ムーミンを読むことは、トーベ・ヤンソンを知ること。創作の深部に触れる『トーベとムーミン展〜とっておきのものを探しに〜』が神戸に上陸
『トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~』 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
神戸市立博物館にて、『トーベとムーミン展〜とっておきのものを探しに〜』が開催中だ。本展覧会は、2025年にムーミン小説が出版から80年を迎えたことを記念して開催されるもの。昨年7月の東京会場を皮切りに、全国4都市を巡回して神戸にやってきた。
ムーミンの生みの親として知られるトーベ・ヤンソン(1914〜2001年)。本展では代表作の挿絵や原画、スケッチはもちろん、初期の油彩画や第二次世界大戦前後の風刺画、日本ではあまり知られていない公共施設の壁画のスケッチ映像なども展示。画家としての多面的な活動にスポットを当てている。彼女の人生や記憶がムーミン物語の背景といかに深く結びついているかを実感できる、自分の「とっておき」に出会える内容となっている。本記事では、開幕に先駆けて行われた記者説明会の模様と展示内容をレポートしよう。
トーベ・ヤンソンの創作の世界を振り返る展覧会
神戸市立博物館 油井館長
本展覧会は、フィンランド・ヘルシンキ市立美術館(略称HAM)の協力のもと、トーベが手がけた幅広い分野の作品や愛用の品など約300点が展示される。記者説明会に登壇した神戸市立博物館 油井洋明館長は「今回はトーベの創作の世界を振り返る展覧会。トーベの世界、ムーミンの世界を思う存分楽しんでいただいて、とっておきのものを探していただけたらと思います」と挨拶。続いて神戸市立博物館の永山未沙希学芸員が展覧会の概要を説明した。
ムーミントロール (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
本展は第1章「トーベ・ヤンソン」と第2章「ムーミンと仲間たち」で構成されている。第1章の一部は2024年10月〜2025年4月にHAMで開催された、トーベのパブリックアートを初めて一堂に紹介した『トーベ・ヤンソンーパラダイス』の成果から構成。なお同展覧会のキュレーションを担当したヘルシンキ市立美術館のヘリ・ハルニ氏が、本展覧会のキュレーションも担当した。会場には本展の開幕を祝してムーミントロールも駆けつけ、愛らしく手を振る姿に報道陣も癒されていた。
絵画から壁画まで多方面にわたる画業と人生を紹介
会場風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
本展は3階の展示室からスタートする。まずは神戸市立博物館のエントランスから展示室に向かう階段に目を向けてほしい。この階段には、1956年にアウロラ病院小児病棟の階段部分にトーベが描いた壁画の一部のスケッチをもとにした装飾が施されている。ムーミン谷の仲間たちが楽しそうに階段をのぼっていく様は、まるで彼らと一緒に展覧会を観に出かけているようで心が弾む。本展への期待が高まる演出だ。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
トーベは1914年に彫刻家の父・ヴィクトル、画家でグラフィックアーティストの母・シグネの間に誕生。2人の弟と共にごく自然に芸術に親しみながら成長し、14歳でイラストレーターとしての仕事をスタートした。第1章ではそんなトーベの生い立ちやアトリエの様子、初期の油彩画、挿絵やスケッチ、パブリックアートといった幅広い分野での画業を紹介する。
画家になることを夢見ていたトーベは10〜20代の頃にパリの学校で油彩画を学び、29歳で初の個展を開催する。その個展の様子を彷彿とさせるように、壁には1930〜60年代の油彩画を時系列でずらりと展示。初期は印象派と表現主義、1960年代以降は抽象画の影響を受けたトーベの作風の変遷をうかがうことができる。上部にあしらわれたトーベの言葉からは、彼女が大切にしていたものや想いが強く感じられる。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
トーベが生まれた時代は戦争のただ中だった。幼少期に第一次世界大戦とフィンランド内戦を経験し、25歳の時には第二次世界大戦が勃発。そのためトーベは若い頃から、母・シグネも関わっていたスウェーデン語系の政治風刺雑誌『ガルム』で反戦の挿絵を描いていた。本展ではトーベが表紙を手がけた8冊の『ガルム』を展示。ムーミンの前身とも言えるスノークも登場しているので、探しながら鑑賞してみよう。
戦時下の辛い日々から逃れるための救いの場としてムーミン谷の物語を執筆したトーベは、1945年にムーミン小説の第1作『小さなトロールと大きな洪水』を出版した。本展では1945〜1970年に刊行された全9冊の貴重な初版本が展示されている。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
ムーミン物語は1949年に初めて舞台化されたほか、オペラでも上演された。トーベは脚本から衣装、舞台美術までを担当。彼女のデザインした舞台セットの下絵の緻密さには目を見張るし、ムーミンママのハンドバッグ形のプログラムはとても可愛らしい。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
そして今回の展覧会の目玉のひとつと言えるのが、公共施設のためのアートだ。第二次世界大戦後の復興期、フィンランド政府は公共建築の美化に多額の投資を行った。トーベは1950〜70年代にかけてレストラン、食堂、保育園、学校、教会など多くの公共施設の壁画を手がけていった。牧歌的でファンタジックで温もりのある色彩の絵は、戦後の厳しい現実から人々の心を救ったことだろう。トーベ自身も壁画の制作を通して自らの芸術と創作の自由を楽しんでいた。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
ひときわ目を引くのは、《フェアリーテイル・パノラマ》の下絵から着彩までを映像で表現したもの。幅7mにわたり保育園の壁に描かれた動物や人物からはトーベの慈愛を感じる。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
次なる部屋は壁3面にモノクロのムーミンの挿絵が投影された没入空間。猛吹雪の中を歩くムーミントロール、波にさらわれるムーミンママ、森の中で焚き火をするスナフキン、暗く長い冬の風景。物語の根底に流れる不気味さと孤独が、迫力ある映像と音で押し寄せてくる。
めくるめくムーミンと仲間たちの世界へ
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
ムーミン小説80周年のテーマである「The door is always open.」の札がかけられたドアをくぐると、そこはムーミン谷の世界。ドアに鍵をかけず、いつでも誰でも受け入れてくれるムーミンやしきに鑑賞者も誘われる。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
ムーミン谷に住む仲間たちの紹介に続いては、ムーミン小説の原画やスケッチ、挿絵が、「誰かを思いやること」「自然と共に生きること」「自分らしくあること」「未知の世界へ冒険に出ること」の4つのセクションで展示されている。
本展を観ると、ムーミントロールはトーベの分身であり、ムーミン小説はトーベ自身の人生や考えを色濃く反映していることがより深く理解できるだろう。ムーミン谷に迫り来る大洪水や彗星、全てを灰色に包み込む厳しい冬、ムーミンパパが対峙する大嵐など、まさに人知の及ばないフィンランドの大自然の中で彼女が見た景色がたくさん描かれる。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
そしてムーミントロールや仲間たちは、物語の中でさまざまな困難や喜びに出会い、成長していく。相手を尊重して思いやること、自分を見つけて人生の目的を見出すこと、恐れとしっかり向き合うこと、自分の人生を生きて自由な選択をすること。現代を生きる私たちにも刺さるメッセージが詰め込まれている。孤独や寂しさが存在することもムーミンの世界観ならでは。きっとそれぞれの胸に何かを残してくれるはずだ。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
また、挿絵からはトーベの画家としての技量を存分にうかがい知ることができる。印刷技術の発展により初期の水彩画からペン線画へと技法を変化させた表現の緻密さたるや。ぜひ間近でじっくり眺めてみよう。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
1954年からイギリスの新聞で連載されたムーミン・コミックスの原画では、コミックスならではの表情の豊かさとストーリー展開を堪能してほしい。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
展示の終盤は、トーベの母シグネが亡くなった年に出版された『ムーミン谷の十一月』の7年後に描かれた、ムーミン絵本『ムーミン谷へのふしぎな旅』の原画だ。ふしぎな世界に飛び込んだスザンナが危険に巻き込まれ、間一髪のところでトゥーティッキが助けに現れる。トゥーティッキのモデルはトーベの生涯のパートナーのトゥーリッキ・ピエティラ。戦時下を生き抜き、最愛の母を亡くして失意の底にあったトーベが再び創作へ向かい合えるようになった歩みが重なるようなストーリーに、じわりと胸があたたかくなった。
自分にとっての「とっておき」が、きっと見つかる
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
展示の最後には「あなたのとっておきの1枚は?」と問いかけるパネルと、これまでピックアップされてきたムーミンキャラクターの名言が並ぶ。鑑賞者は改めてそれを読み、自分にとって「とっておき」だと思う言葉が印刷されたカードを1枚持ち帰ることができる。今の自分に響くのはどの言葉か、楽しみにしていてほしい。
ミュージアムショップ (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
ミュージアムショップにはファン垂涎のオリジナルグッズが多数登場。2019年に行われた『ムーミン展 THE ART AND THE STORY』でキービジュアルや図録を手がけたデザイナー・大島依提亜氏が、今回もキービジュアルや図録、グッズのデザインを担当。思わず目移りしてしまうクオリティーとデザイン性の高さで、鑑賞後の余韻をさらに幸せなものにしてくれる。ぜひグッズでも「とっておき」を見つけてみよう。豆皿のガチャガチャもおすすめだ。
展示風景 (c) Moomin Characters™ (c) Tove Jansson Estate
俳優の杏が担当する音声ガイドも本展の解像度を高めてくれる。ガイドの中にはクイズもあり、ムーミン好きも楽しめるだろう。なお、11月30日(月)まで神戸ポートタワーを中心に神戸の街でムーミンの世界観を楽しめる体験イベント『MOOMINxKOBE PORT TOWER~ムーミン×神戸ポートタワープロジェクト a part of KOBE~』が行われているのでチェックしよう。
取材・文=久保田瑛理 撮影=SPICE編集部(湯澤菜穂)
イベント情報
・一般 2,200円
・大学生 1,100円
・高校生以下 無料