尾身美詞インタビュー 『この世界の片隅に』の径子につながった“たまたま”の積み重ね
尾身美詞 撮影=Hirayama Masako
ロングランヒットを続け、第90回キネマ旬報ベスト・テン・日本映画で第1位に輝いたほか、多数の映画賞を受賞している映画『この世界の片隅に』。本作で主人公すず(声:のん)の義理の姉・径子の声を演じている、尾身美詞(おみ・みのり)に話を聞いた。元キャンディーズの藤村美樹を母にもつ尾身は、劇団青年座に所属する一方、新劇女優7人のユニットOn7(オンナナ)を立ち上げ、ストレートプレイを中心に休みなくステージに立ち続けている。今回のインタビューでは、プライベートな部分から、『この世界の片隅に』に対する思い、次回出演の舞台『見よ、飛行機の高く飛べるを』について、両作品の意外なつながりなどをたっぷりと語ってもらった。
「生きていることにありがとう」と思える『この世界の片隅に』
『この世界の片隅に』 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
――大ヒット映画『この世界の片隅に』の魅力はなんだと思いますか?
私、原作マンガの大ファンなんです。私たちが見てきた戦争映画ってどこか「自分とはかかわりのない遠い世界」のようで、映像で見ても自分の肌感覚で理解できることが少なかったように思います。でもこの映画は、本当に自分のおじいちゃんやおばあちゃんが「生きてきた日本」であったことなんだと感じられる、共感力が強い作品なんだと思います。
――例えば、どういうところでしょうか?
普通に一生懸命に日々の生活を紡いでいても、自分たちの知らないところで戦争が起きて、空襲が来て大切なものを失ってしまう。空が青いとか風が吹いてたんぽぽが揺れているっていう映像を見るだけで涙が出る。根本に立ち返って、生きていることが幸せだなって思える不思議な作品です。71年前のことだけど、今の自分たちと同じ生活があったんだと手に取るように実感できました。「生きていることにありがとう」と思った作品です。
――言葉としては、多くを語らずに日常を描いていますよね。
若い人の中には、原爆後のすみちゃん(すずの妹)の腕の青い痣の意味が分からないという人がいるそうです。私は原爆の話を題材にしたお芝居を上演した事があるので“原爆病”のことなど少し知識があるけれど「なに?なんなの?」で終わってしまう人がいることに恐ろしさを感じました。この作品は、語られていないことが絵の中にいっぱい出ていて、想像を膨らませる余白をいっぱい感じます。映画を見た人が、パンフレットを買って2回3回と観に行くというのがとてもよくわかります。
――原作を知ったきっかけを教えてください。
2011年頃、役者の先輩に「とっても良いマンガがあるよ」と紹介されたのがきっかけです。
読んで心を鷲掴みにされました。その後2015年にOn7で原爆乙女と言われたヒロシマガールズを題材にした『その頬、熱線に焼かれ』を上演しました。「この子たちの日常ってどんなだったのだろう?」と話題になった時、みんなに「このマンガ読んで!すごいから」って熱弁して貸したり、それくらい大好きだったんです。
――これからご覧になるかたに、導入は原作と映画どちらをおススメしますか?
原作のファンだと映画化された時に「違う!」って思うことがたくさんありますが、原作の大切なところが抜けていないし、「イメージがそのままで“むしろ色がついて、動いていて、豊かになっている”原作の紙面で想像していたことの100倍以上のことを映像が与えてくれている」と思って嬉しかったです。ですので、原作を読んでからでも楽しめますし、読んでいないならぜひ読んでほしいです。
のんが声をあてたすず『この世界の片隅に』 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
――映画化にあたり、すずが出会った遊女・リンとのエピソードがカットされたようですが。
監督はリンさんのエピソードをとても重要に思っていらっしゃいました。でも全編やると時間的に長くなる。だからカットせざるを得なかったのかなって。実は、最初にもらった台本にもエピソードが残っていて、周作の親族がリンさんの話をしているシーンもあったんです。監督はリンさんのシーンを入れた完全版を作りたいな……とおっしゃられていました。
――エンドロールでは、本編に出てこない絵がありますね。
すずさんたちの未来の姿がちょっと出ていたり、おまけのように見える部分も丁寧に作られていて、監督の原作愛を感じます。リンさんとすずさんのエピソードもちょっとずつ出てきて、抜けた部分もしっかりと補強している。そこにコトリンゴさん作曲の「すずさん」というリンさんから見たすずさんへの思いを踏まえた曲が流れます。みんながこの作品を大好きって思っている気持ちが随所に見える。そんなところもファンの方がもう1回見たいと思ってもらえるところにつながっていると思います。
“たまたま”の積み重ねが、径子役につながった
尾身美詞が声をあてた義姉・径子『この世界の片隅に』 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
――径子さんを演じることになったきっかけを教えてください。
“たまたま”別の役でオーディションに呼んでもらって、“たまたま”監督が「径子さんやってみて」と言ってくださり、“たまたま”自分とかけ離れている役なので「これだけ怒ったら面白いだろう」って楽しくやったんです。後で聞いたら監督が「僕が思っていた径子さんはあんな感じだったから、ドンピシャだったんです」って言ってくださいました。それだけ原作のキャラクターがしっかりしっかり書かれていて、“たまたま”私が理解してやってみたのが、監督が認識していた役と同じだったようです。
――実際に演じてみていかがでしたか?
原作を読んでいるときは「このお姉さん強烈だな。なんでこんななんだ?」って思っていました。でも映画化を聞いて改めて原作を読んだとき「この役は大切な役だから、(演者が)中途半端にやっていたら許さない」なんて思っていたので、いざ自分がキャスティングされた時には責任重大でした。径子さんが怒っているのも、旦那さんを亡くし、家をなくし、息子とも離れ離れになって……。本当はオシャレが大好きで、自立した生活をしていたのに当たり前の日常生活が“戦争でできなくなった”。戦争で傷ついているからこそ嫁にあたってしまう。あの時代じゃなかったらすずとの関係も違ったんじゃないかと思って。だからこそ「ちゃんとすずのことを思っているのよ」っていうシーンはギャップをもって、径子さんの本当の愛情をもって芝居をしたいと思いました。
――すずを演じた、のんさんとはどんな話をされましたか?
収録は別でした。初めてのんちゃんに会ったときにコソコソってそばに来て「径子さんとのお芝居がすごく楽しかったです」って言ってくれました。その言葉をもらった後に映画を見たら、のんちゃんが見事に私がやった径子さんのお芝居を受けてくれていて、それにすごく感動しました。別々に撮った認識ではなく、ここにいる人たちの“声”とお芝居をやってくれていた。私がひどくすずさんに当たっているところも、すごく傷ついて演じてくれて、だから「あー、ごめん。こんなに。ひどいよね。そりゃそうだよね」って思いながら、映画を見ました。
わたしは原作のすずさんの大ファンですが、のんちゃん演じるすずさんが、すずさんそのもの!で本当に感動しました。
――のんさんと同じく、尾身さんもアニメは初挑戦だったと聞きました。
吹き替えはやったことがありましたが、アニメは初めてでした。吹き替えと違い、アニメは絵と声に余白があり自由度が高く、自分自身が感じた感情の度合や細かいニュアンスを演じられる感じがしました。もちろん監督のリクエストはありますが、自分が感じるとおりにやらせてもらえて、原作を読んでやりたいと思ったとおりに演じることができて、とても楽しかったです。
――今回、クラウドファンディングも注目されましたね。
みんなの「この作品は重要で、世に広めたい」とう思いに感動しました。ともすると芝居って、作っている中だけで一生懸命になりがちですが、周りの応援団の人たちが一緒になってこの映画を作っていると実感しました。そして「日本人だし、この戦争を忘れちゃいけない。当時の細かい日常を伝えたい。今の時代ちょっときな臭い時代だからこそ忘れちゃいけない。」という部分に感動しました。人間すてたもんじゃない「小さい思いの結集が勝つ」と思いました。
受けた仕事は皆さんに満足してもらいたい
尾身美詞 撮影=Hirayama Masako
――いま女優として活躍していますが、小さいころの夢は?
私は小さいころから「普通の女の子に戻りたい」と言った人の娘は「普通の女の子でいなくてはならない」と思っていました。だから「こういうこと(芸事)をやりたい」なんて言っちゃいけない、私は普通に大学に行って就職して…。幼稚園の時は、お花屋さんとかパン屋さんになるのが夢だと言っていました。「目立っちゃいいけない。普通に生きなければいけない」って思っていたんです。私、真面目なので「そうだ!」って思うし、親を傷つけたくなかったんです。
――それがどうして女優を目指すことになったのでしょうか?
学芸会の劇とかは好きだったんです(笑)。それで中学・高校時代はミュージカルをやる部活にいたんですが、舞台の面白さを感じてしまって。そこで「ミュージカルをやりたい」と思ったのが最初です。
――ご両親の反応は、いかがでしたか?
両親は2世を使って欲しくない思いが強くあって「出すな。自分で掴み取れ。実力が無いのにそんなことでちやほやされても、すぐに痛い目を見るのは自分だ」と言われていて「劇団なら実力の世界なのでOK」と渋々許してもらいました。そこで宝塚を高校3年生の時に受験したんです。でも、やはり目指していた時間が短かったのと背が低かったので駄目でした。
――現在は、劇団青年座に在籍されていますね。
滑り止めなんてなにも考えていなくって1年間「どうしよう」と考えているときに、青年座研究所は歌や踊りの授業数も多く、青年座出身の先輩方がミュージカルで活躍されているのを知っていたので「青年座だ!」と思って研究所を受験しました。合格し2年間研究所で勉強した後、ありがたいことに青年座に受かって入団しました。ミュージカルではなく、ストレートプレイばかりですが、すごく面白いと思いながら舞台をやっています。
――青年座に入られてから、休みなく舞台に出演されていますよね。
ありがたいことに、色々とお話をいただいて。やりがいのある仕事ですし、「(スケジュール的に)ちょっと難しいです」とお話しても「是非!」と言われると、出来ることはやりたいですし、将来的には舞台やいろいろなお仕事をやっていきたいと思っているのでお受けさせていただいています。先輩の皆さんは寝る暇なく、お仕事をこなして、完璧な芝居をしていて、やっぱりかっこいい。それって体力や健康に気を付けているから出来ることですよね。だからこそ「疲れた」なんて言ってはいられないし、しっかりと出来ることをやりたい。受けたからには皆さんに満足していただける作品にしなければならないし、自分にも責任がある。一歩一歩頑張ろうと思っています。
3年を経て、客観的に見れるようになった
撮影=小林万里
――2月は『見よ、飛行機の高く飛べるを』に出演されます。本作は大きく評価されている作品の再演ですね。
3年前に1度再演し、今年は初演から20年目での再演です。『見よ、飛行機の高く飛べるを』は、劇団の中で評価されているし、昔から青年座のファンの方々にも人気な作品だったので、それをやれるのが凄く嬉しかったです。でもプレッシャーが大きく、苦しかった部分もありました。
――今回は、その苦しさから抜け出せましたか?
3年経って、皆大人になり色々なことを客観的に見ることができるようになったように感じます。すると演出家やお客さん、先輩たちが言っていたことが、「確かにこの役はこうなんだ。だから言っていたんだ」とか、冷静な新しい目で見られるようになってもっと違う階段を上りたいと思いました。自分ももっと新しいところにチャレンジしたいと向き合っています。だから、再演出来て良かったですし、それまでにみんなが「いろいろな経験ができて良かったね」って思っています。
――尾身さんが演じる役は?
主人公・光島延ぶを囲む友達グループのメンバーの1人で、大槻マツという真面目でしっかり者の師範学校の生徒を演じます。そのグループは、今でいうF4(編注:漫画『花より男子』に登場するエリートイケメン4人組)みたいな、学校中の人気者で士族の出身で成績も優秀な、学校の輝くべき4人組。そこに杉坂(市川房枝がモデル)さんとの出逢いがあって、様々な出来事を通して世の中を知り、大人になっていきます。
――今回、尾身さんが演じる『見よ~』のマツと径子の共通点があるとお聞きしたのですが?
今回稽古をしていて「マツは径子さんに似ているところ(素質)がある」と思っていたのですが、すずの母役を演じた先輩の津田真澄さんからも「マツって径子さんと似ているところがあるね。径子さんに見えてきた」って言われたんです。キャラとしては違うところもたくさんあるのですが、根本的な芯の部分に似ている要素を感じるんです。叱りつけるシーンなど「径子さんの怒り方と似ている」って思ったり。別の作品で演じた役が自分の中で“積み重なっている”感じがして、改めてお芝居って面白いなと思っています。なので、今年もまた様々な役に出逢い、自分の役の幅を広げていきたいです。
――どういう人に観てほしいですか?
再演で気づいたんです。誰しもが青春を過ごして夢や希望に挫折したことがある。登場人物たちが大人になっていく様がかわいくて、いとおしくって……。本当に100%必死に自分たちが思うことをやって傷ついていく。学生時代って「そうだった。そうだった」って懐かしく思い、時代を超えても「青春ってこうだった」と愛おしく感じる。いま演じていても思います。若い子たちが観ても、いろいろなことを感じると思いますが、青春時代を過ごした、大人にも喜んでもらえる作品だと思います。
尾身美詞 撮影=Hirayama Masako
――最後にメッセージをお願いします。
作者の永井愛さんが仰っていましたが、この作品は日露戦争に勝ったあとで日本が戦争に傾いていくターニングポイントになった時代のお話です。まさにこの後『この世界の片隅に』に繋がっていく時代なんです。この『見よ、飛行機の高く飛べるを』という作品に関わっていたからこそ『この世界の片隅に』に関わったとき、あの時代を理解することが出来ました。“新しい女”になりたい!というマツたちのような女の子たちがいたからこそ、後の時代に径子さんのようなモダンガールがいた。市川房枝さんのような女性がいたからこそ、今女性が参政権を持っている時代がある。過去があるからこそ、今がある。明治維新があって、日本が戦争に勝ち、敗戦に繋がる。皆、自分たちの時代をよくするために、ただただ必死に生きていたんです。『見よ、飛行機の高く飛べるを』も『この世界の片隅に』も、その時代の日本を必死に生きた人たちのドラマです。そして、それは今の自分たちと繋がっていること。どちらの作品も、過去を感じることで、今、自分が生きていることを強く感じられる作品になっています。『この世界の片隅に』のファンの皆さんも、径子さんを実写で演じているので、ぜひ観に来てください(笑)。キャラは違いますが、楽しめると思いますよ。
取材・文・写真=Hirayama Masako
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会場:練馬文化センター・小ホール
料金:一般4,000円ほか
作:永井愛
演出:黒岩亮
出演:安藤瞳、小暮智美、尾身美詞、黒崎照、勝島乙江ほか
【あらすじ】
青年座公式サイト:http://seinenza.com/performance/public/225.html
公開中
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
声の出演:のん 細谷佳正 稲葉菜月 尾身美詞 小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 / 澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄 監督補・画面構成:浦谷千恵 キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎 製作統括:GENCO アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
すずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。昭和19(1944)年、20キロ離れた町・呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずは、あらゆるものが欠乏していく中で、日々の食卓を作り出すために工夫を凝らす。 だが、戦争は進み、日本海軍の根拠地だった呉は、何度もの空襲に襲われる。庭先から毎日眺めていた軍艦たちが炎を上げ、市街が灰燼に帰してゆく。すずが大事に思っていた身近なものが奪われてゆく。それでもなお、毎日を築くすずの営みは終わらない。そして、昭和20(1945)年の夏がやってきた。