東日本大震災から15年『東北ライブハウス大作戦"LIFE"』が繋いだ想いと未来へメッセージ
『東北ライブハウス大作戦"LIFE"2026』 撮影=石井麻木
「東北ライブハウス大作戦"LIFE"2026」2026.3.10(TUE)・11(WED)横浜 ぴあアリーナMM
「大船渡に行け。宮古に行け。石巻に行け。能登に行け。ライブハウスに行け」
これは、『東北ライブハウス大作戦"LIFE"』初日、3月10日の公演を締め括る挨拶として西片明人(SPC peak performance代表/東北ライブハウス大作戦本部長)が発した言葉である。こうして文字にすると一見ぶっきらぼうだが、実際に"LIFE"の場に居合わせた人々にとっては「繋いでくれ」という切実な願いに聞こえたのではないかと思う。2011年3月11日の東日本大震災を受けて宮古・大船渡・石巻にライブハウスを作ろうと発起した西片にとっての本願は、音楽が鳴る場所を通じて人が交感するための場所作りであり、未曾有の災害を乗り越えていくための新たなユニティを生み出すことだった。つまり音楽の力というよりも音楽の元に集う人間の力を信じて繋がれてきたのが「東北ライブハウス大作戦」であり、時代を超えて残り続ける「居場所」を作ることでそれぞれの未来を見据えようというメッセージでもあったはずだ。
撮影=三吉ツカサ
東日本大震災の直後から支援物資を募って被災地に向かったBRAHMAN、その支援活動に帯同していた西片にTOSHI-LOWが「あんたにしかできないことがあるだろう」と言い放ったことから動き出したという「東北ライブハウス大作戦」。さらに震災直後から単独で被災地に赴いていた細美武士が東北を回る中で「東北ライブハウス大作戦」に参加し、TOSHI-LOWとの弾き語りプロジェクト・the LOW-ATUSの活動、そして「東北でライブができるバンドを」という想いからMONOEYESが結成された。ライブハウスという場所を通じて繋がったり交わったりしたのは被災地の人だけではなく、バンド自身もそうだった。「東北ライブハウス大作戦」とは別に「NBC作戦」をはじめとした被災地支援を続けてきたSLANGのKOなども含め、自分の場所は自分で守るという行動原理を貫いてきたロックバンド達だからこそ、その場所を共有できる仲間との絆を拡げ、その絆を被災地の人々と共有し続けてきた歴史もまた「東北ライブハウス大作戦」の強固な基盤となっているはずだ。実際、このイベントは令和6年の能登半島地震で被災した七尾市で活動する民間災害ボランティアセンター「おらっちゃ七尾」とも手を取り合い、東北のライブハウスだけではなく能登に向けた支援・募金も展開された。
BRAHMAN with 細美武士 撮影=三吉ツカサ
しかし『東北ライブハウス大作戦"LIFE"』の公式YouTube(www.youtube.com/@livehouse-daisakusen)でも言及されていた通り、東日本大震災から15年が経った今、宮古・KLUB COUNTER ACTION MIYAKO、大船渡・KESEN ROCK FREAKS、石巻・BLUE RESISTANCEそれぞれの運営がタフな状況になっているという。その状況を受けて細美武士(ELLEGARDEN/MONOEYES)が発起人として興したのが"LIFE"であり、時代と世代を繋ぐ心の復興のシンボルであり続けてきた「東北ライブハウス大作戦」だからこそ、本イベントはこのプロジェクトの意義を改めて提示しながら存続を願うファンドレイジングとして実施された。
前もって全バンドがノーギャラでの出演であることがYouTubeで公言され、なおかつ出演者だけでなく宮古の店長・太田昭彦、大船渡の店長・千葉裕昭、石巻の店長・黒澤英明を招いてそれぞれのライブハウスの成り立ちと現状を丁寧に伝えることからキックオフした本イベントは、「東北ライブハウス大作戦」の現状のみならず、コロナ禍を経てさらにシビアな状況と対峙するようになったライブハウス文化そのものを伝える貴重な場にもなっていった。
細美武士 撮影=石井麻木
その上で、細美は「バンドマン達が大事にしてきた価値観ーー数字には見えないけど、直近のこいつの心をケアすることがどれだけ大事なのかっていうことをひたすら大きな声で言っていく。そういうことを言っているがゆえに社会に馴染めない人間が呼吸を整えられるのが、ライブハウスの芯の部分だったと思う。そういう人としての「金じゃねえだろ」という部分さえ残していければいいんじゃないかなって思ってるんですよね」という言葉でライブハウスの意義を表していたが、それはこの「東北ライブハウス大作戦」にも通底している精神性だ。大きな資本を入れず、「東北ライブハウス大作戦」と刻印されたラバーバンドを販売して資金としてきたこと。この"LIFE"の会場でも実施された「木札作戦」により、このプロジェクトに賛同する一人ひとりの想いをスポンサーにしてきたこと。そうしてあくまで人の繋がりだけでライブハウスを東北に作ったのが「東北ライブハウス大作戦」である。だからこそ「復興のため」を超えたところでも人と世代が繋がり続いていく場所であって欲しいという願いが宿り続けてきたのだろうし、へたり込んだ隣人に肩を貸す生き方を体現する場所としてのライブハウスを希求する細美武士が旗を振ったのだろう。本イベントが"LIFE"と名づけられたのも、「ライブハウスを続けていくこと」は「東北ライブハウス大作戦」に留まらず、生き方そのものの話だからなのだと思う。
BRAHMAN 撮影=石井麻木
「石巻は元々、レゲエとロカビリーの街で。他のジャンルのバンドはなかなか育たなかったんですよ。なので若い子は石巻を出ていくか、音楽を辞めてしまうことが多かったんです。そういう街にライブハウスができて、音楽を続けるための土壌作りはできたんじゃないかなと思っていて。……ただ、ライブハウスができて3年、4年は日本中からいろんなバンドに来ていただけたんですけど、コロナ禍を経たこの数年は一気にブッキングが減ってきて。「東北ライブハウス大作戦」の箱として認知されて、それによっていろんなバンドが回ってきてくれていた3、4年だったとしたら、今はひとつのライブハウスとしての現実を見ている状況。それでも、"LIFE"に出演していたバンド達はBLUE RESISTANCEに来てくれるし、僕も今の状況を変えていきたいと思ってます」
(黒澤英明/石巻BLUE RESISTANCE)
3月10日に出演したのはELLEGARDEN、10-FEET、マキシマム ザ ホルモン。3月11日に出演したのはBRAHMAN、MAN WITH A MISSION、SUPER BEAVER。1日目は『Reunion TOUR』の再来とも言える盟友3バンドの共演であり、それぞれが東日本大震災の被災地に対して支援活動を行なってきた上での出演。2日目も、「東北ライブハウス大作戦」の始まりから旗を振ってきたBRAHMANと、トーキョータナカが主宰する「#サポウィズ」や「CONNECT」などを通じて全国の被災地をサポートしてきたMAN WITH A MISSIONが出演。今回はそこにSUPER BEAVERも名を連ねたわけだが、渋谷龍太自身が語っていた通り、SUPER BEAVERは東日本大震災の当時、人間としても音楽家としてもアクションを起こせないことに歯がゆい気持ちを抱えていたという。
SUPER BEAVER 撮影=石井麻木
しかし、東日本大震災から15年が経った今、「あの時は何もできなかった」と語る世代のバンドの出演そのものが大きな意味合いを持っていた。「東北ライブハウス大作戦」、それぞれのバンドのアクション、持ちうるものを使って隣人に手を貸す生き方。そのすべてがあまりに巨大な慈愛から生まれたものであったがゆえ、それを外から見るしかなかった人々は少なからず無力感を抱えることもあっただろう。動けと言われても、今は動けない。動きたいと思っても、自分の生活で精一杯。他ならぬ筆者自身がそういう人間だったのだが、「東北ライブハウス大作戦」を牽引するバンド達への敬愛があるにもかかわらず自分自身は何もできなかった過去を負い目に感じている人間の気持ちを受け止め、新たにアクションを起こすキッカケをSUPER BEAVERが体現していたように思う。震災が起きた直後に作られ、しかし当時はリリースできなかったという「それでも世界が目を覚ますのなら」を1曲目に鳴らしたことは、SUPER BEAVER自身が過去の歯がゆさを超えていくための覚悟のように映った。
BRAHMAN with 渋谷龍太 撮影=石井麻木
BRAHMANのライブで「満月の夕」をTOSHI-LOW、細美武士、トーキョータナカ、渋谷龍太の全員で歌い上げた際、TOSHI-LOWが渋谷龍太に対して「新しい血を入れてくれてありがとう」と伝えていたのもそういうことだろう。遅過ぎることなんてない。今動くことも誰かのためになり、繋がれていく。"LIFE"からはそんなメッセージも感じられ、それこそがあらゆる世代を受け入れる広い間口となっていた。
BRAHMAN with 細美武士、トーキョータナカ、渋谷龍太 撮影=石井麻木
「そもそも大船渡はライブハウスがない街だったから、居酒屋に機材を持ち込んでバンドを呼ぶような感じだったのね。で、自分達で音楽イベントを作ってみようよっていう話でKESEN ROCK FESTIVALが生まれて、その繋がりから大船渡にFREAKSを作ることになるんだけど…‥実際のところ、先輩(西片)から話をもらった時はライブハウスなんて言ってる場合ではなくて。俺は仮設住宅を作っていたし、今必要なのはライブハウスじゃないでしょっていう感じだった。そんな中で俺の仲間が始めることになったわけだけど、みんな仕事の合間を縫って運営していかなくちゃいけなくて、結局は人が離れていっちゃったんですね。
そういう状況を見た細美武士からは「大船渡にはライブハウス必要ないんじゃないの?」って言われたこともあるし。だけど俺は「ライブハウスをやりたい」というよりも「ライブハウスが必要だ」と思ったから、俺にできることはやらせて欲しいと伝えて。資金繰りもできるし図面も引けるから、できることはやりたいと思った。それがライブハウスに関わるようになった最初だったんだけれども、今日も人の気持ちと人の繋がりをまざまざと見せつけられましたね。「東北ライブハウス大作戦」は、どこまでいっても人だよなって。改めて思います」
(千葉裕昭/KESEN ROCK FREAKS)
「最後に俺が「ライブハウスに行け」と言ったのは、自分の家の近くのライブハウスでもいいから、それぞれの行動で場所を繋いでいくことが大事だっていう意味なんだよね。お目当てのバンドを観るためだけに東北に行くだけでもいいんだ。被災地に実質的な支援ができなかったとか、自分には何もできないとか、そういう負い目を感じる必要なんてないし、行動できるようになった時に「自分は成長したな」って感じられたらそれでいい。「東北ライブハウス大作戦」や今回のイベントを通じて、そういうことが伝わったらいいなと思うんだよね。
たとえば高校生が自分の貯金箱を持ってきて「これを資金にしてくれ」と言ってきても、俺は受け取らないの。それよりも、その貯金箱の中身を遠征資金にして、好きなバンドが東北のライブハウスに出る時に観に行ったほうがいいと思うから。今は現地のライブハウス自体が自立して活動しているわけだし、「東北ライブハウス大作戦」から生まれたライブハウスなのは間違いないけど、一つひとつのライブハウスがその括りを打ち破ってくれたらいいと思っていて。逆に言えば、それぞれが「何のために続けていくのか」っていうことを問われているとも言えるんだけどさ。そもそもは幡ヶ谷再生大学の活動に感化されて「俺には何ができるのか」と考えたところからライブハウスを建てようと動き出したわけだけど、震災でめちゃくちゃになった場所にゼロからライブハウスを建てるんだから、当然、イチから意味を生んでいくしかなかったんだよ。でもこのイベントに来てくれたお客さん達を見て、「この15年で、見張っていてくれる仲間がたくさんできたんだな」って感じられた。それがよかったと思う。
……まあ、俺自身はこんなイベントをやろうとも思っていなかった人間だけど、それを察知してくれていたのが細美武士だったんだろうね。彼のおかげで、悲壮感漂うものじゃなくて、純粋にワクワクできる日になったというか。この先に何も見えないけど、光だけは見えているような。そんなイベントになったことが嬉しい」
(西片明人/SPC peak performance代表/東北ライブハウス大作戦本部長)
10-FEET 撮影=石井麻木
10-FEETは、津波から避難する最中、足の不自由な女性の手を引いていた妻に対して(自分の命を守るために)「ばっぱの手ぇ離せ!」と叫んだ大谷慶一さんの壮絶な体験談をMCで引用。忘れたほうがいいこと、忘れられないこと、忘れてはいけないことを抱えながら生きていく人間の姿、あるいはサバイバーズギルトに苛まれながらも必死に生きていく人間の姿を改めて刻みつけることで、今この瞬間に守りたいものとは何なのかに向き合うライブだった。マキシマム ザ ホルモンは「忘れたくないこともあるし、思い出したくないこともあるかもしれない。それでもこうやって思い切り楽しめている。こうやっていろんな感情をぶつけて遊べる場所、私達の聖地を、東北にも作ってくれてありがとうございます! 今日は、いろんな気持ちをぶつけて行こうぜ!」(ナヲ)という言葉を発し、「東北ライブハウス大作戦」への感謝を伝えると共に、ライブの楽しさ一点で様々な場所が繋がっていくことに対するロマンを伝えた。
マキシマム ザ ホルモン 撮影=浜野カズシ
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDENは、「興奮が冷めやらない。もっと丁寧に演奏したいのに丁寧に演奏できない。……今日は特別っちゃ特別なんだけど、俺達バンドマンは、音楽でどうにかできなければ、きっとろくでもない事になってたような連中ばっかりで。だから東北に想いを寄せたり、みなさんから頂いたお金を能登に渡したりしても善人にはなれない。明日からもずっとバカでい続けるから大丈夫。お前らも、明日から急にいいことをやろうなんて考えるなよ。「東北ライブハウス大作戦」からお前らにお願いするのはただ1個だけ。いつも、どんな時も、できる限り自分らしくいてくれよな」「俺達はどうせ頭がよくねえんだから、世界を変えようとか何が正しいとか、そんなことじゃなくて。いくら大人になろうが、いくら貯金に余裕ができようが、カミさんが作ってくれた明太子のおにぎりがこの世で一番美味いことが幸せだと思えるーーそれが俺らの強みだと思ってやっていこうぜ」という言葉を観客に預け、空間を貫くような歌声で一気に駆け抜けていった。
MAN WITH A MISSION with TOSHI-LOW 撮影=石井麻木
MAN WITH A MISSIONは「いろいろな思いを引っ提げて今日ここに集まってくれて本当にありがとうございます。その想いを紡いで、繋いで。俺達とあの人達の、遊ぶ場所と帰るべき場所に力を貸してくださって、心より感謝しております。帰るべき場所がいつまでもそこにありますように」という口上から「TAKE ME HOME」をプレイし、"LIFE"に集った一人ひとりの願いによってライブハウスという居場所が紡がれてきたことを改めて伝える。さらには「アカツキ」をTOSHI-LOWと共に歌い上げ、出会いと別れのすべてを抱えたまま生きていく人間の姿を温かく描き出した。
BRAHMAN 撮影=三吉ツカサ
そして、2日目のトリを飾ったBRAHMAN。「今の俺が15年前の3月11日に戻れるなら、自分に何を言うだろう。「お前は次の日からワケもわからず被災地に行って、大変な目に遭うよ」。「仲間だった人達とも喧嘩して、裏切られて。支援物資を持っていけば偽善だって言われる。チャリティ、ボランティアは売名。批判、バッシング。そんなものが次から次へと来るよ」。……それでも15年前の俺に今日の俺が声をかけるなら、「行け。そのまま東北に行け。なぜなら、15年後にたくさんの仲間が待っているこの風景がやってくるから。それまでの逆境も逆風も大したことねえ。こう言ってやれよ、“順風満帆”」」――そんな言葉で自分達の15年を肯定し、動き続けたからこそ出会えた仲間達の存在を天高く打ち上げるような歌を響かせた。
BRAHMAN with 細美武士 撮影=石井麻木
BRAHMAN 撮影=石井麻木
6者6様、しかし誰にも通じていたのは、この場だけが特別なのではなく、明日からも笑って生きていくために何をすべきかを一人ひとりに問う姿勢だった。お前も動け、といった態度ではなく、心のままに踏み出せば人と出会えるんだということ。大義名分や正義のメッセージなど必要なく、素直に人と笑い合って生きていくために何をすべきかということ。「東北ライブハウス大作戦」の歩みを共有しながら未来を見据えるイベントとして、集った人々の背中を押すライブの数々が連打されていった。まさに"LIFE"というタイトルの通り。我々が愛する音楽、ライブハウス、そして音楽を通じて出会った愛すべき仲間の人生に想いを寄せるための時間だった――。
『東北ライブハウス大作戦"LIFE"2026』2026.3.10 撮影=石井麻木
『東北ライブハウス大作戦"LIFE"2026』2026.3.11 撮影=石井麻木
「全国のライブハウスからしてみれば、「あの街のライブハウスだから」っていうことで優遇されてきたのは事実だと思うんですよ。その部分に関しては何だか申し訳ない気持ちはあるんですが、この"LIFE"に出演しているような有名なバンドが回ってきてくれるし、それを観るために来てくれる人が増えてきたことは、ライブハウスを作ったことの何よりの意義なんですよね。
宮古は交通の便がそんなによくない街だけど、それでもライブハウスができたことで人が集まるようになった。人が集まるようになったことで、宮古出身のバンドが出てきたり、震災の年に生まれた中学2年生の中村旭が頑張っていたり。ちゃんと「繋ぐ」というテーマが実現できてきている実感もあって。その子達がさらに人と繋がって、また新しいアーティストが生まれてきたらいいですよね。そのためにも、場所を繋ぎ続けていくこと。それが大事だと思っています」
(太田昭彦/KLUB COUNTER ACTION MIYAKO)
取材・文=矢島大地
写真提供=東北ライブハウス大作戦"LIFE"実行委員会(撮影:石井麻木、三吉ツカサ)
10-FEET 撮影=石井麻木
10-FEET 撮影=石井麻木
10-FEET 撮影=三吉ツカサ
10-FEET 撮影=石井麻木
10-FEET 撮影=三吉ツカサ
マキシマム ザ ホルモン 撮影=浜野カズシ
マキシマム ザ ホルモン 撮影=浜野カズシ
マキシマム ザ ホルモン 撮影=浜野カズシ
マキシマム ザ ホルモン 撮影=浜野カズシ
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
ELLEGARDEN 撮影=石井麻木
SUPER BEAVER 撮影=石井麻木
SUPER BEAVER 撮影=三吉ツカサ
SUPER BEAVER 撮影=三吉ツカサ
SUPER BEAVER 撮影=石井麻木
SUPER BEAVER 撮影=三吉ツカサ
MAN WITH A MISSION 撮影=石井麻木
MAN WITH A MISSION 撮影=石井麻木
MAN WITH A MISSION 撮影=石井麻木
MAN WITH A MISSION 撮影=石井麻木
MAN WITH A MISSION 撮影=石井麻木
MAN WITH A MISSION 撮影=石井麻木
BRAHMAN 撮影=石井麻木
BRAHMAN 撮影=石井麻木
BRAHMAN 撮影=石井麻木
BRAHMAN 撮影=三吉ツカサ
BRAHMAN 撮影=石井麻木
BRAHMAN with 細美武士、トーキョータナカ、渋谷龍太 撮影=石井麻木
BRAHMAN with 細美武士、トーキョータナカ、渋谷龍太 撮影=石井麻木
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