小川洋子『劇場という名の星座』インタビュー~帝国劇場には、あらゆるところに書くべき物語が潜んでいた/特集「帝国劇場」
小川洋子
建替えのため2025年2月をもって一時休館となっている帝国劇場。その帝国劇場を題材にした、作家・小川洋子による小説『劇場という名の星座』が、2026年3月5日(木)に発売された。客席の案内係、売店スタッフ、幕内係、そして、出演者の楽屋と舞台をつなぐ、現・帝国劇場ならではの楽屋エレベーター係等、様々なセクションを丁寧に取材し執筆した本作は、裏方、観客、俳優を含め様々な角度から“帝国劇場”に関わる人たちの人生を描く短編小説。大の演劇ファンである小川さんの帝劇愛に溢れた、帝劇ファン必読の本になっている。
SPICEでは、小説刊行を記念し、改めて「帝国劇場」とはどのような劇場であったのか、小説を糸口に辿っていく連載を掲載中だが、今回は小川洋子さんのインタビューをお届けする。『劇場という名の星座』はどのような経緯で誕生したのか、小川さんは取材でどんな出会いを経験されたのか。小川さんとミュージカルの出会いを含め、たっぷり教えていただきました。
『劇場という名の星座』はこうして生まれた
――まずは『劇場という名の星座』執筆の経緯を教えてください。2022年刊行の短編集『掌に眠る舞台』の1篇、「ダブルフォルトの予言」で帝国劇場を取材されたのがきっかけだとお伺いしました。
『掌に眠る舞台』は劇場ではなく舞台作品、演目をモチーフにした短編集なのですが、その執筆にあたり、帝国劇場を取材させてもらいました。(発行元の)集英社の方と、当時の帝国劇場支配人・阿部聖彦さんが古くからのご友人ということで紹介していただいたという経緯です。その時はとにかく人がたくさん働いていることに驚いて、この中に一人くらい何の仕事をしているかわからない人がいてもおかしくないと感じ、「ダブルフォルトの予言」のイメージが浮かびました。その一回きりのつもりだったのですが、その後、帝劇が建替えになる、ついては劇場を小説の形で残したいと阿部さんからお話をいただき、『劇場という名の星座』へ繋がっていきました。
――スタッフ30名以上にインタビューなさったとか。何年くらいかけて取材されたのでしょうか。
阿部さんからお話をいただいたのは2023年の7月で、実際の取材に入ったのはその年の11月、古川雄大さん主演の『LUPIN ~カリオストロ伯爵夫人の秘密~』からでした。
――取材したポジションの方は、小川さんからのリクエストだったのでしょうか。
それはとても重要な問題だったのですが、観客の立場だと思い浮かぶのは案内係さんや売店の方、大道具さんや衣裳さんなど、限られた範囲の方だけなんです。ですので阿部さんから「こういう仕事もありますよ、こういう人もいますよ」とご紹介いただきました。
たとえば私は、東宝現代劇の存在を存じ上げなかったんですね。これは菊田一夫さんが芸術座を建てた際、日舞やバレエ、お芝居もしっかりできて、東宝の舞台をきちんと支えられる人たちを育てようと作った劇団。この初期のメンバーがまだご健在で、その方々にお話を伺えたのは、菊田一夫さんが帝劇に込めた情熱を感じ取ることができたという意味で貴重でした。帝劇を小説に……と言われた時、一番不安だったのは“帝劇の根っこの精神”を自分が描けるかということだったんです。私が劇場に足を運ぶようになったのはここ数年のことですので。菊田さんに実際に会った方、演出を受けた方の声を聞くということが必要だったなと、今振り返って思います。
劇団東宝現代劇 前列左から横澤祐一さん、竹内幸子さん、小林誠さん(2024年3月10日)
劇団東宝現代劇 左から下山田ひろのさん、小川さん、柳谷慶寿さん、松村朋子さん(2024年3月10日)
東宝ミュージカル『マイ・フェア・レディ』『サウンド・オブ・ミ ュージック』『王様と私』等の初演にスタッフとして参加してきた宮崎紀夫プロデューサー(左)(2023年11月7日)
『放浪記』『エリザベート』『天使にラブ・ソングを』などを担当した岡本義次プロデューサー(右)(2024年5月16日)
――小川先生の小説は、とても身近な、些細なものから想像がパーッと広がっていきます。劇場というのもやはり、色々な想像力がかきたてられる場所でしょうか。
数々の出会いがありました。裏で働く方を紹介していただいたり、気にしたこともない部屋のドアを開けて何かを見せていただいたりするたびに「ここに書くべきものが潜んでいる」と思いました。
――先生の目にはそれは光って見えるものですか? それとも持ち帰ってから想像を巡らせるものなのでしょうか。
その瞬間に、光って見えましたね。たとえば楽屋の奥の、ひっそりした薄暗い小さな部屋に、亡くなった方の着到板がしまわれた黒い缶がある。それを開けて見せてくださった時は「ああ、これは書かなきゃいけないな」と思いました。
――声が聞こえてきそうです。
本当にそうなんです。ですから取材はとても充実していました。何度も劇場に足を運びましたが、1日たりとも、1回たりとも「ちょっと今日は実りがなかったな」という日がなかった。感動を抱きながら帰路に着き「このまま終われたらいいのに……」と思っていました。そこから「書く」というのは、また違う座標に行かなくてはいけませんので。このまま取材だけで終われたらどんなに幸せだろうという毎日でした(笑)。
帝劇地下1階・舞台下にて保管している着到板を見学している様子(2024年3月11日)
「内緒の少年」に出てくるステンドグラス裏の入口前(2025年3月1日)
中に入ると細長い空間が。作中登場する「内緒の少年」が暮らす場所。
――そして、『劇場という名の星座』にはさまざまな演劇ファン、観劇ファンの姿も登場します。取材された中に“観劇ファン”もいるのでしょうか。それともこのファンの姿は小川先生の実体験なのでしょうか。
私の部分もあれば、たとえば案内係さんに取材をする中でお聞きしたエピソードに登場するお客さん、あるいはネットで流れてくる熱いファンの方々……。それらを組み合わせたり、二つに分けたりして散りばめました。切符がないけれど劇場に来ている方、今上演中のものではなく、9階の稽古場で稽古をしているだろう自分の推しを見上げている方など、帝劇に対し様々な形で愛を表現している観劇ファンが色々いらっしゃいます。私自身、観劇に行くと、開演数分前にブルーベリー飴を鞄から取り出してお連れの方と「食べておく?」と小声で話していらっしゃる方や、5分前のベルで手鏡を取り出して自分の前髪を整えている女の子の姿などをよく見ています。劇場って、客席でも色々なことが起こっていますよね。
――わたくし事ですが、今回の取材のお話をいただき、本当は小川洋子さんの取材を私がするなんて僭越すぎる、と思ったんです。でも「ダブルフォルトの予言」の冒頭の〈帝国劇場での『レ・ミゼラル』、全七十九公演、S席のを全部買った。〉という文章をお書きになるほどの演劇ファンの小川先生になら、同じ演劇ファンという立場からお話させていただけるかも、と思いました。この一文、おそらく演劇ファン以外の人が読んだら荒唐無稽です(笑)。でも私たち観劇オタクは「そういうこともあるかもな」と思う絶妙なリアルさです。
自宅から有楽町まで定期券を買う人、切符を持っていないけれど劇場のそばまで行きたい人、嫌なことがあった日には帝劇のまわりを一周する人、等々“すごいファン”の噂がありますよね(笑)。色々な形で演劇や劇場が人の心を支えているというのは、取材を通し、また自分もファンになって感じました。愛し方は自由で、それぞれが心の欠けている部分や弱い部分を、帝劇と関わることで、なんとか形を整えている。その姿がすでにもう物語だなと思います。
『ジャージー・ボーイズ』『レ・ミゼラブル』……恋に落ちるのに理由はない
――小川先生ご自身のことをお伺いします。岡山ご出身で、現在は関西ご在住と伺っています。関西圏育ちの小川先生にとって帝国劇場とはどんなイメージなのでしょうか。
子どもの頃の演劇体験は、学校に年に一度やってきて体育館で観るようなお芝居くらい。大学の4年間は東京ですが、その時はまだ演劇に興味を持っていませんでした。ですので、帝国劇場という存在は知っていましたが、全く縁がありませんでした。ミュージカルを見始める以前の私には、帝劇は「団体の人が、バスで観に行くところ」という印象でした。
――ミュージカルに開眼したきっかけは『ジャージー・ボーイズ』だったとか。
そうなんです。それ以前も劇場に足を運ぶことはあったんですよ。作家としてデビューした時に、私があまりに物を知らないことを編集者が心配したのか「もうちょっと色々なものを観た方がいい」と、来日ミュージカルやオペラ、劇団四季などに連れ出してくれました。でも子育てに忙しい時期で、ちょっと心の余裕がなかったんです。それが、子どもが家を出たとたん「何かを育てたい、応援したい!」という欲求が出てきて(笑)。そんなところに突然現れたのが、福井晶一さんでした。
――『ジャージー・ボーイズ』で福井さんはニックを演じておられました。目に飛び込んできた? それとも耳に?
最初は声に惹かれたかな。……でもまあ、恋に落ちるのに理由はないじゃないですか(笑)。もともとは平松洋子さんが「『ジャージー・ボーイズ』面白いよ」と教えてくださったんです。それで、一度行ってみようかなと思ってシアタークリエに行きました。普段はそんなことはしないのですが、観終わったあとに主人に「すごく良いミュージカルだった!」と電話したくらいです。あの時TEAM REDで吉原光夫さんを見たか、TEAM WHITEで福井さんを見たかによって、私の人生は大きく変わっていたと思います(笑)。
――もともとザ・フォー・シーズンズがお好きだった、というような理由もなく?
まったくありません。クリント・イーストウッド監督の映画は観ていて、それも良いなとは思っていましたが、シアタークリエで観た時は作品の良さを飛び越え「ミュージカルって、いいじゃない!」と一気にミュージカルファンになってしまった気持ちでした。でもどこから手をつけていいのかわからなかったので、その後は『キンキーブーツ』など有名なところから観ていきましたね。
――どっぷりハマったのが『レ・ミゼラブル』だそうですね。
『レ・ミゼラブル』の福井さんバルジャンを観た時に、人の声や肉体が発するものは言葉を超えるなと感じました。作家がいくら言葉で丁寧に描写しても、それを一瞬の響きで飛び越してしまうことが羨ましかった。言葉を生み出す前の人間はきっと、こうやって歌ったり踊ったりして共感し合っていたんだなということを、舞台を通して実感できました。だからこそ、やっぱり作家は言葉にしかできないことをやっていかなければいけないんだなとも思わされました。(関連エッセイを『レ・ミゼラブル』公式サイトにてお読みいただけます(ページ下部関連記事を参照ください)/東宝『レ・ミゼラブル』REVIEW 特別転載「からだの美」ミュージカル俳優の声 小川洋子=https://www.tohostage.com/lesmiserables/review.html)
――『レ・ミゼラブル』の最終公演を松本で観た……という記事を拝見し「小川先生、それは追っかけですよ!」と思いました(笑)。
やっぱり舞台は、いつかは終わりが来ます。もしかしたらこれが生涯最後の福井さんの『レミゼ』かもしれない、松本くらいいくらでも行きますという気持ちで行ったんです。そうしたら福井さんがコロナに罹り、出演されなかったんです!
――2021年公演ですね。コロナ禍ど真ん中でしたから……。
そうなんですよ……。それも含め、私の観劇の歴史の1ページだなと思います。誰を責めることもできませんし、福井さんの無事を祈りつつ、福井さんの心配をすることで私の傷を癒しました。
――もしかしたらその時のご経験が、薬剤師さん(「一枚の未来を手にする」に登場する人物。とある事情で、観劇予定だった公演に行けなくなってしまう)の心境に繋がるのでしょうか。私はあのお話を読んで「そこまで割り切れない!」と思ってしまったんです(笑)。
私も割り切るまでは時間を要しました(笑)。公演はちゃんと観ましたよ。バルジャンは佐藤隆紀さんが代わりに演じられていて、佐藤さんもとても素敵でした。
――『レ・ミゼラブル』は累計何回くらいご覧になっているのですか?
トータルで4・50回でしょうか。福井さんが出ていらした時は、ワンシーズン10回くらい行っていましたし、そうやって観ていくと今度はやはりほかの方も観たくなるんです。それに今期は、どうしても中桐聖弥さんのマリウスが観たかったんです。
――それはなぜですか?
取材に伺った時、演出家から1対1で指導を受け、必死な顔でお稽古していたんです。その姿を見ていましたので、これは応援しないと、と(笑)。お稽古はエポニーヌが亡くなるシーンだったのですが、確かにあそこは難しい場面ですよね。その時に演出家が言われていた「胸を開かないと、何も入ってこない」という言葉は、小説の中で使わせてもらっています。
――作品名は明記されていませんが『エリザベート』のルドルフ皇太子のお稽古シーンですね(「内緒の少年」に出てくるエピソード)。その後実際、中桐さんはルドルフを演じているので……小川先生の慧眼ですね!
小説を書いた時は彼がルドルフになるなんて存じ上げなかったんですよ(笑)。『エリザベート』も当然、中桐ルドルフで観に行きました。
――でも芝居の演出のダメ出し、ノートというものは、素人にはわかりづらかったりします。小川さんが森公美子さんとの対談で、『レミゼ』のお稽古では演出家が囚人たちの第一声を「地面に埋め込むように」と指示をされていた……と話していらっしゃいましたが、その表現もわかるようでわからないと言うか。
ある意味、詩的な表現ですよね。逆に言えば、ミュージカルではそういうところまで……囚人の過酷な環境や絶望を、たった一言、一音で伝えることができる可能性があるということ。これは、文章で説明するのは不可能です。作家が頭の中で言葉をこねくり回し、なんとかそこに近づこうとして、それでもできないことを、俳優は肉体を使って表現している。
――俳優という職業は、古代においては神事に携わる神聖な存在だったというような説も納得ですね。
確かに、舞台に上がっている人たちはみんな、この世の人ではないといいますか、異界の人ですよね。だからこちらからいくら呼びかけても話はできない。観客と演者の間には見えない壁があり、観客はそこからは踏み込めない。でも、異界なんだけど断絶はしていない感じもします。いつかは私たちもそちら側にいく世界なんだけど、今は行きたくても行けない……。
――さすが、素敵な表現です。ところで、差支えなければ最近面白かった、気になった作品を教えてください。
シアタークリエで観た『ファンレター』は興味深かったです。よく日本で上演したな、と。あれは戦時中、日本人が韓国の作家たちに「母語を捨て、日本語を使え」と命じた時代の物語です。そういう話が韓国で作られるのは当然として、日本に持ってくることがすごい。ミュージカルにすればこういった内容のものでも国境を越えられるんだなということを教えてもらいました。また物を書く人間としては、浦井健治さんの演じるキム・ヘジンに自分を投影して観ました。突然母語を使ってはいけないと言われた作家は、生きる術を失うのと一緒です。考えさせられましたし、ミュージカルの可能性をまた広げてくれるような作品でしたね。
『劇場という名の星座』帝劇ファン的名シーンの数々
――『劇場という名の星座』は、ミュージカルファンとして共感してしまうところがたくさんあります。私は「長すぎた幕間」のエピソード、劇場で産気づいてそのまま病院に搬送された女性が「やはり2幕は見られなかった」というところがとてもツボです。2幕が見られると多少なりとも思ってたのかい、というところが面白くも、その気持ちもわからなくもない。小川先生、すごいところを突くなと思いました。
あそこに登場する俳優は山口祐一郎さんなのですが、山口祐一郎ファンならここまでの人がいてもおかしくないと思いまして(笑)。「長すぎた幕間」は、ちょうどいい演目を色々とさがしたんですよ。初演の時に生まれた子どもが、再演までの間にある程度大きくなっていて、初演の男性主役がものすごく素敵な人だったという作品を。『ローマの休日』はぴったりでした。時間的にも、祐一郎さんという存在も。
――名前は明記されていませんが、帝劇ファンなら山口さんだとすぐにピンとくると思います。逆に『エリザベート』のルドルフ皇太子役の俳優はどなただろう……と想像していたのですが。
先ほどの中桐さんのエピソード含め、ほかにも色々な方の姿が混ぜこぜになっています。ルドルフはたいてい若い新人の方がやられる役。「闇が広がる」は、私たちはいい歌だと気持ちよく聴いているだけですが、トートと一緒に歌うってこれはかなりの重荷だろうと思うんですよ。
――ここの、稽古ピアノさんがピアノを鳴らし続けていた……というのも素敵なお話です。
公演プログラムにお名前の載っている「稽古ピアノ」という方も気になっていたんです。オーケストラに入らず、稽古だけのピアニストがいるということが。これは、今はコンダクターもされている宇賀神典子さんにお話を伺ったのですが「稽古ではみんなが煮詰まっているから、ピアノはみんなを受け入れるように弾いてあげています。そして稽古場を去っていくともう私は何もできないから、後姿を見送るだけです」とおっしゃっていて、なんて素晴らしいお仕事なんだと思い、小説に登場していただきました。
――「を買うのは、未来を買うということ」という言葉も素敵です。(「一枚の未来を手にする」より)
それは私の言葉ではないんです。取材の中で池田篤郎常務がおっしゃって、私もいい言葉だなとマーカーを引きました(笑)。池田さんは常務というお立場から「だからこそ、いいものを作らなければ」という意味でおっしゃったのですが、買う側としてもやはり未来を買っているんですよね。その日、何が起こるかわからないのに、高いお金を出して切符を買う。ある意味危険も一緒に。そして、作品を送り出す側の方々は、その“買ってもらった未来”に報いるために、ギリギリまで、可能性がある限り努力しているのだ、ということを今回の取材を通してわかりました。
帝劇地下に収容されていた座席を見学する様子(2025年2月8日)
大千穐楽の公演終了後の1階下手舞台袖(2025年2月28日)
――ところで菊田一夫さんって、髪の毛が多かったのですか? 「髪の毛の多い少年」という表現が妙に心に残っています(笑)。(「内緒の少年」に登場する少年=菊田一夫がモデル ※小川さんと市村正親さんとの対談参照)
それは、松本白鸚さんにヒントをいただきました(笑)。白鸚さんは菊田一夫さんと直接接した貴重な俳優さんですから、こちらは貴重な証言を得ようと意気込んで「菊田さんはどういう方でしたか」とお聞きしたら、「毛深い人でした」と。
――面白いところを突かれる(笑)。
思わず吹き出しそうになりましたが、白鸚さんはいたって真面目で、笑わせようとおっしゃったようでもなかったんですよ。稽古場でお着換えされているところをたまたま見たら、胸毛がすごくて……というようなことを教えてくださいました。ですから、私も菊田少年の表現にそこはこだわって入れました。もちろん白鸚さんはそれだけでなく『ラ・マンチャの男』の貴重なお話をたくさんしてくださいましたが。
――でもディテールって大事ですね、まんまと読者としてその部分に食いついてしまいました。
そうなんですよね。「優しい人」「几帳面な人」という抽象的な言葉だとあまりイメージが湧かないのですが、「毛深い人」と言われると、輪郭がくっきりする。私も「髪の毛の多い、やせっぽっちの男の子」というイメージが鮮明に浮かびました。白鸚さんのおかげです。
閉館後、劇場引き渡し前の帝劇内部/地下1階エレベーター前(2025年4月2日)
閉館後、劇場引き渡し前の帝劇内部(2025年4月3日)
ロビーステンドグラスの一部が剝がされている(2025年4月3日)
――「背負い屋」という発想はどこから?(「長すぎた幕間」より)
あれは、電車が遅れるとか、ヒールのかかとが取れるとか、自分が「開演に間に合わないかも」という何かの危機に陥って、でもギリギリ間に合って客席に座った、という経験が何度かあったんです。あとから振り返ると、劇場の神様が助けてくれたのではないかと思いまして、それを具現化したものが背負い屋さんです。「この人をなんとか間に合わせてあげたい」という“はからい”みたいなものが、この世にはあるのかなと思っています。……もちろん、毎回そううまくいくわけではなく、間に合わなかったこともあるんですけどね(笑)。その時はきっと、間に合わない方が良かった何かをもたらしているのだと思います。これは観客サイドだけでなく作る側も当てはまるのでしょう。たとえば初日が開かなかったというようなことも、5年後10年後に振り返ってみたら「あの経験があったからこそ」とプラスにできるように、演劇に携わる皆さんはきっとしていくのだろうと思います。
――『劇場という名の星座』は、収録されている8篇、すべて最初に構成を考えてからお書きになったのですか? というのは、1篇1篇面白く読んだら、最後に全部が繋がる印象を受けたので……。
その回ごと、その場その場で書いていったのですが、劇場で働く皆さんのご協力を得た結果、最後は一つの星座になりました。私の技ではなく、偶然です。最後にパンフレットを持った女性が菊田少年に完成までの数年は瞬きを一度するかしないかの間だと話しますが(「劇場は待っている」より)、それも取材の中でお聞きした言葉です。幕内係の方が劇場のお稲荷さんは建替えの間は日枝神社に移している、というお話をされていて、そこで「神様にとっては、瞬きをする間じゃないですか」とおっしゃったんですよ。なるほど、そうだなと思いました。
――『劇場という名の星座』を読むと、見慣れた帝国劇場がこんなに美しく、こんなに多くの人の思いがこもったものなのか、と改めて思いました。そして小川先生の目を通した帝国劇場がとても幻想的で。本当に劇場は、生者と死者が溶け合う場所ですね。
そうですね。だから菊田一夫少年も、本当にいると思いますよ、帝国劇場の中に。
取材・文=平野祥恵 撮影(インタビュー)=福岡諒祠 取材時写真=東宝提供
特集「帝国劇場」特設ページはこちら
書籍情報
四六判/288ページ
ISBN:978-4-08-770038-1
◎白杖の父が遺した、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」のパンフレット。そこには新人案内係からの手紙が挟まれていた――「ホタルさんへの手紙」