「絵は私の生きる術」美人画家・鶴田一郎が語る、創作への情熱ーー恒例の『鶴田一郎 美人画展2025年 IN大阪・天保山』が開催中
撮影=ハヤシマコ
切れ長の瞳の凜とした女性、大胆な構図にハッと息をのむ色使い、曲線美に滲む繊細さと妖艶さ。ひと目見たら決して忘れることのできないミューズを描く、美人画作家・鶴田一郎。現在、大阪・天保山ギャラリーにて2025年11月29日(土)~12月14日(日)まで『鶴田一郎 美人画展2025年 IN大阪・天保山』が開催されている。
1987年にノエビア化粧品の広告で注目を集めて以降、美人画の第一人者として国内外で高い評価を受けている鶴田一郎。幼少期から絵一筋で人生を重ね、来年画業50周年を迎える。本展覧会の会場である天保山ギャラリーと鶴田の交流は、30年以上の長きにわたる。合同展から始まり、1993年からは定期的に鶴田の個展を開催するようになったことから、鶴田の「大阪の聖地」と呼ばれている。今回は、移転して約1年の新しい鶴田一郎事務所(アトリエ、ギャラリー併設)にて、本展覧会の裏側や、日ごろの創作活動について、美人画への想いや今後の展望まで、鶴田本人と鶴田を近くで支えるスタッフも含めてじっくり話を訊いた。齢71歳、画業49年を迎えた鶴田の、今もなお鮮やかな、絵に対する情熱と好奇心が伝わる時間となった。
初期のシルクスクリーンやリトグラフ、
スーパーリアリズムなど、レアな旧作品を出展
ーー新しいギャラリーは京都タワーが見えて、西本願寺と東本願寺もほど近い場所ですね。2014年に京都に来られて11年が経ちましたが、京都での暮らしはいかがですか?
鶴田:京都には芸術文化があるし、その環境の中で絵を描いていこうと思って京都に来たんですけど、日々アトリエにこもって描いているので芸術文化にはあまり触れられていないんです(笑)。いざ住んでみると、あるあるですね。
ーー日常生活の中で、京都ならではの文化や日本美術の歴史を感じ取られて、それが絵に反映されているなという感覚は?
鶴田:そう敏感に生きてるわけではないんですよ(笑)。でも両方ですね。僕の絵には日本画的な歴史の要素も取り入れているし、モダンな新しい絵を描いてるつもりですけど、それに繋がる要素が京都にはあるので。先鋭的なピリッとしたものを直感で捕まえる時もあるし、黙々と探し続けて何かを掴み取る時もある。アイデアとしては、いろんな場所に行って見た何かの断片が、頭の片隅に残っていたりします。そういうものを、アトリエに帰ってから熟成させて広げていくことはあります。行き詰まるまではいかないけど、どうなるかわからない部分もあるので、泥臭く悩みながら。悩んでるところは見せませんけど、自分がやってきたこと、自分のスタイルをどうしていくかは常に考えています。
ーー個展直前の今は、展覧会に向けてどんな準備をされていますか?
鶴田:展覧会のことはスタッフに任せております。天保山ギャラリーさんはお付き合いも長いですし、搬入はすでに終わっていて。展覧会も年中あちこちでありますので、私は準備というよりも、日々ひたすら次の作品を描き続けています。
ーー今回は1980〜90年代に制作されたシルクスクリーンやリトグラフを中心に、代表作から新作まで約50点が展示されているということですね。
鶴田:今は版画が全てジークレーという技法を使った複製画に移行してしまって、昔のシルクスクリーンやリトグラフが少なくなってきているので、そういうヴィンテージ作品を出しています。
スタッフ:今回は、今まであまり先生が出しておられなかった昔の作品を出していただいてるので、結構面白い作品があります。それこそ先生が若かりし頃にエアブラシで描いておられたスーパーリアリズムの絵や、雑誌『SFマガジン』の表紙の絵が出ています。
ーー本当ですか!
スタッフ:あれはなかなかレアですよ。原画展では参考でお見せしてましたけれども、単独の展示会で出すことはあまりなかったので。ぜひ見に来ていただきたいなと思います。
鶴田:20代の頃はいろんな絵を描いてましたね。『SFマガジン』の表紙も約2年担当していました。当時はSF専門の絵描きだと思われてた(笑)。
ーー美人画にいきつく前の時代ですね。
鶴田:片っぽで美人画を描き始めた頃かな。今回の展示は全部が見どころですね。
ーー搬入する前に、先生が一度チェックされるんですか?
鶴田:出来上がった作品に関してはスタッフにお任せが多いですし、ギャラリーさんの意向で飾ってもらえればいいと思っています。やはりギャラリーを構えている以上は、ギャラリーさんのセンスややり方があるでしょうし、僕のやり方を押し付けても仕方ないので。僕は、僕が描いた作品を多くの方に見ていただきたいのが本音です。
スタッフ:ギャラリーの設備や特徴に合わせて、我々も展示のしつらえをしていきます。ただひとつ気をつけているのは、先生が以前、「人物画なので目線の位置だけはあまり高くしないでね」とおっしゃられていたことがあって、それだけは守るようにしています。
ーー絵の目線の位置を揃えるということですか?
スタッフ:はい。「絵が鑑賞者を見下ろすんじゃなくて、鑑賞者が絵を見下ろす高さにしてね」と。あまり高い位置に絵を飾るのは、先生ご自身も好みでない。
ーー「大阪の聖地」と言われる天保山ギャラリーは、先生にとってどんな存在ですか。
鶴田:最初から本当に一生懸命やってもらってますし、これだけ継続していただけるのは素晴らしいことだと思います。僕の画歴にも沿いながら、ずっと開催いただいているので。
ーー展覧会では原画や版画を販売されていますが、ご自分の手元から作品が旅立っていくのは、どんなお気持ちですか?
鶴田:プロですからね、慣れました(笑)。売るために描いてるところがあるので。やっぱりギャラリーさんも売れないと困るし、僕らもある程度売れていかないと。本当に自分がのめり込んで良い絵が描けた時は嬉しいですし、「手放すのが惜しいな」と思う時も未だにありますけど、仕方ないですね。
ーー大阪のお客さんの印象はいかがですか。
鶴田:大阪はそれなりに長くファンでいてくださってる方が多いので、ありがたいです。固定のファンの方もいらっしゃるし、入れ替わりで新しいファンの方も毎年出てきてくれるので、助かりますね。
ーー先生の絵は色使いや構図がデザイン的なので、画家を志している若い方だけでなく、デザイナーさんも刺激をもらえそうですね。
スタッフ:実際デザイナーさんや写真家の方、メイクアップアーティストの方も来られますよ。「こういう目を描きたい」とか「こういう目になるようにメイクを作りたい」と。今年、銀座の歌舞伎座のすぐ隣のギャラリーで個展をさせていただいたんです。その時は八代目尾上菊五郎さんが襲名披露興行をされていて、出演されている若手の女形の歌舞伎役者さんが見に来てくださって。先生の絵を見て「僕もこんな顔になりたい、こんな化粧がしたい」とずっと一点を見つめておられました。「また今度展示があったら教えてください。見に行きます」とおっしゃっていましたよ。
ーー素敵ですね。
鶴田:ありがたいですね。
全力で絵と向き合い、新しい表現を追い求める
ーー今回は最新原画も展示されているんですよね。新作完成までの時間はどのくらいですか?
鶴田:色々です。サイズにもよるし、本当に新しいものを作り出す時には少し時間がかかります。1週間から10日、20日かかる作品もあるかもしれません。ある程度のスピードで仕上げないと、絵描きもやっていけないんです(笑)。じっくり何か月もかけていたら儲かりません。常に新しく、良い作品を描き続けるというのは、ほんとに大変です。
ーー今もなお、新しい表現を追い求めておられるんですね。
鶴田:積み重ねだけでなく、お客さんも次の展覧会では新しいものを求めているだろうし、今までとは違う作品も生み出していかないといけないなと、プレッシャーやノルマは感じていますけどね。
ーーアイデアが湧くのはどんな時ですか。
鶴田:そりゃ偶然ですよ。ひらめきに近いです。心の中でそれを熟成させて「次はこういうのを描いていこう」ということもありますけど。描き方にしても多種多様です。
ーー新しい技法を生み出したりは?
鶴田:技法はそうは変えられないので。長い年月の間に徐々に変わっていったりはしますけど、やっぱり何をテーマにするかが大事です。一番気を遣うのは女性像でしょうね。
ーー女性の描き方も、初期の頃から自然と変化してきましたか。
鶴田:自分で意識はしないですが、そうなってると思います。女性のメイクを勉強したこともありませんし、次々に新しい女性、新しい女性と一生懸命描いてるだけなんですけど、その中である程度パターン化ができたり、知らず知らずのうちに「ああ、こんな女性像にもなっていくんだ」という、無意識の作風の変遷もありますよね。
ーー「理想のミューズが描けた!」という喜びの瞬間はあったりされますか。
鶴田:ありますけど、その瞬間だけですね(笑)。でも確かに「やったぜ!」みたいな体験がないと、楽しくないですから。思いがけず良い女性像を描けた時も、苦労してうまくいく時も、苦労して苦労して「やっぱりダメだった」という時もあります。そういう時の女性像は、癖の悪い女ということになる(笑)。それに、次から次に描くのが宿命ですから、あまりそこに浸っていてはいけないんです。
ーーなるほど。
鶴田:本当に苦労して「ああ、できた」と喜ぶ時もあるけど、大半は「これでいいんだろうか」という方が多いかな。「こりゃ素晴らしいのができた」というのは、何年に1度ぐらいしかないですね。面白いんです。100%思い通りにいったから人を感動させる良い絵になったかというと、そうではないことが多いですし、苦労して「どうなるんだろう」と思ったものが、後々良い作品になったりする。一生懸命突き詰めた結果、自分の意識の外側で、必然ではなく偶然そういうものが生まれていたりする。
ーー先生が女性を描くことに惹かれる理由は?
鶴田:やはり美しさです。ちょっとした仕草がとても美しかったりしますし。凛とした潔癖な女性も理想像として描いていますけど、僕はどちらかというと、毒のある退廃的な女性の美しさに惹かれますね。
ーー女性の生き方、生き様ということでしょうか?
鶴田:生き方が表れて輝いてる方もおられますよね。やはり、生き生きと生きておられる方は美しいなと思います。美人画というと、色気だけとか退廃的に流されていく絵画もあり得ますが、僕の場合はどこか凛とした独立した女性像を感じさせて、何かプラスの要素を受け取ってもらえる一面があるから、皆さんに好んでいただいてるんだと思います。
ーーまだまだ描きたい女性像がおありですか?
鶴田:そうですね、描くことには飽きていないので。
ーー最近はデジタルAI時代になってきていますが、先生は一貫してアナログで描かれています。アナログの魅力はどういうところにありますか?
鶴田:僕はパソコンも使えないので、アナログに頼るしかないんです。おそらく、自分の筆と自分の手で描いて、自分の絵の具がのって、という感覚が自分の中にあるから、そうでないと納得できないんじゃないですかね。僕は絵描きですから、デジタルでパッと描いたとしても、なにか自分のものじゃないような気がすると思います。原画として残していけるというのは、アナログの絵の強みだと思いますね。
美人画はどれだけ描いていても飽きない。それが才能
ーー先生は来年画業50周年を迎えられますが、ひとつのことを続けることは、とても大変だと思うんです。続けるコツは何でしょうか。
鶴田:僕にはそういう勘所がないんです。ずっと絵を描き続けてきたし、色々試行錯誤するのも楽しいですし。ワンパターンばかり続けててもよくないので「何かひとつ新しいものを入れていこう」とか、そういうのを見つけるのには苦労もありますけど、それ自体も創作を生み出す喜びだと思っているので。まだまだこれからも描いていきたいです。50年をまとめてスタッフやギャラリーさんが企画をやってくれれば嬉しいですけど、自分では次の作品を見つめています。比重はそちらの方が大きいですね。
ーー50年は長かったですか。
鶴田:「ちょうど50年」ぐらいです(笑)。描きたい絵を描けて、仕事にできて、なおかつ、より上の表現を求めて一生懸命やれるのはすごく生き甲斐もあるし、自分自身恵まれた存在だなと思ってます。こうやって悩みながら絵を描いていけるのは、とても良い喜びだと思います。
ーー原動力は何でしょうか。
鶴田:何でしょうね。美人画を描いてて飽きない、それが才能なんじゃないですか(笑)。周りから見ると同じようなものばかり描いてると思われるかもしれないけど、新しい表現に挑戦して、生活の中で絵を描いていけることは、とても幸せだと思っています。
ーー「自分を追い込むスタイルで夢を叶えていく」と、過去のインタビューで拝見しました。
鶴田:そりゃ、壁にあたっても何とか乗り越えるしかないので。もう描いて描いて描きまくる。新しいアイデアは出なくても、一生懸命何十枚何百枚と描いていると、その中に「これか」みたいな発見もある。そうやって頑張って勝ち得た偶然は素晴らしいですよね。
ーー世の中、道半ばで諦めてしまう人も多いと思いますが、先生は諦めない。
鶴田:絵は私の生きる術ですから。
「描きたい、新しい表現をしたい」というのは、ワクワクすること
ーー今後の展望についてもお聞かせください。「いつかは襖絵や屏風絵を描きたい」とおっしゃっていましたが、先生の目標ですか。
鶴田:何年か前まではありましたね。今はちょっと薄れてます(笑)。美人画が本道であって、遊びとして屏風絵をやってみたいという気持ちはあるんですけど、本当に良い屏風絵を描こうとすると、ものすごいエネルギーと時間がかかると思うので。いずれ挑戦はしたいですけどね。
ーー画家人生の中で、絶対にやり遂げたいことというと、何ですか。
鶴田:例えば「大作を50枚描く」みたいなプランが立てられればいいですけど、そういうのも今はない。でも、全力投球してぶち当たって描いてみたいので、これからどうプランを見つけていくかですね。
ーー過去のインタビューでは「鶴田琳派を完成させたい」ともおっしゃっていました。
鶴田:鶴田琳派はまだ途中ですね。機会が与えられないとなかなか進みません(笑)。
ーー機会というのは?
鶴田:繰り返しになりますが、画家は経済活動ですから。売れる作品を描いていかないといけない。その中で自分の時間が取れて、大作を描く時間まで取れればいいんですけど、なかなか難しいところもあって。本当に描きたいんですけどね。
ーーホームページで琳派の作品を拝見して、本当に感動しました。どのくらいの時間をかけられたんですか。
鶴田:3年ぐらいかな。意外と早い(笑)。
ーーでも、通常の創作と並行しての作業ですもんね。
鶴田:そうです。そういうことをやっているのが楽しいですね。
ーー楽しいのが原動力。
鶴田:もちろんそうです。「描きたい、新しい表現をしたい」というのはワクワクすることです。
ーーいずれ、鶴田美人画に刺激を受けた画家さんが鶴田琳派を名乗り、江戸時代初期の俵屋宗達から続いてきた琳派の系譜の中に、歴史が作られていくかもしれませんね。
鶴田:そういう弟子ができたら、絵描き冥利に尽きますけどね(笑)。
ーー最後に読者の方や、個展に関心を持っている方にメッセージをお願いします。
鶴田:僕は美人画家として歴史に名が残ると思いますので、僕が生きてるうちに見ていただいたらいいと思います(笑)。きっと見ていただければ何かを感じていただけると思うので、ぜひ多くの方においでいただけるよう、お願いいたします。
取材・文=久保田瑛理 撮影=ハヤシマコ
イベント情報
開催時間:午前11時~午後6時
展示会場:天保山ギャラリー
入場料:無料
2025年12月13日(土)・14日(日) 両日共13:30~15:00 / 15:30~17:00
※鶴田一郎作品または作品画集ご購入者の方限定です。
地下鉄(大阪メトロ)中央線「大阪港駅」より徒歩約6分
阪神高速「天保山」出口より1km以内 駐車場あり