土から生まれた"色の魔術"に魅了される 『The Power of Colors 色彩のちから』で現代陶芸を堪能

レポート
アート
2016.9.20
『The Power of Colors 色彩のちから』 ©girls Artalk

『The Power of Colors 色彩のちから』 ©girls Artalk

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日差しが柔らかな、9月の昼下がり。東京・虎ノ門にほど近い、菊池寛実記念 智美術館を訪れました。12月4日(日)まで、こちらでは『The Power of Colors 色彩のちから』という企画展が開催されています。菊池寛実記念 智美術館は、創立者の菊池智氏が約半世紀にわたり集めてきた、現代陶芸のコレクション『菊池コレクション』を有する私立美術館です。2003年に港区虎ノ門の閑静な土地に開館しました。美術館の名には、実業家で智氏の実父である菊池寛実氏の名も冠されています。

智氏は、アメリカ・ワシントンのスミソニアン博物館にて、1983年に全米で初めて日本の現代陶芸を紹介する、『Japanese Ceramics Today – Masterworks from the Kikuchi Collection (現代日本陶芸展)』を自らのコレクションのみで開催しました。その展覧会は大成功を収め、イギリス・ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館にも巡回。日本陶芸の素晴らしさを欧米に伝える偉業を成された女性実業家なのです。

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敷地内に入ると、すぐに目に飛び込んできたのは近代的なビル。美術館とレストランの案内が並ぶ、静謐で美しいエントランスが来場者を迎えます。さらにフランス語で ”musée Tomo(智美術館)”の文字の記載が。こちらが非日常世界への入り口です。

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玄関のホールの正面には、書家・篠田桃紅氏による作品が展示されています。《ある女主人の肖像》(1988年頃)というタイトルが付けられた本作の、「女主人」とは館長の智氏を象徴しているのでしょうか。水墨で描かれた抽象的なシルエットにそんな想像力を掻き立てられます。

 
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地下階の展示室へつづく螺旋階段にも注目です。流れる水のような彫りが施された手摺りは、ガラス作家・横山尚人氏による作品となっています。前述の篠田桃紅氏が手掛けた銀の壁面のコラージュ作品との静寂なコントラストが美しい空間を味わいながら、さらに下へ降りていきましょう。

 
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展示室は、スミソニアン博物館での展覧会会場のデザインを手掛けた、展示デザイナーであるリチャード・モリナロリ氏の設計です。アメリカでの展覧会準備中、彼は打ち合わせのために2度来日し、智氏から徹底的に日本文化を教えられたそうです。

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個性的な展示室は、まさに非日常的な陶芸作品のための舞台と言えるでしょう。照明は極度に抑えられ、作品一つ一つにはスポットライトが当たり、ドラマティックでありながら、鑑賞者が作品と静かに向き合える空間が演出されています。川のように流れる黄金の展示台、御簾のような薄布の装飾、背景には山々が描かれ、随所に日本の意匠が採り入れられたモダンな雰囲気が漂います。

さて、今回の企画展では、菊池コレクションを中心に作家35名(写真家1名)が手がけた、約60点に及ぶ現代陶芸の作品が、「色彩のちから」というテーマで紹介されています。私たちは日常生活の中で、たくさんの色に囲まれて生活しています。芸術表現において色は重要な要素であり、色がもたらす効果は絶大です。中でも陶磁器において色は、焼成されることで初めて発色・定着するもので、素材や条件によって変化するものとして知られています。

展覧会場の一室目には、赤、白、黒、緑、青など、土や釉薬の色が特徴的な作品が、色ごとに陳列されています。一口に赤と言えど、材質の特徴や製法によって出てくる色が異なります。陶器を焼くと、土に含まれている鉄分によって自然に現れる赤色、化粧土という赤い土を表面に塗ることで出てくる赤色、それぞれ個性的な赤色が現れてくることがわかります。

辻清明《信楽帽子、信楽ステッキ》1982年 

辻清明《信楽帽子、信楽ステッキ》1982年 

壮麗に並ぶ作品の中で、特に目を引いたのがこちらの帽子とステッキの作品。本作を手掛けた陶芸家・辻清明氏は、滋賀県の信楽(しがらき)から土を持ってきて製作していました。茶褐色から、鮮やかな赤色まで複雑に発色しています。とくに辻氏の信楽焼の赤は、土そのものから引き出された色で、「緋色」とも呼ばれています。信楽焼では珍しい帽子とステッキのモチーフは、文学者や作家などとの豊かな交流からインスピレーションを得て制作されたと言います。辻氏は茶碗などの伝統的な作品も手がけていますが、智氏によって選ばれたのはユーモアに溢れたこちらの作品でした。

 

二室目には、陶磁器専用の絵具で文様や、絵が施された「色絵(いろえ)」の陶磁器が展示されています。色絵とは、磁器や陶器の本体を高火度で焼いたあと、上絵具で絵付けを施し、絵具に適した低火度で再び焼成して鮮やかな色を発色・定着させる技法です。色の素にはコバルト、銅、鉄、マンガンなど様々な酸化金属が使われます。

三代 德田八十吉(やそきち)《耀彩鉢〈黎明〉》1986 年

三代 德田八十吉(やそきち)《耀彩鉢〈黎明〉》1986 年

展示室の中ほどで、鮮やかな色彩のグラデーションに釘付けになりました。このガラスのような艶がある九谷焼の大鉢は、色絵磁器の産地である石川県・小松の名工の三代目 德田八十吉氏の初期代表作です。同氏は従来の九谷焼とは異なり、器全体を絵具で塗り、色の濃淡によって作品を仕上げる「彩釉(さいゆう)」という技法を生み出しました。筋になった部分は色を重ねて焼成した跡なのだそう。一見抽象的に見える本作ですが、実は德田氏が趣味の海釣に出かけた時に見た夜明けの海をモチーフとした具象の作品だそうです。深い青は海、水面に映る太陽、壮大で美しい自然が織りなす一瞬の風景がこの一作に永遠に封じ込められているといえます。

 

また展示室では、柿右衛門や北大路魯山人の作品に続いて、人間国宝・藤本能道(よしみち)氏の作品が数多く並んでいます。

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同氏は、絵画的な空間表現を色絵磁器に取り入れるため、下地の段階で色釉を施す「釉描(ゆびょう)」の技を編み出しました。

藤本能道《霜白釉釉描色絵金彩花と虫図六角大筥》1990 年

藤本能道《霜白釉釉描色絵金彩花と虫図六角大筥》1990 年

最晩年の作品は、同氏が闘病しながら制作した逸品であり、炎、花、虫など命そのもの、精神的な世界を描写しています。艶やかに咲く大輪の花と、金彩の虫は、生命のもつ輝きを強く感じさせます。この赤色の鮮やかさを出すために、特別に作った下地の白を「霜白釉(そうはくゆう)」といいます。

 

三室目には、青白磁と写真作品がとりあわせて展示されています。深見陶治氏による青白磁「蒼き狼」の淡い青色が、光によって浮かび上がっています。その背後には六道知弘氏による写真作品《那智の瀧》が映し出す現実世界の色が。二つの色が出会い、影響し合う空間では、どんな色が見えてくるでしょうか。

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girls artalk取材班が訪れた当日は、四代 德田八十吉さんがいらしていました。八十吉さんは、前述の三代 徳田八十吉氏の長女で、2010年に四代を襲名し、現在は石川県小松市で創作活動をされています。会場正面に特別出品されている、三代 八十吉氏が最晩年に製作した生前未発表の作品《耀彩花器〈希望〉》(2005年)について特別にお話を伺うことができました。

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德田八十吉さん:こちらの作品は天の川、ギャラクシーをイメージしています。形は金工の形で、工程が複雑で、制作には高い技術を必要とするものです。父は絵は描かず、ヘンリームーアやロダンの作品が好きでしたが、時代はピカソなどはっきり描かない作品が主流でした。また、父が活躍した時期には無形文化財に指定される条件として、技術、地方性、伝統的なものに加え、芸術性が加わりました。そのため、オリジナリティーや独創性を父は模索していました。この作品は父の分身のような作品です。今回で日本で見られるのは最初で最期なので、ぜひ御覧ください。

 

老舗陶工の四代と伺い、和服姿があまりにお美しく身構えてしまいましたが、私たちとも気さくにお話しして下さいました。来る、9月24日(土)には、德田さんによるアーティストトークがありますので、実際にお話しを聞くチャンスです。気になった方はぜひ訪れてみては。

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作品の色彩は、私たちの身近にある土から産まれたとは信じがたいほどに、多彩で奥深い色をしていました。その全ては作家の方々が、自然の恵みを研究し、活かし、応用してきた技術と創意工夫の賜物なのです。そこには、様々な人生のドラマが隠されています。陶芸はよくわからないという方にこそ、会場に足をお運びいただきたい本展。ご自身の目で、色の世界と、作家陣・菊池智氏の情熱を感じてみて下さい。きっと、未来に繋がるパワーを貰えることと思います。


 

写真撮影=新井まる、藤井涼子 写真提供=菊池寛実記念 智美術館 文=藤井涼子 同行取材=新麻記子

写真の無断転載を禁止させていただきます。

展覧会情報
The Power of Colors 色彩のちから
会期・2016年8月6日(土) ~12月4日(日)
会場・菊池寛実記念 智美術館 
   〒105-0001 東京都港区虎ノ門 4-1-35
観覧料 一般 1,000 円/大学生 800 円/小中高生 500 円
開館時間 午前 11 時から午後 6 時まで(入館は午後 5 時 30 分まで)
休館日 毎週月曜日(ただし 9/19、10/10 は開館)、9/20(火)、10/11(火)
http://www.musee-tomo.or.jp
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