初代タイガーマスク 佐山サトルが思いを吐露! 4/28後楽園ホール『初代タイガーマスク45周年記念特別イベント』直前インタビュー

インタビュー
スポーツ
2026.4.23
4月28日(火)に東京・後楽園ホールで行われる『初代タイガーマスク45周年記念特別イベント』を前にインタビューに応じた初代タイガーマスク 佐山サトル

4月28日(火)に東京・後楽園ホールで行われる『初代タイガーマスク45周年記念特別イベント』を前にインタビューに応じた初代タイガーマスク 佐山サトル

画像を全て表示(11件)

『初代タイガーマスク ストロングスタイルプロレス THE FIRST TIGER MASK 45th Anniversary 初代タイガーマスク45周年記念特別イベント』が4月28日(火)、東京・後楽園ホールで行われる。

大会を前に、初代タイガーマスク 佐山サトルがインタビューに応じ、思いの丈を熱い言葉にした。

タイガーマスクを信じてずっとファンでいてくれた。だからプロレス格闘技、そして武道を全速力で、全力で創っていきたい!

――初代タイガーマスク45周年、佐山サトルデビュー50周年のメモリアルイヤーを迎えました。半世紀に及ぶ闘いの日々、感覚的としてあっという間だったか、長く濃い時間だったのでしょうか?

初代タイガー どうだろうな、長い濃い45年だったかもしれませんね。その間にいろんな人が関わってくれて、自分を育ててくれた。もちろんファンの皆さんのおかげが一番大きいです。ここまでずっとファンを続けてくれるというのはすごいこと、それはホントに感謝したいです。

――どんな時もファンが支えてくれました。

初代タイガー 自分が新たな道に進もうとする時も、タイガーマスクを信じてずっとファンでいてくれた。だからこそプロレス格闘技、そして武道、これからの残された時間、全速力で、全力で創っていきたいと思います。(団体旗揚げからの)この21年間、あるいは45年間、何を動いていたのかを成果にできるように、だんだんまとまってきているので。

――具現化していきたいと。

初代タイガー プロレスに関しても、新しい道場ができるので基本に沿ったプロレスラーを。自分を育ててくれた新日本プロレスの土壌がありますから、その土壌のなかで選手を育てていきたいし、現代のようにいい試合をしてもらいたい。いい時代がくるように、その両方を備えた特別な選手たちを育てていきたいと思います。

総合のほうも、僕が思った技術と違うところがあるので、そこらもまとめていきたいですね。例えばタックルにしても、入り方、あるいはタイミングによってぜんぜん変わってくる。そういうことも教えていきたいし、もっとレスリングの強い選手を育てたいですね。

並外れた身体能力を誇った初代タイガーマスク (C)FTMO

並外れた身体能力を誇った初代タイガーマスク (C)FTMO

――45年という長い月日が経ってなお、佐山さんのなかには“これから”への意欲が溢れているんですね。

初代タイガー そのために費やしてきた時間ですから。研究が花開く時期でもある。神田明神さんでやらせてもらってる発表というか、研究になってしまうんですけど、こうじゃない、ああじゃないというところを繰り返して、いいのができそうな感じがしています。

――研究の成果が実りそうだと。

初代タイガー 日本の歴史を何のためにやっているかというと、日本人を知りたいため。世界の歴史をなんでやっているかというと、世界を知りたいため。人間形成をする際、どういうところに日本人の特性を生かし、落としこめばいいのか。強い人間を作るために大脳生理学とか心理学、脳波の問題、大脳科学などを使って。そういう研究をしているんです。

――もう少し詳しく言うと?

初代タイガー たとえば、どうやったら人間が怖がるのかとか。怖さがなくなる方法があるんです。立証されてるんです、アメリカで。これは有名な話で、1週間かけて、あるところの力を抜く練習なんですけど、僕らも実践していて。

――怖さがなくなるというのはどういう状態なんでしょうか?

初代タイガー ベータ波という日常生活の脳波がある。アルファ波、シータ波、デルタ波とかいろいろあるんだけど、下の状態に持っていくわけです。昔で言う山伏とか、マラソンの選手ならランナーズハイという状態、エンドロフィンが出て心地よい興奮状態に入る。日本って不思議な文化で、何でも“静か”なんです。

――静か?

初代タイガー 室町時代の枯山水や侘寂(わびさび)、松蔭作り、全部“静”なんです。それが日本独特の姿。礼法や礼儀作法もそう。西洋だと動的なものになるけど、静かな方向に行くのが日本の文化。尊敬したり、謙遜したり。そこのところを作り込むのが新しい武道の始まり。ただ、日本の文化をそのまま伝えようとしても現代社会には無理なところがあるので、それを(現代に)リンクさせて、どれだけ強い人間ができるのか。

日本人は、人はいい、ルールは守る、規律はしっかりしている。しかし、弱いところ、決断力のなさとかがありますよね。その弱さとはなんであるかを気づかせてあげないといけないですし。静の世界とはどういうものか。アルファ波、シータ波、ベータ波、ガンマ波がリンクした世界というのはどれだけ素晴らしいものかというのを、日本の土台にして、やっていきたいなと思いますね。

――武道や精神に対する興味・関心は若かりし日からあったんでしょうか?

初代タイガー ありましたね。修斗の時、(国技である)相撲みたいなものを創りたかったんです。語弊があるかもしれませんが、ルールなら誰でも作れる。それでは足りないな、というところが絶対的にあったので。

僕の生い立ちを振り返ると、幼少期、おばあちゃん子だったんです。そのおばあちゃんが相当保守的で、それを自分に教えてくれたんですね。侍の家系でもあったので、父親も礼儀作法や挨拶にとにかく厳しくする人だったんです。父は1年間、兵隊に連れていかれて、2年半抑留された満州帰りで、新間さんの親父さんと似てるんです。(そんな父は)中道の人だったので保守的な考えとか忘れちゃってたんですけど、山口県立水産高校という学校がすごい保守のところだったので。

僕らはスポーツばかりでしたが、そこで鍛えられましたね。日本人の弱さというのも、つくづく分かるわけです。みんな当たり前の世界だと思ってるかもしれないけど、昔の日本人は違うよとずっと思ってたし。ただ、昔の日本人を強制するつもりはないです。日本を大切にして、弱い世界じゃいけない。そういう世界を、そういう武道を、文化を作っていきたいと思ったんです。

インタビューで思いの丈を吐露する初代タイガーマスク

インタビューで思いの丈を吐露する初代タイガーマスク

一番惹かれたのは「プロレスに市民権を」という言葉

――当時、プロレス格闘技にあこがれを抱いたのも、強さへの思いが根底にあったんでしょうか?

初代タイガー あれは小学校ぐらいだったと思いますが、最初はミル・マスカルスから始まって、ドリー・ファンクJr、ビル・ロビンソン、もちろんアントニオ猪木が筆頭になりますけど、猪木イズム、一番惹かれたのは「プロレスに市民権を」という言葉でした。

――そんな猪木さん率いる新日本プロレスに入門し、76年6月にデビュー。実際にプロレスラーになったことで、プロレスに対する理想と現実を突きつけられたこともあったと思います。

初代タイガー 理想通りのこともあれば、理想通りにいかなかったこともある。両方ありました。それは一生言いませんけどね。

勝利はいつもそばにあった (C)FTMO

勝利はいつもそばにあった (C)FTMO

――猪木さんを筆頭とした新日本プロレスの道場で“強さ”が磨かれたと思います。

初代タイガープロレスに市民権を」と掲げた以上、強くなければいけないし、それだけのことをやっていかなければいけない。そして、それだけのことをアントニオ猪木はやっていました。それを実践できるという喜びがありましたね。

――78年から約3年間の海外遠征を経験。そして81年、タイガーマスクとして白羽の矢が立ちました。

初代タイガー まず海外遠征に関して言うと、海外に行ったら自分を売り込まないといけない。やりたくないこともやらなくてはいけないし、やろうとしていることも忙し過ぎてできない時がある。そのなかでも理想があるとするならば、それはピッタリこなしていたところはありますね。海外ではプロモーターに好かれなければ生きていけない世界ですから。そのなかでプロレスの技も磨いてきたつもりですし。その動きが皆さんのニーズにあったかもしれないですね。

――そんな土台があったからこそ、1981年4月23日に産声をあげたタイガーマスクは日本中を魅了したんだと思います。熱狂の初陣を終えて、佐山さんのなかでも確信や自信が生まれたのでは?

初代タイガー それはなかったですね。

――なかった?

初代タイガー ある程度はありましたけど、自分としてはいい試合じゃなかったと思ってます。

――急ごしらえのマスクやマントもあって懐疑的な視線を向けていた会場のファンやお茶の間をあれだけアツくさせましたが…。

初代タイガー あ、いい試合だったのかと思っただけで。自分としては体が動いていないし。悔しいから、(初陣以降は)あれ以上の試合をしようと心に決めましたね。

ファンの声援に応える初代タイガーマスク (C)FTMO

ファンの声援に応える初代タイガーマスク (C)FTMO

自分ひとりで創りあげたタイガーマスクではない

――そうだったんですか。ご自身にとっては満足のいく試合ではなかったんですね。

初代タイガー まったく。自分ではダメだと思ってましたから。100点満点でいったら、せいぜい80点か85点ですね。

――昨年死去された新間寿会長はあの試合を絶賛していました。

初代タイガー 新間さんは喜んでくれてましたね。あの目が忘れられないです。

ストロングスタイルを貫いてきた初代タイガーマスク (C)FTMO

ストロングスタイルを貫いてきた初代タイガーマスク (C)FTMO

――初陣以降、ダイナマイト・キッドしかりブラック・タイガーや小林邦昭選手らライバルたちと熱戦を繰り広げました。やりがいのある充実した日々でしたか?

初代タイガー 充実感というのはなかったですね。ストロングプロレスを標ぼうしている新日本プロレスがこんなことやってていいのかなと。

――むしろ葛藤があったと?

初代タイガー この様なマスクをかぶってていいのかなという気持ちが最後までありましたね。

――タイガーマスクの戦いの中にはストロングスタイルがあったとは思うのですが?

初代タイガー ストロングスタイルはダイナマイトマイト(・キッド)、小林邦昭さん、ブラック・タイガー等との試合で非常に見せられましたね。

――ただ、佐山さんの思いとは裏腹にあの当時、日本中を熱狂にるつぼに誘いました。なぜタイガーマスクは日本中を魅了したと思いますか?

初代タイガー やっぱり僕のスタイル、動き、駆け引き。これは新日本プロレスの若手であった3年間、その時の練習だとか、その時作ってくれた試合法とか、それが全てだったと思います。決して自分だけの力ではないし、それを作ってくれた新日本プロレス、猪木さん、山本小鉄さん、先輩の皆さんに感謝ですね。

――冒頭にも感謝を口にされていましたが、自分ひとりで創りあげたタイガーマスクではないと?

初代タイガー そうですね。猪木さんの土壌や考え方がなければできていないです。

――猪木さんとはその後もUFOやIGFなど時代やリングが変わっても接点がありました。猪木さんにとっては数少ない心許せる弟子だったんだと思います。

初代タイガー あまりにも近くなり過ぎてしまった時期もありましたが、アントニオ猪木のためにやろうという使命感はありました。

数々の王座を獲得した初代タイガーマスク (C)FTMO

数々の王座を獲得した初代タイガーマスク (C)FTMO

プロレスにはもう復帰しないで、格闘技を創る

――83年8月にタイガーマスクであることに区切りをつけました。当時は葛藤やいろいろな思いがあるなかでの決断だったと思います。

初代タイガー (当時の思いは)プロレスにはもう復帰しないで、格闘技を創ると。その格闘技は30年後に花開くものだと。それでルールから創っていったわけです。

――日本であり、世界の格闘技の礎になりました。

初代タイガー それは自負しています。そういうことをたいした問題だと思うのは過ぎちゃって。やってる時は大変でしたけど。武道を追求する方が大切だなと思う時間の方が長くて。

――武道探求の思いはいまも不変だと?

初代タイガー 変わらないです。

――ストロングスタイルプロレスの前身で、2005年旗揚げのリアルジャパンプロレスでもプロレスだけではなく、武道や精神性を訴えてきました。

初代タイガー すごくいい形でやってこれて、これから道場ができてもっと良くなると思います。

――ただ“リングは時代の写し鏡”と言われ、プロレスのスタイルも時代によって変化。佐山さんの理想とする闘いとは異なるのでは?

初代タイガー それは選手が決めるもの。僕は強制はしないし、選手たちが作っていくものだと思います。基礎的なものは教えますが、試合の流れとかに口出しするつもりはないので。

――まな弟子のスーパー・タイガー選手、間下隼人選手に関しても同様ですか? それとも初代タイガーマスクの弟子であるという部分を見せてほしいのか。

初代タイガー 両方ですね。あるいは両方なくてもいいし。それは自分たちで採ればいい。基本姿勢は欲しいですが、ストロングスタイルというね。

――2人は期待に応えてくれていますか?

初代タイガー ひと言、試合場は“闘い”なんだと、そういう部分を見せてくれていると思いますね。

――4・28後楽園に向けても、2人はかなり意気込んでいました。

初代タイガー あまり意気込みすぎないように伝えてください(ニッコリ)。いままで通りにやれば十分ですから。

――大会当日はプロレスの試合に加えて、藤波辰爾選手、藤原喜明選手、前田日明さんのお三方に佐山さんを加えたスペシャルトークショーも開催されます。

初代タイガー 嬉しいですね。師匠のアントニオ猪木の弟子として、この4人が揃って、何よりも心強いです。そして恩人の新間さんが一周忌ということで、そのプロレス界を4人でもっともっと盛り上げていけるような内容にしたいと思います。

――平井代表の尽力なくしてストロングスタイルプロレスの現在はありません。

初代タイガー その通りですね。平井あってのストロングスタイルプロレスですから。

――そんな現在進行形のリングにおいて、佐山さんは体調不良をおして会場に足を運び、必ずリングに帰ること、プロレス人気を復活させることを我々に約束してくれます。それはタイガーマスクであることへの使命感なのでしょうか?

初代タイガー 使命感があるのか、ないかといえば、あると言うしかないですね。応援してくれている人がいる限り。本当によく45年間も愛してくれたと思います。その気持ちがすごく大きい。

――スポーツ芸能問わず、いろんなジャンルがありますけど、45年もの期間、これだけ熱烈に応援される存在はタイガーマスクをおいてほかにいない気がします。

初代タイガー ありがたいです。ある時期ある人にもっと自覚しなきゃいけないと言われたんです。

――それはタイガーマスクであることを?

初代タイガー そうですね。これからの自分の生き様をまだ見せることができるので、そこを絶対裏切らないように。自分自身も裏切るつもりはないですし、立派なタイガーマスクになってみせるし、新武道を作ってみせるし、日本を変えてみせる。密かに僕がこの何十年間も培っている秘密は皆さん知らないだろうし、それがどんなに大きいものかというのをこれからの世界で作っていきたいと思います。それイコール、タイガーマスクでもあるので。

――夢を抱かせていただけると?

初代タイガー はい、自信を持っています。もうできそうになっているので。早めに成し遂げてしまって、やることがなくなるようなことはないように。そちらのほうが心配です(笑)。

――最後に佐山さんにとって、タイガーマスクとは?

初代タイガー まず第一に言えるのは、ファンの夢だということですね。昔、シンクロナイド・スイミングという言い方をしましたが、(水の中で)僕は必死に足をバタバタさせて動いている。そんな45年間があって、皆さんがタイガーマスクを見てくれている。そして、それを作ったのは何回も言うように新日本プロレスの3年間であると。その結晶が皆さんと僕の力になっている。それがタイガーマスクだと思います。

――蛇足ですが、佐山さんの体調面を心配されているファンの方もこのロングインタビューを読めば、その不安が吹き飛ぶ気がします!

初代タイガー 少し前まで喋れなかったんです。(体調面が原因で言葉が)なかなか出てこなかった。でも、いまはスイスイ言葉が浮かんでくるんです。

――確実に快方に向かっているということですね! 4・28後楽園でもその雄姿が見れることを楽しみにしています。本日はありがとうございました!

4月28日の特別イベントではスペシャルゲストとのトークショー、魂を受け継ぐ試合も開催

この大会は、初代タイガーマスク 45周年(佐山サトル プロレスデビュー50周年)を記念した特別イベント。通常大会とは異なり、「スペシャルゲストとのトークショー」、「ゲストが語る初代タイガーマスク」、新日本プロレス時代の名勝負を大画面スクリーンで放映ほか、時代を創り続ける初代タイガーマスク 佐山サトルの足跡を会場のファンの皆さまと共有するイベントとなる。魂を受け継ぐ試合(2試合)も行われる。

初代タイガーマスク 佐山サトルの足跡を会場のファンと共有する

初代タイガーマスク 佐山サトルの足跡を会場のファンと共有する

スペシャルゲストとのトークショー

スペシャルゲストとのトークショー

▼《“レジェンド王者祭り”タッグマッチ》
船木誠勝(フリー)
村上和成(フリー)
vs
関本大介(フリー)
真霜拳號(2AW)

“レジェンド王者祭り”タッグマッチ

“レジェンド王者祭り”タッグマッチ

▼《SSPW認定タッグ王座選手権試合60分1本勝負》
[王者組]
スーパー・タイガー(ストロングスタイルプロレス)
竹田誠志(フリー)
vs
[挑戦者組]
間下隼人(ストロングスタイルプロレス)
阿部史典(格闘探偵団)

SSPW認定タッグ王座選手権試合60分1本勝負

SSPW認定タッグ王座選手権試合60分1本勝負

イベント情報

『初代タイガーマスク ストロングスタイルプロレス THE FIRST TIGER MASK 45th Anniversary 初代タイガーマスク45周年記念特別イベント』

日時:4月28日(火)開場17:30/開演18:30
会場:後楽園ホール(東京都)

シェア / 保存先を選択