「朗読劇タチヨミ」故・松野太紀氏の声優界への想いと、「最終巻」への決断~藤原珠恵インタビュー
「朗読劇タチヨミ」――昨年2024年6月に急逝された故・松野太紀氏がプロデュースした朗読劇で、多くの実力派有名声優が参加している。黒で統一された舞台、オムニバス形式で声優たちの声の力で世界を作っており、2013年からこれまで全11回を実施している公演である。松野氏の急逝により、今回の公演で「最終巻」となることが決定している。
今回は「朗読劇タチヨミ」には初期から関わっており、演者としても、演出助手としてもおなじみの藤原珠恵に話を伺う。
公演の歴史や立ち上げについて基本事項から聞いているので、「タチヨミ」初心者にもどんな公演なのか理解しやすいだろう。さらに「最終巻」の開催を決めた理由や12年間の昔話を含めてファンには更に読んでほしい内容になっている。待望の「最終巻」の新情報もあるので、長い記事ではあるがぜひ読んで観劇の参考にしてほしい。
藤原珠恵から見る「タチヨミ」12年の歴史と変化――
――まず「朗読劇タチヨミ」は、どんな作品なのでしょうか。
オムニバス形式の朗読劇で、1本5分~20分ぐらいの作品を6本ぐらい上演するのが「タチヨミ」のスタイルです。内容はコメディー要素もありますが、最後は社会問題を扱って松野さんのその時の想いを乗せたテーマで締めくくります。歴史で言うと、私は「第0巻(2013年7月)」の時に制作で関わっています。そこから12年、声優さんの中でも「タチヨミ」に出たい! という方がすごく多くいて、だんだんと人が集まってレギュラー化してきて……というような流れで今に至ります。レジェンド級の人気を誇る声優さんも続々と参加されていますね。タッチィさん(故・松野太紀氏の愛称)自身もレジェンドなので、彼が引き入れる方はすごい方ばかりでした。
――ほぼ毎年公演がありますが、コロナ禍の時期はかなり大変だったのでは?
コロナ禍(2020年頃/第7巻)の時は、まさしく草月ホールという大きいステージにチャレンジするという時期でもありました。その時、タッチィさんも少し体調を崩されていた頃でもあったので、なかなかの地獄でしたね(苦笑)。その公演は、私は演者でしたので大変そうなスタッフ陣を横から見ていました。
(スタッフ:)第8巻では緊急事態宣言が出た次の日が公演初日だったので、本当に本当に大変でした……。完売になっていたをいったん全部払い戻して、半分のキャパシティで公演初日に
を売り直すという荒業をしましたね……。
――想像を絶する地獄ですね……。
タッチィさんのことを信頼して集まってきている“仲間”だったので、タッチィさんが舵を切って決断するならついていくよ!という方たちがたくさんいたのが救いでしたね。
――そもそもの立ち上げについて教えてください。
千本桜ホール(東京都)という、キャパシティが小さい劇場を一ヶ月間借り切って毎週違う公演を打つという企画を、私が当時所属していた劇団がやっていたんですね。そのうちの一週をタッチィさんにお願いしたのが始まりです。そこでタッチィさんは「声優さんの技術を見せつけたい!」ということを仰っていて、声優さんによる朗読劇を始めました。
朗読劇はマイクを前にして立って朗読するというスタイルが一般的だとは思うのですが、「タチヨミ」は芝居も兼ねているので、動きがすごく多いです。朗読劇にひとつ違うスタイルを生み出したのも「タチヨミ」なんだろうなと思います。これ以来、朗読劇が増えているということも聞いているので、この業界に革命を起こしたのも松野さんの功績の一つなのではないでしょうか。
――読むだけではなく、動きがあるんですね。出演人数も多いので、稽古の大変さが目に浮かぶようです。
仰る通り、か~な~り大変です。ラストの演目はタッチィさんのその時の想い――それこそ震災や戦争、ハンセン病など社会性のあるものをテーマにしていて、タッチィさんの教え子20人くらいで表現するんですが、すごく時間がかかるんです。タッチィさんは感覚タイプの方なので、その場で考えて感じたままに作るのが素晴らしい反面、昨日言っていたことが今日また変わる、みたいなことも多くあります。本番中でさえ動きが変わるのもしょっちゅうです。それも含めてタッチィさんの演出なので、私は好きですが……まぁ大変でした(笑)。
――そういえば公演中、アドリブが多いとも聞いています。
普通にやったら5分で終わる作品が20分かかったこともあるんですよ。さすがに作家さんは怒っていました(笑)。
――「第0巻」から見て、この12年間でどんな変化をしてきましたか。
シンプルに規模が大きくなったなと。「第0巻」の時は上演時間が1時間ほどでしたし、キャストの人数、レギュラーメンバーも徐々に増えました。岸尾だいすけさん、置鮎龍太郎さん等もずっと出演してくれていますね。1回きりっていう方が少なくて、いつの間にか“タチヨミファミリー”になって。
脚本もいろんな方に書いてもらっています。「若者を入れたい」、「新しい感性を入れたい」という、常に成長への追究をタッチィさんからは感じていました。同じことをするよりは、チャレンジ精神を持ってここまできた感じがしています。
「ここで一旦終わらせよう」綺麗に幕を閉じたい
――松野さんが急逝されたあと、どのような経緯で公演の存続を決定したのでしょうか。
当たり前ではありますが急にいなくなってしまうとは全く思っておらず、毎年一回は公演をやるもんだという感覚にはなってしまっていました。しかし、このまま何もせず「タチヨミ」を終わらせてしまうのは、私自身もですが多くの人にとっても区切りにもなりません。出演者、スタッフ――みなさん「タチヨミ」への想いがすごくあるので、そういう心が分散して変な方向にいってしまうのも嫌だったんです。私を含め、長く制作に関わっている者を中心としてタッチィさんの演出だからこその「タチヨミ」は「ここで一旦終わらせよう」という決断に至りました。名前に傷をつけたくないですし、綺麗に幕を閉じたかったというのもあります。
――藤原さんから見る、松野氏はどんな方でしたか。
感受性豊かで心から演じている役者さん。タチヨミは客席とも近いので、気持ちの部分がもうビシバシ伝わってくるので、とても素敵だなと思っています。
演出部分では大所帯を使う天才。私が個人的に好きなのは「タチヨミ倶楽部」(声優の勉強会)の子たちだけで出演する『群読』という作品で、タッチィさんの天才ぶりが如実に出ていた作品だと思っています。
――藤原さんが「演者として」心がけている部分、「演出助手として」注意しているところを教えてください。
朗読劇だから前にマイクがあってお客さんが居て、表情を見せなきゃいけないのはもちろん、相手役が横にいても常に前を向いていなければならないとか、タッチィさんはそういうひとつひとつにこだわりを持っていました。芝居をやっている側からすると相手の顔を見たくなっちゃうんですよね。そのジレンマが私の中では本当に難しいことでした。
そして、私は声優ではないので、声優としての技術なんてもちろんありません。それなのに何故この中に私を入れてくれてるんだろうと思っていた時に「技術は長けているけれども、根っこの気持ちの部分を忘れている人が多いと感じる。声優も役者なのでわざと演劇人を入れている」と言われた事があります。その時に私のやるべき役割が少しわかった気がしました。
演出助手として気を付けていたことは、タッチィさんが演出しやすい空気づくりをするということです。いろんな段取りや準備、テクニカルな面を徹底してやっていました。タッチィさんは演出に集中してもらって、それ以外のことは私の役割という分担ですね。あとは終わったあとの飲みの場で話を聞くこと。そこまでがお仕事です(笑)!
――今だから言える本番中のハプニングは?
そりゃもういっぱいありますよ!例えば、忘れられないのが「第1巻」の時の三ツ矢雄二さん。私たちはもうマイクの前にスタンバイしているのに、なかなか照明が暗くならない。なんでだろう? と思っていたら、上の方に居るスタッフさんが必死に私たちに合図を送っているんですよ。実は三ツ矢さんがいらっしゃらなくて、慌てて呼びに行ったり。演出で使った可動式パネルにタッチィさんが足を轢かれてたこともありました。台本がいつも黒で統一されているので、マイク前に行って初めて違う台本だって気付いたりしたことも。
――台本のみならず、全て黒で統一されているのには理由が?
台本も舞台も全部、黒で、タッチィさんのこだわりでした。衣装も基本は黒。アクセサリーもゴールドはダメ、シルバーならまぁ許す、みたいな。声優さんは衣装で役が変わるわけではなくて声で役を変えるという、そういうところを見せたかったんじゃないかな。声に集中をしてもらうために、それら全てを黒で統一するっていうのがひとつこだわりなんだと思います。
――今、着ていらっしゃるTシャツも白黒ですよね。グッズでしょうか。
そうです!「第8巻」のものですね。ちなみに、何に見えます?
――パンダかおにぎり……ですか?
正解、タッチィさんが描いたパンダです! 私もたくさんグッズを持っているので、今日はどれを着ようか迷いました。
毎年1月の公演は「修行」。恐怖と愛情――
――藤原さんにとって朗読劇「タチヨミ」とは。
初めの出演は25歳くらいで芝居を初めて間もない時だったというのもあり、だいぶタッチィさんにしごいてもらったんです。周りにプロの声優さんが居る中、私だけの稽古の時間を作ってくれたりしたことも。本当に怖くて、本当に嫌だった気持ちもあるんですが、これも愛情ですよね。毎年、年明けの1月に「タチヨミ」があり、修行から一年がスタート。毎回「お前はまだまだだぞ」という修行場のような感覚でした。だから「タチヨミ」の現場が楽しいなと思うようになってきたのは、実はここ2年くらいのことなんです。演出助手側に入るまでは本当に怖くて……なんで私はここにいるんだ? って思いつつ、タッチィさんの愛を感じつつ。
――苦しくても怖くてもやめない強い意志があったんですね。
強い意志というか「出たくないです」とも言えなかっただけです(笑)。毎年タチヨミの終演後に「また来年もね」と言われる時はすごくありがたい反面、また来年もか…と思ったり(苦笑)。でも、この「タチヨミ」があったからこそ、たくさんの出会いがあり「今」の私があります。今となっては感謝しかないです。
――その「修行」によって得たものとは?
まずはハートが強くなりました。タッチィさんは無茶振りが本当にすごくて。今でも忘れられないんですが、「第3巻」のリハーサル中に田中真弓さんがやる予定だった役を急遽指名されて私がやることになって。その数時間後に本番なんですよ!? ひどいですよね(笑)。こんなスパルタ教育で根性は身につきました。あとは出演されている声優さんも素晴らしい方ばかりなので、その芝居を観ているだけでも非常に勉強になりました。
――「タチヨミ」のキャスティングは、どのようにされていたんでしょうか。
基本的にタッチィさんが選んでいます。例えば、男の人が欲しいなって時に、タッチィさんがたまたま観劇先で会った新垣樽助さん(「第2巻」より出演)に声をかけて決まったとか、タッチィさんのインスピレーションによるものが大きいと思うんですが、それ以来ずっと出てくださっていますね。タッチィさんが「この人だったら」と思う方にいつもアタックしていたそうです。ちゃんと伝えたいものを表現できる、技術もある方に出てもらいたいっていうようなこだわりがあったんじゃないかと思います。
――ちなみに今回(「最終巻」)は?
今回はいつも出ているレギュラーメンバーと、過去に出たことがある方のみにしました。新規にお願いしてしまうというのはちょっと違う気がして。今までタッチィさんがお声がけした方のみにしましょうということで統一しましたね。
――「最終巻」をどういう作品にしたいですか。そしてご来場される方へメッセージをお願いします。
あくまでも演出はタッチィさんで、私は演出助手として参加します。タッチィさんの今までやってこられた演出を「そのまま再現する」というところに特化し、具現化していきたいと思っています。これで「タチヨミ」はいったん終わりになりますので、ファンの皆さまにも観て良かったなと思ってもらえるように全力を尽くします。
また、「タチヨミ倶楽部」の子たちが自分たちで朗読劇を始めたりチャレンジしたりという姿を最近多く見ています。それはタッチィさんの想いを受けた結果なんでしょうね。今後「タチヨミ」を感じたいなと思ったら、その子たちの公演にも行ってもらえたら嬉しいなと思っています。
――ありがとうございました。
要チェック! 最新「公演情報」
「朗読劇タチヨミ」は今まで公演内容は事前に発表はせず、初日の幕開けと共にパンフレットを見ると演目が書かれているという、開けてみないとわからない玉手箱のようなユニークな手法を取っている。しかし、本日【公演内容が公演回替わり】、【金曜日の公演(6/13)は要チェック】であることが先行情報として公開された。
「朗読劇タチヨミ」はこの「最終巻」で一度、幕を閉じる。出演者もスタッフも故人の想いを理解している人が集まっている公演であることは疑いがない。観る立場としてもこの朗読劇を通して、彼らの想いやそのメッセージをしかと受け取りたいものである。公演の最新情報は、公式X(https://x.com/tachiyomi_tm)にて確認してほしい。
「朗読劇タチヨミ」は2025年6月11日(水)〜15日(日)、下北沢 本多劇場にて上演予定。
取材・文=松本裕美 撮影=iwa
公演情報
会場:下北沢 本多劇場
麻生かほ里 伊藤かな恵 伊東健人 置鮎龍太郎 笠原留美 河合雪之丞 川島得愛 神田朱未
岸尾だいすけ 北山雅康 佐藤仁美 新垣樽助 鈴木真仁 高乃麗 田中真弓 冨永みーな 中井和哉
名塚佳織 藤澤奨 皆口裕子 山口奈々 吉野裕行
青山さら 梅澤貴大 岡田詩織 尾高慶安 川口桜 木目田俊 きゅうり 古賀楓 佐分祐佳子
島犬 新谷美奈 長谷川天音 深澤宏允 福田知香 松野孔洋 水森拓海 山下歩 横山冬悟 ラムダ 林藤さちこ
※出演者は日替わりです。お申し込み前に必ずキャストスケジュールを公式Xでご確認ください。
https://x.com/tachiyomi_tm
※お申し込み間違い等による