「強い言葉の力に惹かれて」大竹しのぶ主演『フェードル』演出・栗山民也インタビュー
-
ポスト -
シェア - 送る
栗山民也
「しのぶちゃん、古典をやってみない」
そう女優・大竹しのぶは誘われたという。この言葉が、ついに実現するときがやってきた。
注目の演目は、「人間精神を扱った最高傑作」と名高い17世紀フランス古典文学の代表作『フェードル』だ。大竹しのぶは、義理の息子・イッポリットへの禁断の愛に走るあまり周囲に破滅をもたらす王妃・フェードルを演じる。
演出は、くだんの台詞を大竹に投げかけた張本人・栗山民也。なぜ今、古典劇なのか。そこには、演出家・栗山民也の現代演劇に対する重大な危機感があった。
この人の説いたことは何か。問いただすことこそが、僕たちの作業。
「最近、テレビ番組でもあるでしょう。『100分でわかるソクラテス』とか、そういうタイトルの特集が。僕は、ああいうのはどうなんだろうと思うんですよね」
インタビュー開始から10分足らず。栗山民也は、そうおもむろに話しはじめた
「だって100分でソクラテスがわかったらもう何もすることないじゃない。文学や哲学というのは、それこそギリシャの時代から延々と論じられてきて、それでもまだ解が出ないから、こうして僕たちも考えたり学んだりするわけで。それこそが世界の面白さであり、人間の不可解さであり、好奇心でしょう。それをたった100分でわかったつもりになることが、いちばん怖いことなんじゃないかと思うんです」
栗山の警戒心は、そのまま現代演劇への警鐘に直結している。
「演劇もそうだよね。本来、戯曲というのは、一言一言、何を考えてこの言葉が出てきたのだろうと考えなければならない。あることを話しながら、実は全然違うことを考えてるんじゃないかと想像させるような言葉を編み出せる作家こそが面白い。けれど、最近、“それしか書かれていない”作品ってあるじゃない? 困るんだ、そういうのは。稽古場で一週間くらい稽古したらもうやることがない(笑)。だってそれだけしか書かれていないんだもん。そういう演劇が今、蔓延していますよね」
口調は、決して厳めしいものではない。むしろ軽妙でユーモラスだ。だが、そこで語られる言葉は、一言一言が現代演劇に鋭い問題提起を孕んでいる。
「4コマ漫画のようにわかりすぎちゃう会話が続く芝居なんて、やってても何にもそこから生まれてこない。演劇はライブだから、その瞬間に演者と観客の間で何か摩擦のようなものが生まれないとつまらないよね。この人が説いたことは何なのか、それを必死で問いただすことがぼくたちの作業。そういうことが今、日本の世の中から欠落しているから、こういう作品に惹かれるのかもしれない」
足腰の弱い現代劇ばかりだから、古典の力に惹かれてしまう。
そう栗山が視線を落とした先にあるのは、まだ刷り上がったばかりの『フェードル』のフライヤー。言葉はどんどん空疎化し、わかりやすさが過剰に求められる現代だから、古典劇というジャンルを栗山は欲してしまうのだという。
今から20数年前、フランスのアヴィニョン演劇祭でふれた『フェードル』に、栗山は激しく心を打たれた。
「フランス語の美しさ、強さに、まんまとやられたんだね。演劇って耳から入ってくるものが極めて大事。劇作家の書いた言葉を、俳優が声にする。そのシンプルで大切な作業が、そのときの『フェードル』では見事に成就していたんだよ。あの美しさは今でも記憶の中で響いている。僕はその後、井上ひさしという素晴らしい劇作家に出会ったおかげで、日本語の素晴らしさを知っていったわけだけど、井上ひさし亡き後、日本の演劇の言葉は全部ではないものの足腰が弱い気がしてならない。だからこそ、この『フェードル』のような言葉の力を持った作品に惹かれてしまうんだよね」
『フェードル』で綴られる台詞は、「アレクサンドラン」と呼ばれる16世紀以降のフランスで標準的に用いられる1行 12音節の詩行によって構成される。今回は、翻訳に岩切正一郎を迎え、ジャン・ラシーヌの耽美な音韻を日本語に置き換えた。
「日本の演劇の世界に『歌うな、語れ』っていう有名な言葉があるけれど、フランスもまさにその通りで。ついこのアレクサンドランを気持ちよく歌っちゃう俳優がいるんですよ。でもそれじゃいけない。今回は、こうした劇詩としての言葉のハードルを敢えてつくってね、それを飛び越えることでもう一回演劇の言葉って何なんだろうってことを見つめてみたいなと思った。そうすることでもっといろんなことが確かに見えてくるんじゃないかなって」
日本でフェードルを演じられるのは、大竹しのぶだけだと思う。
その上で、「フェードルを演じるのはこの人しかいない」と長年構想を温め続けてきた相手が、女優の大竹しのぶだ。
「大竹しのぶのフェードルっていうのはいいでしょ(笑)。もう10年くらい前からずっと考えていたかな。井上ひさしの芝居とか『ピアフ』をやりながらも、この表情はフェードルだなって。フェードルのあの台詞を彼女が喋ったらきっとこう響くだろうなって、ずっと考えていた。決め手は、あの熱量の持続かな。日本であんな人、他にいないでしょう」
そして、フェードルが禁じられた想いを寄せる王子・イッポリットには、平岳大だ。
「イッポリット役にはいろんな俳優の名前が出たの。でも、古典的な居住まいを持った俳優っていうのは、そうはいない。この役は、すっと立ってる存在だけで美しさが感じられなければダメなんだよね。平くんには、そうした品格みたいなものがある。そういうのってひと月やふた月じゃ身につかないじゃない? そういう天性の存在感みたいなものを、彼は持っている気がする」
また、フェードルの恋敵となるアリシーには、門脇麦が扮する。
「この役は、大竹しのぶと対極にある女優がいいと思って、だったら絶対門脇麦だと思った。彼女は、どこかアウトサイダーの雰囲気があるよね。決して王道を真っすぐに歩いているんじゃなくて、ちょっと変わった仕事を好んでしている感じが面白い。最近、男も女も若いタレントがみんな同じ顔に見えるんだけど、彼女は違う。鋭角的って言うのかな。透明な鋭さがあるなって」
敢えて削ぎ落とすことで、本質を提示したい。
他の演出家が羨むような極上のキャストを揃えて、栗山民也の『フェードル』が動き出す。近年は、こうした古典劇に現代的解釈や演出を盛り込む舞台も増えているが、栗山は敢えて正攻法でこの戯曲と向き合うつもりだ。
「たとえばこういう古典劇を上演するときに、日本人の感覚に遠いからっていう理由で神に関する問題をカットする人もいるけれど、あれは大きな間違いだよね。だって、これは神というものと会話をしているドラマだから。神って何なんだろうって考えて置き換えれば、現代にも必ずリンクするものはあるわけで。たとえば『ネプチューンよ、イッポリットに死を』なんて台詞も、今の感覚で言えばネプチューンなんてあり得ないと思うかもしれないけど、アメリカではトランプが次期大統領に選ばれて、その新しい神のちょっとした一言で何かが現実的に起こることも十分あり得る世界になっているわけじゃない? 核爆弾もそうですよ。誰かがボタンを押したら地球上の半分がなくなるような“怪物”が現代には存在している。この作品も“怪物”たちのドラマ。なんらかけ離れたものではないです」
豊穣な言葉の力を持った作品だからこそ、演出は極めてシンプルに削ぎ落とすつもりだという。
「日本の演劇のここ30年くらいは、デコレーションの時代だったと思う。これでもかこれでもかといろんなものを過剰に付け足すことで豊穣さを見せていた。僕はね、この10年くらいは逆にどんどん削ぎ落としていくって考えでやってるし、それに耐えうる本に出会いたいなっていつも思っている。もちろん稽古場ではあらゆるものを容赦なく出していかなきゃいけない。でもそこからどんどん削ぎ落としていくことの方が大事なんじゃないかなって。ピカソの絵も、キャンバスの絵の具を全部そぎ落とすと、最後には緻密なるデッサンが見えてくるんだろうね。そのデッサンの線だけを明確に見せることの方が大事なんじゃないかなって思っているんです」
削ぎ落として、削ぎ落として、最後に残るのは生身の役者の肉体と感情、そして戯曲の上に綴られた言葉だけだ。
「無理に古典をディテールで現代的にしたってしょうがないですよ。そんなことで現代が見えるの? 見えないじゃない? いいんだよ、古い話で。古い話だけど、そこでいかに魂の上で現代との普遍性が見えてくるかが大事。神話の時代のフェードルも、現代を生きる僕たちも、結局は人間って同じじゃないかって共感したり失望したり。そういう人間の根っこみたいなものを見つけなきゃいけないんじゃないでしょうか」
1953年生まれ。東京都出身。早稲田大学文学部演劇学科卒業。
1980年、サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』で初演出。
1996年、『GHETTO ゲットー』(ジョシュア・ソボル作)の演出で紀伊国屋演劇賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞、芸術選奨新人賞を受賞。
1999年、『エヴァ・帰りのない旅』(ダイアン・サミュエルズ作)で毎日芸術賞、第1回千田是也賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞受賞。
2000年、新国立劇場演劇部門芸術監督に就任。07年8月まで務める。
2002年、第1回朝日舞台芸術賞舞台芸術賞受賞。
2005年、新国立劇場演劇研修所所長を務める。『喪服の似合うエレクトラ』(ユージン・オニール作)で朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。
2012年、『ピアフ』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
2013年、紫綬褒章受章。
2014年、『木の上の軍隊』『マイ・ロマンティック・ヒストリー〜カレの事情とカノジョの都合〜』『それからのブンとフン』の演出の成果に対して、第39回菊田一夫演劇賞・演劇賞を受賞。
■作:ジャン・ラシーヌ
■翻訳:岩切正一郎
■演出:栗山民也
■出演:大竹しのぶ、平岳大、門脇麦、谷田歩、斉藤まりえ、藤井咲有里、キムラ緑子、今井清隆
【東京公演】
■日程:2017年4月8日(土)~4月30日(日)
■会場:Bunkamuraシアターコクーン
■
※未就学児童入場不可
※コクーンシートは、特にご覧になりにくいお席です。ご了承の上ご購入ください。
※一般前売:2017年1月21日(土)10:00~
■オフィシャルホームページ2次先行:2016年12月28日(水)12:00 ~ 2017年1月9日(月・祝)23:59
先行受付ページ:http://eplus.jp/phedre-hp2/
【新潟公演】
■日程:2017年5月3日(水・祝)14:00
■会場:りゅーとぴあ
■
※U25席は観劇時25歳以下が対象。当日指定席券引換。座席数限定。要本人確認書類。
※未就学児童入場不可
※一般前売:2017年2月25日(土)予定
【愛知公演】
■日程:2017年5月6日(土)18:00、5月7日(日)13:00
■会場:刈谷市総合文化センター大ホール
■
※U-25
(観劇時25歳以下が対象。当日指定席券引換。座席数限定。要本人確認書類)
※未就学児童入場不可
※一般前売:2017年1月21日(土)10:00~
【兵庫公演】
■日程:2017年5月11日(木)~5月14日(日)
■会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
■
※未就学児童入場不可
※一般前売:2017年1月21日(土)10:00~
■公式ホームページ:http://www.phedre.jp/