帝国劇場を支えた人々《後編》~あなたにとって帝国劇場とは?【プロデューサー&幕内係編】

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舞台
2026.3.22
帝国劇場/舞台下手袖から上手袖を見た光景

帝国劇場/舞台下手袖から上手袖を見た光景

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帝国劇場規模の劇場になると、1作品に関わるスタッフの人数は150人とも200人とも言われる。なんとなく想像はすれど、実際はどんな仕事があるのか、観客からは見えない劇場スタッフの仕事。小川洋子さんの『劇場という名の星座』(2026年3月5日集英社より発売)は、そんな帝国劇場に関わる各セクションのスタッフの思いも丁寧に掬い取った小説だ。30名に及ぶ関係者を取材し丹念に練り上げられた作品には、リアリティとフィクション、そして少しのファンタジーが詰められ、二代目 帝国劇場の姿を立体的に浮かび上がらせる。

SPICEでは、小説刊行を記念して特集「帝国劇場」を連載中。二代目 帝国劇場にゆかりある人々の話を通じて、改めて帝国劇場とはどんな場所だったのか、どんな人々が集まり、何をつくり上げていたのか、その姿を記録していく。ぜひ小説と併せて楽しんでほしい。

今回は、前回に引き続き《誌上ロケ地巡り》を裏テーマに、小説に登場する場所やアイコンを巡りながら、小川さんが小説執筆にあたり取材した人たちを中心に、改めて帝国劇場スタッフの方々に迫る。第2弾は公演に直接携わるこのお二人にお話を伺った。

S.Yさん[元 帝国劇場幕内係]

地下1階楽屋廊下

地下1階楽屋廊下

――幕内係というものが、今一つどういうお仕事なのかわかりません。どんなお仕事ですか?

主に劇場設備の管理と、公演に関わる劇場スタッフの統括です。劇場スタッフは大きく分けると“小屋付き”のスタッフと、公演ごとに入ってくる“カンパニースタッフ”がいます。どのセクションが小屋付きかは劇場によりますが、帝国劇場は照明さん、音響さん、電飾さん、大道具さんが常駐。ほかに制作さん、衣裳さん、小道具さん、演出部さんなどはカンパニーごとに違ってきます。そのスタッフの間に立ち、円滑に回していく仕事です。

具体的には、例えば仕込みの段取りを組んだり、本火を使うなどの特殊な届け出が必要なものがあればその対応をし、劇場設備の耐荷重を考え公演スタッフさんに「これはできないので、やるためにはどうしましょうか」という話をしたり、あるいは盆やセリといった劇場設備のメンテをし、不具合があったら都度直す手配をしたりです。

――なるほど。小川洋子さんの小説『劇場という名の星座』では、着到板を書くのも幕内さんのお仕事だとありました。

はい、そうです。それは代々ずっと続いています。要は「楽屋の準備」です。キャストさんが舞台稽古に入り、千穐楽まですごすための準備をする。

5階楽屋

5階楽屋

5階大楽屋

5階大楽屋

――なるほど、「楽屋」が設備扱いなんですね。

はい。今月の公演はこの楽屋は2人で使うけど、来月の公演では3人部屋になりますと言ったら化粧前を1台増やしたりも。着到板で言えば、私ではなく別の者がやっていましたが、彼が先々代の副支配人から引き継いで書いていました。私も以前はスタッフ分の着到板を書いたりはしていたのですが、最後の方は一人に集約していました。それなりに上手い人が書いた方がいいだろうというのと、あれが足りない、これが足りないとなった時に、複数人でやるとわからなくなっちゃうので。なんだかんだで着到板は月に100枚くらい用意しないといけないんですよ。昔使ったものを倉庫から出し、足りないお名前をチェックして新たに書いて、とやるので。

――着到板って一人1枚なんですか?

いえ、『レ・ミゼラブル』などだと、昼公演用と夜公演用のふたつの着板を掲出していましたので、2枚、3枚ある人もいました。

 2025年3月28日(金)~4月27日(日)銀座三越 新館7階 催物会場にて開催された『帝国劇場展~THE WORLD OF IMPERIAL THEATRE~』では、キャスト着到板の実物が展示されていた。(撮影:ヨコウチ会長)

2025年3月28日(金)~4月27日(日)銀座三越 新館7階 催物会場にて開催された『帝国劇場展~THE WORLD OF IMPERIAL THEATRE~』では、キャスト着到板の実物が展示されていた。(撮影:ヨコウチ会長)

――ほかに「こんなこともやっています」というものを教えてください。

何でもやっていました……。客席の椅子を直したり、客席に舞った紙吹雪を掃除するのも。客席に紙吹雪が舞う作品では終演間際になると、お客様に隠れてスタンバイし、お客様がはけた瞬間からブロワーで吹いて掃除機で吸うんです。これは幕内主導で、劇場の案内さん、サービスさん、演出部さんたちに手伝ってもらってやっていました。

――Yさんご自身のことも伺わせてください。帝劇には長いのですか?

1994年からです。もともと観るのが好きで、裏の作業のバイトに入ったり、演劇系のサークルに入ったりしていました。それがそのまま仕事になりました。最初は東宝舞台というところで大道具をやっていて、舞台転換したり、舞台機構の操作盤を担当したりを13・4年やったところで、ある日突然、上司に「幕内に行かないかという話があるんだけど」と言われて。それが2007年頃かな。

――東宝舞台は東宝の子会社ですね。そういう話はよくあるのですか?

照明さんや音響さんといった専門的知識を持った方が幕内になるパターンが多かったのですが、大道具からはなかなかなかった。自分としても、なぜそんな話が来るのかわからなかったですし、大道具の現場から離れるのは、正直なところちょっと嫌でした。幕内は舞台から一歩離れる立場になります。もともと「本番に一番近い」というところが大道具の仕事の魅力だと思ってやっていたので。ただ、帝劇の幕内はほかの会館さんとは少し違い、幕内も本番中に危険そうな場所(セリなど)に行って安全を保全するという役割があったので、そのあたりは楽しいところでした。

ピンスポット投光室/作品には、照明助手がキーとなるエピソードも

ピンスポット投光室/作品には、照明助手がキーとなるエピソードも

――作品によって様々な思い出があるとは思いますが、Yさんが印象に残っている作品は。

大規模な演出のある作品は大変でした。転換の数、転換の速さ、セットの物量が普段の公演に比べてダントツに多くなるので、作業量が段違いに多い。その分、仕込みの日数も多く取っているのですが、それでも大変でしたね。危険な演出がある公演では幕内も本番中舞台に駆り出されていました。転換時も舞台機構を動かしながら人が走り回って作業していたため、「セリに人が落ちないように」など気を付けることが多かったんです。

――客席上空のフライングもあったりする場合は、特殊な設備が必要になりますよね。そういうのは大道具さんのご担当?

本番の操作はフライング専門のスタッフが行いますが、機材設置のための設備は東宝舞台の技術部が担当になります。あまり知られていない話で言うと、客席フライングでは、帝劇内ではなく、お隣の出光さんの方にワイヤーを設置する吊り点があり、出光さんの敷地内に入らないと作業できないところがあるんです(帝劇ビルは隣の国際ビルヂングとの共同ビルで、建物は同じだが別敷地。出光興産は2020年までここに本社を置いていた)。そういう時は、出光さんにご迷惑をおかけしないよう出光さんの営業時間が終わった後、我々幕内が技術部と一緒に行き、夜のうちに作業をしたりもしていました。

――そんなご苦労が! ほかに、結果的にはクリアしたけれどこれは大変だったというようなことは。

吊り物の重量がある、とある公演は苦労しましたね。公演カンパニー側からのオーダーと、劇場のスペックがあまりにかけ離れていて、吊り物の設備ごと入れ替えないと公演が成立しないくらいで。それは2年くらい前からどこまで吊って大丈夫か、どこを直さなきゃいけないのかと調査・調整しました。使わないボーダー(照明を設置する吊り物)は全部外し、劇場のちょうど真上にある9階稽古場にある資材も全部カラにして、少しでも天井の荷重を軽くして、なんとか公演にこぎつけました。

――『ミス・サイゴン』の初演時もヘリコプターを入れるのに苦労したというお話を聞きました。

『サイゴン』の時もボーダーをすべて撤去し、バトンの寸法を少しでも短くして……ということをやっていたらしいですが、最近の別作品ではそれを上回りました。当時の『サイゴン』の資料を見て、必要な機材の重量を計算し「もう少し削らないと無理だね」とやっていましたので。

舞台上部のすのこ

舞台上部のすのこ

『ミス・サイゴン』 (写真提供:東宝演劇部)

『ミス・サイゴン』 (写真提供:東宝演劇部)

――興味深いお話をありがとうございました。Yさんが帝劇の中で好きだった場所はどこですか。

好きだった場所はやっぱり舞台です。お客様にとっては観る場所で、キャストさんにとっては演じる場所。みんながその舞台に、集中している。舞台上が一番楽しい。客席側を見ると見栄えもよく、立派な劇場だなと思うのですが、くるっと振り返ると袖中の床が傷んでいたり「あの時に凹んだ傷だ」というものがあったりして。見ていて面白いし、最も「帝劇だ」と感じる場所でした。

――よく俳優さんが「帝劇には神様がいる」とおっしゃいますが、お仕事をしていて神様がいるな、と感じたことはありますか。

存在自体を感じたことはないのですが、毎朝、神棚の水を替え、お榊を替えるのも幕内の仕事でした。毎朝手を合わせ、公演の無事を祈っていました。なので、公演で何かトラブルがあったとしても「公演をつづけられるのは神様のおかげなのかな」と思ったりはしていましたね。

――帝劇ならではだな、と感じることは。

ほかの劇場に比べて常駐している人が多いんです。劇場によっては大道具さんがいなかったり、照明さんや音響さんも公演ごとで、機材管理をしている人しかいなかったりもします。カンパニーの方が年に数回、あるいは数年ぶりに来ても、だいたい同じ顔がいるというのは安心感があったのではないでしょうか。帝劇は楽屋係さんなど、本番の舞台には関わらない人も含めて何十人もの常駐スタッフがいますから。

――楽屋係やエレベーター係がいらっしゃるというのも帝劇の特徴だったかなと思います。何人いらっしゃるんですか?

楽屋係は最後は6・7人いて、ローテーションで本番に入るのが4・5人。エレベーター係も、楽屋係さんの1・2人が兼任しています。楽屋係さんは朝一番早く来て楽屋の掃除をして、本番が始まるとエレベーターの操作につき、本番が終わると楽屋の片付けをして帰ります。

奈落から舞台を見上げた光景

奈落から舞台を見上げた光景

――ちなみに「もともと観るのが好きだった」というYさんが、帝劇作品でお好きなものは?

実は、お客さんとして帝劇に行ったことは、一度しかないんです。仕事として日々関わっていると、そういう視点では観られなくて。

――差支えなければ、何の作品だったかお伺いしてもよろしいでしょうか。

中川晃教さんの『モーツァルト!』でした。アッキーの歌、あれはちょっと、ちゃんと聴きたいなと思ってを買いました。やっぱり舞台稽古やゲネプロで観るのとは違いましたね。お客様がみんなで集中して舞台を観ているというのは、いいものです。

――二代目帝劇最後の日は、もちろん立ち会われた?

はい。公演最終日もいましたし、おそらく僕は劇場の一番最後までいた人間です。公演が終わり、劇場の片付けをし、解体するために全ての備品を撤去し「もう何もないですよね」というのをゼネコンさんと一緒に確認して。「じゃあ、これで」となったのが、4月の上旬。やっぱりその時は「これで最後か……」としみじみとしました。舞台上も、すべての機構を外したんです。吊り物のバトンも、壁にかかったケーブルも、外せるものはすべて外した。本当に空っぽになった舞台上から見た光景は、やっぱりとても寂しかったです。

――最後に、あなたにとって帝国劇場とは?

人生の半分以上を注ぎ込んだ劇場です。単純に自分の人生だというものではなく……あって当たり前……、何て言うんでしょうね。共に生きてきた、自分を成長させてくれた場だし、学ばせてもらった場所。常にそばにあった存在です。

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