新国立劇場『ジークフリート』でさすらい人(ヴォータン)を演じるグリア・グリムスレイにインタビュー

インタビュー
クラシック
2017.5.18
グリア・グリムスレイ (PHOTO:安藤光夫)

グリア・グリムスレイ (PHOTO:安藤光夫)


3年という長いスパンでの上演が続く新国立劇場での楽劇『ニーベルングの指環』4部作も、いよいよ後半戦にさしかかった。すでに上演された『ラインの黄金』『ワルキューレ』に続き、いよいよ6月には『ジークフリート』が上演される。昨年(2016年)の『ワルキューレ』におけるヴォータンの興奮も冷めやらぬまま、『ジークフリート』にもさすらい人(実はヴォータン)役で出演するグリア・グリムスレイに話を聞いた。

『ワルキューレ』より(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

『ワルキューレ』より(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

――グリムスレイさんがヴォータンを演じた『ワルキューレ』を観劇させていただきました。「父」であることと「神」であることが両立できずに苦しむヴォータン……彼の心情が移り変わってゆく様子にとても感動しました。、以前グリムスレイさんが「このプロダクションでは人物同士の関係が鮮やかに描かれていると思います」とおっしゃっていたことがよく伝わってきました。

どうもありがとうございます。

――そして第2幕でヴォータンの本妻フリッカがあまりに恐かったため、ヴォータンとフリッカの関係がまるでドン・ジョヴァンニとドンナ・エルヴィーラのようにも思えました(笑)。

ハッハッハ(大笑)。

――さて、今回の演出は故ゲッツ・フリードリヒによるものですが、フリードリヒは生涯に3度、『ニーベルングの指環』4部作を演出しており、今回の新国立劇場ではその最後の3回目にあたるフィンランド国立歌劇場(ヘルシンキ)のバージョンで上演されています。グリムスレイさんは、2回目にあたるベルリン・バージョンにも出演経験があるそうですが、今回のヘルシンキ・バージョンと比べると、どのような違いを感じられましたか?

天才ぶりという意味で2つのバージョンは共通していますが、今回のヘルシンキ・バージョンはやはり後年につくられたものだけあって、それまでフリードリヒが考えてきたものを更に洗練させたという印象がありますね。

――具体的にはどのようなところに洗練を感じられたのでしょうか?

ベルリン・バージョンはワシントンDCでやったのですが、舞台装置のトンネルに対して明確な定義がなかったんですね。まるで地下鉄のような感じのトンネルになっていて、人間の関係性を描いているところに観客の意識が向かうようになっていたと思います。

それに対してこちらのヘルシンキ・バージョンでは、ステージが2階建てになっており、床が斜めになっていましたよね。観客がその様子を見た時に「えっ?」と思うようにされていて、「何かおかしい」って違和感を感じるような見た目になっているんです。その「何かおかしい」と感じるところに意味があるわけです。そういう繊細で微妙なところに、人の意識や目を持ってゆきつつ、それを見事に表現しているというところが素晴らしいのです。

――フリードリヒは既に亡くなっているため、フィンランド国立歌劇場の演出チームが来日してフリードリヒの意図した通りに演出をおこなうわけですが、故人の演出の再現に難しさは感じますか? それとも通常の再演とあまり変わらないのでしょうか?

実はベルリン・バージョンでやった時も、ゲッツ・フリードリヒが亡くなったあとの再演だったので、そういった演出チームがいました。でもどうやらゲッツ・フリードリヒは優秀なスタッフたちを引き付ける魅力があったようで、みんな作品に対して強い情熱を持ち、とても献身的に働いていました。だからそういった意味では、どちらも大変すばらしいチームの人たちと仕事をすることができました。

――では、そうした演出チームとの稽古のなかで、歌い手には演技するうえでどれくらいの裁量が許されているのでしょうか?

ディティールがとても細かく指示されている部分もあるし、パフォーマーに任されている部分もありますね。両方あるんです。ただし、歌い手というのは生身の人間なので、歌うたびに何か違うところがあります。そしてキャストは全員とても信頼できるメンバーばかりなので、誰かが何かをやってきたら、それに安心してこたえられるような良い関係性が築けています。だからこそ、演出という枠の中での遊びもあり得るという感じですね。

――フリードリヒが亡くなってから既に15年以上経っているわけですが、現在から見て彼の演出はどのように映りますか?

たとえば或る作曲家の作品を聴いた時に、何度再演されたものであっても、タイムトラベルしたような感覚で、あたかも今まさに作られた音楽のように聴こえるのと同じで、彼の演出も生きているもの、という感じがしますね。けっして、美術館から取り出してきた骨董品のようなものではないと思います。

――今度は、ヴォータン像についておうかがいさせてください。グリムスレイさんの演じるヴォータンは、全能の神というよりも、非常に人間臭い人物として演じられているように思います。

ええ、まさにその通りです。

――グリムスレイさんが、ヴォータンという役柄をそのように捉えるようになったのには何かきっかけや理由があるのでしょうか?

ヴォータンを初めて演じたときに遡ります。スティーヴン・ワズワースの演出によるシカゴでの『ニーベルングの指環』チクルスに初めて出演することになったとき、準備期間をたっぷり取って最初から役を練り上げていきました。その中でワズワースは全ての人物の関係性を非常に重視して、その関係性を明確に分かるようにする……そういう演出をしたんです。キャラクターを把握する意味で、それが良いきっかけとなりました。そうした経験に加え、長年ステージ上で積み重ねてきたことで私自身が発見した要素を新しく入れています。そうして今の私のヴォータンができあがったのです。

――厚みのある人物像。『ワルキューレ』から『ジークフリート』へと物語が進むほど、ヴォータンは次第に神々の終焉を考えるようになりますが、そのことはワグネリアン以外の観客には少し分かりづらいかもしれません。ヴォータンはなぜ神々の終焉を願うようになったのか、グリムスレイさんのお考えをきかせていただけませんか?

最も象徴的なのは『ジークフリート』の中で、ヴォータンはエルダと会い、物欲的なものを得ようとする感情が失われ、知識や叡智を得たいと思うようになることです。つまりそれまで大事に思っていた物欲的なものから、人生における重要なことが精神性へと大きく転換したと示されているわけです。それが最後の『神々の黄昏』へと繋がっていくわけです。単に歳を重ねたわけではないと思います。

――今度出演される『ジークフリート』を楽しむためのポイントや、グリムスレイさんが考える見どころを教えてください。

一番大事なのは、全幕終わるまで帰らないこと(笑)。そして、私が個人的に好きな場面としては、ジークフリートが伝説の剣ノートゥングをもう一度鍛え直すところ、あそこが格好良くていいなあと思います。また、鍛冶屋ミーメとヴォータンが絡む場面ですが、ミーメは最初、相手がさすらい人だと思って会話をしている。しかし途中でヴォータンであることに気付き「あっ!?」となるのですが、そうしたところの描き方もすごく面白い。それから、この演出でドラゴンがどのように描かれるのかは分かりませんがが、ドラゴンをやっつけると途端に鳥の言葉がわかるようになるという大きな変化を迎えるところも魅力的です。しかしなんといっても最後のブリュンヒルデとの二重唱ですね。あそこはもう本当にゴージャスという言葉がまさにぴったりのすばらしいデュオですから、お見逃しなく。

――ご自身が出演されていないところでも魅力的なところがたくさんあるんですね(笑)。

そうです(笑)。私もステージに出たり入ったりしてますけどね。この作品には良いところが本当にいっぱいあります。

――では、最後におうかがいさせてください。作曲から150年ほど経た、21世紀の現在に『ジークフリート』が上演される、また我々観客がそれを聴くことについて、グリムスレイさんはどのような意味があると考えていらっしゃいますか?

とても良い質問です。そうですね……技術がこれほど発展したとしても、現代の危機に対するリアクションは初演当時と同じようなものであり、そういう意味で昔から変わってはいないのではないでしょうか。オペラは描かれた時代背景を超えて、タイムレスな人々の葛藤を描いたものなんです、深い悲しみとか、裏切りとかね。

ヴォータンがさすらい人となって『ジークフリート』の中で旅をしているのは、自分がしでかしてしまったことに対する過ちを正すためですよね。つまり、現在の映画やドラマで描かれているのと同じく、正しいことを求めようとする人の気持ちや、そうした葛藤や戦いというものをワーグナーも描いているのです。今まさに同じことが世界中で、例えば各国の政府間、あるいは政府内で起きているわけですし。

だからワーグナーは『ニーベルングの指環』を通して、あの当時でいうなら特権階級の人たちの地位が、永遠のものではなく実は儚いものであると。そして彼らにとっても悩みがあることを実は描いていたのだから、これはそっくりそのままいつの時代にも当てはめることができるはずなんですよ。

――『ジークフリート』の開幕が今から本当に待ち遠しいです。本日はありがとうございました!

取材・文=小室敬幸  通訳=久野理恵子  撮影=安藤光夫

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公演情報
新国立劇場オペラ 楽劇『ニーベルングの指環』(リヒャルト・ワーグナー)
第2日『ジークフリート』[新制作]

全3幕〈ドイツ語上演/字幕付〉

 
■会場:新国立劇場 オペラパレス
■日程:2017年6月1日(木)~17日(木)
■開演時間:
2017年6月 1日(木)16:00
2017年6月 4日(日)14:00
2017年6月 7日(水)14:00
2017年6月10日(土)14:00
2017年6月14日(水)16:00
2017年6月17日(土)14:00

 
■指揮:飯守泰次郎 
■演出:ゲッツ・フリードリヒ 
■配役:
ジークフリート:ステファン・グールド 
ミーメ:アンドレアス・コンラッド 
さすらい人:グリア・グリムスレイ 
アルベリヒ:トーマス・ガゼリ 
ファフナー:クリスティアン・ヒュープナー 
エルダ:クリスタ・マイヤー 
ブリュンヒルデ:リカルダ・メルベート 
森の小鳥:鵜木絵里、九嶋香奈枝、安井陽子、吉原圭子 
■管弦楽:東京交響楽団 

■公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/opera/siegfried/

 
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