ放送事業部 052-954-1107(平日10:00~17:00)
 
■大阪公演〈ピアノ伴奏〉
2025年6月23日(月) 18:00開場 19:00開演
ザ・シンフォニーホール
お問い合わせ:キョードーインフォメーション 0570-200-888(平日12:00~17:00)
※未就学児入場不可
 
演奏予定曲
■オーケストラ伴奏【6月19日 愛知県芸術劇場/6月21日・6月25日 サントリーホール】
ビゼー:歌劇「カルメン」大特集 “ハバネラ”、“ボヘミアの歌「響きも鋭く」” ほか
グノー:歌劇「サバの女王」より“身分がなくても偉大な方”
チャイコフスキー:歌劇「オルレアンの少女」より“ジャンヌのアリア”
ほか
      
■ピアノ伴奏【6月17日 東京オペラシティコンサートホール/6月23日 ザ・シンフォニーホール】
ビゼー:歌劇「カルメン」より “ハバネラ”
サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」より“あなたの声で私の心は開く”
ブラームス、ラフマニノフ厳選歌曲集
ほか
シェア / 保存先を選択