『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2016』音楽の面白さ・奥深さも堪能できる3日間
『モントルー・ジャズ・フェスティバル』
1967年夏にスイス・レマン湖のほとりでスタート、16日間にわたり名うてのミュージシャンたちが白熱のセッションを展開し、現在ではアメリカで開催されているニューポートとモントレーと共に“世界3大ジャズ・フェスティバル”と呼ばれ人気を獲得している『モントルー・ジャズ・フェスティバル』。昨年(2015年)には『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』が開催され、日本の音楽ファンも気軽にミュージシャンたちの圧倒的な演奏を楽しめると話題を呼んだが、それが今年も行なわれることになった。
本家がスタートして50周年というアニバーサリー・イヤーでもある今年。東京・恵比寿ザ・ガーデンホールを舞台に、10月7日(金)、8日(土)、9日(日)の3日間、国内外から実力派のアーティストたちが登場する。ジャズという音楽が持つ、垣根のない自由かつ芳醇な魅力を充分に堪能できそうな構成になっているのだ。そこで、各日の見どころをまとめてみた。彼らのパフォーマンスからは、音楽の持つ計り知れない面白さを発見することができるだろう。
1日目:10月7日(金)
エレクトロニック・ミュージックと融合、躍動するジャズを堪能できる初日
初日のパフォーマンスでまず注目したいのが、フランチェスコ・トリスターノである。1981年に西ヨーロッパ・ルクセンブルクで生まれたピアニストで、ベルリン交響楽団でソリストを経験するなど、クラシック界でも若手実力者として名を馳せている。いっぽうで、テクノやクラブ・ミュージックなどにも強い影響を受け、これまでカール・クレイグやモーリッツ・フォン・オズワルドなどのエレクトロニック系アーティストとも積極的にコラボレート。ジャンルにとらわれない発想力で、独自の進化を遂げているアーティストなのである。今回のステージでは、80年代より活躍し「デトロイト・テクノ」や「シカゴ・ハウス」といったアメリカ発のエレクトロニック・ミュージックのルーツ的存在として知られ、日本でもクラブ(レイヴ)・カルチャー黎明期から熱狂的な人気を獲得しているデリック・メイをフィーチャー。現代ポピュラー音楽を語るうえで欠かせないものとなった、エレクトロニック・ミュージック。それを異なる視点で表現し続けている彼らが結束して、どういった世界を繰り広げてくれるのか? 他では体感できない興奮や恍惚を味わえるはずだ。実際、これまで二人がコラボしたステージは、観客が総立ちになり、まるでクラブのフロアのような盛り上がりをみせているという。『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』も、問答無用に心を躍らせるビートに酔いしれることができそうだ。
フランチェスコ・トリスターノとデリック・メイ
※デリック・メイの代表曲「Strings Of Life」
この日には1990年代よりハウス・テクノ界で頭角をあらわし、今やエレクトロ・ミュージック・シーンを牽引する存在になっているドイツ・ベルリン出身のヘンリク・シュワルツも登場。今回のステージでは、二人の日本人アーティストと共演。まず、日本を代表するピアニストであり、最近はトリオ「FIT!」を結成し勢力的な活動をしている、板橋文夫。そして、ジャズやアンビエント、現代音楽などを取り入れ独自の宇宙を感じさせるサウンドで世界的に注目され、最近はサカナクションへのリミックス提供でも話題を呼んでいる、Kuniyuki。20年以上にわたりクラブのフロアを熱狂させ続けるシュワルツが、日本の個性的かつスリリングな音を発信し続ける存在として知られる“クセモノ”ミュージシャンたちと、どういう音をクリエイトしていくのか? こちらも楽しみだ。
ヘンリク・シュワルツ
板橋文夫
Kuniyuki
また、高橋幸宏、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳、ゴンドウトモヒコ、LEO今井によって結成された、METAFIVEもこの日に登場する。そもそもは、2014年に開催された「テクノリサイタル」のために一夜限りで結成されたプロジェクトであったが、あまりの評判でその後も活動を続け、今年1月には初アルバムをリリース。夏には『SUMMER SONIC 2016』や『WORLD HAPPINESS 2016』などのフェスにも登場している彼ら。そんな勢力的な1年を総括するようなステージを『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』で披露するはずだ。世界でも評価の高いミュージシャンたちが繰り広げるサウンド世界は、実験性やアート・センスにあふれながらも、時代に流れるポップ性やムードをうまくミックスさせたもの。“ジャズ”と名がつくフェスの出演ということもあり、ここでは他とは違うパフォーマンスも披露してくれるのではないだろうか?
METAFIVE
※ライブ映像「METALIVE」
“ジャズ”というと、座り心地のいい椅子にじっと腰掛けて、卓越したミュージシャンたちの音色をじっくり堪能するというイメージを持っている人もいるのかもしれないが、時代と調和しながら躍動的に進化している一面も感じられるはずの初日ラインナップ。ぜひ、アクティブなスタイル(姿勢)で足を運んでほしい。
2日目:10月8日(土)
“格式高さ”を感じさせない、洗練されたグルーヴを放つジャズのグルーヴに酔いしれたい
1970年代のディスコ・ブーム全盛からはじまり、常に時代と共にさまざまな音が登場し、熱狂させていたダンス・ミュージック。1980年代後半から90年代前半にかけては“アシッド・ジャズ”と呼ばれるジャズにエレクトロニックやソウル、R&Bなどの要素を取り入れたサウンドが登場。その流麗なグルーヴを放つサウンドは、浮き沈みの激しい音楽シーンにおいても時代に流されることなく着実に人気を獲得。今では幅広い世代が楽しめるサウンドとして人気が定着している。そんな“アシッド・ジャズ”を生み出した存在と呼ばれる英国出身のDJ/プロデューサーである、ジャイルス・ピーターソンが『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』の2日目に登場することになった。これまで30年近いキャリアのなかで、インコグニートやマスターズ・アット・ワーク、ジャミロクワイから、SOIL&"PIMP"SESSIONSまで、さまざまなバンドやアーティストを紹介してきた彼。ゆえにDJパフォーマンスにおいては、ジャンルや国籍などを問わず、その場の雰囲気になじみながらも、聴き手に新しい音楽の発見を与えるようなトラックをプレイしてくれるのだ。『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』という空間で、いったいどんな音を鳴らすのか? どんな刺激をもたらしてくれるのか? 全音楽ファン必見のステージである。
またこの日には、ジャイルスがブラジル音楽の実力派たちと結成したバンド「ジャイルス・ピーターソン・プレゼンツ・ソンゼイラ・ライブ・バンド」名義でのパフォーマンスも敢行。オリンピックやパラリンピックで話題を呼んだブラジル(ラテン)の情熱的かつ開放的なリズムを、ジャイルスの洗練された音楽センスでどう表現してくれるのか? も見どころである。
ジャイルス・ピーターソン
他にも、“ベルギーのビリー・ホリディ、ニーナ・シモン”と評され、2014年にリリースされたアルバムはレディオヘッドのフィリップ・セルウェイが年間ベスト・アルバムにピックアップするなど、話題の女性シンガーソングライターのメラニー・デ・ビアシオ。元アンダーワールドのダレン・エマーソンの作品にヴォーカリストとして参加していることなどでも知られ、2015年に初のソロ・アルバムをリリースした英国出身のシンガーソングライター、ピート・ジョセフといった、海外の若手実力派アーティストたちが登場。さらには、1980年代より日本のクラブ(ダンス・ミュージック)・カルチャーを牽引、ここ最近はジャズのコンピレーション盤をリリースするなど、ジャズの魅力を幅広い音楽リスナーに提示し続けているDJ/プロデューサー、須永辰緒の出演も決定している。
メラニー・デ・ビアシオ
ピート・ジョセフ
須永辰緒
歴史の深い音楽ゆえに“格式の高さ”を感じる人も多いジャズであるが、彼らのパフォーマンスはそんな偏見を一蹴させるはず。ジャズは、純粋にグルーヴに酔いしれることが、何より一番の楽しみ方であることを教えてくれるだろう。
最終日:10月9日(日)
国内外の実力派たちが集結! 1日にして世界旅行を味わえる、充実のラインナップ
最近は、ロックバンドのTHE BAWDIESが楽曲提供をしたり、今年の『フジロックフェスティバル』においてはバンドを従えて迫力のヴォーカルを披露するなど、演歌歌手という枠を超えた活躍が話題になっている八代亜紀が『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』の最終日を飾ることになった。もともとはジャズ歌手をめざし、2012年にはジャズ・アルバムを発表した彼女。ジャズのスウィンギンなグルーヴにのると、彼女独特のハスキーな歌声が、自然と日本酒の熱燗からウイスキーやワインに合うものに変化していくから、不思議だ。今回のステージは、ジャズ・ピアニストとして世界の名だたるミュージシャンとセッションしながらも、リーダー作も多数発表しているクリヤ・マコト率いる「クリヤ・マコト・クインテット」とのジョイント。共演するミュージシャンの個性をいち早く感知し、他では体感できない魅力を引き出すことに定評があるクリヤが、彼女の圧倒的な歌声にどんな彩りを与えてくれるのか? つまりどんなお酒にあう音楽を聴かせてくれるのか? 必見である。
※ニューヨークの老舗クラブ、Birdlandで行ったジャズライブ
また、この日はブラジルから二人のミュージシャンが登場するのも注目したい。ひとりは1970年代より活躍し、グラミー賞も獲得しているブラジル音楽シーンの重鎮的シンガーソングライター・ギタリストである、カエターノ・ヴェローゾ。
カエターノ・ヴェローゾ
※カエターノ・ヴェローゾの代表曲「LEÃOZINHO」
もうひとりは、1990年代より活躍リオデジャネイロのサンバのメッカと呼ばれる「ラパ」地区で圧倒的な人気を誇る歌姫、テレーザ・クリスチーナが登場。2日目同様、我々をブラジルの情熱的で開放感あふれるビーチや街へとトリップさせてくれるはず。
テレーザ・クリスチーナ
彼らの他にも、映画や音楽、文学などさまざまな分野で才能を発揮し、フランスのカルチャー・アイコンとなっているセルジュ・ゲンスブールの息子であるルル・ゲンスブールは、こちらもフランスを代表する建築家であるフィリップ・スタルクの愛娘、アラ・スタルクをフィーチャーして登場。ふたつの才能が、このステージでどんな化学反応を起こすのか?に注目したい。さらに、1990年代よりジャズをベースにしたサウンドで、日本のクラブ・ミュージックの最前線を走り続けるDJ/プロデューサー、松浦俊夫もパフォーマンス。“ジャズ”という枠を超えた、興奮のステージを味わえることができるだろう。つまり、最終日は日本、ブラジル、フランスと1日にして、さまざまな国を旅した気分が味わえるはずだ。
ルル・ゲンスブール
松浦俊夫
エレクトロニック、クラブ、さらには演歌にいたるまで、幅広いミュージシャンが集結する、今年の『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン』。このバラエティに富んだラインナップを通じて感じることは、どんなタイプの音楽でも自由に取り入れることができる懐の深さが、ジャズにはあるということ。決してホーンやウッドベースが響いてなくても、心地よいと思えるポイントさえあれば、どんな楽器を鳴らしていたって“ジャズ”になるのだ。また、普段ジャズを好んで聴く人にとっても、他のジャンルの音楽の面白さ・奥深さも堪能してもらえる3日間になるはず。そう、このフェスは“ジャズ”という名前を通じ、いろんな人が音楽の持つ面白さを再発見できる絶好の機会と言えるのではないだろうか。
レポート・文=松永尚久