篠井英介にインタビュー 19年ぶりに『欲望という名の電車』でブランチ役に挑む想い
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篠井英介
アメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズの代表作である『欲望という名の電車』は、1947年の初演以来世界中で上演されてきた。日本では1953年に文学座が杉村春子主演で初演し、以降さまざまな名優が主役のブランチを演じてきた。
現代演劇の女方として唯一無二の存在である篠井英介は、学生時代に同作に出合いブランチ役を熱望していた。念願が叶った2001年の上演に至るまでには、男性がブランチを演じることを許可できないという著作権者への粘り強い説得があったという。以降03・07年と再演を重ね、もう演じ納めと思われていたが、2026年に19年ぶりの篠井ブランチが復活することになった。
第二次世界大戦後のアメリカ南部の都市ニューオリンズに、ブランチ(篠井英介)が妹のステラ(松岡依都美)を訪ねやってくる。没落した名家出身のブランチには帰るあてがなく、妹夫婦のもとへ身を寄せることにしたのだ。ブランチの上品ぶった態度にステラの夫スタンリー(田中哲司)は苛立ちを隠せない。新天地で出会ったミッチ(坂本慶介)との生活に希望を見出すブランチだったが、彼女がひた隠してきた暗い過去をスタンリーが暴き……
G2による新訳・演出により新たな共演者とともに再び代表作へ挑む篠井に、現在の心境を聞いた。
篠井英介
ーー19年ぶりにブランチを演じることになったお気持ちはいかがですか。
もう演じることないだろうと思っていたのですが、最近わりとハードな舞台をこなせたのでもう一回挑戦してみようという気持ちになりました。年が年なので「お前はいったいいくつだと思っているんだ」とお客様に思われないよう(笑)、年齢を重ねた深みを出したいと思っています。最近では男性が女性の役を演じることは珍しくありませんが、初演のときには抵抗があるお客様がいらっしゃいました。今回どう受けとめてくださるかはまだわかりませんが、僕の中にあるブランチ像は初演からブレていません。
ーーブランチという人間をどのように捉えていますか。
『欲望という名の電車』はアメリカ南部の優雅な生活が時代の波に飲まれて滅んでいく「滅びの美学」を描いた作品であり、ブランチはその象徴という捉えられ方をされることが多いですよね。次第に精神が崩壊していく側面に目が注がれがちですが、ステラの台詞にある通りブランチは本来優しくて素直なひとです。ステラの家にたどり着いた時から少し病んでいる演じ方をなさる方もいらっしゃいますが、その時にはまだ希望があり威厳を持っていたのだと僕は考えています。劇が進むとやがてそれらが剥がされ傷つけられていく。しかし悲劇的ともいえる結末も、見方を変えればブランチが穏やかな夢の世界へ行って幸せになれたと受けとめることができます。
ーー『欲望という名の電車』のどこに魅力があると思いますか。
テネシー・ウィリアムズは回想録のなかでブランチが自分自身であると書いていますが、おそらく彼のなかにはスタンリーの乱暴で粗野な部分もあったのでしょう。すべての役が作者の魂から出てきたので、どんなひとの心も捉えるんでしょうね。おとぎ話しの夕鶴ではないですが、自分の羽を抜いては織っていくように、作者が自分で自分を傷つけながら書いた作品だからこそ、お好きになる方がいる一方で嫌悪感や生々しさを抱く方もいらっしゃいます。僕はこの作品が好きで、この世界に浸っていたいという思いがあるんです。ブランチが他人とは思えないんですよね。演劇界の仲間からは、こんなことばっかり言っているとブランチみたいになっちゃうぞ、なんて言われちゃうんですけど(笑)。
篠井英介
ーー初演で演出をされた鈴木勝秀さんからは、意図的に女性的な装飾を排したブランチ像を提案され、そこに共感して出演を決められたという経緯があります。
鬘を被って扮装をするデコラティブな方法ではなく「削ぎ落とした女方」は僕にとってとても大事な点なんです。たとえばタートルネックにズボンという姿でも、バッグ一つ持てば女になれるという女方を目指していましたし、今もそれは変わりません。
ーー篠井さんは、ご自身は「女形」ではなく「女方」であることにこだわりを持っていらっしゃいます。
どちらも意味は同じですが、形をなぞるのではなく役を内面から作っていくという意味で、古風な呼び名である「女方」をあえて使っています。僕は女優さんと一緒にお芝居をしても女性役を担いたいんです。ですから時代劇だろうが翻訳ものだろうがSFだろうが、女方は篠井がいいと思っていただけるために、どんな役でもちゃんと「女」が見える役者じゃないと通用しないと考えています。
ーー今回はG2さんによる演出と新訳による上演です。
G2さんに演出をお願いしたのは、作品に新たな風を入れたかったからです。そしたら翻訳もやるよとおっしゃってくださった。僕たち日本人が話していて無理のない、リアルな訳語をお願いしています。
篠井英介
ーースタンリー役には01・03年でミッチを演じられた田中哲司さんが、ステラ役には文学座の松岡依都美さんが出演されます。
田中哲司さんのミッチはチャーミングで素敵だったんですが、荒々しさもまたあったので、今回スタンリーを演じるのはすごくいいと思います。あくまで私の解釈ですが、ブランチはスタンリーのことが嫌いではないんですよね。ブランチを惹きつける男の色気を哲司くんはお持ちです。
松岡さんは色気がある方なので、女方としては一緒に並ぶことが実は怖いんです。冒頭で二人が抱き合うシーンで、僕がお客様に「おっさんじゃん」て思われたら終わりなので(笑)、頑張ることが使命だと思っています。またステラはお腹に子どもがいる設定ですから、円熟した女性らしさが松岡さんに合っていると思います。
ーー篠井さんはスタッフや共演者との関係を大切されています。今回の座組でどのように関係性を構築し本番を迎えたいとお考えですか。
どんなお芝居でもお客様は舞台のどこを観てもいいんです。台詞を喋っている主役ではなく、脇で腰掛けている人や背景のセットを観ていてもいい。ですからアンサンブルとして役者がいかにイキイキしているかに演劇はかかっています。誰もが主役のつもりで舞台にいてもらえれば、お客様はスタンリーの目線でこの物語を観てもらってもいいし、ステラの目線からでも、あるいはステラの家の2階に住んでいるユーニス(宍戸美和公)という大家さんの目線でご覧になることもできます。じゃあ僕が何を務めるかっていうと、突出しないってことかな。ブランチはどうしても突出しがちです。自分が長台詞を喋っているときでも、他の役者がイキイキとしているかを考えお手伝いしたい。もちろん演出家が見てくれているのですが、僕自身も考え感じなきゃいけない。ですからお稽古でも普通に、自然体でみんなと仲良く和を持っていたいですね。
ーー最後にお客様に向けてメッセージをお願いします。
たくさんの有名な俳優さんが演じてきた作品ですから、お客様はご自分なりの『欲望という名の電車』像があると思います。ただ、67歳でブランチを女方で演じる例は、世界中探しても他にないでしょう。ですから、こんな切り口の『欲望という名の電車』もあるんだということを見届けていただきたいですね。
篠井英介
取材・文=深沢祐一 撮影=福岡諒祠
公演情報
『欲望という名の電車』
主催・企画製作 吉住モータース