血の通った生身の人間から現代を照射する KAKUTA『愚図』上演中
KAKUTA公演『愚図』が、11月10日から、東池袋のあうるすぽっとにて上演中だ。(20日まで。そののち豊橋、北九州公演あり)
今回の公演はKAKUTAの劇団結成20周年記念第3弾であり、桑原裕子が『痕跡《あとあと》』で鶴屋南北戯曲賞を受賞後、初の書き下ろし上演作品となっている。
キャストには林家正蔵を主演として迎え、千葉雅子、今奈良孝行、今藤洋子、谷恭輔がゲストとして参加。KAKUTAからは成清正紀、若狭勝也、佐賀野雅和、四浦麻希、異儀田夏葉、多田香織、桑原裕子といった個性溢れるメンバーが出演している。
【あらすじ】
山にそびえたつ工場の跡地。そこは立ち入り禁止となってかなりの時を経ている。そこに2人の女性が忍び込んだことから物語は始まる。2人の女性はそこで偶然、「あるもの」を見つけてしまう。その「あるもの」の由来はどのようなものか。物語の中心にその「あるもの」の由来を解き明かすことを据えつつ、それに関係したさまざまなグループが登場し、交差しながら物語が紡がれていく──。
主人公の楠田英雄(林家正蔵)は、地元のスーパーに勤めるうだつのあがらない男で、職場でも家でもその愚図さ加減で、侮られたまま生きてきた。そんな男に降って湧いたようないた浮気疑惑が持ち上がる。しかも相手はスーパーの可愛い若手女子社員(多田香織)というから、専業主婦の妻(千葉雅子)は動揺し、気の強い妹(今藤洋子)にけしかけられるまま、自立を求めて清掃会社に働きに出る。だが妻も仕事場で夫以上に愚図扱いされることになる。そんな夫婦と関わる人間たちも、それぞれこの世界での生きにくさと辛酸を抱えている人間ばかりで、その負の連鎖が巡りめぐって、思いがけない形で主人公へと収斂していくことになる。
桑原裕子の劇作家としての才能は、重層的な物語を構築する力と、その中で生きる人間たちのリアリティで、今回もいくつかのグループの人々、一見関わりのないように見える彼らの中にある共通の因子、たとえば「弱者」「貧困」「暴力」などを巧みに繋いでいって、小さなプロットの集積から、この社会が抱える本質的な問題を鮮やかに浮かび上がらせることだろう。
同時に、今の社会の負の部分を暴き出すヘビーな物語でありながら、そこにある明るさがあるのは、主人公をはじめ「愚図」扱いされてきた人間たちが、「愚図」を逆手にとってしたたかに生きているという、ある意味ではパラドキシカルな展開があることで、そこに視点を据えた作者の人間への深い愛さえ感じるのだ。
俳優たちは当て書きとはいえ、見事なはまり役の林家正蔵をはじめ、1人1人がその内面に「生きるための闇」を抱えていて、血の通った生身の人間ひとりひとりの姿から、「今の日本」という現実を照射する。そこにKAKUTAと桑原裕子の真髄があることを、改めて感じさせてくれる舞台となっている。
【コメント】
初日を前にした作・演出の桑原裕子と出演者の林家正蔵、成清正紀のコメントは以下の通り。
林家正蔵
すばらしい作品になりました。KAKUTAファンだった私は、できるなら客席で観てみたいと思うほどです。胸が高鳴ってドキドキしますが、1ステージ1ステージ頑張ろうという気持ちになっています。
今回の舞台は、舞台セット、ライティング、音響もとても素晴らしいものに仕上がっています。落語会では高座があるだけという形式ですが、舞台ではこうしたスタッフさんたちからもたくさんの力をもらい、フォローしてもらっているように感じます。この御恩返しはお客様に楽しんでもらえる、いい芝居をみせることに尽きると思っています。
桑原さんの作品は、いつも胸にしみて、「人間ってこうだよな。でも、明日に一歩進んでいこう」といったことを感じさせてくれます。今回の作品は、「痕跡(あとあと)」で鶴屋南北戯曲賞を受賞したあとの初の書き下ろしを楽しみにしていたお客様の期待を、裏切らない出来になっています。なので、ぜひ皆さん観に来ていただければと思います。
桑原裕子
個人的にはこの作品でこれまでとは違った挑戦をしています。なので、いままでのKAKUTAで見せたことのない世界観を見せられるかと思いますし、「異色作」と呼ばれるような作品になればと感じています。
この作品では、一本のお話に皆で収束していくのではなく、太い一本一本の別々の束をまとめて、一つのより太い綱にしていくようなことを目指しています。個人個人の軸をたたせるという点は課題ではありますが、芯の通った太い綱を見せられたらと思っています。
誰でも落ち込んだり、立ち止まったり、彷徨ってしまうときがあります。周りがくだらないと思っていることで、すごく悩んでいたりする時もあります。そういう時にこそ、この作品を観てほしいですし、この作品を思い出してもらえればと考えています。ぜひ皆さん劇場に足をお運びください。
成清正紀
いままでのKAKUTAとは少し違った路線を見せられる、すごい作品になったと思っています。今までと比べて劇場サイズは大きいですが、組み上がった舞台美術にすんなりと入っていけました。田中敏恵さんの舞台美術はいつも桑原作品の世界観をぐっと広げてくれるように感じます。そのほかスタッフワークに支えられ触発されて、「みんなで作っている」感覚が高まっています。目には見えないそうした感覚こそが大事な作品になるのだろうと感じました。
本当に皆さまに見てほしい「生きた」「現代の」演劇になりました。それはぼくたちにとって、日ごろ忘れていることを見つめなおす機会になるのではないかと感じます。そして日常で感じていることを再度、追体験する機会にもなるでしょう。それがKAKUTAのスタイルなのだと思います。桑原裕子が今回のような作品を作れるということにあらためて驚くとともに、この新たな「挑戦」にスタッフ・キャスト一丸となって挑んでいきたいと思います。とにかく若い方にも、年配の方にも、一人でも多くのお客様に観てもらいたい「今」の演劇だと思います。
〈公演情報〉
【文/榊原和子 写真提供/KAKUTA】