『志の輔らくご』の創作落語4本を舞台化する『メルシー!おもてなし』主演の中井貴一にインタビュー!
中井貴一『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』 (撮影=鈴木久美子)
今年8月に一時閉館することが決まっているPARCO劇場で、そのファイナルを飾るにふさわしい演目が“クライマックス・ステージ”シリーズと称して次から次へと上演されている。1973年の開場以来、華やかで上質、刺激的な作品を数多く上演してきたこの劇場のラインナップの中でも、他に類を見ない試みだったのが立川志の輔による恒例の独演会『志の輔らくご in PARCO』。まるでひとり芝居のような志の輔の語りと熱演、誰もが驚くスペクタクルなオチが用意された創作落語はジャンルの枠を越えて評判を呼び、落語ファンも演劇ファンもひっくるめた大多数の観客の爆笑と感動を生み続けた。この大人気シリーズ『志の輔らくご』の舞台化に挑戦するのが、今回の『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』だ。数多い傑作の中から『踊るファックス』『ディアファミリー』『ガラガラ』『メルシーひな祭り』の4本をセレクトし、PARCO劇場で『こどもの一生』や『ダブリンの鐘つきカビ人間』などさまざまな作品を上演してきた劇作家・演出家のG2が脚本と演出を担当。出演陣は中井貴一を始め、勝村政信、音尾琢真、YOU、阿南健治、明星真由美ら、豪華な顔合わせが実現することになった。中でも主演の中井は昨年再演された『趣味の部屋』(2013年初演)を始め、『グッドナイト スリイプタイト』(2008年)、『二人の約束』(2008年)、『コンフィダント・絆』(2007年)、『二人の噺』(2001年、2003年)とPARCO劇場への出演が多く、ゆかりが深い俳優といえる。果たして今回はどんな舞台になりそうか、主演の中井貴一に現PARCO劇場への愛情、思い入れも含めて語ってもらった。
中井貴一『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』 (撮影=鈴木久美子)
――この企画への出演は、急に決まったんだそうですね。
そうなんですよ。本当なら今年はゆっくりしたいし、やりたいこともあるしと思ってたまたま空けておいた期間に、申し合わせたように出演のお話をいただいたんです。実は僕、PARCO劇場に対する思いがとても強いんですね。キャパシティもちょうどよく、劇場の持っている雰囲気もとても好きだったので、これはきっと劇場が「最後にもう一回どう?」って呼んでくれたのかもしれないと思ってお引き受けしたんです。
――今回は『志の輔らくご』の舞台化ということですが。
僕もPARCO劇場でやられている志の輔さんの落語は観に行ったことがありましたし、やはり落語というのは究極のお芝居でもあると思うんですよね。間合いから何からひとりで全部考えて演じるんですから。それと同じ題材で芝居をつくるわけですが、どこまで対抗できるか。演者はそれぞれ日ごとに体調もテンションも違う。落語の作品って特に、常に同じ間合いで返せないと面白くなくなる可能性があると思うんですよ。そういう意味では、成功させるためには相当な技術と努力が必要になりそうだなと思っています。きっと多くの志の輔さんの落語ファンもいらっしゃるでしょうから、まずはその方たちに「落語より面白かった」と言っていただくことが僕たちの使命ですが、それはとても大変で難しいことだとも思っています。
――4つの演目をひとつのストーリーに構成するそうですね。
この4本が、それぞれみんな面白いんですよ。先日、G2さんと第一稿についての打ち合わせをしましたが、僕が意外と好きな噺が語りだけでさらっと終わっていたんで「僕、あの話がすごく好きなんですよね」と言ってみたんですね。そうしたら「だけどそこをストーリーに組み込むと、中井さん自身がものすごく大変なことになっちゃいますよ?」と言われてしまって。だけど演者が大変になるのはいいことだと思うんです。演者が楽をした段階でお客さんは面白くなくなりますからね。まあ、そこは実際の舞台でどういう形になるか、まだわからないですが……おそらく、とても大変なことになりそうな気がしています(笑)
中井貴一『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』 (撮影=鈴木久美子)
――G2さんとはどんなお話をされたんですか?
まだ深い話はしていませんが、あまりコテコテというか、落語を意識した演劇にはしたくないねという話はしました。G2さん自身が志の輔さんの大ファンでとてもリスペクトされていますから、もちろん志の輔さんの落語から大きくはずれるということはないとは思います。ストーリーとしては『メルシーひな祭り』の、フランス大使夫人におひな様を見せようと奮闘する商店街の人々の話を軸に、それぞれ他の演目のエピソードがからんでくる感じです。
――中井さんご自身は、志の輔さんの創作落語の魅力はどこだと思われていますか。
非常に現代的でありながら古典の要素もしっかりあるところでしょうか。噺を聴いていると、商店街の話なのに長屋の話にも思えてきますし。古典と現代がうまい具合に融合しているんです。具体的な描写でなく、聞き手が想像できる何かを落語の中でおつくりになられているような気もします。だからこそ情景が広がったり、個々の登場人物の個性みたいなものが浮き上がってくる。そういう意味ではとてもすぐれた脚本家であり、もちろん素晴らしいプレイヤーでもあると思います。昔でいえばくまさん、はっつぁんというノリみたいなものもちゃんとベースとしてありますから、だから古典をお好きな方でも志の輔さんの落語が面白いとおっしゃる方が大勢いらっしゃるんだと思います。
中井貴一『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』 (撮影=鈴木久美子)
――それを今回は演劇として、大勢の役者が演じるわけですね。
いや、本当に大変だと思います。誰かひとりでもテンションが落ちればだめになるし、誰かひとりが目立とうと思ってもだめになる。これこそ本当の総合芸術として、みんなで息を合わせて同じ力配分で作っていかないと、と思いますね。
――その座組の顔ぶれとしてはいかがですか。
あまり落語というものを意識しないようなキャスティングでやったほうが、より面白いんじゃないかとは話していたんです。もしかしたらこのままで別のシリアスなものやミステリーもできるような、そういうメンバーで商店街の連中を演じるという、ね。大衆的で、それでいてどこかにオシャレ感があるというか。志の輔さんの落語が古典と現代をうまく融合させているのと同じように、僕たち演者も落語と現代劇のちょっとオシャレな感じとを合わせていけたらいいんですけどね。
中井貴一『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』 (撮影=鈴木久美子)
――まさに、劇場のクライマックスにふさわしい舞台になりそうですね。ちなみに、中井さんにとってPARCO劇場での印象深いエピソードを教えてください。
みなさんが座られている、劇場のあの赤い座席にはこの長い歴史の間に大勢の観客の背中の跡がついていて、それがハート型になっているんですよ。本番前に舞台の上でウォーミングアップしている時に客席を見ると、全部の座席にハートがあって。これって、たとえばお客さんが入らない舞台も過去にはあったと思いますが、それでも座席には絶対的にハートがいるわけです。長い間にお客さんが作ってくれたハートが、僕たちをずっと見守ってくれている。だから自分が座長をやっている作品の時とかで初舞台の役者さんがいたりすると、必ず最初に誰もいない舞台上に呼んで「僕らはこれだけの愛に包まれて芝居をするんだ」って話をするんです。そこに常にお客様の愛があるんだということを、演者は絶対に忘れちゃいけない、それを僕はこの劇場から教えてもらったんだ、この座席にいつも僕は励ましてもらっているんだよって。だって、1日2日でハートの跡ができるわけではないんですから。これが、僕がこのPARCO劇場を大好きな一番の理由でもあるんです。
中井貴一『メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~』 (撮影=鈴木久美子)
撮影=鈴木久美子 インタビュー・文=田中里津子