「題名のない音楽会」10月9・16日出演のアンドレア・バッティストーニ、大いに語る

SPICER
東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任する直前の若きマエストロに話を聞いた

東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任する直前の若きマエストロに話を聞いた


既に伝えたとおり、アンドレア・バッティストーニは10月1日に東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任した。これまでは桂冠名誉指揮者(現・名誉音楽監督)のチョン・ミョンフン、そして特別客演指揮者のミハイル・プレトニョフとともに、首席客演指揮者として三人で東京フィルの充実した演奏活動を支えてきたバッティストーニが名実ともに東京フィルの顔となり、これまで以上の活躍が期待できるようになったのだ。

さて、アンドレア・バッティストーニの東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者就任記念特別企画の第二回目として、9月10日に東京フィルハーモニー交響楽団の事務局で行ったアンドレア・バッティストーニの単独インタビューをお届けしよう。9月上旬の短い滞在期間のうちにいくつものコンサートで充実した演奏を聴かせてくれたバッティストーニは、このインタビューで東京フィルとの演奏活動について、目前に迫った10月定期演奏会で取り上げるマスカーニのオペラ「イリス」について、そして音楽そのものについて存分に語ってくれた。では、さっそくお読みいただきたい。

身振り手振りもまじえて、雄弁に語るバッティストーニ

身振り手振りもまじえて、雄弁に語るバッティストーニ

■バッティストーニ、東京フィルの指揮者として

--私は5月から「バッティストーニ&東京フィル」の公演を取材しています。最初にリハーサルに伺った際に、指揮者とオーケストラの関係が十分に通じ合ったものであることに驚かされました。率直に求めるものを伝えていくマエストロの姿勢に大いに感心しましたし、率直に音で応える東京フィルの姿勢から、両者は実にいい関係なのだと感じました。

バッティストーニ: そうですね、指揮者とオーケストラがうまくいくためには、指揮者が何を求めているかはっきりと自分自身でわかっていることが一番大事です。私がどこに行きたいのか、”到達点”が見えていなければいけません。とはいえ、指揮者がはっきりした考えを持っている時に、オーケストラのメンバー全員がまったく同じ考えでないこともあります。そんなときにも東京フィルは”考えは違うけど、まずは一緒にやってみよう”という姿勢で演奏してくれます。そんな挑戦を彼らはオーケストラにとっての新しいチャレンジとして楽しんでくれていますので、それを成功させるためにも指揮者自身が自分の求めるものを深く理解して、明瞭に示さなければいけません。こうしたチャレンジの中で、とくに彼らがよく知っているレパートリーの場合にはオーケストラには「これは新しいアプローチだな」と感じてもらえているのでしょう。

--拝見したリハーサルでは「ここまでたどり着きたかったんだな」「いま演奏が仕上がったな」と感じた瞬間が何度かありましたので、仰ることはよくわかります。先日のリハーサルについてもマエストロは来日直後ということでしたが、親密な雰囲気でリハーサルが始まったのが印象的でした、まるで昨日までは別のコンサートをしていて「さあ次だね」というくらいの雰囲気が印象に残りました。

バッティストーニ: このオーケストラとはそれこそ最初の演奏からフィーリングが合って、今もお互いに共演を楽しんでいます。指揮者とオーケストラがすぐさま通じ合うようなことは稀に起こりうることですが、初めての共演からこんなにも早く互いに演奏を楽しめるようになるのは本当に稀なことで、この感覚は共演のたび私を刺激してくれます。だから今の私たちはとてもいい関係にある、と言えるでしょうね。

--先日のリハーサルでは、繰り返し取り上げている「ナブッコ」序曲をより細部まで練り上げていくところに少し驚き、感心しました。少し前に演奏した作品でも、常により良い演奏を、と貪欲に理想を求める姿勢が感じられたように思います。

バッティストーニ: ありがとう。演奏を退屈なルーティンにしない、というのは大事にしていることです。既に演奏した曲であれば、仮にリハーサルをしなくても東京フィルの皆さんは演奏できてしまいます。でもそれがただの繰り返しになってしまえば、仮に私たち演奏者は楽しめていても、悪い意味で”お決まり”の雰囲気はどこかでお客さまに伝わってしまいますから避けたいですね。

確信に満ちたマエストロの視線は、それだけでも演奏者に多くを伝えているのだろうと思わされる

確信に満ちたマエストロの視線は、それだけでも演奏者に多くを伝えているのだろうと思わされる

■バッティストーニ、音楽を語る

--マエストロのリハーサルにおいて、あの劇的な流れ、輝かしい響きが常に楽譜の読みから導き出されることにいつも感心させられています。楽譜を重視したアプローチはマエストロが作曲をされることとも関係はあるのでしょうか?

バッティストーニ: そうですね、関係あるのかもしれません。私にとって音楽をするというのは、作曲家の中に自分自身を見出すことができるか、という作業でもあります。演奏する作品に対して、自分が感情的に思い入れがなければ、オーケストラもそれを見いだせないし、聴衆にも何も届かないでしょう。ですが、バランスに気をつけなければいけないのが指揮者という仕事です。インスピレーションがなければ指揮はできないけれど、パフォーマーであるのと同時に指揮者はオーケストラという集団を運用する管理者でもあります。演奏中にはこの二つの要素を、一人で同時に取り回しているような状態にあります。ある面では今この瞬間を濃厚に生きることに没入しているけれど、もう一方では自分が表現しようとしている直感的なもの、インスピレーションを合理的客観的に判断し評価している、そんな感じがします。音楽家がナチュラルな才能を持っていたとしても、合理的土台がなければそれを表現に変えていくことはできませんから、これは大切なことです(それは音楽を学ぶことの重要性と同じだと思います)。

私自身が作曲家であることによって、理解できた大事なことがあります。「楽譜にはいろいろな指示を書き込めるが、それは”最終的”なものではない」ということです。楽譜に基づいて行われる演奏が、完全に”楽譜どおり”になるということは、ありえないんですね。トスカニーニには反論することになりますが(笑)、音楽の大事なことすべて楽譜に書き込むことはできませんからね。自分の作品についても、自分で演奏するよりも誰か他の音楽家が演奏してくれた時に、よりその作品の大事なものが発見されて現れていることがあります。音楽をより豊かに表現するためには、解釈して音にする人(演奏家、音楽家)が必要なんだと思いますね。自分が書いた作品でも、自分の意図とは違う読み方による演奏がよりいいものに感じられることもありますから(笑)、楽譜を解釈する”演奏者の自由”というのも作品そのものの一部なのでしょう。

--ありがとうございます。お話の中でトスカニーニの名前が出ましたのでお聞きします。先日のベートーヴェンを聴いて、私個人は「モノラル録音からは伝わりきらないけれど、トスカニーニもこんな風に演奏したのかな」と思ったりしましたけれど、イタリアの先人についてはどう思われますか?

バッティストーニ: トスカニーニはもちろん指揮者一般に、そして私自身にとっても模範とされるべき一人です。でも彼は「楽譜に忠実に!」と言っていましたが、実際にはそうではないことも多いです。オーケストレーションの改変やカットなどを、そういう時代だとしても最終的には自分の判断でしていますね。イタリアの偉大な先人たち、たとえばジャナンドレア・ガヴァッツェーニ、アントニーノ・ヴォットー、ヴィクトル・デ・サバタ(註:いずれもイタリアの偉大な指揮者)なども、楽譜を出発点として読み込んだ上で彼ら自身の表現を突き詰めた人たちだ、と考えています。

現在の指揮者ならリッカルド・ムーティもそうですね。彼も非常に「楽譜に忠実」な指揮者として知られていますし、音符や記号の一つ一つを深く読み込んでいることが演奏からもわかりますが、彼はけっして楽譜に首っ引きで演奏しているような人でもありませんよね?彼の演奏には明確な彼の判断、解釈があります。

そして私は「指揮者はそうあるべきだ」、と考えています。一つの曲について”唯一の正しい解釈”といえるような、正解とされるような理解はありませんから、音楽家それぞれにいろいろな解釈があるべきです。自分自身の解釈を音楽家は表現しなければならない、そこで大事なのは”正直であること”だと思いますよ。

--これまで聴かせていただいた演奏からもよく理解できるご意見です。その上で、慣習的なアプローチから脱却して新鮮な瞬間が何度も訪れることに、いつも感心させられています。

時に自分の中を見るように考えながらも、言いよどむようなことはない

時に自分の中を見るように考えながらも、言いよどむようなことはない

■バッティストーニ、歌劇「イリス」を語る

--さて、今月のいくつかの演奏会を聴いたことで、多くの音楽ファンは10月の定期がこれまで以上に楽しみになっています。特に”イタリア・オペラとベートーヴェンによるコンサート”は「休日の午後のコンサート」(9月4日開催/前回記事参照)が最高の”予告編”となっていましたので、ここではもうひとつ注目のプログラム、マスカーニの歌劇「イリス」についてお聞きします。今回取り上げる理由、作品の魅力などご自由にお話ください。

バッティストーニ: マスカーニの「イリス」は、日本だけではなくイタリアでもあまり知られていない作品です。なんといっても”日本を題材としたイタリア・オペラ”にはプッチーニの「蝶々夫人」という最大の成功作がありますからね。「蝶々夫人」はそもそもが劇作品として書かれていて上手く作られているし、男女の愛や死など、リアルな出来事に聴衆が直接的な衝撃を受ける作品です。一方「イリス」は、象徴主義的で詩的な作品です。象徴主義のおとぎ話には、どこか暗い雰囲気を持っているのが特徴があります。なにか不安を掻き立てるような、神秘的な夜の世界を思わせる作品に触れたとき、その世界観が直接的には伝わりにくい部分もあるでしょう。

「イリス」は劇場作品としてはお芝居がさほど重要ではないところもあるので、演奏会形式で取り上げるには最適かもしれません(笑)。冗談はさておいて、この作品で最も魅力的なのはその音楽なので、演奏会形式の方がむしろ作品のよさは伝わると思います。
この作品におけるマスカーニの音楽には、折衷的で全体に耽美的な雰囲気があります。日本を舞台にした作品ですが、主に日本風の音楽によるのではなく独自のアイディアや音楽的インスピレーションをさまざまに展開しています。作品全体について言えばワーグナーの影響が最も大きく、よく見ていけば当時のフランス音楽の雰囲気も感じられます、そしてイタリア音楽ならではの情熱的な旋律も突然に顔を出しますね。(「蝶々夫人」のような)ひとつのドラマを語るために全体が統一された作品ではないのですが、そこがこの作品の最大の魅力なのだと考えています。「イリス」はとても珍しい作品なのです。

--たしかに、この作品は前奏曲冒頭からコントラバスのソロからはじまりますし、弦楽合奏の先に現れるヴァイオリンの八重奏はまさに「ローエングリン」の響きが聴こえ、と独特な書法には驚かされました。今度の演奏会では、舞台でそのオーケストレーションが見られる形で演奏されるわけですから、より直截にこの作品を楽しめるのではないか、と感じています。

バッティストーニ: そうですね、本当にオーケストレーションは「カヴァレリア・ルスティカーナ」とは比べようもなく巧みに書かれています。若書きの「カヴァレリア・ルスティカーナ」は素晴らしく効果的ではあるけれど、やはりまだ荒々しいところも目立ちます。対して「イリス」は円熟した作曲家の作品ですから、作曲家としての技量も経験も格段に進歩しています。マスカーニ自身が指揮者として活躍した経験もあってでしょうか、非常に充実したオーケストレーションとなっていますね。

--では10月の二つの定期演奏会、楽しみにしています。

※「イリス(あやめ)」については、東京フィルハーモニー交響楽団のYouTube公式チャンネルでバッティストーニによる紹介動画も用意されている。
 

■バッティストーニ、ロシア音楽を語る

--では続いて、ロシア音楽を取り上げる2017年3月のコンサートについてお聞きします。先日の午後のコンサートの中のトークで、マエストロが「自分がもっと幼かった頃に、ロシア音楽に多く救われた」というお話が非常に印象的でした。マエストロが特にもお好きなロシアの音楽家は誰なんでしょう?

バッティストーニ: 私が一番最初に音楽というものに恋したのは、ロシア音楽でした。オペラはもちろん身の回りにありましたが、交響曲はロシアのものを好きになったんです。チャイコフスキー、ラフマニノフの交響曲は、人間の感情をこの上なく素晴らしく描写できる音楽だと思っています。管弦楽曲には言葉がありません、だからこそ聴き手が自分の感情を作品の中に見つけ出すことができますよね。自分の経験を投影したり、なにか気づいていない感情を見出したりできる。ですから、その人によってどの作曲家を愛するかはその音楽のヴォキャブラリーがどれだけ自分に近いかどうかで、その音楽との距離が決まると思っています。私の場合、例えばブラームスやメンデルスゾーンと比べたら、ロシアの音楽のほうがずっと近いですね(笑いながら)。今度取り上げる二人、ラフマニノフとチャイコフスキーは自分の心に近い音楽家だ、と出会った頃から感じているので、これからも演奏していくと思います。

ステージ上の熱い指揮のイメージとは違い、ふだんは穏やかに振る舞うマエストロだ

ステージ上の熱い指揮のイメージとは違い、ふだんは穏やかに振る舞うマエストロだ

■“バッティストーニ&東京フィル”の未来を語る

--いまのお話の中で、ロシア以外の作曲家のお話もありましたが、東京フィルハーモニー交響楽団とこれから演奏したい作曲家をあげていただけますか?

バッティストーニ:まずイタリアの作曲家はこれからも演奏していきます。「ナブッコ」で私たちは出会えたわけですが、ヴェルディの作品は「イリス」の後にでもなんらかの形で取り上げたいと考えています。そしてレスピーギの作品で私たちはこれまでも成功していますが、これからも演奏していきます。あとはより人気のある作品や作曲家、たとえばベルリオーズ、マーラー、ベートーヴェンやラフマニノフは今後確実に取り上げていくでしょう。

--では最後に、10月1日から東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者として活躍されることが決定したことについて、まずはあなたにもオーケストラにもおめでとうございます。

バッティストーニ: ARIGATO!(笑いながら)

東京フィルハーモニー交響楽団: イタリア・オペラ上演の歴史が長く、アルジェオ・クワドリ氏(東京フィル・名誉指揮者)を始めとする多くのイタリアのマエストロと共演してきた私たちが、いま彼を迎えられることは喜ばしいことです。

--まさにいま世界に雄飛していく最中の、若く才能あるマエストロが日本の歴史あるオーケストラに注力してくれることは私たちファンにとっても嬉しいことです。今後ポストが変わることで、取り組みとして変わってくることはあるでしょうか?

バッティストーニ: これまでも全力でやってきましたので、音楽家としてやることは実質的には変わらないですね。ただ、目の前の演奏だけではなく、東京フィルの未来を考えて高い目標を持ってやっていかなければという責任は感じています。私にもオーケストラにもお互いに長所がありますので、ともにそれを活かして、刺激しあってやっていこうと考えています。

--長い時間ありがとうございました。今後のさらなるご活躍を期待しています。

リハーサルでもインタビューでも、彼の表現はいつも簡潔でたとえや例示も的確だ

リハーサルでもインタビューでも、彼の表現はいつも簡潔でたとえや例示も的確だ

いかがだろうか。若き首席指揮者が存分に語ってくれた濃密な数十分間をあまさず再現した。彼の魅力的な雄弁はまったく淀みないもの、短い時間でこれだけ多くを語ってもらえたことに感謝したい。

新首席指揮者は間近に迫った10月の演奏会に、そして来年3月の演奏会に登場する。まずは彼らの音楽を存分に楽しもう、そしてそう遠くない時期に発表されるだろう来年4月からのシーズン・プログラムを楽しみに待とう。“首席指揮者・アンドレア・バッティストーニ時代”の最初のプログラムには、きっと「バッティストーニ&東京フィル」が創る”未来”が描かれているのだから。

(インタビュアー&文:千葉さとし  取材協力:東京フィルハーモニー交響楽団  通訳:井内美香  写真:長澤直子)

公演情報
東京フィルハーモニー交響楽団 第886回オーチャード定期演奏会/第887回サントリー定期シリーズ
 
■日時・会場:
2016年10月16日(日) 15:00開演 Bunkamuraオーチャードホール
2016年10月20日(木) 19:00開演 サントリーホール 大ホール
出演:
・指揮・演出:アンドレア・バッティストーニ
・チェーコ(バス):妻屋秀和
・イリス(ソプラノ):ラケーレ・スターニシ(当初の予定から変更されました)
・大阪(テノール):フランチェスコ・アニーレ
・京都(バリトン):町英和
・ディーア/芸者(ソプラノ):鷲尾麻衣
・くず拾い/行商人(テノール):伊達英二
・新国立劇場合唱団
・管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
曲目:
マスカーニ:歌劇「イリス(あやめ)」 演奏会形式・字幕付き

 
公演情報
東京フィルハーモニー交響楽団 第105回東京オペラシティ定期シリーズ/長岡特別演奏会

■日時・会場:
2016年10月19日(水) 19:00開演 東京オペラシティコンサートホール
2016年10月21日(金) 19:00開演 長岡リリックホール コンサートホール
2016年10月22日(土) 14:00開演 長岡リリックホール コンサートホール
■出演:
・指揮:アンドレア・バッティストーニ
・管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■曲目:
・ヴェルディ:歌劇「ルイザ・ミラー」序曲/歌劇「マクベス」より 舞曲
・ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
・ベートーヴェン:交響曲第五番 ハ短調 「運命」

シェア / 保存先を選択