新国立劇場オペラ『夕鶴』リハーサル レポート
美しくも哀しい愛の物語が新国立劇場に登場する
新国立劇場の2015/2016シーズンもいよいよ7月1日に最後の演目が開幕する。演目は團伊玖磨の『夕鶴』だ。この作品は1949年に発表された木下順二の民話劇を「一字一句変えない」という条件で作曲、1952年に初演されてから現在までに800回以上も上演されている、最も親しまれている日本人によるオペラだろう。民話「つるの恩がえし」の中でも「鶴女房」の類型をもとに普遍的な愛の物語と現代にも通じる示唆を含み持つ作品として戯曲が作られ、その戯曲が若き團伊玖磨により美しく巧みにオペラ化されていればこそ、初演からいままで幅広い層に受け容れられてきたのだ。
その開幕を控えた28日(火)に、新国立劇場オペラパレスで行われたリハーサルのレポートをお届けしよう。ダブルキャストのうち、7月1日(金)、3日(日)に出演するキャスト(つう:澤畑恵美/与ひょう:小原啓楼 運ず:谷 友博/惣ど:峰 茂樹)による舞台稽古を取材した。
(新国立劇場YouTubeチャンネルより/つうのアリア「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」抜粋 歌唱:腰越満美 2011年公演より)
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2000年に初演された新国立劇場の『夕鶴』は、演劇部門芸術監督を務めた栗山民也の最初のオペラ演出として話題を呼んだ舞台だ。彼の演出は、雪深い村に二人がつましく暮らす家、そして情景だけの簡素なセットを用い、作品が内包する要素をていねいに、美しく描写する。「つうと与ひょう」「与ひょうと隣村の二人(運ず、惣ど)」「つうと隣村の二人」の関係/無関係が示すものを、演技や立ち位置などで確実に聴衆に伝える結果、この劇に込められた多面的な「問い」が自然と現出するよう作られている。
戯曲のままにオペラ化されている以上、原作者の木下順二の強い問題意識はそのままオペラにも反映されている。この作品で描かれる「価値観が違えば言葉も通じない」状態、つう と 運ず・惣ど のようなディスコミュニケーションはもしかすると現在のほうが戯曲が書かれた頃よりも痛切に感じられることなのかもしれない、この舞台を見ているとそう感じられてくる。
言葉もいらないほど仲睦まじかったころの二人
オペラは戯曲を変えずに作られているため、日本語による歌唱で字幕もない舞台だ。そして物語そのものはご存知のとおりなのだから、聴衆はドラマに、音楽に集中できることだろう。作曲当時まだ20代の團伊玖磨による音楽は、民謡風の旋律やわらべうたを用いた美しい音楽でこのドラマを描き出す。二管編成のオーケストラを駆使してプッチーニの『蝶々夫人』や『トゥーランドット』をも思わせる音楽を生み出す手腕はさすがずば抜けた才能が集った「三人の会」のひとり、と言ったところだろうか。
わらべ唄を團伊玖磨は巧みにオペラに採り入れている
日本語によるオペラ歌唱には相応の配慮が求められるところだがさすがヴェテラン、大友直人は東京フィルハーモニー交響楽団からクリアなサウンドを引き出し、歌われる言葉とオーケストラの妙味を両立してみせる。この日のリハーサルでかなりの細部まで仕上げを行っていたので、オーケストラ、キャストともども万全の準備で初日を迎えることだろう。
新国立劇場のサイトにはこの日の主役ふたり、澤畑恵美と小原啓楼へのインタヴューが掲載されている。ふたりの言葉の端々からこの作品、そして自身の役柄への思い入れの伝わるものとなっているのでご来場される前にぜひ一読をお薦めしたい。
憔悴しきったつうに気づけない与ひょうもまた哀しい
なお、三日間の本公演の後、高校生のためのオペラ鑑賞教室として9日(土)からこのプロダクションは指揮者を城谷正博に変更して上演が続けられるので、ぜひ多くの高校生に最良の上演を体験してみてほしい。
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シーズンを振り返ってみれば、「日本人キャストによる上演」ということで『魔笛』に、「戯曲通りに作曲されたオペラ」という点では『イェヌーファ』『サロメ』に、そして「タブーを破ることで関係が破局する」(しかも鳥が関わる)という点で『ローエングリン』にと、『夕鶴』とこれまで上演された作品間には関連/連環があったようにも思えてくる。それらの名作・名演を経て新国立劇場今シーズンの締めくくりとして上演される20世紀日本のオペラの代表作『夕鶴』の名舞台に期待しよう。
(取材協力:新国立劇場 写真撮影:筆者)
■日時:2016年7月1日(金) 19:00開演、7月2日(土)、3日(日) 14:00開演
■会場:新国立劇場 オペラパレス
■作:木下順二
■作曲:團伊玖磨
■指揮:大友直人
■演出:栗山民也
■児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■キャスト 役名:7/1&3、7/2の順に表記
つう:澤畑恵美、腰越満美
与ひょう:小原啓楼、鈴木 准
運ず:谷 友博、吉川健一
惣ど:峰 茂樹、久保和範
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/opera/performance/150109_006155.html
■日時:2016年7月9日(土)、11日(月)、12日(火)、13日(水)、14日(木)、15日(金) 13:00開演
■会場:新国立劇場 オペラパレス
■作:木下順二
■作曲:團伊玖磨
■指揮:城谷正博
■演出:栗山民也
■児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■キャスト 役名:「7/9&12&14」、「7/11&13&15」の順に表記
つう:澤畑恵美、腰越満美
与ひょう:小原啓楼、鈴木 准
運ず:谷 友博、吉川健一
惣ど:峰 茂樹、久保和範
■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/opera/performance/151021_007713.html