歌麿、写楽を世に出した江戸のヒットメーカー蔦重の“べらぼう”な手腕に脱帽 特別展『蔦屋重三郎』レポート

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アート
16:00
特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』展示風景

特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』展示風景

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江戸時代の町人文化の代名詞である浮世絵、読本、洒落本……。それらは才能ある作家・絵師たちがいなければ始まらないが、彼らだけでもまた傑作は生まれない。才能という原石も発掘されなければ、知られずに埋もれてしまう。江戸時代、その原石を次から次へと見つけ、磨き、世に送り出した人物がいた。その名は蔦屋重三郎(1750~97)。今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK)の主人公・蔦屋重三郎は、出版業で身を立て、山東京伝、喜多川歌麿、東洲斎写楽といった才能を世に送り出した。

東京国立博物館 平成館で開幕した特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』では、その蔦屋重三郎(以下、蔦重)の業績を一望する。総勢約250作品から、“綺羅星のごとき天才”の後ろにいた“仕掛人”の手腕をひも解く。

蔦屋重三郎が生まれた吉原の世界に入り込む

展示風景

展示風景

本展は大河ドラマ『べらぼう』と連携し、ドラマさながらの臨場感溢れる演出で、鑑賞者を江戸時代に誘う。展示室に入るやいなや、まず驚くのは大門。そう、蔦屋重三郎が生まれた吉原には大門をくぐらなければ入れない。本展はそんな吉原に足を踏み入れるようにして始まる。そして、門の先にはなんと桜の木。吉原のメインストリートである仲之町の桜を再現したセットは、大河ドラマ『べらぼう』で実際に使用していたセットだ。

鳥文斎栄之筆《隅田川図巻》1巻 文化期(1804~18) 東京国立博物館蔵

鳥文斎栄之筆《隅田川図巻》1巻 文化期(1804~18) 東京国立博物館蔵

第1章では、蔦屋重三郎が生まれ育った吉原の世界を紹介する。最初に展示されているのは鳥文斎栄之筆《隅田川図巻》。隅田川を舟で渡り、大門をくぐって吉原を訪れる恵比寿、大黒天、福禄寿3人の姿が描かれている。その姿は、まるで展覧会を訪れた私たちと重なるようだ。その他、花魁道中を描いた歌川豊春筆《新吉原春景図屛風》や、蜀山人(大田南畝)賛/礒田湖龍斎筆《遊女道中図》など、吉原の風俗や遊女の姿を描いた作品が並ぶ。

手前:歌川豊春筆《新吉原春景図屛風》6曲1隻 天明(1781~89)後期~寛政(1789~1801)前期 個人蔵

手前:歌川豊春筆《新吉原春景図屛風》6曲1隻 天明(1781~89)後期~寛政(1789~1801)前期 個人蔵

桜越しに遊女を描いた作品を見ると、まるで吉原の花魁道中を目の当たりにしたよう

桜越しに遊女を描いた作品を見ると、まるで吉原の花魁道中を目の当たりにしたよう

平賀源内が復元したエレキテル(重要文化財)をはじめ、源内が序文を書いた『細見嗚呼御江戸』など、平賀源内の関連資料も展示

平賀源内が復元したエレキテル(重要文化財)をはじめ、源内が序文を書いた『細見嗚呼御江戸』など、平賀源内の関連資料も展示

蔦重メソッド1:強みを活かして、客のニーズに応える

展示風景

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蔦屋重三郎の最初の仕事は、吉原の手引き案内記で『吉原細見』の仕事だった。『細見嗚呼御江戸』に「此細見改おろし小売 取次仕候 蔦屋重三郎」とある。これが現在確認されている中で、蔦重の名が世に出た最初の例だ。「改(あらため)」とは妓楼の遊女に関する情報を最新のものに更新することで、ここで「吉原生まれ吉原育ち」という出自が生きてくる。

また、それまで『吉原細見』を出版していた鱗形屋孫兵衛が海賊版に関わったことで細見の刊行ができなくなると、蔦重は『籬の花』を出版した。それまでの細見より判型を大きくし、その分ページ数が薄くして生産コストを大きく抑えた。また、通りを挟んで両側に店が並ぶ様子を図示し、吉原を初めて訪れた者にも分かるようにするなど、客のニーズに沿った工夫を行った。

紅塵陌人作/北尾重政画『一目千本』2冊のうち上巻 安永3年(1774)7月 大阪大学付属図書館忍頂寺文庫 ※通期:場面替えあり

紅塵陌人作/北尾重政画『一目千本』2冊のうち上巻 安永3年(1774)7月 大阪大学付属図書館忍頂寺文庫 ※通期:場面替えあり

さらに、遊女を花に見立てた『一目千本』などは、既存のコンテンツに対し、1つアレンジを加えることで新機軸を打ち出す。吉原、そして遊女という存在が身近であった強みを活かすことでヒットにつながったと言えるだろう。

北尾重政・勝川春章画『青楼美人合姿鏡』3冊のうち1冊 安永5年(1776)正月 東京国立博物館 ※通期:場面替えあり

北尾重政・勝川春章画『青楼美人合姿鏡』3冊のうち1冊 安永5年(1776)正月 東京国立博物館 ※通期:場面替えあり

吉原から日本橋へ、そして山東京伝を見出す

展示風景

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28歳の時に吉原の五十間道に「耕書堂」という自身の店を構えた蔦重は、武士で戯作者の朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)の洒落本や、浄瑠璃の富本節の正本(しょうほん)や稽古本を出版する。

そして天明3年(1783)、34歳の時に日本橋通油町に進出。この頃、蔦重は山東京伝(1761~1816)と手を組み、『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』や『通言総籬(つうげんそうまがき)』などのヒット作生んだ。本作の主人公で、浮気者として名を上げようとする「艶二郎」の名は、当時、自惚れ男の代名詞となるほどだった。本展では、そうした「蔦屋×京伝」のヒット作はもちろん、蔦重自身が執筆した戯作など、貴重な作品も展示されている。

蔦重メソッド2:強力なネットワークを築く

さて、蔦重が日本橋に店を構えた天明期(1781~89)には、江戸で狂歌が大流行し、武士、町人、文化人たちがこぞって「連」を作り、ネットワークを作った。蔦重もそうした流行を察知し、狂歌本を多く出版した。また、自身も「蔦唐丸(つたの からまる)」の名前で、狂歌を作り、文化人たちのネットワークを築いていった。

宿屋飯盛撰/喜多川歌麿画『画本虫撰』2冊のうち1冊 天明8年(1788)正月 ※前期(4/22-5/18):千葉市美術館、後期は別本を展示

宿屋飯盛撰/喜多川歌麿画『画本虫撰』2冊のうち1冊 天明8年(1788)正月 ※前期(4/22-5/18):千葉市美術館、後期は別本を展示

宿屋飯盛撰/喜多川歌麿画『画本虫撰』2冊のうち1冊 天明8年(1788)正月 ※前期(4/22-5/18):千葉市美術館、後期は別本を展示

宿屋飯盛撰/喜多川歌麿画『画本虫撰』2冊のうち1冊 天明8年(1788)正月 ※前期(4/22-5/18):千葉市美術館、後期は別本を展示

本展第2章では、蔦重が刊行した狂歌本、狂歌絵本などが展示されている。その中でも、喜多川歌麿(1753?~1806)が挿画を描いた狂歌絵本は、歌麿の写実描写の確かさ、情趣溢れる構成力など、その画力の高さを物語る出来映えだ。本展では、歌麿の狂歌絵本三部作として名高い『画本虫撰(えほんむしえらみ)』『潮干のつと』『百千鳥狂歌合』も揃って展示される。

喜多川歌麿画《歌まくら》 1帖 天明8年(1788)東京・浦上蒼穹堂

喜多川歌麿画《歌まくら》 1帖 天明8年(1788)東京・浦上蒼穹堂

またさらに注目なのが、歌麿による春画(枕絵)《歌まくら》だ。本展を企画した担当研究員・松嶋雅人氏によると、なんと東京国立博物館の創設約150年の歴史の中で、初めて春画が展示されたとのこと。春画という画題の性質上、東博で展示をする機会がなかったという歴史を塗り替えたのも、一枚の絵としての完成度の高さ故だ。

内覧会にて、展示解説をする松嶋雅人氏

内覧会にて、展示解説をする松嶋雅人氏

蔦重メソッド3:才能の原石の発掘と専売戦略

展示風景

展示風景

黄表紙、洒落本、狂歌本……と次々と出版するジャンルを増やして事業展開していった蔦重だが、後半期では浮世絵の刊行を手掛ける。蔦重が見出した絵師こそ、喜多川歌麿、そして東洲斎写楽(1763~1820)だ。展覧会の後半では、歌麿、写楽をはじめ蔦重が発掘した絵師たちの作品を展観する。

重要美術品 喜多川歌麿筆《高名三美人》寛政5年(1793)頃 東京・公益財団法人平木浮世絵財団【前期:4/22-5/18】

重要美術品 喜多川歌麿筆《高名三美人》寛政5年(1793)頃 東京・公益財団法人平木浮世絵財団【前期:4/22-5/18】

《高名三美人》は、寛政期に市井の三美人と謳われた難波屋のおきた、高島おひさ、富本節の芸者・豊雛が描かれている。歌麿は、目の形などそれぞれ描き分け個性を表現している点に注目したい。画面左には、「歌麿筆」の落款の上に、「蔦に富士」の耕書堂の印も見える。

松嶋氏によると、蔦重のビジネスモデルは、こうした才能ある作者・絵師と専売的に仕事をする、いわば囲い込み戦略といえる手法で、次々に作品を発表していたことだという。吉原細見では、ライバルであった鱗形屋の失脚という外因もあるが、結果的に独占販売となったし、富本節の正本も、2代目富本豊前大夫と専売契約によって独占的に出版した。

喜多川歌麿筆《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》1枚 寛政4~5年(1792~93) 東京国立博物館【前期:4/22-5/18】

喜多川歌麿筆《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》1枚 寛政4~5年(1792~93) 東京国立博物館【前期:4/22-5/18】

浮世絵においても、別の版元で黄表紙の表紙絵を手掛けていた歌麿に、蔦重は狂歌絵本の挿絵を描かせ、やがて美人画を描かせる。そうして歌麿は、女性の上半身だけをクローズアップした「美人大首絵」で一躍人気絵師として不動の地位を築くこととなった。後年、歌麿は蔦重の元を離れるのだが、《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》など、今なお歌麿の代表作として有名な作品は、蔦重の元から出されたものなのだ。

東洲斎写楽、その活動期の全貌

そして蔦重の発掘した才能の代表的な人物が、東洲斎写楽(1763~1820)だ。寛政6年(1794)5月~翌年1月のわずか10ヶ月(閏月含む)の間に140点を超える作品を手掛けるも、その後一切作品が出ることなく、長らく“謎の絵師”として人々の興味を搔き立ててきた(今では阿波の能役者・斎藤十郎兵衛とされている)。

左:重要文化財 東洲斎写楽筆《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18、右:重要文化財 東洲斎写楽筆《初代市川男女蔵の奴一平》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18

左:重要文化財 東洲斎写楽筆《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18、右:重要文化財 東洲斎写楽筆《初代市川男女蔵の奴一平》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18

本展では大きく4期に分かれる写楽の活動期の作品を紹介し、蔦屋が火付け役となった写楽という絵師の全貌を辿る。

展示風景

展示風景

写楽は理想化された役者の姿ではなく、「見たまま」のリアリティを追求した。それによってダイナミックで迫真的な作品は、江戸の人々を驚嘆させたことだろう。しかし、「見たまま」というのは、「虚構」の世界を生きる役者にとっては不都合なことでもある。欠点になりかねない役者の個性を露骨に描いた写楽の写実性は、結局、長く人々の心を捉えることはできなかったようだ。

右:東洲斎写楽筆《二代目嵐龍蔵の不破が下部浮世又平》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18、左:東洲斎写楽筆《三代目大谷広次の名護屋が下部土佐の又平》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18

右:東洲斎写楽筆《二代目嵐龍蔵の不破が下部浮世又平》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18、左:東洲斎写楽筆《三代目大谷広次の名護屋が下部土佐の又平》1枚 寛政6年(1794) 東京国立博物館 ※前期:4/22-5/18

第2~4期の写楽の作品は、細い判型で1人の全身像を描いたものや、あるいは2人の役者を描いた作品が中心となっており、第1期の鮮烈なデビュー作に対して、より廉価な販売だったと考えられる。

写楽が活躍した寛政6年頃、重三郎は1人の男を耕書堂の食客として迎え入れた。その男は、十返舎一九として後に滑稽本『東海道中膝栗毛』を刊行し一大ブームを巻き起こすのだが、蔦重はその活躍を見ることなく、寛政9年(1797)年に48歳でこの世を去る。奇しくも歌川広重、歌川国芳という江戸時代後期を代表するスター絵師が生まれた年であった。

江戸時代、「悪所」として市中から隔離された吉原で生まれた蔦屋重三郎は、自らのビジネスセンスと才能を見出す眼力で、その名を江戸中に知らしめた。本展は、あまり大きく取り上げられることの少ない版元という仕事、そして蔦屋重三郎の功績と手腕を知る絶好の機会だ。

ドラマのセットで江戸時代の日本橋にタイムスリップ

展示風景

展示風景

展覧会のラストは、蔦重が活躍した天明・寛政期の江戸の町を、大河ドラマ『べらぼう』のセットによって再現。もちろん蔦重の店「耕書堂」もあり、思わず「ああ、お江戸!」と感嘆したくなる。

展示風景

展示風景

このエリアでは、実際にドラマで使われた小道具や衣裳・セットの資料、そしてオープニングで登場する浮世絵風イラストなどが展示されており、こちらはドラマファン必見だ。

大河ドラマ『べらぼう』のオープニングに登場する浮世絵風イラスト。出演者の特徴を掴んだ現代版・浮世絵とも言えるイラストにも注目

大河ドラマ『べらぼう』のオープニングに登場する浮世絵風イラスト。出演者の特徴を掴んだ現代版・浮世絵とも言えるイラストにも注目

展示風景

展示風景

お楽しみがいっぱいのグッズにも注目!

展示室を出てからのお楽しみといえば、展覧会のグッズ。蔦重さながらの企画力あるグッズが展開されている。図録の表紙は、蔦重が手掛けた「黄表紙」になぞらえてビビッドな黄色が斬新だ。

ミュージアムショップ

ミュージアムショップ

ミュージアムショップ

ミュージアムショップ

ほかにも「しおり」や「ブックカバー」など本にまつわるグッズや、東洲斎写楽の代表作《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》や蔦屋重三郎が出版した黄表紙『見徳一炊夢』のぬいぐるみなど、蔦重も驚くインパクトあるグッズが目白押しなので、“お江戸みやげ”を買う時間も考慮に入れて展覧会を訪れてほしい。

特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』は、2025年6月15日(日)まで、東京国立博物館 平成館にて開催中。

イベント情報

特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』
Special Exhibition Tsutaya Jūzaburō: Creative Visionary of Edo

会期:2025年4月22日(火)~ 6月15日(日)
※会期中、一部作品の展示替えを行います。
休館日:月曜日、5月7日(水)
※ただし、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館
会場:東京国立博物館 平成館
住所:〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
主催:東京国立博物館、NHK、NHKプロモーション
後援:台東区、中央区
協賛: SGC、NISSHA
観覧料(税込):
当日券:大人2,100円 大学生1,300円 高校生900円
お問い合わせ先: 050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://tsutaju2025.jp/
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