八代目尾上菊五郎が11歳の息子に抱く想い、そして「平成の歌舞伎ブーム」を担った新・三之助時代を振り返る「世代ごとに歌舞伎を慈しむ気持ちがある」
八代目尾上菊五郎 撮影=高村直希
12月1日(月)から25日(木)まで京都・南座で上演される『當る午歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎』。同公演は、2025年5月よりおこなわれている、尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎と息子の尾上丑之助改め六代目尾上菊之助の同時襲名の披露興行。映画『国宝』で話題となった演目「鷺娘」(昼の部)、「弁天娘女男白浪」(夜の部)を襲名披露狂言として菊五郎が出演するほか、菊之助が初役で勤める「玉兎」(昼の部)、「寿曽我対面」(夜の部)などが上演される。そこで今回は菊五郎に、その名を襲名したこと、そして11歳にして菊之助を襲名した息子への思いについて語ってもらった。また合わせて、菊五郎、菊之助が出席した大阪市内での取材会の模様もお届けする。
尾上菊五郎
●「生命の輝きや初々しさは10代でしか出せないものもある」
――歴史ある音羽屋の名跡「尾上菊五郎」を八代目として襲名したことによる使命感は相当なものかと思いますが、いかがでしょうか。
今まで以上により深く、歌舞伎の世界の魅力をお客様にお伝えしなければならないと考えています。古典を大事にしつつ、復活狂言や新作歌舞伎も磨き上げていきたいです。10月には名古屋(御園座)で「羽衣」を新たな演出で復活させましたが、「新古演劇十種」にはまだ復活できていないものもあります。資料が少ないので、いずれも「ほぼ新作」と言っても良いと思います。また、今までいくつか新作を作ってきましたが、どれも繰り返し演じることでブラッシュアップされていくはずです。今後も時代性や普遍性を帯びながら、役者が技芸を生かせるものを作っていきたいです。新しいものを生み出していくことも、私の役目だと感じております。
――菊五郎さんの襲名と同時に、息子さんも六代目尾上菊之助を襲名されました。菊之助さんの成長も見届けていかねばなりませんね。
息子の襲名はもともと、父(七代目尾上菊五郎)からの「菊五郎と同時に、菊之助を襲名させたらどうか」という一言から始まりました。11歳で菊之助を襲名するのは異例なことですし、大人でも困難な役に昼夜挑戦するのは体力的にも、精神的にも大変です。しかし本人は「歌舞伎が好き」という思いで打ち込んでおりますので、精一杯稽古し、舞台を勤め上げることが襲名を後押ししてくれた七代目菊五郎への恩返しになるはずです。親子二人での襲名という大きな節目を迎え、より一層、歌舞伎に励まなければなりません。
尾上菊五郎
――菊五郎さんの10代のときも振り返っていただきたいのですが、歌舞伎はキャリアを積んで見せられる技芸が多いもの。そんななか、歌舞伎における「若さ」の魅力とはどういうものでしょうか。
芸というのは歳を重ねる中で、経験と自分の人生観が出てくるもの。「50歳、60歳からがいよいよ本番」という古典芸能の世界の中で、10代は困難なことばかりに直面します。しかし、生命の輝きや初々しさは10代でしか出せないものも多いと思います。芸は一生かけて磨き上げていくものですから、「今すぐなんでも」というわけにはいきません。菊之助には、長い人生の中での10代の輝きを大事にし、努めてもらいたいです。
――菊五郎さんは若手時代「新・三之助」「平成の三之助」(当時の尾上辰之助、尾上菊之助、市川新之助)と称され、一大ブームとなりました。あれはやはり若さの訴求力でもあったと思います。
私たちの前には父たちの三之助がいて、「渋谷の東横ホールで、今まで芝居を見たことがない女学生が列をなした」という伝説がありました。それに比べると我々がどうだったのか……とは思いますが、あの経験が自分の身の丈に見合わないような大きな役に挑戦するきっかけになりました。現在は、若手の俳優たちが『新春浅草歌舞伎』などで歌舞伎の魅力を発信しています。世代ごとに歌舞伎を慈しむ気持ちがあり、「自分たちも負けないぞ」とせめぎ合う。そうやって技芸が磨かれていくところが歌舞伎の良さなのではないでしょうか。
尾上菊五郎
――『吉例顔見世興行』では、菊五郎さんは『国宝』で話題になった演目「鷺娘」を踊り、また音羽屋ゆかりの演目「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」で弁天小僧菊之助を勤められます。どちらも広く知られる人気演目ですし、その点でプレッシャーもあるのではないでしょうか。
古典の人気演目を演じるにあたっては、先人たちとの比較もされると思います。また、今のお客様にどのように響くのかも興味深いところです。なによりおっしゃるように、人気演目ゆえのプレッシャーはあります。そのプレッシャーを前向きな精神のモチベーションにしたいです。
――なるほど。
今回は京都・南座という華やかな場での親子襲名披露です。そこで人気演目の「鷺娘」、「弁天娘女男白浪」をお見せするということは、否が応でもお客様の期待が高まります。その期待をしっかり受け止め、「鷺娘」では歌舞伎舞踊の魅力、「弁天娘女男白浪」では華やかさをダイレクトにお届けしたいと思います。
●休みは「息子が大好きなMrs.GREEN APPLEさんのライブに行きます」
右から尾上菊五郎、尾上菊之助 撮影=SPICE編集部
またインタビュー同日には、息子・六代目尾上菊之助も同席した取材会が開かれた。
菊五郎はあらためて「鷺娘」について「六代目菊五郎が得意としていた演目です。『国宝』では(登場人物の)万菊さん(田中泯)と喜久雄さん(吉沢亮)が踊っておりまして、注目度の高い演目。私は最後、死に絶えるという形で勤めたいと思います」と意気込みを語り、さらに「ロシアバレエのアンナ・パヴロワさんが日本にいらっしゃったとき、六代目菊五郎が「瀕死の白鳥」に感銘を受け、『死に絶えるときに息をしていないように見えるが、どうしているのか』と聞いたとき、『私は死んでも良いつもりで幕切れを迎えている』とおっしゃったそうなんです。国は違えど、突き詰めれば芸術の精神は共通していることを知ったとき、身が引き締まる思いがしました」と振り返った。
また「弁天娘女男白浪」については「音羽屋ゆかりの演目を、先祖が生誕した土地でぜひ勤めたいと思いました。弁天小僧菊之助を私が京都で演じるのは菊之助襲名以来、約30年ぶり。30年間修行した成果をお見せしたい」と力強く語った。
一方、成長の日々を送っているのが六代目尾上菊之助。名古屋・御園座での「京鹿子娘二人道成寺」では親子で白拍子花子を勤めたが、菊之助は「褒められるより、間違ったときに指摘されることの方が多いです。お父さんに『どうして?』と相談したこともあるのですが、そうすると『和史(菊之助)がもっと成長して、うまくなるために厳しく言っているんだよ』と言われ、『そうなんだな』と思いました」と、自分に対する父・菊五郎の思いを感じ取っていると話す。
映画『国宝』が大ヒットした影響で新たな歌舞伎ファンが生まれている、現在。しかし菊之助は、まわりの同級生らはまだまだ歌舞伎のことを「堅い、難しい」と感じていると語る。「映画を観てから舞台を観て、歌舞伎のファンになってくれたら」と願うと、菊五郎も「大まかな筋を分かっていただければ、色彩、音楽、衣裳、俳優の演技、舞、技を楽しんでもらえる演目ばかり。体験していただくことが一番」と、劇場に足を運んでほしいと話した。
右から尾上菊五郎、尾上菊之助 撮影=SPICE編集部
ちなみに、歌舞伎座、大阪松竹座、御園座と襲名披露公演が続いたが、11月は休みが取れるそうで、菊五郎は「息子が大好きなMrs. GREEN APPLEさんのライブに行ったり、温泉へ行ったりして『ゆっくりしようね』というご褒美を考えております」と親子水入らずの時間を設けることを明かし、表情を和らげた。
八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助の襲名披露『當る午歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎』は12月1日(月)から25日(木)まで京都・南座で開催される。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=高村直希
公演情報
夜の部 午後4時30分~
【休演】9日(火)、17日(水)
【貸切】昼の部:20日(土)
1等席 26,000円/2等席A 13,000円/2等席B 10,000円/3等席 8,000円/4等席 6,000円/特別席 28,000円