「一筋縄ではいかない音楽を作りたい」Khaki、気高き不協和音が鳴り響く大胆進化の『Hakko』に宿る美学とは
撮影=キョートタナカ
昨年は個人事務所となる合同会社ア柿印を設立し、キャリア最大規模となる東京・LIQUIDROOMでのワンマンライブをソールドアウトさせるなど、2018年の結成以来、その注目度を増していく一方のKhakiが、ついに約4年ぶり2枚目のアルバム『Hakko』を5月21日にリリースした。5人全員が作詞・作曲に携わり、音源はもちろんMVやデザイン、マーチャンダイズも自ら企画制作する「イマーシブ(=没入感のある)・アートロックバンド」は、今作をもって大躍進。美しくも狂暴で、カオティックでデイドリーミング、気高き不協和音が全編で鳴り響く代表作を作り上げた。ロック、ジャズ、フォーク、クラシック……さまざまなリファレンスからスクラップ&ビルドを繰り返し最果ての地に到達したような、アヴァンギャルドでトライアルな音楽に潜むポップネスという光とは? 現在は初の全国ツアーの真っただ中、一筋縄ではいかないサウンドでシーンに躍り出たKhakiのツートップ、中塩博斗(Vo.Gt)と平川直人(Vo.Gt)にバンドの起源から今日に至るまで話を聞いた。
中塩博斗(Vo.Gt)
バンドに曲を作る人や歌う人がたくさんいるのは、音楽に深みを与えてくれる
ーー最新アルバム『Hakko』のリリース日に突如告知して行われた投げ銭制のゲリラフリーライブ『前期定例』は、前半に前作『Janome』、後半に新譜の『Hakko』を全曲披露し、新旧のKhakiが対バンするという意欲的な試みでしたね。
中塩:当日発表にも関わらず、想像以上にいろんな方に来ていただいて。会場も温かい雰囲気で、こちらとしても曲を披露していくなかでアルバムを出した達成感みたいなものも感じつつ、楽しくライブができてうれしかったですね。
平川:まず前半に『Janome』の曲を順番にやっていったら、お客さんが「じゃあ後半は『Hakko』を曲順通りにやるのかな?」みたいに気付いていくのも面白かったし、実際に『Hakko』の1曲目「裸、道すがら」の1音目から盛り上がってくれて……普段のライブとは違うお披露目感も楽しかったです。
ーーKhakiが『Hakko』で格段に進化したのは聴けば明白ですが、新旧の曲を同タイミングで演奏したとき、バンドとしては変化を感じました?
中塩:『Janome』の曲はライブで何回もやってきたのでリラックスしていたんですけど、『Hakko』の曲は単純に難し過ぎる(笑)。そういう緊張感もあってスリリングだったから、結構変わったんだなと自分でも思いましたね
平川:レコーディングの段階で切り貼り=エディットもたくさんしたので、今後ライブでやっていくことになる曲を、早々に人前でやれたのは良かったなと思いました。
平川直人(Vo.Gt)
ーーKhakiの楽曲は展開が読めない上に不協和音がバンドの共通認識みたいなところもあると思いますが、そのニュアンスをどうやって共有しているんですか?
平川:さじ加減は作曲者に裁量があって、ギターのフレーズを考えても「これはアリか、でもこれはナシなんだ」とか思いますね(笑)。「ちょっとポップだな、もっと面白いことをしてくれ」みたいに言われることもその逆もあるので、レコーディングは時間がかかりますね。
ーーこういう一筋縄ではいかない音楽性を好むようになったのは何かあるんですか?
中塩:「ここで新しい展開を入れてみたいな」とかやっていくうちに、だんだんそれが自然なことになってきて。ただ、一筋縄ではいかない音楽を作りたい気持ちは確かにありました。それぞれ趣味が違うなかで、知らず知らずのうちに共通認識が生まれて……それがKhakiっぽさなのかなと思ったりもしますね。
ーーKhakiは早稲田大学の軽音サークルで出会って結成されたということですけど、そもそも2人が音楽を始めたきっかけは?
中塩:僕の父親がメタリカが好きで、急にギターの初心者セットを買ってきて練習し始めたんです、当時もう40代だったのに(笑)。でも、その熱も1カ月ぐらいで冷めて、ずっと放置されていたギターを僕が中学生ぐらいの頃に触り始めたのが最初ですね。その前からピアノは習っていたんですけど。
ーー『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で見たスピッツの「空も飛べるはず」のMVの影響も大きかったみたいですね。
中塩:そうです、それが小学生ぐらいで。ただ、そのときは自分で音楽をやろうとは思わなくて、ギターを触り出してからスピッツのコード譜を見て弾き語ってみたりして。高校で一瞬、同級生とバンドをやってみたもののすぐやめて、大学に入ってからはKhakiですね。「歌うのは楽しいし、へたじゃないかも」みたいな体感は小さい頃からあって、スピッツの草野マサムネ(Vo.Gt)さんのようなボーカルになりたいなって。
ーースピッツの一撃が思いのほか深かったんですね。
中塩:デカかったです。それまではクラスのみんなとEXILEとかを聴いていたので(笑)。
平川:僕は中高は趣味でギターを弾いていたんですけど、将来はテレビ局とかマスコミで働きたくて。でも、大学に入って1年目でダブっちゃって、どうせ就職も厳しいし、音楽でもやってみようかなと思って。バンドを始めたのは大学2年とかなので、結構遅いですね。
ーー中塩さんで言うスピッツみたいなルーツはあるんですか?
平川:最初は実家の車でゆずとか19が流れるのを聴いていて、普通に音楽は好きだし、自分で演奏してみたら楽しいな、ぐらいだったんですけど、中3になったとき、「俺もそろそろビートルズでも聴くか」みたいな日があったんですよ(笑)。そこからはもうオアシスとかゴリゴリの流れで、「もっと自分好みの音楽があるっぽいぞ」と他の洋楽や日本のバンドも聴くようになりました。ただ、性格的に前に出るタイプではないと思っていたんですけど、回り回って……。
ーー何なら今ではギターを弾くだけじゃなく歌っちゃうわけですからね。
平川:「めっちゃ歌ってるな~俺」ってたまに思います(笑)。自分で作った曲は自分で歌った方が分かりやすいというか、その方が物事がスムーズに運ぶこともある。他人が歌う良さもありますけど、今は歌うのも好きになりました。
中塩:バンドに曲を作る人や歌う人がたくさんいるのは、音楽に深みを与えてくれると思います。平川くんが歌う曲も多いので、ライブでもバリエーションが出ていいなと思いますね。
平川:バンドを組むにあたって、カッコいい人とやりたいと思って中塩くんに声を掛けたんですけど、彼は高校生の頃から曲を作っている天才肌の人で、それこそ「裸、道すがら」の歌詞を区切るところも一定じゃないし、全部を理解しようという気持ちはあまりないというか、「中塩くん、今はそういう感じなのね……」と思っていつも見ています(笑)。
自分たちでもよく分からないものを頑張って作っているのは面白い
ーー『Hakko』はKhakiの得体の知れなさが全面に出たアルバムだと思うんですが、正体不明なのにフォーカスの精度が上がったようなバランスが絶妙だなと思って。
平川:自分たちでもよく分からないものを頑張って作っているのは面白いなと思います。
ーー幕開けの「裸、道すがら」から、そういう今作のモードを如実に表していますよね。
中塩:この曲はアルバム制作の後半にできた曲なんですけど、Khakiのとがった部分を今までより攻撃的に出したり、あんまり展開しない単調なコード進行で曲を作ってみたいなと思って。
ーー普段のKhakiはコードもリズムもBPMも目まぐるしく変わっていくので、どういう思考回路で作っているんだろうと思っていたんですけど。
中塩:だから我ながら大変なんですよね……。例えば「君のせい」は、マイルス・デイヴィスの「フットプリンツ」のようにどんどんリズムを変えていきたいなと思って、最後にグッと速くなるアイデアは下河辺太一(Ba)くんの一声で爆速でやってみようと。
ーー今作の制作時に中塩さんがジャズをよく聴いていた影響が出ていますね。ちなみにこの曲のトランペットや、「裸、道すがら」のソプラノサックスも中塩さんが吹いているとは多才ですね。
中塩:半年~1年前ぐらいに楽器を買ったばかりでまだまだなんですけど、頑張りました。
ーーちなみに「天使」や「軽民物語」のコーラスの国馬瞳さんは、平川さんや中塩さんが声色を変えた変名なわけでもAIでもなく……?
平川:これは歌のうまい女性ボーカルの方に歌ってもらいました。僕が印象深かったのは「彩華」という黒羽広樹(Key)くんの書いた曲で、デモを聴いたときにすぐリードギターが浮かんで。曲中でポエトリーリーディングみたいにしゃべるアイデアも、僕がレコーディングのときに提案してみたらすんなりハマったので、この曲の僕と黒羽くんとの親和性はすごかったですね。
中塩:僕も黒羽さんの曲で、「才能の方舟」は結構変わったコード進行で難しかったんですけど、ここ何年かジャズを聴いて勉強してきたことを出せたいいギターが弾けたなと思いました。
ーーご自身が書いた曲で思い入れのある曲は?
中塩:「害虫」は録り終わった後のミックスでいろいろいじったんですけど、この曲は中盤までずっとモノラルで、アコギを7本ぐらい重ねて「ジャーン!」と鳴らした瞬間から一気にステレオに切り替わるんですよ。そういうあまり聞いたことがないアイデアを実行できたのは良かったですね。今回は元never young beachのギタリストの阿南智史さんにレコーディングしていただいて、音の質感にはかなりこだわることができました。
平川:そもそも阿南さんが「もうさすがにアルバムを作ろうよ。君たちは今、解散すると思われてますよ」と言ってくれたから物事が進んだので(笑)。「Winter Babe」も、阿南さんに「全員何週間後までに曲を作ってきて」と言われたターンに書いたんですけど、僕は林修先生が「いつやるか? 今でしょ!」って言う東進ハイスクールのCMが好きで、そこから曲を作れないかなとリフを考えていたら、なぜかペイヴメントの曲が頭に浮かんで……曲名もペイヴメントの「サマーベイブ(ウィンター・ヴァージョン)」からきているんですけど、高校生の頃に行った冬期講習はこんな気持ちだったなって。僕は東進じゃなくて駿台(予備学校)でしたけど(笑)、いろんなインスピレーションが曲になりました。
ーー何がどうアウトプットされたら林先生→「Winter Babe」になるんだよと思ったら、そういうことだったんですね(笑)。
平川:だから黒羽くんにお願いして、キーボードだけはそれっぽい感じで弾いてもらって(笑)。
ーーそう考えたらリファレンスが何だろうと、完成した頃には最果ての地まで到達しているからKhakiの曲になりますね。そんななかでも今作は、アヴァンギャルドでトライアルな音楽でありながら、同時にポップミュージックであろうとする姿勢を感じます。
中塩:特に僕と平川くんがそうかもしれないです。音楽体験の根幹に歌モノがあるからこそ、ポップネスを忘れないのかなと思いますね。
平川:あと単純に、分かってほしくはある。みんなと仲良くはしたいので(笑)。
ーーもっとポップにも寄れるだろうし、『Hakko』ですら過程なんでしょうね。今はメロディにきっちり言葉を乗せていく感じでもないし、もっと自由というか。
中塩:最近はフォークも好きで。ほぼしゃべるような曲にも日本っぽい歌心があるので。
平川:逆に今っぽいK-POPとかも聴くし、「いったい何から影響を受けているんですか?」とよく聞かれるんですけど、何ならあんまり得意じゃない音楽にも影響は受けるから、言ってしまえば「全部です」という感じですね。
音楽の楽しさを、これからも純粋に感じていたい
ーー個人的に気になったんですけど、Khakiの個人事務所のア柿印の「柿」=Khakiなのは何となく分かりますが、「ア」とは?
中塩:(株)みたいな文字で何が会社名に入ったら面白いかを考えて、「やっぱりカタカナのアじゃない?」って適当に決めました(笑)。
平川:僕らは何かにつけて意味ありげに思われることが多いんですけど、ノリで決めていることも割とあります(笑)。
ーーあと、バンド名のKhakiは、「名前に色が入ったバンドは人気が出る」みたいなことから決まったらしいですけど。
平川:もうやめちゃったメンバーがそう言っていて、その人が年上だったんで僕らも「まぁそうですね……」って(笑)。
中塩:そこから字面とか響きでKhakiになりました。
ーーKhakiと言われてベージュを思い浮かべる人もいれば、オリーブとか緑っぽい色を思い浮かべる人もいる。同じ言葉でも人によって見える景色が違う、みたいにも受け取れますね。
平川:それも何か意味ありげですよね(笑)。
ーーアルバムタイトルが『Hakko』になったのも、もしや…。
中塩:橋本拓己(Dr)くんが最初にこの案を出してきて、同音異義語でいろんな意味が当てはまるのが、今回のアルバムとかKhakiの在り方に合っているんじゃないかと。
ーーまさにさっきの話にも通じますね。現在は『Hakko』のリリースに伴う初の全困ツアー中で、Khakiは共演によって生まれる妙を知っているバンドだと思うんですけど、6月22日(日)大阪・Shangri-La公演に中村佳穂さんを迎えたのは?
平川:最初は好きという感情だけで「さすがに無理でしょ」と話していたんですけど、Xをフォロバしてくれていたので、「これはワンチャンあるかもしれない…!」って。
中塩:もうそれだけを頼りに、「でも、いけたらすごくうれしいな」って。運良く決まって、やっていただけることになりました。これは頑張らないといけないですね……!
ーー7月13日(日)福岡・LiveHouse 秘密公演のaldo van eyckとはどういう関係性で?
中塩:彼らは福岡のバンドなんですけど、東京でライブをやったときに見に行ってヤバ過ぎるなと思って。そこから仲良くなって友達に。
平川:珍しくバンド全体で仲良く話せるぐらいの間柄で、音楽的にもリスペクトできるし、いい同世代だなって。一緒にやれてうれしいです。
ーーファイナルの7月17日(水)東京・渋谷CLUB QUATTROではThe Novembersと対バンです。
平川:中村佳穂さんと同じく、Khakiを聴いてくれているという情報だけを頼りに……(笑)。
ーーいいゲストアーティストが決まるほど、とんでもないライブを見せられた後にKhakiがやることになる。でも、デカい事務所の政治力でブッキングしたのではなく、零細企業のア柿印が(笑)、音楽で相手の扉をノックして、受けて立ってくれたのはうれしいですよね。
平川:本当にそうですね。それに恥じないライブをしたいと思います。
中塩:『Hakko』の曲は難しいのでツアーでは精いっぱいやりつつ、『前期定例』より体に染みた演奏ができたらなと思います。「害虫」の歌詞にも通じる話なんですけど、ライブをいっぱいやっていると慣れてくるというか、いろいろ忙しくなってきても初心を忘れずにいたくて。原体験みたいな音楽の楽しさを、これからも純粋に感じていたいので。
取材・文=奥“ボウイ”昌史 撮影=キョートタナカ
ツアー情報
w/中村佳穂
・『発効』7月13日(日)福岡 秘密
w/aldo van eyck
・『発酵』7月17日(木)東京 渋谷 CLUB QUATTRO
w/The Novembers
リリース情報
2025年05月21日リリース
価格¥3,300
<収録曲>
01. 裸、道すがら
02. 君のせい
03. 天使
04. Winter Babe
05. 軽民物語
06. かれら
07. 夢遊病
08. 文明児
09. 彩華
10. 白鳥の湖
11. 才能の方舟
12. 害虫