ティル・フェルナー(ピアノ) シューマン プロジェクト
シューマンを軸に作品の精神水脈を辿る
真摯で誠実——ウィーンの看板を背負った音楽家にとって、それは当たり前に求められる資質であるに違いない。この町の名前は輝かしい伝統と分かちがたく結びついているのだから。だが耳の肥えた聴衆の前で「真摯で誠実である」のは、口で言うほど簡単ではない。問われているのは単なる心構えではなく、音のありようそのものだ。楽曲に対する深い理解と、解釈を実現する完璧な演奏技術、そこに古きものから新しさを掘り起こすインスピレーションが加わって初めて、ウィーンの名に恥じない音楽家が生まれる。
ティル・フェルナーは1972年生まれなので、そろそろ年齢的に中堅と呼べるかもしれない。ウィーン出身のピアニストの代表格として、静かに、そして確実にキャリアを重ねている。バッハにはじまり、モーツァルト、ベートーヴェンなど独墺圏の王道レパートリーでコンスタントに成果を上げてきた。また、その取り上げ方もチャレンジングだ。2008年から足掛け3年にわたったベートーヴェン・ソナタ全曲ツィクルスなどは代表的なプロジェクトだが、日本でその舞台となったトッパンホールで、今度はシューマンを軸にしたプロジェクトが2夜にわたり展開される。
なんといってもプログラミングが曲者だ。第1夜はピアノ・ソロ。メインのシューマン「幻想曲ハ長調」の前にはベートーヴェンの「幻想曲風ソナタ」が置かれている。そう、これはベートーヴェンからシューマンに至る精神水脈をたどる旅なのだ。シューマン「幻想曲」の第1楽章にはベートーヴェンの歌曲集「遥かなる恋人に寄す」が引用されているが、第2夜では今度は、「遥かなる恋人」がシューマンの歌曲集「詩人の恋」を呼び出すという仕掛けになっている。さらにここにべリオ「5つの変奏曲」(第1夜)、ハンス・ツェンダー「ジャン・パウルの詩による2つの歌」(第2夜・新作)と、現代という時間軸が加えられる。ツェンダーがテクストに用いたジャン・パウルはシューマンが傾倒した作家で、第1夜冒頭に置かれた可憐なピアノ小品集「蝶々」はパウルの『生意気盛り』に着想を持つ。楽曲の間に張り巡らされた幾重もの関係線を通じて、プログラムの進行とともに歴史が現実味を帯びて新たな相貌をあらわにする。
今回、第2夜で歌うのはマーク・パドモア。バロックから現代まで知的な解釈で聴き手を魅了する名テノールだ。フェルナーのイマジネーションを具現化するには歌手の側にも力量が求められるが、彼らはすでにシューベルトの三大歌曲で共演して高い評価を得ている。太鼓判を押してよいコンビだ。フェルナーとパドモアからのこの挑戦状、ぜひ受けてとってほしい。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年1月号から)
シューマン プロジェクトⅠ ソロ〜ファンタジー
2016.2/16(火)
シューマン プロジェクトⅡ with マーク・パドモア(テノール)〜あこがれ
2016.2/18(木)
各日19:00 トッパンホール
問合わせ:トッパンホールセンター03-5840-2222
http://www.toppanhall.com