この春は科博で古代人と出会おう 特別展『古代DNA―日本人のきた道―』レポート
特別展『古代DNA―日本人のきた道―』より 船泊遺跡23号人骨 礼文町教育委員会
「科博」こと国立科学博物館にて、特別展『古代DNA―日本人のきた道―』が開催中だ。会期は2025年6月15日(日)まで。
ヒトが文字を発明し、自分たちのことを記し始めたのは人類の歴史上ほんの最近のことに過ぎない。それより遥か昔、文字資料の残っていない古代人たちについて、我々はどれくらいのことを知っているだろうか。そして、知ることが可能なのだろうか。
会場風景
科博ではこれまでに古代人関連で『日本人はるかな旅展』(2001年)と『縄文VS弥生』(2005年)、2つの特別展を開催してきた。そして2006年の画期的な解析機器の開発により、そこから古代DNA研究は飛躍的な発展をとげた。古代人の頭骨などに残されたDNAを解析して、詳細なゲノム情報を読み取ることが可能になったのだ。それによって、古代人のグループがどう混ざり合ってきたか、どう移動したのかなどが明らかになってきたという。そしてそれはまた、考古学の様々な仮説に対する“答え合わせ”のような効果ももたらした。
この展覧会は、同じ古代人という未知に対して違う角度からアプローチを続けている「人類学」と「考古学」がタッグを組み、現時点での最新の研究成果について発表するものである。
膨大な情報のなかにある絶妙なバランス
会場風景
展示は6章と2つのトピックに分かれており、「旧石器時代」「縄文時代」「弥生時代」「古墳時代」を時代ごとに紹介する章と、「南の島の人々」「北の大地の人々」を紹介する章、そして合間に挟まる「イヌのきた道」「イエネコの歴史」のトピックで構成される。特に時代で分かれた前半の4つの章は、展示されている資料も伝えたい成果も様々だ(解説文には専門用語も当然のように出てくる)。順路に沿って鑑賞していけばスゴさが自然と伝わってくる、といったタイプの展覧会ではなく、膨大な情報から心惹かれるものを自分で選び取り、全力で消化する熱量が必要なのだと思う。
それならこの展覧会は “難しい” のかというと、それがそうでもない。絶妙なバランスで、親しみやすい部分も散りばめられているのである。詳しい人もビギナーも、それぞれが自分にとっての適温な場所を見つけて楽しめるようになっているのだ。
展覧会公式HPやXで読める漫画家・凸ノ高秀による特別描き下ろし漫画「ぼーんずあんどがーるず」
「ぼーんずあんどがーるず」
全力でおすすめしたいのは、来場前に展覧会公式HPやXで発信されている漫画家・凸ノ高秀による特別描き下ろし漫画「ぼーんずあんどがーるず」を読んでおくこと。この違いは非常に大きい。読んでおくだけで、各時代の古代人骨たちがキャラ立ちしてくれるので展覧会全体が親しみやすく、掴みやすくなる。ちなみにこの漫画、電車の中で読むのには注意が必要なほど、ギャグ漫画としても秀逸である。
第1章 最初の日本人―ゲノムから見た旧石器時代の人々
白保竿根田原洞穴遺跡4号人骨 沖縄県立埋蔵文化財センター
第1章では、日本で発見された最古の人骨のひとつである、沖縄・石垣島の白保遺跡から発掘された「4号人骨」を見ることができる。およそ2万7000年前の時代を生きた、気が遠くなるほどの大先輩だ。
白保竿根田原洞穴遺跡4号人骨 復顔 国立科学博物館
骨格をもとに4号人骨の顔を復元すると、こんな感じになるらしい。発掘地の沖縄では「知り合いにそっくり」などの声も多く上がり盛り上がったそうだ。国立科学博物館では、現在もスバンテ・ペーボ博士(古代ゲノム解析でノーベル賞受賞)と共同でこの白保遺跡の人骨のDNA研究を進めているそう。会場ではペーボ博士からのコメント映像も見ることができる。
第2章 日本の基層集団―縄文時代の人と社会
「古代人の声を聴け〈縄文人〉」
本展の親しみやすさの極みと言えるのが先ほどの漫画だとすれば、次点は映像「古代人の声を聴け」である。各章に用意されたこの映像では、発掘された頭骨が、自らの特徴や人生について来場者に語りかけてくれる。実際の頭骨、復顔、そして情感たっぷりの一人称ナレーションが組み合わさることで、そこに古代人がいて喋っているような、無視できない存在感を放っている。
住居址D1-86から出土した最古段階の土偶 滋賀県
縄文時代の文化についての展示は特に豊富なように感じた。展覧会のチラシには「かわいい土偶がたくさん登場!」と記されているが、その言葉に誇張ナシである。写真はおよそ1万3000年前という、数ある中でも最古段階の土偶だ。実際に見たら想像以上の小ささにびっくりしたけれど、女性の身体を摸した優美な曲線は豊穣のシンボルそのもの。
展示風景
循環・再生を願い、獲物となる動物の土偶的な土製品を作っていたという縄文人。なんと、海の幸まで土製品として制作している。写真は手前から時計回りに、アワビ、シャチ、イモガイ、イカである。ふっくらした姿がなんとも美味しそうで、縄文人のことが好きになりそうな展示だ。
手前:人体文様付有孔鍔付土器(複製) 南アルプス市教育委員会
縄文人の精神文化を表す、人物表現や性の表現も面白い。例えば写真右側の土器では、口を開けて歌っているような人物像が丁寧に造形されている。非常に見応えのあるセクションだが、ここはまだ第2章なので時間配分にはご注意を。
第3章 日本人の源流―さまざまな弥生人とその社会
展示風景
続く弥生時代の章では、大量の土器(壺)が展示されている。縄文時代末期よりさらに進化した稲作農具や、武器が登場してくるのも注目のポイントだろう。
「古代人の声を聴け〈弥生人〉」
ここでも「古代人の声を聴け」の映像は必見。在来の「縄文系弥生人」と、大陸からやってきた「渡来系弥生人」の特徴を具体的に比較しながら解説してくれるので違いがとてもわかりやすい。
第4章 国家形成期の日本―古墳時代を生きた人々
「古代人の声を聴け〈古墳時代人〉」
続いては古墳時代だ。渡来人というと弥生時代のイメージが強かったが、実際のところは古墳時代になってからも流入は続いていたらしい。思っていたよりもずっと曖昧に、じわじわと人種の置き代わりが進んでいたのだと分かった。
展示風景
古代DNAを解析することで、一緒に埋葬されていた人骨同士の血縁関係も明らかにすることができる。この章で展示されている「岡山県久米三成4号墳」のケースでは、父とふたりの娘(異母キョウダイ)と、さらに血縁ではないもうひとりの女性が一緒に墓に入っていたそうだ。母親でなかったなら、その人は一体誰なんだろうか。国家形成期の日本で、血の繋がり以外の家族のあり方があったのかもしれない、と想像すると面白い。
茶山2号墳馬形埴輪 羽曳野市教育委員会
古墳時代には渡来人によって鉄器や須恵器(それまでの野焼きとは違い、高温の窯で焼く青灰色の硬い土器)づくりの技術がもたらされた。そしてウマの飼育技術もこの頃に伝えられたという。展示されていた5世紀の馬形埴輪は小型犬ほどの大きさがあり、馬という生き物へのリスペクトを感じるような丁寧なつくりが印象的だった。
イヌは古代からのパートナー
展示風景
さて、ここで展示は雰囲気を変えて「日本人のきた道」から「イヌのきた道」のコーナーへ。イヌは1万年ほど前に日本に渡り、狩猟採集生活を営む縄文人たちの良きパートナーとなっていたようだ。
展示風景
縄文時代のイヌの頭骨と並べて、往時の姿を再現した展示も。やや顔が細長く、キツネ風の顔立ちだ。このあと弥生時代に違う系統のイヌが渡来し、混ざり合うことで現在に続くイヌになる。やっぱりイヌも人も、渡来アンド交雑が基本なのである。
展示風景
イヌの祖先として、ニホンオオカミにも焦点が当てられる。注目は、2023年に神奈川県清川村の民家などから見つかったニホンオオカミの頭骨が5点まとめて展示されているところだ。同村ではオオカミ信仰が息づいており、国内でも貴重なニホンオオカミの頭骨が「家の守り神」として良好な状態で保存されていたらしい。
やっぱりネコは古代から可愛い
展示風景
イヌだけでは不公平だからか、ちゃんと「イエネコの歴史」のコーナーもある。ここではイエネコの祖先であるリビアヤマネコとの頭骨の比較や、猫のミイラの展示などを見ることができる。
動物足跡付須恵器 姫路市教育委員会
兵庫県で見つかった、古墳時代末期の須恵器には肉球と思われる足跡がくっきりと残っている。イエネコが日本にやってきたのは弥生時代という説と奈良・飛鳥時代という説があるそうで、もしかしたらこの足跡はイエネコではなくヤマネコ、もしくはタヌキなど別の動物のものかもしれない。けれどいずれにせよ、窯焼きの担当者は「可愛いからこのままでいいか」と焼き上げたのだろうか。そう想像すると、ふっと笑顔になってしまいそうである。
第5章 南の島の人々、第6章 北の大地の人々
展示風景
このあと、第5章は「南の島の人々」、第6章は「北の大地の人々」と銘打たれ、それぞれ本州とは異なる文化集団を形成していった古代人たちにフォーカスする。もちろんここでも、セクション冒頭に用意された映像「古代人の声を聴け」が理解の手助けをしてくれるだろう。第5章では、南の島と九州間で貝殻の交易ルートが長距離にわたって確立されていたことがよく分かる。
展示風景
第6章では、北海道の縄文人たちがアイヌになるまでの大まかな筋道が示される。古代DNA研究により、アイヌは従来考えられていたように、長期にわたって孤立した縄文人が独自の集団となったものではなく、「本州の弥生人」や「オホーツク文化人」のDNAも受け継いで成立していることがわかってきたという。“似ているかどうか” だけでは分からない関わりが存在するというのは、古代を研究する上での困難なポイントでもあり、ロマンでもあるだろう。古代DNA研究の何がすごいのか、改めて実感することができた。
クマ彫刻の匙形製品(複製) 文化庁(だて歴史文化ミュージアム保管)
およそ2000年前の続縄文期に造られた、クマの装飾のついた匙。クマの目の部分に注目してみると、目の凹みだけを表しており、目玉そのものは表現されていない。これは縄文人の表現に共通する点なのだという。確かに、第2章で見た土偶たちもみんな瞳の表現は無かったような。
クマ骨偶 東京大学常呂実習施設
一方、8〜9世紀になってから造られたクマの骨偶では、目が目としてはっきり表現されるようになっている。こちらはオホーツク文化の特徴なのだそうだ。
第2会場にもお楽しみが
展示風景
第1会場を出てからショップまでの間に第2会場の展示がある。江戸時代の頭骨を身分によって比較したり、日本列島に住んでいた各時代人の身長の変遷をたどったりと、比較的親しみやすい内容となっている。身長変遷パネルの隣に立って記念撮影をすることも可能だ。ちなみに壁には、本展の公式サポーター・音声ガイドナビゲーターを務める井上咲楽(タレント)のサイン・コメントも記されているのでお見逃しなく。
特設ショップにて
縄文人に弥生人……教科書で大まかに教わったきりという人も、最新の研究をチェックしているという人も、そして「よくわからないけどワクワクする」という未来の研究者たちも。足を運べばきっと、この展覧会から多くの収穫を得られるはずだ。特別展『古代DNA―日本人のきた道―』は、国立科学博物館にて2025年6月15日(日)まで開催中。
文・写真=小杉 美香
イベント情報
Special Exhibition: Ancient DNA: The Journey of the Japanese People
■会期:2025年3月15日(土)~6月15日(日)
■開館時間:9時〜17時(入場は16時30分まで)
※ただし毎週土曜日、4月27日(日)~5月6日(火・休)は19時まで延長(入場は18時30分まで)。
※常設展示は4月26日(土)~5月6日(火・休)は18時閉館(入場は17時30分まで)。
それ以外の期間、常設展示は17時閉館(入場は16時30分まで)。
■休館日:月曜日、5月7日(水)
※ただし3月31日(月)、4月28日(月)、5月5日(月・祝)、6月9日(月)は開館。
※会期・開館時間・休館日等は変更になる場合がございます。
■会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
■主催:国立科学博物館、NHK、NHKプロモーション、東京新聞
■協賛:DNP大日本印刷、早稲田アカデミー