市川月乃助が三越劇場『六月新派特別公演』で2つの大役を奮闘中!
本年の9月、新橋演舞場で新派の大名跡「喜多村緑郎」を二代目として襲名する市川月乃助が、三越劇場の『六月新派特別公演』に出演、振り幅の広い2つの大役で奮闘中だ。 月乃助は市川猿翁(三代目市川猿之助)の門下に入り、市川段治郎の名でスーパー歌舞伎などで活躍、2011年から二代目月乃助を名乗っている。この三越劇場公演はその名前での最後の舞台となる。 演目は『深川の鈴』と『国定忠治』。 新派のスタンダードとも言える人情劇の『深川の鈴』は、作家・川口松太郎の自伝的作品で、夫に裏切られた女お糸を久里子が、作家への夢を追う男を月乃助が演じていて、2人が紡ぐ繊細な愛の物語が見どころだ。 もう1つの作品は、「赤城の山も今夜を限り」の名台詞でおなじみの『国定忠治』で、かつて新國劇で辰巳柳太郎、島田正吾が当り役とした忠治を、市川月乃助が初役で演じるという注目作だ。
【『深川の鈴』あらすじ】
頃は大正。洲崎の遊郭近くにあるすし屋のお糸(波乃久里子)は、亭主に逃げられ、女手一つで店を切り盛りするしっかり者。ある朝、お糸を娘のように可愛がる元講釈師の円玉(立松昭二)が、下宿の作家志望の信吉(市川月乃助)との縁談をもってくるがお糸は取り合わない。円玉にかわってやってきた家主のお辰(伊藤みどり)は、元亭主との復縁を迫り、嫌なら立ち退けと怒鳴りちらす。そこへ現れ、お糸の味方をしてお辰を追い払う信吉。お糸はふと信吉に店の二階に来てはと勧める。円玉の息子の結婚で、信吉が新居を探さなければならないと聞いたからだ。はたして信吉はお糸の元へ越すことを決めた。
撮影/内河 文
磨き込まれた木の香りがするような奴ずしの店内。頭に手拭、前掛けに長靴。色気がないと言われても「弱くっちゃやってられない」と、懸命に日々を送るお糸の久里子が素晴らしい芝居心を見せる。縁談を勧められ、照れてはぐらかすそぶり、働きながら一人で乳飲み子を育てる姿、家主に凄まれささくれ立つ勝気さ、信吉を気遣う優しさ、かなぐり捨てていた「女」の部分が蘇っていく色気。お糸の一人の人間、一人の女性としての魅力が充分に伝わってくる。
月乃助の信吉は、作家志望の青年らしい情熱や苦悩、才能への不安、お糸への真っ直ぐな気持ちがよく伝わり、姿の良さもあって良い男ぶり。タイトルにもなっている「鈴」が初めて登場する場面で、沈黙のなかに漂う濃密な色模様に観ている側も思わず頬が紅潮する。
頑張り屋のお糸の良き理解者である立松の円玉、家主のふてぶてしさが迫力のある伊藤のお辰、志が高いからこそ信吉の脚本を酷評する同人たち、文句を言いつつもお糸を助ける下働きの子など、お糸と信吉をめぐる周囲の人々も、いきいきと物語のなかに息づいて、新派ならではのみごとな所作や豊かな情緒に酔わされる舞台だ。
【『国定忠治』あらすじ】
天保年間。大飢饉と過酷な年貢に苦しむ村民のため、国定村の長岡忠治(市川月乃助)は代官屋敷や寺院を襲い、村民救出の資金にした。追手から逃れて、一族と共に赤城山に籠もる忠治。そこへ川田屋惣次(笠原章)が現れる。惣次は忠治捕縛の命を受けたが、実の娘は忠治の愛妾、その責務に苦しんでいた。忠治に縄につくよう勧める惣次、不承知の子分たち、事態は一触即発。忠治は惣次への義理で腹を切ろうとするが…。二年後。遊郭の山形屋に一人娘を売った帰り、金を強奪された老人に忠治は出会う。それを仕組んだのが山形屋藤蔵(伊吹吾郎)だと知ると、老人と共にその甥に化けた忠治が店を訪れ。
撮影/内河 文
実在の侠客をモチーフに、かつて新國劇で上演された人気演目で、辰巳柳太郎や島田正吾といった名優が当り役とした忠治を、月乃助が初役でつとめている。また、忠治にとって義父同然の川田屋惣次に、劇団若獅子で新國劇の魂を受け継ぐ笠原章 、忠治と争う山形屋藤蔵に、数々の時代劇で活躍中の伊吹吾郎など、ベテランが重要な役どころで月乃助を支えている。
月乃助の忠治は、白い衣裳が眩しい美男でありながら、頭としての責任感、心では理非を弁えた部分ものぞかせる。言わば「型もの」の天神山で、朗々と「赤城の山も今夜を限り」というあの名台詞を謳い、刀を手に極まった姿は、歌舞伎で育った役者であることを実感させる。まだ若いだけに、今後上演を重ねていって、彼の忠治がどう変化していくか可能性を感じさせる忠治だ。
薄い月明かりがさす暗い山中。忠治一味が立て籠もる赤城山に、単身乗り込む笠原の惣次は、どっしりとした佇まい、情の厚さを隠せない口調、責務と義理に板挟みの苦衷がにじむ。
伊吹の山形屋藤蔵は、十手もちと言いながら本業の遊郭では悪事を働く親分。正体を明かす前の忠治に対する横柄な親分風、それと知っての平伏ぶり、忠治の言うことをしぶしぶ聞く様子など、憎めない愛嬌がある。紅一点、伊藤みどりの女房おれんにピシャリと釘を刺され、仕返しをと気色ばむ様子に親分の骨太さが出た。忠治の子分、日光の円蔵は立松昭二で、知恵袋しい冷静さと苦み走った雰囲気が味わい深い。
撮影/内河 文
カラン、シャランと鈴が奏でる響きのように優しく、じんわりと胸が温まるような『深川の鈴』。男たちの義理と人情で結ばれた絆、ぶつかり合って熱い火花を散らす『国定忠治』。色合いはまったく違うが、新派が、そして日本の演劇が誇る2つの名作を一度に堪能できる公演で、2つの役どころを鮮やかに演じ分けて、役者としての風格さえ感じさせる月乃助。その魅力と可能性を改めて感じさせる舞台となっている。
※この公演の初日囲みインタビューはこちら
http://kangekiyoho.blog.jp/archives/51999291.html
〈公演情報〉
〈料金〉¥9,000(全席指定・税込)
http://www.shochiku.co.jp/play/others/schedule/2016/6/post_267.php